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緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

上越・信州小旅行記(その8)

2020-10-23 22:36:08 | 旅行
(前回からの続き)

長野駅前のコインロッカーにカバンの中の重たいもの(とうとう読まなかった1958年刊行の古本など)を預け、カバンを軽くし、すぐ近くのバス停1番で乗車を待つ。
10分ほどで善光寺方面行のバスが来て、10分程で善光寺正門前に着いた。
善光寺という名前はもう随分前、20年以上前だが、当時さかんに風景写真の撮影のために各地を訪れていた頃、「芳ケ平」という池塘の点在するとても静かで美しい紅葉の名所に行くために、長野のユースホステルに泊まったときに初めて知った。



ユースに泊まっていた方から善光寺に朝早く行くと高僧から「お数珠頂戴」というものをしてもらえると聞いた記憶があった。
その時は善光寺など行かずに、長野駅から長野電鉄に乗り、湯田中(ゆだなか、と読む。当時私は「ゆでんちゅう」と読むと勘違いしてバスターミナルの人に話した記憶がある。話しかけた相手は変な顔をしていたが。)で降り、そこからバスで渋峠に向かった。


善光寺正門をくぐると、4連休明けということもあってかさほどの参拝客の数ではなかった。







天気はさわやかというかちょっと暑いくらいの晴天。天気予報は完全に外れた。
いくつかの門を通り抜け、みやげもの屋が立ち並ぶ通り(これが仲見通りか?)を過ぎると、本堂に着く。









本堂には無料で入れるが、奥の、天井から金の大きな飾り物が多数吊り下がった、暗い畳のスペースに入るには有料となる。
そこには僧はいなかった。手前に賽銭箱が置いてあるだけだった。
賽銭箱に小銭を入れて、見様見真似で祈りを捧げた。
(何を祈ったかは秘密だ)

結局土産も買わずに賽銭のみの出費となった。
進学校と思われる学校の女子高校生が、結構大きなスーツケースを持った女性に声をかけ、スーツケースを持って階段をあがるのを手伝っていた。

長野駅から1回曲がって善光寺に向かう直線道路は善光寺に向かってゆるやかな上り坂となっており、行きはバスを利用したほうがいい。
帰りは下り坂なのと、この通りの両側が様々な個人商店が立ち並んでいるので、歩いて店をのぞきながら帰るのが飽きなくていい。
そば屋などの飲食店が多いが、他に菓子屋、瀬戸物屋、金物店、仏具店などの専門店も多い。
そば屋にはいろうかと思ったがやめた。
やや強い日差しを浴びながら25分ほどで駅に着いた。

駅で松本行の列車の時刻を確認する。
14時7分発があった。あと約1時間ちょっとある。
コインロッカーの、持ってきて失敗の本入り荷物を取り出す前に昼飯を食べることにした。
何を食べるか、ラーメンでもするかと駅中のレストラン街を見て回っていたら、ソースカツ丼を出す店が目に入った。
ソースカツ丼は長野の名物なのか?。
ちょっと高いが入って食べてみることにした。
ソースカツ丼が運ばれてきたとき、びっくり。なんとカツが山のように盛り上がっている。



一瞬、こんな山盛りの量は食べれない、失敗、と思った(昼近くに天ぷらそばと揚げドーナツ+塩パンを食べていてあまりお腹が空いていなかったこともある)。
しかし食べ進めていくうちに、この盛り上がりのカラクリが判明した。
キャベツの千切りを大量にごはんの上に乗せ、かさ上げしていたからだ。
ご飯が大量に入っていたわけではない。
よく見るとカツとごはんの量は普通だった。キャベツだけがやたら多いというカラクリであった。
騙されたか?。
いつも食べている卵とじつきのカツ丼(スーパー製)とは違う。カツはおいしかった。

かさ上げカツ丼を食べ終わったら、次の列車の発車時刻にせまる14時7分近くになっていた。
急いでコインロッカーの中の荷物をカバンに詰め込む。

スマホで改札を出ようとしたら、自動改札機にスイカをかざすパネルが見当たらない。
一瞬戸惑う。
改札の駅員に聞いたら、長野は未だスイカが導入されてないとのこと。
これは意外だった。長野は長野中心以外は過疎地なのだろうか。

14時7分発の篠井線は2両編成のワンマンカー(電車)だった。





学校帰りの高校生もいて、けっこう混んでいたが座れた。
しかし睡眠不足と旅の疲れからか松本に着く直前まで熟睡してしまい、車窓からの景色を見損ねてしまった。

15時20分、松本駅に着く。
松本駅に降りたのは2回目か?
1回目は20代の後半だった。
これも撮影のために新宿駅から夜の遅い時間に発車する夜行列車に乗って朝の早い時間に松本駅に着き、そこからバスで上高地へ向かったはずだ。
5月の連休だったが上高地は雪だった。
行きの列車は登山客であふれ返っていた。その時は運悪く座席に座れず、通路に座って寝た。
帰りの列車はガラガラもいいところ。
松本駅で陶器のとっくりとぐいのみが付いた日本酒を買って、寮に着いたら早速飲んだ。
その日本酒が上手かったこと!。
ほのかに米の味がして、これが今まで飲んだ日本酒の中で最高の味だった。
銘柄をまったく憶えていなかったのが無念だ。今探し出すことは極めて困難であろう。

松本はかなり大きな町のようだ。長岡よりも発展しているという印象。
学生時代の先輩(マンドリンクラブではない)の一人が、就職後ここに赴任したとの葉書が届いた記憶が蘇った。
駅前の土産物屋兼酒屋で、今日宿で飲むための日本酒を買った。
店主が日本酒に詳しく、お勧めを買った。「大雪渓」という酒。
店主が言うには、本当の日本酒好きは吟醸酒を飲まないそうだ。
磨きの過程で米のうまみが取れてしまうからなのだそうだ。
なるほどだ。日本酒は米の味がしてこそ日本酒だ。同感だ。

宿へはバスで行く。徒歩では無理。
宿に電話して、バス停などを教えてもらい、駅近くのバスターミナルから信州大学方面の循環バスに乗る。16時20分。
宿はバスで20分くらいのところにあった。
信州大学とは川をはさんで真向かいに位置していた。
宿に行く途中に信州大学生と思われる学生4、5人が立ち話をしていた。
宿は女の人一人でやっているようだった。和室中心の小さな旅館だ。



長岡の旅館より小ぎれいだった。
客は私の他に1人いるだけのようだった。
旅館の女将に宿の近くで食べるところを教えてもらった。
部屋は和室8畳。古いが綺麗だ。





畳は擦り切れ、日焼けは無い。ごわごわもしていない。
30分ほどして外へ出て、夕飯を食べにいった。
宿でもらった地図に書いてあったカレー屋は休みだった。
カレー屋の裏にスーパーがあったので、納豆とミニ牛乳を買った。





この納豆はおいしかった。
スーパーを出て近くのラーメン屋に入り、ラーメンを食べた。

宿に向かったらまだあの信州大学生たちが立ち話をしていた。
よくこんなに長い時間、話せるものだ。私なら5分持たないであろう。
宿に帰ってから「大雪渓」を飲む。テレビは付けない。静寂を楽しむ。

大雪渓を半分ほど飲んだ後で、風呂に入った。
誰もいない。貸し切り状態だ。
いい風呂だ。温泉のような風呂。気持ちがいい。
お湯が出てくる蛇口が真鍮製だった。これはめずらしい。



風呂から上がってスマホを取り出し、再び風呂場に入り、この真鍮製の蛇口を写真に収める。

風呂から上がったところで、大雪渓の残りを飲み始める。
この酒は上手い。昔ながらの日本酒だ。買ってよかった。4合瓶の殆どを飲み干す。

長岡の宿では、静寂の中で、大学時代の頃など、過去の出来事が次々と頭の中に浮かんできては消えていった。
この宿では将来のことが頭に浮かんできた。
自分はこれからの将来どう生きていくのだろうか。
最近、新しい挑戦を始めたところだ。ある特殊な技術を身につけるためである。
それは今までの人生過程で、長きに渡って自らテーマとしていたことと関連している。
仕事にしてもそれ以外の何にしても、自らの人生のプロセスで、常に悩み、ときに挑戦したり挫折したり、一つのテーマとしてずっと考え続けてきたものがある、しかもそのテーマが一生、取り組む価値を感じられるということは、それだけで幸せなことではないかと感じてきた。
この宿で、静寂の中で、日常のささいなこと、こうして孤独な旅をしていることに対する引け目(今は感じなくなったが)などが取るに足らないことに思えてきた。
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上越・信州小旅行記(その7)

2020-10-18 15:03:55 | 旅行
9/23~9/25に行ってきた上越・信州地方のローカル線の小旅行記が未だ半分程度しか書けていない。
先月から始めた、ある技術を身につけるための講習が結構大変なのだ。
ギターも殆ど弾けていない。
すきま時間に続きを書くことにする。

十日町駅8時29分発、戸狩野沢温泉行の1両編成ワンマンカー(ディーゼル)に乗る。
切符は飯山まで買った。飯山で2時間ほど時間を潰そうと考えていたが、調べてみると飯山駅周辺には何もなさそうなので、予定変更。寄り道をせず、そのまま長野駅まで直行することにした。

長野駅周辺には昨日あらかじめ調べておいた善光寺と仲見通りがあるので、そこを見物する時間を多く取った方がいいと判断した。
この飯山線もローカル線であるが、「越後」と名の付く駅が多い。
トンネルが多く、川沿いに走る路線だ。
だいぶ昔のことで記憶が定かではないが、身延線(富士-甲府間)や只見線(小出-会津若松間)に乗ったときも川沿いを走っていたような気がする。
途中「足滝(あしだき)」という小さな無人駅に止まったが、駅の周囲が何も見えない。
川に向かってホームから下っていく細い小道が見えるだけだった。
後で調べてみたら、この足滝駅は秘境駅の一つだと言われているらしい。
たしか昔、テレビで秘境駅を紹介した番組を見たことがあるが、この時紹介されたのではなかったかと、かすかな記憶を手繰ってみた。
そういえば今は廃線となったが、岩手県の岩泉線の途中にあった「牧角」という駅だったかな、その駅も周りに何もなく、けもの道のような粗末な道が1本あるだけの駅だったような気がする。

十日町から長野方面の沿線は住宅が点在するものの、田んぼや畑が多く、産業の基盤は農業なのだろう。
たった1両のローカル線は蛇行する川沿いを走っていく。
戸狩野沢温泉駅で5分の待ち合わせで、長野行きの2両編成ワンマンカー(ディーゼル)に乗り換える。
先頭車両の正面が見える位置に座る。
単線だ。線路の両側にススキの穂がゆれる中をゆっくりと進んでいく。
こういう列車の運転の仕事はいいな、と思った。
昔、高校生の時に鉄キチだった時、千歳線を走るDD51が牽引した貨物列車がゆっくりとした速度で走っているのを横目に、自転車で並行しながら走っていたら、DD51の機関士が天井から延びた引手を引いて、汽笛を鳴らしてくれた光景がよみがえってきた。

飯山駅に着いたが、ここで降りずにそのまま長野へ直行する。
しばらくすると列車は山の中、まるで林道の中を進んで行くような景色に変わった。
天候もくもりから徐々に日が差してきた。この日の天気予報は雨だったから、これはいい兆しだ。傘が要らないかもしれない。

豊野というやや大きな駅に着いたとき、失敗に気付く。
もうここからは長野までわずかなのである。列車正面から見える景色に収めておこうと思っていたが、もう絵になるような景色は見られなくなる地域にまで来てしまっていた。
さっき、小さなトンネルに入るときのいい景色があったのに何故撮らなかったのか。即断力にかけるな。

長野には10時49分に着いた。定刻どおりだ。
駅で十日町→飯山間乗り越しの料金精算と十日町下車時に使えなかったスマホの無効化を駅の窓口でしてもらった。
改札を出るとまず目についたのが立ち食いそば屋。看板に「信州そば」と書いてある。
朝から何も食べていなかったので早速この立ち食いそば屋に入って、天ぷらそばを注文した。
天ぷらは関東で主流のかき揚げではない。北海道でよく見かける小さな丸型に成形された小エビの天ぷらとも違う。
この店の天ぷらはどんぶりの直径近いサイズの丸型に成形された大きな天ぷらだったが、エビとか野菜などは入っていない。しかも硬い。さくさくでは全然ない。食いちぎるという感じだ。
かき揚げとは全く別物。てんぷら粉を揚げてただ固めたようなだけのものだった。
何か体に悪そうだ。しかしめんはこしがあってうまい。東京あたりの駅の立ち食いそばの細くてこしのない、そばでないような麺とは全然違っていた。つゆはかなり濃いしょうゆ味だ。

立ち食いそばを食べ終わって店を出たが、なんか物足りないので駅出口側のパン屋兼喫茶店に入り、揚げドーナツと塩パンとコーヒーを注文する。
さてと天気も良くなったことだし、時間もたっぷりあるので善光寺に行ってみることにした。

(この続きは次回)

今回写真が1枚も撮れていなかった。がっかり。
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上越・信州小旅行記(その6)

2020-10-11 22:09:00 | 旅行
某技術の習得のために始めた講習が結構大変だ。
今日はギターを弾く時間が全く取れなかった。
社会人マンドリンクラブの練習が10月から再開されたが参加できていない。
ひょっとすると1月末までは参加できないかもしれない。
2週間前に行ってきた上越・信州小旅行の紀行文も小出しでいつになったら終るのか。

(前回からの続き)

7時48分、十日町駅到着。



十日町駅で降りて朝食を食べようと思って、駅構内の売店か立ち食いそば屋を探したが無い。
外へ出て喫茶店などが無いか探したが、駅前にはそういう店は無かった。
仕方ないので駅周辺を歩いてみることにした。
比較的大きな町のような気がしないでもないが、人通りも無く、駅前から直線で続く商店街の道路には車ばかりが走っている。
コンビニを探したが皆無。
この駅前通りを20分ほど歩いたが朝飯を食べるか調達することのできる店はとうとう見つけることが出来なかった。
仕方なく駅まで引き返すことにした。

この駅ではスイカでの精算が出来ないので、目的地までの切符を現金で買って、スイカ無効手続きの紙を駅で発行してもらい、目的地のスイカのある駅で無効化してもらわなければならない。
これはめんどうだが、地方に行くとあることだ。
以前にも栃木県の烏山というところの酒蔵(東力士という銘柄を出している)を見学しに行った時も、烏山線の終着駅烏山で同様の経験をしたことがあった。



結局朝食は食べずじまいとなった。

(この続きは明日書きたい)


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上越・信州小旅行記(その5)

2020-10-10 23:21:38 | 旅行
今日ももう残りわずかとなった。
1か月前ほどから、自分への投資として、ある技術を身につけるための講習を受け始めたことにより、ギターを弾いたり音楽を聴く時間が少なくなってしまった。
また多くの人と接する機会も増え、独りで落ち着いた時間を過ごすことも出来なくなってきているが、それはそれで生活のメリハリが出てきてよかったと思う。
2週間前に行った小旅行の記事も遅遅として進んいかないが、1行でも2行でも書いておこう。

(ここから前回からの続き)

9月24日、朝6時20分。宿を出発する。
長岡駅までは歩いて15分ちょっとの距離だ。
天候はくもりだが、雨は降っていない。天気予報ではたしか今日は雨だったはずだ。
長岡って大きな町のようで、そうでもない、なんか寂れた感じがする。
駅周辺の夜が何となく暗い。
寂れてはいなかったけど、盛岡とか和歌山がそうだったような気がする。
長岡駅で6時54分発の十日町行に乗る。飯山線に乗るためだ。



改札でスイカが使えるか女性駅員に尋ねたら使えないとのこと。(私はこの時間違って「スマホは使えますか?」と言ってしまった)
券売機で随分久しぶりに普通列車の切符を買う。

飯山線は、ディーゼルカー(気動車)のワンマンカーのたった1両編成。単線だ。



途中駅の越後川口でも終点の十日町駅でもどちらでも飯山線の本線へ乗り継ぎ可能だが、越後川口駅で乗り換えることにした。
しかし越後川口駅が思いのほか小さな駅だったので、この駅での乗り換えはパス。十日町駅で乗り換えることにした。

小地谷と越後川口で合わせて20人くらいの高校生が乗り込んできたが、不思議なことに、誰も一言もしゃべらない。
皆、一心にスマホを見ている。ちょっと異様な光景だ。
その後何人かの高校生が乗車したが、全体に静か。
だけどやはり田舎の高校生だ。
都会の洗練された高校生とは違う。幼い感じがするが、土臭い。
東京都心あたりで見る高校生とはちょっと違う。田舎の高校生の方がいいな。

後で何故高校生たちがお互いにしゃべらなかったか、分かった。
コロナ感染を防止するため、学校側から恐らく電車内で会話をすることを禁止されているのではないか、ということだ。
もしそれが違うとしたら、たまたま全員がスマホ大好き人間か、あるいはコロナに関係なく電車内で絶対に会話をしないよう学校から統制洗脳教育を受けているかのどちらかであろう。
(このつづきは明日にします)


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上越・信州小旅行記(その4)

2020-10-09 23:34:45 | 旅行
(前回からの続き)

15時43分発の長岡行きの普通列車、電車3両編成に乗る。
乗客はまばらだ。
新潟というところは割にいいところかもしれない。平野が多く、起伏は少ない。
人もあまり多くない。道も分かりやすそうだ。
景色は、稲刈りを終えた広大な田んぼが続く。
米と言えば新潟だが、最近は北海道の米の評価が高くなっているようだ。
ななつぼしとかほしのゆめといった銘柄を目にする機会が多い。
30年以上前の道産米は不味くて不評だった。
大学時代、金の無かった私は超おんぼろアパートに近くにある、おばあさん独りでやっている小さな米屋に行って、一番安い量り売りの米を買ったものだった。
ものすごく臭い米だった。
その後、バイトの給料が入った時にキタヒカリという出たばかりの銘柄の道産米をその米屋で買って、米の味がこんなにも違うものなのかと感じたことがある。

この電車の車掌は女性だった。
新潟の路線に乗って、意外にも女性の車掌を見かけた。
進行方向に向かって右側は海は見えない。単線で、ワンマンカーでないにしても、無人駅が殆どのローカル線だ。
車両は古いタイプ。窓は両側のレバーを下げてから上に持ち上げるタイプ。国鉄時代の車両を思い出す。
上着を掛けるフックが壁に付いていた。
今のJRで最も古い車両を使っている路線はどこなのだろう。
今は置き換わってしまったが、鶴見線とか八高線で古い車両が使われていたことを思い出す。

小島谷という駅で、吉田方面行の列車との待ち合わせのためにしばらく停車した。
この無人駅はきっぷ入れのような金属の箱が改札に置いてあるだけだ。
スイカをかざすものではない。スイカのある駅で入った人はどうやって精算しているのか。
車掌は一昔前は全て男だった。
しかし近年は女性にも門戸を開放し、東京都心でも女性の車掌はかなり見かけるようになった。
昔は乗客の切符の検札や、乗り換え、乗り越しの精算のために車掌が動いている全ての車両を歩いて回るという、かなり体力の消耗する業務を行うのが当たり前であったが、今は車内アナウンスも自動化され、車掌の業務は大幅に省力化された。

あと車窓を見て思うのは、自動車でのドライブは幹線道路ではなく、そこを外れたマイナーな道路をあえて選んで走ってみた方がよいと思ったことだ。
遠回りで時間はかかるだろうが、ドライブしながら感じる気分は全然違うと思う。

途中、刈羽という小さな駅に止まった。あの柏崎刈羽原発が近いのだろうか。
無人駅で、「かりわ」と読む。原発とはイメージが程遠い雰囲気の駅だ。

しかしこのような観光地から外れたローカル線の旅(一人旅)のどこがいいのか、と思う人もいるかもしれない。
たくさんの人と楽しくわいわいと旅をした方が断然楽しいのではないか。
こんな寂しいローカル線に乗って一人旅するなんて、つまらない、退屈だと思う人が絶対いると思う。
しかし、旅は人によってそれぞれ価値観が違うものだと思う。
旅は自由である。どんな旅があってもいい。
いろんな楽しみ方があっていい。
要は、自分の心が本当に望むことをするだけのことなのだ。
偏った主観的な価値観に縛られるのは良くないと思う。
人が何と思おうが、好きな旅のスタイルを貫いている人を見ると、それがどんなものであろうと、いいね、と感じてしまう。

16時56分、柏崎に着く。



ここから17時10分発の長岡行きの普通列車に乗り換えだ(信越本線)。
列車から降りたら、何とこの電車の運転士は若い女性だった。
(下の写真に小さく写っている)







車掌も運転士も若い女性。この組み合わせを見たのは初めてだった。
柏崎駅で長岡行の列車へ乗り換えるためにホームで待っていたが、乗客のほとんどが学校帰りの高校生たち。
座れないだろうなと思っていたら、あっさり座れた。
2両編成のワンマンカーで電車だ。単線。
雲はうろこ雲。明日は雨の予感だ。途中で越後安田という駅で、季節外れのとんぼがたくさん飛んでいた。
この路線も無人駅が多い。

17時54分、長岡駅到着。
長岡駅はかなり大きな駅だ。改札を出てすぐ、日本酒ショップに反応。
さっそく入ってみる。
300mlの越後秀山「巻機(まきはた)」(純米吟醸)と、純米酒「北雪」のワンカップを買った。
この酒を、弥彦の物産店で衝動買いした2,050円のぐいのみで今日の宿で飲むのである。



時間も18時と丁度晩飯時だったので、駅前で何か食べてから宿に向かうことにしたが、なかなか飯屋が見つからない。
長岡って変な町だ。発展しているようで寂れている。
飲み屋はたくさんあるのだが、飯屋がない。せめて吉野家か松屋くらいはあっていいだろう。
結局宿に着いてから食べることにしたのだが、壊れかかったスマホのナビがいい加減で、目的地=宿がなかなか見つからない。
何回か操作しているうちに道順が分かってきて、無事に宿にたどり着く。これだから電子機器音痴は困ったものだ。
宿は駅前通りから少し入った寂しいところにあった。

宿は和室の料理旅館。部屋は8畳のエアコン、テレビ付き。
トイレ、洗面所、風呂は共同だ。4,000円+税。







静かで落ち着いた部屋だ。畳は、以前住んでいた公団の畳に匹敵する古さ。
古くても清潔であれば何の問題もない(私の今の家の畳は若干、くすみ+ほこり?)。
荷物を置いてから、すぐに会計を済ませ晩飯を食べに出かけた。
近くに宿の主人が教えてくれた中華料理屋があったがパス。
途中、カレーショップがあったが、cocoでなかったのでパス(値段高そう?)。
結局、20分程歩いて駅前まで来てしまった。
さて何を食べようか。
普段の生活習慣で形成された強固なプログラムに自動的に従わされるように、駅ビル内のラーメン屋に吸い込まれていった。
そしてラーメン+ぎょうさ3ケを自動販売機で注文した。

帰りにローソンでせっけんとつまみを買った。
宿の主人は親切だった。
こういう小汚いけど素朴な安い宿が一番だ。
また長岡に行く機会があったら、迷わずこの宿を選ぶだろう。

弥彦村で衝動買いしたぐいのみ(陶器)をインターネットで調べてみたら、莢陶窯(きょうとうがま)による焼き物で知られているらしい。
今日買ったこのぐいのみがいかほどの価値があるのか分からないが、同じ売り場で980円でたくさん売られていたぐいのみと比べると何か違うような気がする。
あくまで直感だけど。
肉厚が薄いのが特徴。内側に1点、黒点、ほくろのようなごく小さな点を発見した。



ピンホールか。
よくヤフオクに出てくる決まり文句、「神経質な方は入札をお控えください」の対象となるような人であればクレームをつけて返品するかもしれない。
(果たして私はどのタイプ?)

でもこうして静かな和室の安宿でテレビもつけずにずっと一人で酒を飲んでいると、過去のさまざまなことがよみがえってくる。
学生時代のマンドリンクラブのこと、後輩や弟子のこと、思う存分やれたのかどうか、という自問自答、後悔したり、やりきれない思いもこの静かな部屋で次々と走馬灯のように湧き起こってくる。
あの過去の人たちは、今、どうしているのだろうか。
自分は孤独が好きだけど、本当のところは人が好きなのではないか。

風呂は2人がやっと入れる大きさだった。
風呂から上がって日本酒の残りを飲む。
ふとスマホのメールを見ると、延期となった大規模演奏会の開催人数縮小(60人)の連絡が入っていた。曲目も変わる。
参加する人は+15,000円かかるという。
どうするか。全員参加ではない、不完全な状況の中でも参加するか。
(結局、迷いに迷って、回答期日の10/5に回答した。最後まで気持ちが揺れた)
エアコンからポタポタと水が落ちてくる。設定温度を下げたら、止まった。
酒を飲んでも全く酔わなかった。
昔、学生時代にバカ飲みしていたころを思い出した。
不味い日本酒を飲み過ぎて悪酔いして、夜中にムクっと起きあがって、長時間にわたって汲み取便所に向かって夥しい量のゲロを吐いたことが何度もあったことを思い出した(汚い話をして申し訳ありません!)。

夜中の2時49分に目が覚める。汗を大量にかいていた。
部屋は異常に静かだ。秋虫の鳴き声しか聴こえない。
汗が引くのを待って寝ようとするが1時間くらい眠れなかった。
次に目が覚めたのが5時11分。
いつもなら既に起きている時間だ。
もっと寝ていたいのに。何故か神経が疲れている。
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