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緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

山陰・山陽・大和地方小旅行記(5)

2021-12-05 21:29:55 | 旅行
(11月27日の記事からの続き)

9月21日(火)
5:00起床。
昨日の出来事があって、夜遅くではあったがJR西日本のホームページを検索し、お客様センターに昨日の出来事を書いて送った。
やはり運転手の度を超えた態度や危険行為に対する未然の対応に釈然としない気持ちがあったので、このままにしておかない方がよいと思った。
一方で事前に知らなかったとはいえ、行ったことに対する罪悪感も感じ心境は複雑であった。

宿を出るときおかみさんが玄関に顔を出してくれた。



こういう古くて小さな旅館で、過去に客が私一人のみだったということが何回かあった。
記憶に残るのは輪島、横手、松本、あと名古屋だったか静岡だったか(この時はおかみのおばあさん一人だけで、風呂入れますよと言っていたのに、お湯が出なかったし、学生時代に住んでいたお化け屋敷風超おんぼろアパートほどではなかったが、部屋の畳が上下に激しく波打っていた)。

今日は新見→総社(そうじゃ)→岡山経由で姫路まで行く。
新見行き6:11発、2両編成のディーゼル、ワンマンカーに乗る。単線だ。





下は津山着のディーゼルカー。この型のディーゼルカーが最も多く走っている。



乗客はまばらで、殆どが通学の高校生だ。天気は霧がかかっており良くない。
この路線は姫新線と言うが、霧で景色がよく見えない。

そういえば、鳥取から津山までの人々の言葉は関西弁ではなかった。どっちかというと標準語だ。
霧が少しずつ晴れて来た。今日は晴れになるであろう。
明日の天気の方が気になる。雨の予報だ。

坪井(つぼい)という駅で列車行き違いのため2分停車。反対方向から走ってきた列車は、昔のオレンジとクリーム色の古いディーゼルカーだった。
(私が就職で上京する時、旧千歳空港駅まで乗ったのがこのタイプの列車だった。この頃は北海道でもまだ走っていた)
ホームは荒れておりボロボロ。因美線もこの姫新線も近代化から取り残されている印象だ。
しかしだからこそ、こういうところを訪れてみたいという気持ちにさせるのだ。
風景は因美線と同様、山と山の間の谷間を縫うように進んで行く。
点在する民家の殆どが古い昔ながらの造りの家だ。

霧がまた出て来た。高校生たちの話し言葉を聞いているが、関西なまりは無いようだ。美作落合という駅で高校生たちが大量に降りた。
昨日の出来事がトラウマになったのか、カメラを取り出す気にはなれない。
また大きな汽笛を聴くと恐怖を感じる。これはまずい。

久世で4分の列車行き違いのための停車。ホームで待つのは高校生だけだ。反対側からやって来た津山行きは総オレンジ色のディーゼル2両。
ここからゆるやかな下りとなる。景色も山あいの農村という感じから工場などが点在する景観に変化する。
中国勝山で10分ほどの待ち合わせ。
奈良方面の明日の天気はくもりと出ていた。明日は奈良にしようか。
ここから街並みを外れ、山あいの路線に戻り、トンネルの連続となる。
トンネルを抜けると少し開けてきた。しかし駅は無人で、ホームも粗末。
ホームに木が生え、こけが生え、落ち葉が大量に積もっていた(月田駅)。
無人駅だから誰も手入れや掃除をしないのだ。だけど私が普段通勤で使う関東の某駅のように、線路に空き缶やらマスクやらアイスクリームの容器やらが落ちたままになっているのとは全く違う。
再び視界は快晴となる。この3日間の睡眠不足がたたって居眠りをしてしまった。
刑部(おさかべ)という駅で6分の待ち合わせ。ここで高校生が大量に乗ってくる。

新見駅、8:07着。次の列車乗り換えまで30分あるので、途中下車することにした。



新見駅周辺は小さな町という感じだ。鍾乳洞や美術館があるくらいだ。
ここの人は関西弁だった。ここは岡山県なのだ。
山陰と山陽、これらの地域の言葉の境界線はどこなのだろう。
山陰の方が言葉が美しい。
駅前のベンチに座って缶コーヒーを飲む。明日は奈良にするか。奈良にするなら宿を今から探しておく必要がある。スマホで和室の安宿が見つかった。(しかし旅程表を確認したら、宿泊は必要ないことが判明)

総社方面は播州赤穂行きの2両編成のワンマンカー(電車)で、伯備線という路線になる。





この地方は瓦葺の屋根の家が多く、学校も瓦葺だった。
ワンマンカーだけど、途中から女性車掌が車内で乗り越し精算をしにやって来た。
これも関東ではもはや見かけなくなった光景だ。しかしのんびりしている。
私もこういう土地でのんびりと暮らしたい。仕事リタイアしたら移住しちゃおうかな。
この路線の駅名に「備中」という名前が付くものがいくつかあった。
右側には渓流が見える。その横は山だ。人一人いない。
めずらしい駅名、「美袋」と書いて「みなぎ」と読む。

9:41総社駅着。

(タイムオーバー。続きは次回書きます)
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山陰・山陽・大和地方小旅行記(4)

2021-11-27 22:56:58 | 旅行
(前回、10月8日の記事からの続き)

智頭駅から16:30発の津山行き、因美線の普通列車(1両編成、ディーゼルのワンマンカー)に乗る。単線だ。



この路線は智頭急行線よりもさらにローカルで、山あいを走っていく。
点在する民家も古い木造のものが多く、都会の文化とは無縁のような所だ。
運転席前部の窓からの景色をしばらく眺めていた。
智頭の酒蔵で試飲した日本酒の酔いもあってか、気分が良かった。
それをいいことに、1年前に大糸線に乗ったときには勇気がなく出来なかった行動に出た。
その行動が思いもよらぬことになろうとは夢にも思わずに。

運転席の右わきがスペースになっていて、そこに立って前部の窓から直接前方の景色を眺めることができた。
私はその場所まで行って、写真を撮り始めた。







丁度列車はトンネルに入ったところだった。トンネルの先に出口が白く光って見える。
そしてトンネルの出口近くにさしかかったところで、目の前に素朴な美しい景色が映った。



「これはここでシャッターを押すしかない」とすかざす判断し、カメラのシャッターを押した。
まだトンネルを抜けていなかったせいか、自動的にフラッシュが焚かれた。

その瞬間だった。
雷のような怒声が2,3耳に入った。
一瞬、何が起きたか知覚できず動揺した。
その怒声は私に向けられているようだった。
「フラッシュ焚くな!!!」という言葉だった、やっと事態を掌握できた。
運転手がフラッシュを焚いた私に激怒したのだ。
私は、全く思いもよらず、谷底に突き落とされたような気持ちになり、たじろぎ、反射的に謝罪した。
どうやらフラッシュの光が運転手の目に悪影響を及ぼすようだった。

その場を離れ、座席に戻ったが、谷底に落とされてすっかり意気消沈した私は、その後何もする気になれず、ただただ、座席横の車窓を茫然と虚ろな目で眺めているのだった。

それにしてもこの路線は昨年乗車した大糸線と同様、おすすめのローカル線だ。
この路線は山を下っていくようだ。急こう配の下り坂では、思い切り速度を落として運転している(大糸線もそうだった)。
この因美線や智頭急行線の線路脇には、朱色の花をつけた丈の短い植物がたくさんはえていたが、何という花なのか。

17:37、津山駅に着く。
ホームに出ると、先の激怒した運転手が待ち構えていた。嫌な予感がした。
予感は的中した。
私に対し、まだ怒り足りないようだったのか、恐ろしい形相で客である私に向かって敬語も使わず大きな声で「お前、フラッシュを焚くと運転手がどうなるか分かっているんだろうな」と恐喝まがいの言葉を吐きつけてきた。
そして歩きながらもさらにつきまとい、しつこく叱責の言葉を連ねた。
私は反論しようとしたが、分が悪かった。知らなかったとはいえ、結果的には万が一にも重大事故につながりかねない危険行為を行ったからだ。「わかりました」とここでは引き下がることにした。

津山駅周辺は意外にも高層のホテルが2軒ほど立ち並ぶ、ちょっとした町だった。
日は暮れかけていた。
今夜の宿は津山駅から歩いて10分、古い和室旅館だ。1泊4,500円。
6畳間+2畳ほどのラウンジ(?)という典型的な和室の宿だ。





国道沿いということもあり、たまにバイクの音が気になる以外は静かなもの、鈴虫などの秋の虫の鳴き声がさかんに聞こえてくる。
旅館は80過ぎの夫婦2人だけでやっていた。
対応してくれたおかみは81歳と言っていたが、年よりもずっと若く元気に見えた。
やはり毎日働いているからだろうか。
話好きの丁寧な方で、いろいろ教えてくれた。
そろそろ旅館をたたむようなことを言っていたが、こういう昔ながらの素朴な旅館はずっと残して欲しい。
私はこういう旅館が一番くつろげる。

近くに飲食店が無いので、スーパーに行って弁当(アムライス)と総菜と納豆とプリンと豆まんじゅうを買った。
納豆は関東では見かけない、わらに包まれた昔ながらの納豆、宮崎県のメーカーのものだった。





普通の納豆は全然違う。くさみが無く、大粒と中粒の中間くらいの大きさで、素材はいいものを使っている。
佐賀県の「ふくゆたか」という大豆を使っているようだ。今まで食べた納豆の中でも上位にランキングされるものだ。
スーパーからの帰り道で、美しい満月を見た。思わずスマホで写真に収める。



弁当のオムライスをレンジで温めてもらって部屋で食べてから風呂に入る。
客は私の他に1人もいない。完全貸切みたいなものだ。何というぜいだく。開放感に思いっきり浸る。

風呂に入っている間もさっきの事件が思い出されてならなかった。
トラウマになったであろう。
収まるにはしばらくの時間が必要となるだろう。

風呂上りに、鳥取駅で買った日本酒「強力(ごうりき)」をまんじゅうを食べながら飲んだ。



鳥取県産の「強力」という酒米のみで作った酒で、少し甘いが日本酒らしい部類の酒だと思う。
続いて、智頭の諏訪泉酒造で買った、長期熟成古酒1986を飲んでみる。



色は紅茶のような茶色。味はどうか。
何か変わった味、まろやかであたたかみのある味、強力を空けた後なので若干味覚がにぶっているが、何とも言えないいい味だ。プリンの底に付いている茶色のカスタードのような味にも感じられる。
少しづつゆっくりと味わいながら飲む酒であり、決して短時間で大量に飲む酒ではない。

以前、栃木県の烏山の東力士酒蔵を見学したときに買った古酒とも味が違う。
諏訪泉の方が私に合っているように思えた。
これから古酒に切り替えようかな。
いい味の酒を少量ずつ味を楽しみながら飲むような楽しみ方に変えていってもいいと思った。

寝るまですこし時間があったので、スマホでJR西日本のホームページを覗いてみた。
お客様相談コーナーがあるはずだ。
そこに今日の出来事を報告してみようと思いついた。
探してみたら、お客様センターなるものがあり、要望、クレームなどを投稿できるようになっていた。
早速、もどかしい手つきで今日の出来事を入力した。
あれほど運転手が激怒するほどの危険行為であれば、JR側は列車内のアナウンス、駅構内、ホーム、列車内の眼につくところでのポスター等の掲示を行って注意を促すのは当然の義務であろう。
何故、それをしないのか。そこが疑問だった。
あと、何度もこちらが謝罪しているのに、恫喝するような言葉使いで執拗に責め立てるのは過剰行為ではないかと思う。
このようなことを入力して送信した。
釈然としない気持ちのまま眠りにつく。
部屋は静かだった。
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山陰・山陽・大和地方小旅行記(3)

2021-10-08 21:15:35 | 旅行
(前回からの続き)

10:42、姫路着。下車する。
改札を出てすぐの所に切符売り場の窓口があったので不安は払拭された。
スマホの路線検索の表示画面を駅員に見せて、鳥取までの乗車券と上郡→鳥取間の自由席特急券買う。
発券まで意外に時間がかかった。後ろに並んで待っていた男性客が少しせいているような気配を感じる。
姫路からは播磨赤穂行き11:06発の4両編成の普通列車(電車)に乗り換え、5駅目の相生駅で降り、2分の待ち時間で岡山行きの普通列車へまた乗り換える(11;27発)



2駅で上郡着。ここから特急「スーパーいなば5号」に乗り換える。
上郡までの景色は田んぼが拡がり、ど田舎というほどではないが、のどかな風情だ。
上郡までの電車は、昔の総武線を連想させる、オールイエローの車体であったが、正面から見ると昔の東北線や東海道線などで使われてきた車両(クモハ?)と同じ形状だった。



上郡駅到着後、たった2分の接続でスーパーいなば5号に乗り換える。岡山→鳥取間を走行する特急列車だ。
駅に着いたら特急は既にホームに止まっていた。



編成の長い電車を想定していたが、たった2両のディーゼル車だった。1両は指定席、もう1両は自由席だが、指定席は殆ど乗客がいない。自由席も乗客はまばらだ。自由席特急券を買って正解だった。
1両でも十分と思われるほどの乗車率であったが、たった1両のみの特急列車というのは聞いたことはない。コロナ禍ということもあるが、普段でもこの区間の利用率は低いのであろう。
定刻で上郡駅を出発。ディーゼル車特有の騒音と排気のにおいだ。でもこの音とにおいが好きなのだ。
学生時代まで北海道にいたときによく乗ったのがこのディーゼル車だった。幼い頃は蒸気機関車が牽引する客車にも乗った。
電車に乗り慣れている人には分からないかもしれないが、ディーゼル車というのはやはり旅情をかきたてる何か独特のものがあるのだと思う。

しばらくして車窓を眺めていると、この列車が地上を走っているのではなく、新幹線のような高架を走行していることに気付いた。こんな田舎なのに何故?。
この路線は「智頭急行線」(上郡⇔智頭間)と言うらしく、JR西日本の路線ではないようだ。単線だ。智頭から鳥取までは因美線となる。

特別素晴らしい景色があるわけではないが、のどかな田園地帯といった所か。それでも山々に囲まれているのでトンネルが多い。
車内放送で先ほどの「智頭」という駅の呼び名が「ちづ」であったことを知る。それに気付くまでは「ちがしら」だと思っていた。
駅名の漢字をそのまま読むと、間違っている駅はたくさんある。
この路線で先ほど「佐用」という駅に止まったが、この駅名の呼び方は「さよう」ではなく「さよ」という。正しい駅名を知るには大きな時刻表が必要だ(いや、今はインターネットがあるから必要無いか)。

しかしトンネルの多い路線だ。こんなローカル線で乗車率も低いのに、莫大な設備投資をしてまでこの路線を造るメリットはあったのだろうか。多分赤字路線に違いない。
山の多い山陰地方ならではの景色が続く。
でもこういうローカルな土地の風情を味わうには車で行った方がより一層満喫できるのではないかと思う。車の旅も今度やってみたい。

12:23智頭着。小さな古い駅だ。駅の周りの建物のコンクリートの壁は古く汚れていて、寂れている町といった印象だ。駅のホームに止まっていた普通列車は1両編成だった。
車窓から見える民家や商店も古く、壁は汚れたトタンあるいは木材のような材質の短冊状の薄い板を貼ってあるような家が多かった。
右側にきれいな渓流が流れている。山々が目前に迫っている。山と山の間の平地に作られた町なのであろう。
この路線もかなりローカルだ。途中、私の勤務先の会社の同業他社の工場が見えた。
しかし古い家が多い地域だ。昔の時代と変わっていない、変化の乏しい地域なのかもしれない。
こういう所を実際に歩いてみるのもいいと思った。途中、みかん畑が拡がる。
智頭の次は「郡家」という駅。「こおげ」と読む。ここから鳥取まではかなり開けてきた。
ただ家並みは新旧混在といった感じだ。

12:53、鳥取着。



この駅に入線する列車は皆ディーゼル車だ。確かにホームに架線は無い。ホームに古いオレンジ1色の車両(キハ?)が止まっていた。



次の乗り換え列車まで時間があるので駅前のそば屋に入り、砂丘そばとミニ親子丼のセットを注文する。
「砂丘そば」なるものがどんなものか言うと、だしは関西風の薄いだしで、薄く切ったちくわ2切れと刻みねぎを入れただけのシンプルなそばだ。
とくに名物というほどのものではなさそうだ。

鳥取駅の構内も外も人通りは少なく閑散としている。元々人口の少ない町なのか、コロナ禍で外出を控えているのか判別しがたい(多分後者によるものだと思うのだが)。







駅の売店で鳥取の地酒「強力(ごうりき)」300ml入りを買った。今夜宿で飲むことにしよう。

14:10、智頭行きの普通列車に乗る。古い、総オレンジ色のディーゼル車だ。2両編成のワンマンカー。









空調は無く、天井に設置された扇風機が回転していた。それにしても懐かしい光景だ。
私が就職で東京に出てくるまでの30数年前までは北海道でもこのタイプの車両は未だ走っていた。

智頭まではさっき鳥取まで来たときと同じルートになる。運賃が無駄にならないか?
しかし因美線全駅を通過するためには必要なルートであり、やむを得ない。
扇風機、金網の網棚、左右に押上レバーの付いた手々開閉式窓、4人掛け対面式box席、窓側の足元にヒーターの段差、など、懐かしくもあり、未だにこのような列車がメインの鉄道として走行していることはかなりの驚きであった。現在の北海道だってこんな古い車両は無い。







「用瀬(もちがせ)」という駅の近くに古い民家、それは土壁の蔵のような建物であったが、立ち並んでいた。
この民家は鳥取に来る途中でも見た。この路線で瓦屋根で、古い造りの民家をたくさん見かけた。この地方は何か時代に取り残されたような過疎地帯といった感じだ。







この駅で、数名の観光客風の乗客が降りた。そのうちの一人がホームでカメラのシャッターを切っていたから間違いないだろう。
ここは知る人ぞ知る、穴場の観光スポットなのかもしれない。
用瀬駅を過ぎてからこの土地のことが気になって、インターネットで調べてみた。なんでも、昔から1年間の罪・穢れを払う「流しびな」を行う町として知られているらしい。
ここは恐らく観光地化はされていないだろう。
古びた、江戸時代からあるような瓦屋根の古い蔵や家並みは観光用として残しているという感じはしなかった。その土地の暮らしのために世代を超えて引き継がれてきた建物に違いない。
どうかこのような静かで素朴な古い町が、金儲けのための資本に汚(けが)されないよう祈る。

それにしてもあらかじめこの町のことを調べておけば、ここに立ち寄っただろうに。失敗した。
普段から用意周到に、抜け目のない綿密な計画性を持って行動しないからこのようなことになるのだ。アハハ。
でもまあいいや。またここに来ればいいのだ。次に来るときは車か?。いずれにしてもこの町はいつか時間をかけてゆっくりと散策してみたい。

14:55、智頭着。ここで次の津山行きの普通列車への乗り換え時刻まで1時間半くらある。





このようなところに観光できるような場所はあるのか。とりあえず駅前にある観光案内所件民芸品店に入ってみる。
木材を使った商品、ストーブのまきや木彫りの置物などの工芸品、装飾品が並ぶ。
ということはこの町は林業が産業なのか。商品を見て回る。
その中で唯一目を引くものがあった。「杉のひょうたん」台付きというものだ。
大きいサイズと小さいサイズとがあったが、大きいサイズの方に惹かれるものがあった。
小さい方は、ちょっと小汚い感じがした。
しかも大きい方は台付きで1,200円と安いではないか。
手で持ってみるとずっしりと重い。それに堅い。色はこげ茶色で木目なんかいい感じでなんか模様なようなデザインに見える。「これ、欲しいな」と一瞬思ったが、やめておいた。

案内所に1時間半いるわけにはいかないので、一旦外に出て壁に貼ってあるマップを見てみたら、何と酒蔵があるではないか。歩いて15分の距離だから十分次の列車まで間に合う。
ネットでこの酒蔵のことを調べてみたら、20代始めの頃に読んだマンガ「夏子の酒」の中でストーリーに出てきたことがあるという有名な酒蔵らしい。これはついている。さっそくそこに行ってみることにした。

祭日だというのに観光客らしき人は一人も歩いていない。途中で古い木造の屋敷が点在している。酒蔵の近くに何軒か古い木造の宿があった。こんな所に宿泊する人がいるのだろうか。









酒蔵に入ると客は誰もいなかった。40代くらいの女主人(?)が1人で店番をしていた。
酒の種類は多い。「諏訪泉」とか「諏訪娘」という銘柄の日本酒を作っているとのこと。
「よかったら試飲してみませんか」と言われたので、試してみることにした。
スイカの花から取った麴から造ったひやおろしなど4種類の銘柄と仕込み水を飲ませてもらった。
どの酒も昨今氾濫している甘ったるい類の酒ではなく、上品でほのかにおいしい米の味がする本物の日本酒だった。
このスイカのひやおろしともう1本、純米酒でおいしかったやつの2本を自宅に送ってもらうことにした。あとは、持ち帰り用の1986年製の古酒180ml瓶入りを買い、今日の宿で飲むことにした。

酒蔵を出て駅に向かった。駅前の観光案内所にまた入ってみようと思った。時間もまだあることだし。
そしてあのさっきの「杉ひょうたん」に目がとまった。









これやっぱりいいな。ちょっと重いし、これから荷物の中に入れて持ち歩くのはしんどそうだけど、値段も安いし欲しい。やっぱり買おう。
レジで精算しようとしたら、店の人が、この台よりももっといいのがあるから取り替えますと言ってくれて大きくていいものに替えてくれた。



それにしても堅い木だ。何て言う杉だろう。木目が美しい。
磨けばもっとつやが出るだろうか。セーム皮で磨くのがいいか。
クラックがある。



加工するときには既に入っていたクラックか。それとも加工後の保存中に入ったクラックか。
よほど直射日光に長時間当てないかぎりこのクラックが拡がることはないだろう。
ヤフオクの常套句「神経質な方は入札をお控え下さい」に該当する人は、このクラックがあると買わないかもしれないな。



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山陰・山陽・大和地方小旅行記(2)

2021-10-02 22:35:23 | 旅行
(前回からの続き)

旅行記などと言っても、面白いものではない。
単にどんな旅だったか後で思い出せるようにするための備忘録のようなものかもしれない。
裏を返せば、それだけ記憶に残らないような程度の寂しい旅だったということか?。
一側面から見るとそう見えるかもしれないが、自分にとっては日常を離れ、自分というものに向き合う時間を十分に取れる、恰好の機会でもあるのだ。

前置きはこのくらいにして本題に入りたい。
記録は手帳に細かく書いておいた。
普段しゃべらない人は書くことでその代用をしているようなものだ。
今回の小旅行記はこの記録を出来るだけ忠実に再現するようにしたい。
しかし断っておくが、これは殆ど自分の為に書いているようなものなので、面白味に欠けるものになるので退屈に感じたら飛ばしてもらって一向に構わない。

9月20日(月)
自宅から歩いて3分ほどのバス停から、5:53発の某JR駅行きのバスに乗車。
天気は雲一つ無い快晴。ただ朝家を出て東京駅に向かう列車に乗っている間までは肌寒く感じた。
ジャンパーを持ってきた方が良かったかと少々後悔する。

東京駅には7時過ぎに着いたが、定期券でいったん改札を出ようとして間違って新幹線の乗車改札口に入ってしまう。駅員に事情を説明し、定期券の記録を無効にしてもらって既に購入しておいた新幹線乗車券で入り直したが、その時、スイカでもある定期券も改札でタッチしてくれと言われた。
こんなやり方初めて。料金は取られないと言われたが大丈夫なのか。ちょっと心配になる。
乗車する新幹線は7:42発のぞみ81号、広島行きだ。





東京駅からの乗客はまばらだ。緊急事態宣言は9月30日までなので、いくら感染者が減少してきているとはいえ、通常の乗車率まで回復するのは相当の期間を要すると思われる。
7:42、定刻で東京駅を発車。
それにしても快晴だ。絶好の旅行日和だ。コーヒーが飲みたくなってきた。禁断症状だ。
車内販売はやっているのか。さすがに新幹線は速い。
今回の旅行の最初の下車駅である姫路到着まで3時間。さて何をして過ごそうか。

旅程を確認する。当初計画していた3日目のスケジュールを変更して、奈良観光にするかどうかだ。
8:43、静岡駅を通過。ここに講習会で親しくなった方が住んでいる。意外に山々がすぐ迫った所だ。
ここには過去に2回訪れたことがある。1回目は当時走っていた急行「東海」(鉄道ファンなら分かるね)に乗りたくなって、すぐに東京駅に向かって乗車した時だ。随分昔だ。
2回目は5年くらい前だったか、静岡大学マンドリンクラブの定期演奏会を聴きに行ったときだ。
この定期演奏会は記憶に残る素晴らしいものだった。この大学はいい大学だ。コロナが収束したらまた聴きに行きたい。
静岡はいい所だと思う。言葉は関東圏だ。
今まで訪れた所で直感でいいなと感じた所は、この静岡と福島、弘前、鳥取などだ。

掛川を過ぎたあたりから雲が拡がってきた。関西方面の天気はどうなのか。
車窓の景色を見ていると、日本は大きな都市と都市の間にはまだまだ緑が多いことに気付かされる。
それでも食料自給率が低いのは何故なのだろう。

9:5?(メモ判読不能)、京都着。ここでかなりの乗客が降りた。
天気は快晴に戻る。観光目的の乗車だろうか。

それにしても気になるのが、車内の通路を頻繁に行き来する2人1組のJR社員と警備会社のユニホームを着たガードマン1名だ。
何の目的でパトロールしているのか。
10:10、新大阪着。あと30分で姫路に着く。ここから鳥取に向かうが、切符は買っていない。
乗り換え時間20分で普通乗車券や特急券を買えるか。気になるところだ。
10:24、新神戸着。長いトンネルを抜けてすぐの所に駅がある。わりに小さな駅だ。
25年くらい前に1度利用したことがあったのを思い出した。
姉がシンガポールから一時帰国した時に、北海道の母や兄も神戸で落ち合って、短いひとときではあたが、家族で久しぶりに一緒に過ごした所だ。
この時に私は大阪まで夜行バスに乗って、大阪から北近畿タンゴ鉄道のサンダーバードという特急に乗って天橋立やその先の、何という町だったか思い出せないが、軒下が海になっていてそこから舟が出せるような構造の家が密集した町を訪れ、その帰りに神戸に寄ったのである。もう随分昔のことだ。


(ワクチン接種2回目だったこともあり、眠くなってきた。今日はこの辺で終わりにしたい。
全部書き終えるのに20回くらいに分けて投稿しなければならないだろう。
まあ気長に書いていくことにしよう)
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山陰・山陽・大和地方小旅行記(1)

2021-09-25 21:40:32 | 旅行
お盆休みに使わなかった計画年休3日間をこの9月のシルバーウイークに使って9連休にし、9月20日から22日にかけて2泊3日の小旅行に行ってきた。

旅行といっても一人旅であり、国内のちょっとしたものだ。
目的はJRのローカル線を中心に、今まで乗っていない路線に乗車し、その地域の空気に触れることである。
これまで少しずつ休みを利用して鉄道の旅に出かけ、JRの路線はざっとで全路線の7割くらいは乗ったかと思う。
あと3割の走破もこれから少しずつ続けていくつもりだ。
全線走破はいつになるだろう。

ローカル線はその地方の住民が乗車しているので、車窓から見る景色だけでなく乗客の言葉や態度、服装などからおよそその地域の雰囲気が感じられる。
また路線間の駅での待ち時間が1時間くらいになることもあるため、途中下車して実際にその地域を歩けばもっとそのローカルな空気に触れることができる。
そこには観光地化されていない、その土地が持つ、本来のありのままの姿を捉えることができる。
有名な観光地はたいがい、金儲けのためにの資本により、その地域の土着のものとは無関係のもので上塗りされていることが多い。
そういう所に行くとがっかりさせられることがある。
北海道の小樽などはその典型であろう。

今回行ってきたのは、山陰・山陽・大和地方の路線。





旅程表の概要は次のとおり。

【1日目:9月20日(月)快晴】
・東京⇒姫路:東海道新幹線
・姫路⇒鳥取:智頭急行線+因美線
・鳥取⇒津山:因美線、途中智頭にて諏訪酒造訪問
古い小汚い和室旅館に1泊

【2日目:9月21日(火)快晴】
・津山⇒新実:姫新線
・新実⇒総社:伯備線
・総社⇒岡山:吉備線(桃太郎線)
・岡山⇒津山:津山線
・津山⇒姫路:姫新線
ビジネス旅館のまあまあの和室に1泊

【3日目:9月22日(水)曇り時々晴れ、昼スコール】
・姫路⇒大阪:山陽本線
・大阪⇒法隆寺:大阪環状線+大和路線
 斑鳩町散策、法隆寺見学
・法隆寺⇒新大阪
・新大阪⇒東京

旅の模様は手帳に感じたことをできるだけ記録した。
この記録をもとにできるだけ忠実に記事に再現していきたい。



今回は残念なことに予期せすトラブルに遭遇した。
これについても記事に取り上げてみたい。

明日の合奏練習の練習があるので、この続きは次回にします(多分全部書き終わるのに1か月以上かかると思います。
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