晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

宮本輝 『オレンジの壺』

2010-06-20 | 日本人作家 ま
本を読む習慣のない人に、読書の魅力を伝えるときはいつも
「本を読むことは、旅をすること」と言うのですが、宮本輝
の作品を読み終わると、いつもそう実感するのです。

裕福な家庭に生まれるも、心のどこかに自分は幸せではないと
漠然と抱いている、25歳の佐和子。
彼女の父は大企業の社長。祖父の創業した会社を受け継ぎ、成長
させたとの自信からか、佐和子はじめ子供たちに、自分の敷いた
レールの上を歩かせようとします。
佐和子もそんな父のレールの上に乗り、結婚するのですが、わずか
1年で離婚。夫から「きみは石のようだ」と言われるのです。

美人でもない、面白い話のひとつもできない、そんな佐和子ですが、
祖父の遺品である日記がその後の彼女の人生を大きく変えることに
なります。

特別、孫のなかでも佐和子だけが可愛がられたということも思いあた
らなかったのですが、祖父は彼女あてに形見として日記を遺してくれ
ます。しかし、そんな日記などいらないといって、軽井沢の別荘に
置いてきてしまいます。

離婚して、何もやることのない佐和子は、父から二千万円もの大金を
渡され、これでなにか事業でもやれと言われたときに、ふと祖父の日記
を思い出し、軽井沢へ行き、日記を読むことにします。

そして、その日記には、祖父がヨーロッパの商品を日本で販売する権利
を取得するため、単身海を渡り、フランスに安アパートを借りて、そこを
拠点に営業活動をする、といった内容が書かれていたのですが、その中
に、祖父はフランス人女性と恋仲になり、女性は妊娠、ふたりは結婚し、
祖父は身重の女性を残して帰国する、といった出来事が・・・

さらに、他に外国からの手紙が束になって見つかり、フランス語や英語
で書かれた文章は佐和子には読めず、知人のつてで、現在入院中でフラ
ンス語の堪能な滝井という青年を紹介してもらい、内容は他言無用で、
翻訳してもらうことになります。

その手紙には、祖父がフランスに残してきた女性は、出産時に母子ともに
死亡したとあり・・・

なぜか、その後祖父はフランスへは出向かず、女性と子どもの墓にも行かず、
さらに日記には「オレンジの壺」という謎の言葉があちこちにあり、佐和子
は祖父に信用されていたゴーキさん(豪紀でタケノリだが、佐和子たち家族は
ゴーキと呼んでいた)ならよく知っているはずだと思い、訪ねてみることに。

ここから話は、佐和子と退院した滝井とふたりでパリへ行き、祖父の足跡を
たどることになり、やがて「オレンジの壺」の核心を知る人物を訪ねにパリ
からエジプトへと向かいます。

冒頭にも書きましたが、「旅をする」楽しみを与えてくれる作品なのですが、
単純に、人物や情景の描写が素晴らしいだけではなく、ジグソーパズルでいえ
ば、数枚のピースをわざと残して、読者の想像力で一枚の絵を完成させてゆく
作業とでもいいましょうか、これが楽しいのです。
読者の想像する余地のない精緻な描写の文章は、それはそれで素晴らしいとは
思うのですが、しかし「読書」であって「旅」にはならないのです。
コメント
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