前々回のブログで現在の世界が一極主義対多極主義(unipolar vs multipolar)であることを理解しないと起こっている事の理由が解らないという論考をしましたが、これは私や田中宇氏だけの独特の見解ではなく、世界では普通に語られている内容です(ただし田中氏の米国の隠れ多極主義者が故意に一極主義を破壊しているという主張は?ですが)。外国の投稿によるYou tubeの国際政治論説や、プーチンの演説内容でも紹介されています。医学や自然科学分野では日本は世界に遅れをとっていませんが、社会政治分析や地政学と言った分野では日本のメディア(専門家も?)は未だに自由世界とか右翼左翼といった頓珍漢な色分けで分析を行っている時点で、不勉強、時代遅れであり全く役立たずと言って良いでしょう。
国際政治分析で解説される多極主義 プーチンの世界観について紹介する2018年の記事
今回英国のEGMONT王立研究所のSven Biscop教授が今年6月に出した「ウクライナ戦争による多極世界の形成」という論考があったのでrakitarouの訳で以下に載せます。教授自身は英国一極体制を支持する側から論考を組み立てていますが、世界認識として一極主義と多極主義の展開になっているということは事実(常識)という前提で話が進んでいます。原文をあたりたい方はリンクから誰でも見れます。
ウクライナ戦争による多極世界の形成
スヴェン・ビスコップ (2022年6月13日)
米国とEUがウクライナを支持した様に中国がロシアを支持したことは、国際政治の転換点でした。ウクライナは、「ロシアと中国」対「ヨーロッパとアメリカ」という21世紀における最初の2極対立(bipolar confrontation)の場となりました。しかし中国の言質は間違いなくロシアを支持していますが、現状の政策は不介入に近いものです。つまり中国はロシアへの制裁などに加わらず、その関係を縮小するわけではないが、ロシアを積極的に支援する訳でもなく、米国、EUさらにはウクライナとの関係も保とうとしています。現実的には、中国は中立にとどまっていると言えます。
ロシアのウクライナへの侵略に対するさまざまな勢力の反応は、私たちが多極世界(multipolar world)にいることを裏付けています。各勢力は協力し合っている様に見えますが、最終的には、自分達の利益に照らしてそれぞれ独自のコースを選択しています。
2極化ではなく、多極化という新たな局面はEUにとって有益と言えます。2極化という対立では、既に双方で成り立っていた経済関係を破壊する上、双方が協力して気候変動に対処する事も不可能にします。多極化による主な対立はヨーロッパではなくアジアで行われるため、EUは二次的な役割に縮小され、対立の正面に巻き込まれるリスクが減ります。しかし、二極対立に戻るリスクはなくなっていません。中国はロシアや米国が採って来た様な直接武力に訴える政策を今の所1979年のベトナム侵攻以来、インドなどとの国境紛争があるにも関わらず採っていませんが、台湾を巡る米国と中国の状況が変化すれば間違いなくゲームチェンジャーとなって再び世界を二極対立に至らせるリスクもあります。
西側陣営は多極世界に何を提供できるのだろうか
多極化世界への対応は非常に複雑です。もしウクライナ戦争が軍事的な膠着状態のまま正式な休戦協定も行われずに終結すると、EUと米国はロシアに対して長期間経済制裁を継続したままになり、それは「ミニ冷戦」と表現される状態が続く事になります。EUとNATO加盟諸国、および近しいパートナーであるオーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国などとロシアとの「ミニ冷戦」です。一方で中国はロシアとのパートナーシップを継続しつづけるため、西側諸国は立場を明確にしない中国との関係を維持することになるでしょう。
ロシアに対する制裁をしていない国は中国だけではありません。インド、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの多くの国々です。これらの国々は「大国の動向に従う緊急の必要性」はないという選択をしています。多極化は「マニ教的な善悪二元論」とは相容れません。EU と米国は、国際政治を「民主主義と独裁主義の対立」として描きたい誘惑に駆られますがそれは無理でしょう。現実には、民主主義が常に西側にいる訳ではなく、制裁としてロシアから輸入しない事にした天然資源を供給するため、西側はいくつかの独裁政権を支援する必要があります。世界は民主主義といった価値観によって動かされるのではなく、国益の追求という現実主義の価値観で動くのです。つまりロシアや中国との緊密な関係を持っている国に対して、EUや米国が採っているロシアや中国への対応をしてもらう様説得するには、それが彼らの国益にどう寄与するのかを明確に示す必要があるのです。
ワン・ワールド
EUにとっての総合的目標は、世界を一つの価値観(one world order)に保つべきこととされます。つまり、すべての国が同意する単一の法則(コア・ルール)に従った世界秩序です。なぜなら、EUは自分たちの利益を追求するために安定した政治的および金融経済的枠組みを必要とするからです。多国間主義は EU にとって当然のことですが、既存の国際機関と、臨時的な新たな連合機関の両方で、特定の問題の具体的な解決策のために民主主義国と非民主主義国の中で積極的な役割を果たさなければなりません。すべての国家を一つのルールに従わせるには各国の妥協が必要ですが、大国が既存のルールに拘って全体のシステムを弱体化させるよりははるかに望ましいことです。もちろん、他の権力システムと妥協する場合には、全ての国が新旧両方のシステムのルールを順守する場合にのみ意味があります。これは、中国に関して注目すべき課題となります。
EU が提供できるものがあることを世界に示すには、中国の一帯一路構想に対する EU の答えである「グローバル・ゲートウェイ」が極めて重要です。それが EU の世界に対する提案です。インフラストラクチャ (デジタル、気候とエネルギー、輸送、健康、教育と研究) への相当な投資です。重要なことは、EU がグローバル ゲートウェイを開発プロジェクトと間違えてはならないということです。これは、戦略的関心のある国での EU のプレゼンスをしっかりと固定し、他の大国がそこで排他的な影響力を獲得しないようにすることを目的とした戦略的プロジェクトなのです。開発政策の役割は、むしろ援助です。つまりグローバル・ゲートウェイを実施するキャパシチィを構築する必要がある国々を支援することです。
米国は「ワン・ワールド・プロジェクト」にいかに加われるだろうか?独自のBuild Back Better Framework (2020〜21年にバイデン政権によって提案さ れた法的枠組みで、1930 年代の大恐慌時代のニューディール以来の環境プログラム。)は、国際投資ではなく国内投資が焦点です。誰がホワイトハウスの主となるにしても、多極主義に対するよりも、中国との競争が米国の最優先の戦略的優先事項であり続けるだろう。もちろん、米国の対応は中国自身がとる将来の方向性で変化するだろう。ただし米国の地理的経済的戦略は、「One World」が提供する安定性があってのものだ。しかし、(トランプが主張する様な)耳障りなナショナリズムと権威主義の高まりは、より対立的な政策を生み出す可能性もあります。
戦争を予測、あるいは開始することは容易いことです。平和を築くことの方がはるかに困難な事です。自己の防衛力と耐久力は強化しなければなりませんが、平和を構築する事が EU の役割です。少しでも成功する可能性がある限り、平和への努力は続けなければなりません。
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Sven Biscop 教授 (エグモント研究所およびゲント大学) は、Grand Strategy in 10 Words – A Guide to Great Power Politics in the 21st Centuryの著者です。