rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

「医療の質」を考える

2018-10-20 17:48:40 | 医療

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「医療の質」という言葉はやや聞き慣れない言葉ですが、最近の医療業界では大変重要なことばとして注目されています。私も勤めている病院の「医療の質検証委員会」の責任者をしており、毎週委員会を開いて病院で行われている医療についての検証をしています。

 

「医療の質」とは何か

 

医療の質とは一体何かというと、「患者さんに対して、最小のリスクで最大のベネフィットが得られる医療が行えたか」という一言に尽きます。医療が身体に侵襲を加えるものである以上、リスクのない医療というのはありません。「毒薬も薄めて使えば薬になる」の例え通り殆どの薬は大量使用すれば致命的な毒になります。また医療は人間が人間に対して行っているものである以上、誤りを犯す事が皆無であるはずがありません。「to err is human」人は過ちを犯すものである、という前提で全て考えるのが医療では常識とされています。過ちを犯してもそれを早期に発見して、致命的な障害に至る前にリカバーをして正しい方向に修正する事が何よりも大事なのです。その状況を検証するのが「医療の質の検証」と言えます。

 

米国で1980年代に教育者として医療の質について活動してきた「ドナベディアンDonabedian, Avedis 1919-2000」はドナベディアンモデルとして医療を行う際の構造(環境)、過程(何を行ったか)、結果(医療の結果)に分けて検証し、提供された医療の質を評価することを提唱しました。つまり時代、社会背景、施設や医療従事者の状況によって提供できるベネフィットの内容が変わります。その最大の能力を提供して最も良いと思われる医療結果が導かれればそれは「医療の質」が高いと評価されるのです。

 

日本において「医療の質」は常に高いか

 

医師を含む日本の医療従事者が「高い質の医療」を提供したいと考えて努力していることは間違いないと思います。しかし結果的に行った医療の質が常に高かったか?については残念ながら疑問が多いと私は正直思います。患者さんによってはその医療の結果を「医療ミス」「医療事故」と認識することも多いでしょう。

 

今回の事例について、医学的状況が解らないのに軽々にコメントをすることはご遺族、医療者側どちらにも非礼なことだとは思いますが、報道されている内容からの類推で医療の質につながる所を述べます。この乳がんの患者さんは2009年に再発してから10年近く種々の治療を行いながら生活をしてきたことが記事から解ります。完治ではないながら、在宅でなくなる前日まで買い物に行けるくらいの状態で過ごしていたようです。次第に進行はしていても、外来で化学療法などを行いながら癌の患者さんを診てゆくのはなかなか難しい面があります。「がん救急」と呼ばれる分野の救急疾患があって、元気に暮らしていても何らかのきっかけで急速に状態が悪化する場合があります。癌の進行で腎動脈や尿管が閉塞して数日で急性腎不全になり高カリウムで突然死することもあります。化学療法で前回までは問題なかった量でも今回白血球や血小板が危険域まで減少して敗血症になることもあります。他にも緩やかに経過していた病態が急激に悪化してしまうこともあります。この患者さんの例はこのような経過であったかも知れません。「これは進行が急になった。家族に知らせなくては。」と思っているうちに不幸な転機に至ってしまうという経験も私もあります。家族にしてみると「こんなに悪くなっていたとは、」と思いがけない結果であることもあり、感じ方では医療ミスがあったと誤解されかねないこともあるでしょう。患者さん、家族との連携、情報提供というのは「医療の質」を考える上では「結果」につながる重要なポイントであり、大切なことだと思います。

 

医療の質の検証をしていると、高齢者の手術後の回復が十分でなく、手術がうまく行っていたのに不幸な転機となった例、化学療法後に肺炎を併発して回復しなかった例、検査後に出血があり、たまたまそこに感染など併発して不幸な転機となった例などあり、最小のリスクで最大のベネフィットからはほど遠いと感ずる医療もあります。自分の行った医療でも何とかリカバーはしたけど危ない所だった、患者さんには負担をかけたと反省する例も多々あります。個人のミスではなく、システムの問題でうまく行かなかった医療もあります(その場合はシステムの改善を行い再発を防ぎます)。患者さんや家族が医療に対して不満に思う場合、それが全て医療ミスではなくても「医療の質」が悪かった場合は十分にありえます。そのような事例は医療者側も謙虚に受け止めて再発のないよう改善に努める必要があると思います。

コメント (2)
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