・ かつてCIAは純粋な情報機関であった
「殺しのライセンス」というのは1989年の007の映画で邦題は1965年に別の映画で使われてしまったので「消されたライセンス」となっています。本来情報機関に働くスパイは自己防衛以外で相手を殺す事は許されていません。この映画では個人的な復習という内容でLicense to Killという題名が付けられたと思われます。しかし現在米国のCIAは国外においてやりたい放題人殺しをしているという認識が広がっています。
「我々が暗殺部隊を必要としないことは確かです。彼らは世界中で手柄を立てようと計画を練り、勲章を、そして本音では昇進を勝ち取りたいだけです。これではまるで自作自演です。」1976年フランク・チャーチ上院議員はCIAによる勝手な国外における要人暗殺を戒め、情報機関は情報収集に徹してその情報を活用、判断するのは別の行政機関に任せるようCIAから「殺しのライセンス」を取り上げました。1990年代に東西冷戦が終了すると、CIAによる情報収集の任務の重要性が低下し、予算と組織の縮小でCIAの存続意義が問われるようになります。しかし2001年9月11日の連続テロ事件を境にCIAが息を吹き返す事になります。9.11を防げなかったことでCIAの信用は失墜していたのですが、当時のブッシュ大統領はCIAに地球規模の人間狩りという任務を与え、再び「殺しのライセンス」を情報機関に与える決定をしたのです。
映画Good Kill(2014年、アンドリュー・ニコル監督、邦題ドローンオブウオー)においてドローンを操縦する米軍兵士に電話で攻撃命令を与えるCIA職員が描かれていますが、まさにこれが情報機関に与えられた殺人許可証と言える物です。
米国には表に示すように大きくは5つの情報機関があります。911後DHSの下に全てをまとめる動きがあったようですが各省の利害がまとまらず、結局緩い協力体制の下現在の態勢になっているようです。そのような中でも明確な殺しのライセンスを持っているのはCIAだけと思われます。
・ テロとの戦争におけるCIAの位置づけ
軍隊というのは、国際紛争においてある政治的な目的を達するために「相手国の軍隊に対して」限定的に使われるのが本来の使われ方であり、図に示すようにその指揮系統もその目的を達するために機能的に作られたものになっています(現在の自衛隊を含む西側諸国の陸軍組織図)。しかし国家をバッックボーンとしないテロリストの殲滅を目的に非限定的(相手国の治安、経済、政治の全てに渡りコントロールするために期限を設定せずに軍隊を使う)に行われている現在のテロとの戦争で軍隊がうまく機能しないことは以前から私が指摘してきた通りです。そしてテロとの戦争のための教本がやっとできたのが後のCIA長官で醜聞問題(本当の解任理由は別にありそう)で解任された当時の米軍司令官D.ペトレイアス氏が2006年にまとめたCOINです。軍人は基本的に個人の判断で敵を攻撃して良いかどうかの決断はできません。3部の決めた作戦に従って行動しなければ「国家の戦争目的を達成する軍」として役に立たず、デタラメな内容になってしまうからです。しかし「テロとの戦争」では目の前の民間人の格好をした相手国の国民がテロリストかどうかを兵士個人が瞬時に判断をして引き金を引く事を要求されます。基本的にこれは武装警察の仕事と言えます。しかし現実には情報機関であるCIAが(情報を上げて判断は軍司令官に任せる事をせず)引き金を引く命令を下す役割をしているのです。組織図で言えば、2部長が幕僚長や司令官を無視して勝手に実行部隊に指令を出しているのですからもうめちゃくちゃです。ドローンによる攻撃の8割はテロリストと関係ない人が殺されているという報告もあります。いかに殺しのライセンスが好い加減で人権も人道も無視した戦争犯罪であるか明らかなのですが、これを正面切って責任追及する動きは残念ながらありません。
・ トランプ政権におけるペンタゴンの巻き返し
「CIAの秘密戦争」(原題 The Way of the Knife)マーク・マゼッティ著 ハヤカワ文庫NF504 2017年刊は2013年に出されて米国で大反響を呼んだ著作の翻訳本です。本書では落ち目であったCIAが9.11後にどのように息を吹き返して戦後最大の世界一の情報組織として君臨するに至ったか、2013年においてまさに我が世の春を謳歌している(いびつな)様を、秘密情報も含む深く掘り下げた取材から明らかにしています。その詳細は書きませんが、米軍をしのぐ勢力を持つに至ったCIAは当然実行部隊である米軍と様々な軋轢を生む結果になります(米国の人気テレビ番組NCIS LAでも米軍とCIAが対立してCIAが米軍に対して陰謀を働くエピソードがあって興味深い=NCISLA season8 #13-15)。
現在のトランプ政権における閣僚は殆どが軍出身者で占められています。大統領選挙の際にトランプを支持したのも軍関係者が多数であったことも特徴でした。「CIA・国務省主導のテロとの戦争で血を流して痛い目を見て来た米軍が今巻き返しを計っている」と言う見方は正しいと思われます。具にもつかないロシア疑惑を突きつけられて解任されたマイケル・フリンは国防情報局長時代に「テロとの戦争」のやり方に疑問を呈してオバマに解任された経歴があります。まっとうな軍人であればテロとの戦争における軍の使い方のデタラメさに辟易とするのは当然です。CIAを敵視したフリンがCIAに監視されて嵌められた経緯は容易に想像されます(フリン氏が陰謀論者で根拠のない陰謀論を振りまいたからという報道もあります)。
「Drain the swamp」ワシントンに巣食うヘドロのような奴らを干上がらせて追い出し、政治を国民に取り戻そう、というのはトランプが選挙中、そして就任演説において第一に主張した公約です。このことについて全く報道しない日本のメディアはいつまでも国務省の幹部が決まらない(決めない)実体を「トランプが無能だから」と決めつけていますが、違うのです。トランプはCIAも敵視して長官に軍出身のポンペオ氏を当てました。表向きポンペオ氏はCIAの強引なやり方を評価しているようではあります。一方マーク・マゼッティ氏は、今トランプからニューヨーク・タイムズはフェイク・ニュース(実際フェイクニュースの例も)だと攻撃され、逆にトランプ政権を監視する最先鋒として活躍中ということです。バランス感覚としては「良し」でしょう。しかしCIAが非人道的であり、やってきたことが米国民の利益にも反していることはそろそろ明らかなのですから、2009年に拷問はやめなさいとオバマから禁止されていますが、私は「殺しのライセンス」も再度取り上げるべきだろうと思います。