rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

書評 沈黙のファイルー瀬島龍三とは何だったのかー

2012-06-25 00:15:51 | 書評

書評 「沈黙のファイル」瀬島龍三とは何だったのか 共同通信社社会部編 新潮文庫6322 平成11年発行

 

私の「同好の士」の間で国際情勢を知る文献として愛読している「ゴルゴ13」の近刊(といっても大分前に連載されたものの復刊)に戦後裏面史として瀬島龍三氏をモデルとして書かれたであろうストーリーが載っていました。そこでは主人公は関東軍の参謀として勤務する際には既にソ連の間諜になっていて、日本兵を使役としてソ連に売ってシベリア抑留を決定づける代わりに北海道進駐をスターリンに諦めさせ、戦後はアメリカの庇護下でアメリカに阿ることで日本経済を発展させ、結果的に日本を豊かな国にするという深慮遠謀の人物として描かれていました。最後はゴルゴの一弾に倒れる運命なのですが、ストーリーは実に面白かったです。そこで実際の瀬島氏の生涯を精査して日本の歴史との係わりを述べたこの本を読む事にした次第です。

 

瀬島龍三氏は1911年生まれ。陸軍士官学校、陸軍大学校を抜群の成績で卒業し、戦前から戦中にかけて参謀本部で作戦参謀として日本の戦争を計画・俯瞰できる立場で過ごし、終戦間際に関東軍総司令部に転出、シベリア抑留、東京裁判にも証人として出廷、その後抑留生活に戻り、11年の抑留生活の後帰国します。その2年後、私の生まれた年である1958年に旧軍のつてで伊藤忠商事に入社、インドネシア賠償ビジネス、日韓条約ビジネス、自衛隊創設後の防衛ビジネスを契機に氏は社内で昇進してゆくと同時に海外や国内の政治家とのつながりが広がってゆきます。1978年には伊藤忠商事会長、日本商工会議所顧問、1981年第2次臨調委員としてで国鉄、電電公社などの民営化に係わり、その後中曽根内閣や竹下内閣の相談役として日本の政治に係わってゆきます。

 

抜群に優秀で、抑留生活を除いてどの時代においても日本の国家の中枢に近い場所で活躍した氏の生涯については、頭書の劇画に描かれたように様々な謎や憶測がつきまとっています。参謀時代の戦争の遂行における責任、関東軍参謀として将兵のシベリア抑留決定についての責任、東京裁判での発言、抑留時代の特別待遇、帰国後の政財界における活動とソ連との関係、氏の本性は国士なのか我利追及の偽善者なのか、氏が存命中活躍している割に多くを語らなかったために多くの足跡がどのような意図をもって行われたのか良く判らないというのが実情です。もしかすると東条英機や山本五十六に劣らない決定的影響を日本の歴史に及ぼした人物かも知れないのに(例えば米軍駐留経費の一部を日本が持つという思いやり予算を発案したのは瀬島氏らしい)、表の歴史において語られる事の少ない人物の一人と言えるでしょう。

 

複数の共同通信社の記者の共著という形を取っているので、思い込みによる一方的な描き方にならず、多くの参考文献と実際に氏と係わった人達へのインタビューを中心に構成されていて、内容は非常に説得力があります。また氏の生涯のみでなく、大戦前から戦中にかけての参謀本部の様子、北進か南進かの選択、服部卓四郎や辻政信らの言行など興味深い記載も多く、太平洋戦争開戦がどのように決定されたか、ガ島敗戦の経緯なども判ります。戦後の賠償ビジネスで商社と相手国の政府首脳がどのような取引をしたかといった記載、シベリア抑留の日本兵達が帰国と同時に日本共産党本部に直行して報告した事態の背景(ソ連に洗脳されて帰国した説がありましたが、実は厳しい環境の下、抑留者向けに作られた日本新聞によって自発的に旧軍の体制を逆転させる民主化革命が広がって結果的にあのようになった)など、私の知らなかった事が満載な内容でした。圧巻は当時のソ連軍で抑留者の管理にあたっていたイワン・コワレンコ氏とのインタビューで、抑留者の生活、抑留者からのスパイ養成、瀬島氏の生活などが直接語られている事です。

 

この本から受ける印象では、瀬島氏の人生というのは、その場において与えられた環境において最も良いと論理的に思われることを全力で遂行し、結果的に周囲や国の為になれば良い、ということをやり続けてきた人生のように見えます。自己の利益のために卑怯なことを平気でするということもなければ、信念を貫くために自己犠牲を厭わないタイプでもない。ソ連のスパイであったということはないでしょう。氏の性格は優等生で抜け目がなく、実務に優れるというリーダーというより参謀タイプの人です。氏が日本の国益を考慮していたことは認められるものの、ではどのような国家に日本がなるべきか、国民はどのような生活をすれば幸福になるかということは実はあまり考えていなかったのではないか、というのが私の瀬島龍三氏についての感想です。

コメント (2)
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