「第二次大戦に勝者なし下」 アルバートCウエデマイヤー著、妹尾作太男訳講談社学術文庫 1287(現在絶版)
前回の上巻に続いて下巻の書評。上巻では米国が第二次大戦に参戦するにあたって、周到に国益を考えた上で最善の道ではない、しかも日本の奇襲が暗号解読で解っていながら厭戦的なアメリカ国民を騙す形ではじめられた事。英軍との共同作戦ではイギリスの国家戦略に翻弄されたこと、結果的にソ連を有利ならしめたこと。近代戦争の根本理念を覆す「無条件降伏」を枢軸側に要求するに至ったことなどが示されました。
下巻では著者が蒋介石の参謀として在中国米軍の司令官として活躍したこと。戦後の中国への支援にあたって共産軍の脅威を政府に上申したのに拒否されて逆に中華民国軍と共産軍との連立を強要され、失意の内に職を去ることなどが記されています。
後半の2章は「第二次大戦に勝者なし1.2」と題されて、本書の訳における書名にもなった中心部分です。一言で言えば、第二次大戦では米英と独伊が潰し合いをして、最終的に得をしたのはソ連だ、ということなのですが(勝者なしではなく勝者はソ連だが正しい)、そこに至る経緯が各国首脳達の戦争各局面での判断の誤りを指摘する形で書かれています。「戦争に勝つ」という事の意味は「明確な政治目的を達成する一手段として戦争を行い、最終的にその政治目的を達成すること」と定義されるのであって単に「戦闘に勝つ」ことや増して「相手国民を殺戮する」ことが戦争の目的にはなりえないことは軍事のみならず政治における常識と言えます。そこで本書の記載とは少し離れますが、著者の考える各国の第二次大戦における戦争目的をまとめてみます。
米国:欧州の力の安定と自国の経済圏の拡大、ナチズム・共産主義などの独裁体制の消滅。
英国:自国の存立とともに大英帝国の版図の維持。(仏、蘭も基本的に同)
中国:当時日本と戦争していた中華民国としては、自国の存立と中国全土の統一平定。
ドイツ:英国と共存した上でのソ連・中東を含む拡大欧州への帝国の版図拡張。
日本:日本を中心とした大東亜共栄圏の確立。
ソ連:ソ連を中心とした社会主義帝国の成立と拡大。
これらの中で本書が書かれた1958年において第二次大戦の戦争目的を達成できたのはソ連だけだ、と著者は主張しているのです。「無条件降伏の要求」という誤った戦争目的がなければ、日本に原爆を落さず、ソ連に参戦させることなく終戦を迎えることができ、戦後満州をソ連が蹂躙することもなく、共産中国の出現や無益な朝鮮戦争も防ぐ事ができたと回顧します。最近映画「ワルキューレ」で話題になったヒトラー暗殺計画も、44年当時ナチスに反対するドイツ国防軍将軍たちとCIAの前身であるOSSはスイスで連携していたと書かれており、やり方によっては欧州戦線は1年早く終結し、東欧が鉄のカーテンで仕切られる必要もなかった可能性もありました。つまり多くの若者の犠牲を払った米国の国益が達成される可能性が十分にあったのだと解説します。
戦争は政治の一部とはいえ、軍人が政治に口出しするのは良くないように文民が軍事に口出ししすぎるることも多くの場合弊害の方が大きくなります。本書の最後は著者が軍人として一米国人として世界のあるべき姿を述べて終わっています。そこにはEUや、NAFTAの考えに通ずる概念も述べられています。アメリカの金融グローバリズムはどうも現代中国の独裁政治下の自由資本主義をモデルにしつつあり、米国も民主/共和どちらを選んでも結果が同じ独裁政治に向かいつつあるように見えます。独裁政治に支配された世界連邦は単なる一部の勢力(金融資本家)による世界征服にすぎません。著者がのべている世界連邦のありかたは、金融グローバリズムとは一線を隔するものです。著者は、やや出来過ぎの感もあるのですが、私の想像する所の信頼できる良きアメリカ人の典型のようにも思うので、やや長くなりますが、最終部分を引用して書評を終えることにします。
(引用開始下巻386ページ一部読みやすく改編)
建国の遺訓を思い起こせ
西側同盟諸国は、第二次大戦中にヨーロッパとアジアにおいて由緒ある(力の均衡)を破壊した。我々アメリカ国民は、賢明なるアメリカ建国の父祖たちがアメリカ憲法を制定する際に、個人や一部の政府機関が権力を強奪しないように(均衡と抑制)の制度を確立した意味を思い起こさねばならない。カールスレー、ピット、パーマストン、ディズレリといった英国の戦時、平時の首相たちはヨーロッパ大陸の勢力を均衡させ、それぞれの国が英国に脅威を与えないようにする政策を心得ていた。
実際私は1939年に英仏が戦争を始めたとき、ヨーロッパの勢力均衡をはかるためにヒトラーとの戦いを始めたものと考えていたのだ。
平和を維持しようとする世界各国の協調的努力を保証するために第一次大戦後には国際連盟が、第二次大戦後には国際連合が組織された。しかし現在の世界は、世界国家とか、地球連邦を樹立しようというまでには精神的な準備がなされていないのが現実である。世界各地の諸国民は、それぞれ言語、習慣、伝統および領土という点で集約されていて、それぞれの民族が持つ主権というものに対して強い執着を持っている。
だから他に選ぶべき道としては、政治、経済および文化の分野で、互いに矛盾しない目的を有する諸国で形成される地域的な統治機構をまず形成してゆくことが考えられるだろう。こうした機構に参加する諸国は、それぞれの国家主権をはっきりと保持するが、参加諸国の共通の目的を達するためにそれぞれが相応の負担をするのである。
共通の利益を基礎とした団結の精神が拡大するにつれて、人間は徐々に、いつの日か、人種、皮膚の色、信仰または身分のいかんに関わらず、すべての人に平等に機会を均等に与えることができる世界国家を樹立することができるだろう。こうした世界国家体制を団結維持させる要素は、偽善や偏見を取り去った崇高な精神であることは言うまでもないだろう。
現在、それぞれの異なった国民、または国家は、それぞれに異なった目的や目標を持っており、そしてそれぞれに相異なった行動原理に支配されている。しかし私は世界各地を旅行してみて、大多数の人々の最高の願望は、他から干渉されずに平和的に生活することであることを知ったのだ。
大多数の人々は、各自の才能を開発し、また各国の主張を実現することによって、各自の境遇を改善し、自由を享受できる機会を探し求めているだけである。我々は世界の主立った宗教のすべてに「汝の欲せざることを他人に施すことなかれ」という人類の黄金律が、さまざまな形式で表現されていることを発見できるのである。
(完)
前回の上巻に続いて下巻の書評。上巻では米国が第二次大戦に参戦するにあたって、周到に国益を考えた上で最善の道ではない、しかも日本の奇襲が暗号解読で解っていながら厭戦的なアメリカ国民を騙す形ではじめられた事。英軍との共同作戦ではイギリスの国家戦略に翻弄されたこと、結果的にソ連を有利ならしめたこと。近代戦争の根本理念を覆す「無条件降伏」を枢軸側に要求するに至ったことなどが示されました。
下巻では著者が蒋介石の参謀として在中国米軍の司令官として活躍したこと。戦後の中国への支援にあたって共産軍の脅威を政府に上申したのに拒否されて逆に中華民国軍と共産軍との連立を強要され、失意の内に職を去ることなどが記されています。
後半の2章は「第二次大戦に勝者なし1.2」と題されて、本書の訳における書名にもなった中心部分です。一言で言えば、第二次大戦では米英と独伊が潰し合いをして、最終的に得をしたのはソ連だ、ということなのですが(勝者なしではなく勝者はソ連だが正しい)、そこに至る経緯が各国首脳達の戦争各局面での判断の誤りを指摘する形で書かれています。「戦争に勝つ」という事の意味は「明確な政治目的を達成する一手段として戦争を行い、最終的にその政治目的を達成すること」と定義されるのであって単に「戦闘に勝つ」ことや増して「相手国民を殺戮する」ことが戦争の目的にはなりえないことは軍事のみならず政治における常識と言えます。そこで本書の記載とは少し離れますが、著者の考える各国の第二次大戦における戦争目的をまとめてみます。
米国:欧州の力の安定と自国の経済圏の拡大、ナチズム・共産主義などの独裁体制の消滅。
英国:自国の存立とともに大英帝国の版図の維持。(仏、蘭も基本的に同)
中国:当時日本と戦争していた中華民国としては、自国の存立と中国全土の統一平定。
ドイツ:英国と共存した上でのソ連・中東を含む拡大欧州への帝国の版図拡張。
日本:日本を中心とした大東亜共栄圏の確立。
ソ連:ソ連を中心とした社会主義帝国の成立と拡大。
これらの中で本書が書かれた1958年において第二次大戦の戦争目的を達成できたのはソ連だけだ、と著者は主張しているのです。「無条件降伏の要求」という誤った戦争目的がなければ、日本に原爆を落さず、ソ連に参戦させることなく終戦を迎えることができ、戦後満州をソ連が蹂躙することもなく、共産中国の出現や無益な朝鮮戦争も防ぐ事ができたと回顧します。最近映画「ワルキューレ」で話題になったヒトラー暗殺計画も、44年当時ナチスに反対するドイツ国防軍将軍たちとCIAの前身であるOSSはスイスで連携していたと書かれており、やり方によっては欧州戦線は1年早く終結し、東欧が鉄のカーテンで仕切られる必要もなかった可能性もありました。つまり多くの若者の犠牲を払った米国の国益が達成される可能性が十分にあったのだと解説します。
戦争は政治の一部とはいえ、軍人が政治に口出しするのは良くないように文民が軍事に口出ししすぎるることも多くの場合弊害の方が大きくなります。本書の最後は著者が軍人として一米国人として世界のあるべき姿を述べて終わっています。そこにはEUや、NAFTAの考えに通ずる概念も述べられています。アメリカの金融グローバリズムはどうも現代中国の独裁政治下の自由資本主義をモデルにしつつあり、米国も民主/共和どちらを選んでも結果が同じ独裁政治に向かいつつあるように見えます。独裁政治に支配された世界連邦は単なる一部の勢力(金融資本家)による世界征服にすぎません。著者がのべている世界連邦のありかたは、金融グローバリズムとは一線を隔するものです。著者は、やや出来過ぎの感もあるのですが、私の想像する所の信頼できる良きアメリカ人の典型のようにも思うので、やや長くなりますが、最終部分を引用して書評を終えることにします。
(引用開始下巻386ページ一部読みやすく改編)
建国の遺訓を思い起こせ
西側同盟諸国は、第二次大戦中にヨーロッパとアジアにおいて由緒ある(力の均衡)を破壊した。我々アメリカ国民は、賢明なるアメリカ建国の父祖たちがアメリカ憲法を制定する際に、個人や一部の政府機関が権力を強奪しないように(均衡と抑制)の制度を確立した意味を思い起こさねばならない。カールスレー、ピット、パーマストン、ディズレリといった英国の戦時、平時の首相たちはヨーロッパ大陸の勢力を均衡させ、それぞれの国が英国に脅威を与えないようにする政策を心得ていた。
実際私は1939年に英仏が戦争を始めたとき、ヨーロッパの勢力均衡をはかるためにヒトラーとの戦いを始めたものと考えていたのだ。
平和を維持しようとする世界各国の協調的努力を保証するために第一次大戦後には国際連盟が、第二次大戦後には国際連合が組織された。しかし現在の世界は、世界国家とか、地球連邦を樹立しようというまでには精神的な準備がなされていないのが現実である。世界各地の諸国民は、それぞれ言語、習慣、伝統および領土という点で集約されていて、それぞれの民族が持つ主権というものに対して強い執着を持っている。
だから他に選ぶべき道としては、政治、経済および文化の分野で、互いに矛盾しない目的を有する諸国で形成される地域的な統治機構をまず形成してゆくことが考えられるだろう。こうした機構に参加する諸国は、それぞれの国家主権をはっきりと保持するが、参加諸国の共通の目的を達するためにそれぞれが相応の負担をするのである。
共通の利益を基礎とした団結の精神が拡大するにつれて、人間は徐々に、いつの日か、人種、皮膚の色、信仰または身分のいかんに関わらず、すべての人に平等に機会を均等に与えることができる世界国家を樹立することができるだろう。こうした世界国家体制を団結維持させる要素は、偽善や偏見を取り去った崇高な精神であることは言うまでもないだろう。
現在、それぞれの異なった国民、または国家は、それぞれに異なった目的や目標を持っており、そしてそれぞれに相異なった行動原理に支配されている。しかし私は世界各地を旅行してみて、大多数の人々の最高の願望は、他から干渉されずに平和的に生活することであることを知ったのだ。
大多数の人々は、各自の才能を開発し、また各国の主張を実現することによって、各自の境遇を改善し、自由を享受できる機会を探し求めているだけである。我々は世界の主立った宗教のすべてに「汝の欲せざることを他人に施すことなかれ」という人類の黄金律が、さまざまな形式で表現されていることを発見できるのである。
(完)