Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

社会学と計算社会科学

2018-02-07 18:22:59 | Weblog
JIMS「マーケティングの計算社会科学」研究部会では、東北大学の瀧川裕貴さんをお招きしてセミナーを行った。瀧川さんは数理・計量社会学の立場から計算社会科学の研究を進めている。それは米国ではけっして珍しくなく、多くの大学が教育プログラムや研究センターを設置し始めている(日本ではほとんどそういう話を聞かないが)。

では、なぜ社会学にとって計算社会科学が重要なのか。瀧川さんによれば、実証分析を重んじる社会学では、従来サーベイ調査やインタビューを中心に研究が進められてきたが、それでは社会学が本来重視すべき社会的関係性が必ずしも適切に扱えない。ところが、たとえばソーシャルメディアのデータにはその限界を突破する可能性がある。

さまざまな高粒度の時系列データが蓄積されるにつれ、それらを用いて社会のダイナミクスを長期的視点で把握したり、さらには因果を推論したりする研究が増え始めている。データが大規模であることには、これまでなら無視された少数事例を十分なサンプルで分析でき、またデータ内部にある異質性をそのまま扱えるという利点もある。

計算社会科学が主に対象とするビッグデータは、事前に注意深く設計されたというより、事後的に収集されたものが多い。したがって、研究者の先入観や回答の社会的望ましさバイアスを排除できることは利点だが、測定されているものが研究者が意図したものと一致しないとか、収集されたデータに代表性がないといった問題点も存在する。

もちろん、それらの問題を克服する方法の研究も進んでいる。瀧川さんは従来のサーベイ調査と組み合わせる、実験と組み合わせる、といった複合的なアプローチを推奨する。そうなると、社会科学でも研究プロジェクトの大規模化が進む。それを支援する組織も必要だ。そうした点での日本の現状は順風ではないが、各自が頑張るしかない。

セミナーの後半では瀧川さん本人の最近の研究が紹介された。Twitterで観察される政治的分極化が2つの視点から分析される。まずは政党党首のアカウントのフォロー(とフォロワー間の)ネットワークの分析から、左右両端の政党党首のフォロワーほど他の党首をフォローせず、いわゆるエコーチェンバー現象が生じていることが示される。

次に、各フォロワーのツイートの内容が教師なし機械学習の手法の1つ、トピックモデルによって分析される。そこから示唆されたのは、排外主義的傾向の強い右寄りのグループと政府に批判的な左寄りのグループが存在し、それぞれにおいてエコーチェンバーが起きていることだ。先行研究が示すように、特に前者においてその傾向が強いという。

フロアからのコメントからは、特にエコーチェンバー化のダイナミクスへの関心が伺えた。一方的に意見を極端化せていく人もいれば、つねに揺らいでる人もいる。そういう違いはどういった要因から生まれるのかは確かに興味深い。私自身は政治もさることながら、消費に関わる話題でも分極化・エコーチェンバーがあるかどうかに興味がある。

瀧川さんの発表を聞き、社会学者を中心とした計算社会科学的研究について概観すると、社会を長く研究してきたことからくる問題意識の深さが印象に残る(自分が嗜好を反映したバイアスもあるが)。今後、日本の計算社会科学界でも社会科学の研究者の存在感が増していくことが期待されるが、そのネックはやはり分析スキルにありそうだ。

その意味で欧米の大学に計算社会科学のコースやセンターができつつあるのは羨ましい。学会のチュートリアルなども、日本でもっとあっていいと思う。データサイエンスと重なる部分があるので、データサイエンスの次は計算社会科学がブームになればよいが、「社会科学」という呼称のせいで実務界にはあまりアピールしないかもしれない。

しかし歴史の話やグローバルな地政学が好きな「意識の高い」ビジネスパーソンにとって面白い話題が、計算社会科学の研究にはかなり含まれていると私は思っている。

計算社会科学の第一人者による入門書
(翻訳が進められているとのこと)

Bit by Bit: Social Research in the Digital Age
Matthew J. Salganik
Princeton Univ Pr


瀧川さんの発表内容の一部が収められている最近の本

ソーシャルメディアと公共性: リスク社会のソーシャル・キャピタル
遠藤薫(編著)
東京大学出版会