Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

東日本大震災に関する本を読む

2016-05-20 23:59:10 | Weblog
今年の 3.11 の少し前から、当時、政府を代表とする統治機構に何が起きていたのか知りたくて、とりあえず出版されたばかりの『規制の虜』、数年前に出版された『カウントダウン メルトダウン』を読み始めた。前者の著者は国会臨調、後者は民間臨調の中心人物であった。

黒川清氏の著書のタイトル『規制の虜』は、規制者(政府)が被規制者(東京電力など)に実質的に支配されるような現象だという。国会臨調の調査を踏まえて著者が最も訴えたい点が、そこにある。もちろん、それは単純な東電悪玉論ではない。規制者の側にも問題がある。

規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす
黒川 清
講談社

そうこうしていると、4月には熊本を中心に大規模な地震が起きた。それから1ヶ月以上経ったいまも、多くの人々が避難生活を強いられている。過去の震災と単純には比較できないが、政府・自治体、企業や個人が過去の経験から学ぶことの重要性は誰も否定しないだろう。

規制の罠(regulatory capture)というのは経済学の概念らしい(不勉強にも知らなかった)。規制者と被規制者の間の何らかの補完性、依存性が生じてしまうということだろうか?もう1ついえることは、双方を動かすエリートの同質性だろう。単に学歴だけの話ではない。

黒川氏は本書を一種の「日本論」だと語る。日本のエリートが戦前から維持してきた「システム」が、大地震や原発事故、あるいは戦争のような緊急事態に驚くほどの弱さを露呈する。そのことは丸山真男を始め、多くの識者が語ってきた。何も変わっていないということだ。

それが社会の構造的問題となると、そう簡単には解決できないことになる。しかし、本書に記された、国会臨調の設立から運営に至る著者の奮闘は、明るいニュースといえるだろう。この本を、緊急時のプロジェクト・マネジメントの事例として読むこともできるだろう。

一方『カウントダウン・メルトダウン』は、船橋洋一氏が民間臨調の調査に独自取材を加えて著したものだ。政治家や官僚、自衛隊幹部、さらには米国政府や米軍などの広範な関係者が実名で証言する。登場人物が多く、時間が前後するので、必ずしも楽な読書にはならない。

カウントダウン・メルトダウン 上 (文春文庫)
船橋 洋一
文藝春秋

カウントダウン・メルトダウン 下 (文春文庫)
船橋 洋一
文藝春秋

しかし、個々の事実関係もさることながら、関係者をつねに覆っていた情動を少しでも体感できるのがよい。情報が極端に限られるなか、深刻な結果を伴う意思決定を強いられるストレス。誰も経験したことがない原発事故が起こす、想像を絶する潜在的危機に対する恐怖感。

たとえば、菅首相の行動の是非をめぐりよく話題になる、東電の福島第一原発からの「撤退」を認めるかという問題。最悪の事態を招きかねない行動を認めるのか、かといって民間人たる東電社員に命を投げだせと政府が命令できるのか。当時者の苦悩に身を置くこともできる。

いずれの本も、重くて深い問いを突きつける本だといえる。『規制の虜』は、日本社会に潜む構造的な問題を浮かび上がらせる。『カウントダウン・メルトダウン』は、むしろ当事者一人ひとりの行動のあり方を問うてくる。どちらが正しいかではなく、相補的な視点だろう。