Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ロングテールが生み出す百花繚乱

2010-10-22 23:11:35 | Weblog
水曜の夜は東大MMRCで開かれた「企業・産業の進化研究会」へ。ロングテールという共通テーマのもと,最初にかの塩沢由典先生が,二番目にぼくが発表する。塩沢先生は自分を前座と謙遜しておっしゃるが,誰が考えてもそんなはずはない。実際「ロングテールと産業の多様性」と題する研究は非常に視野が広く,かつ奥深く,刺激に富んでいた。

塩沢先生の論考は,日本経済は需要飽和の状態にあるのではないか,という洞察から出発する。それはすでに何人かの有力な経済学者によって指摘されていることだが,正統派の経済学では依然として需要の不飽和を仮定している。興味深いのは,この問題の解決を,都市におけるサービス業の発展に見いだすことだ。そして,そこにロングテールが関与する。

生産と消費が同時に同空間で起きるという性質を持つサービスは,都市という存在と切り離せない。さまざまな形態のサービスに対する需要がベキ分布(ジップ分布)に従うと仮定すると,いくつかの条件のもと,都市規模が大きいほど,多様なサービスが供給されるという結論が導かれる。いわば,都市という集積が消費の全般的な停滞を救うのである。

塩沢先生は進化経済学の立場から成長理論を再構築しようと構想されている。そうしたスケールの大きなビジョンのなかに,ロングテール(ベキ分布)という現象が重要な役割を担うことになる。それに誘発され,様々な財への需要分布がなぜロングテールになるのか,何らかの確率過程の帰結なのか,もっとウェットな理由なのか,と想像が広がる。

こういうスケールの大きな話のあとで「ロングテールとEコマース」という,ちっちゃい話をぼくがする。すでにあちこちで話してきたことだが,財のロングテール分布自体は古くから知られているが,ネットビジネスの発展により,新たなビジネスモデル論に生まれ変わったこと,テールだけで商売できるという俗論の誤り,等々を手短に話す。

マーケあるいは CRM の観点からは,顧客の分布も気になる。顧客分布のヘッド(ヘビーユーザ)がさほどテールの財(ニッチ)を期待するほど購買していないという Elberse の指摘もある。では日本ではどうか。これまで調べた範囲では,財と顧客の分布に明確な関係は見いだせていない。そのこと自体が重要な発見なのかもしれないが・・・。

というわけで,今後もう少しデータを集めたり,いじくったりしていく必要がある。それはともかく,ロングテールが生じるのは主に供給側要因によるのか需要側要因によるのか,などなど,藤本隆宏先生を筆頭とするこの研究会のメンバーから投げかけられた問題提起は「マーケティング視野狭窄症」に陥らないための貴重な助言である。