Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「脳と社会」集中講義

2010-10-05 08:54:38 | Weblog
10/2-3は筑波大学にて,京都産業大学コンピュータ理工学部の奥田次郎先生による「脳と社会」と題する集中講義を聴く機会を得た。奥田さんは元々地球科学を専攻されていたが,その後訳脳神経科学に転身された。一見全く別の領域だが,中身を直接観察できない物体を研究するという点で共通するとのこと。講義は以下のパートから構成される。門外漢がいうのも変だが,入門から最先端まで包括的な内容だ。

1.脳とこころ~ハードとソフトの多様な関係
2.脳を測って、こころを観る ~ 脳計測の実際
3.意識と注意、感覚/知覚/認知 ~ 外界センシング
4.身体意識と運動、計画と遂行 ~ 行動プログラム
5.記憶と想像 ~ 無限なる夢幻の世界
6.感情と情動 ~ 認知の土台、意思決定の舵取り
7.報酬と動機付け、経済行動 ~ 生きる目的
8.道徳性と社会性 ~ 脳科学の社会応用と倫理的問題

講義の冒頭で,choice blindness の実験が紹介された。これは,異性の写真を二つ見せて好きなほうを聞いたのち,選択されなかったほうの写真をさりげなく提示して,なぜこれを選んだのかを聞くという実験だ。すると被験者は,それが好きでないほうだと気づかず,理由を述べ立てる。同様の実験が BBC の協力を得て,英国のスーパーマーケットでジャムの購買者に対して実施された。得られた結果は同じであった。

こうした実験は消費者行動研究者に,意識された理由に基づく調査の妥当について疑問を生じさせる。では意識とは何だろうか。arousal,awareness,consciousness,・・・どのレベルでそれを捉えるかによってその意味は変わる。同じことは感情についてもいえる。emotion,feeling,mood,・・・。主観性をできる限り排して対象を捉えようとするなら,arousal(覚醒)- emotion(情動)レベルに焦点が当たる。

奥田さん自身の研究である,過去の記憶と未来への想像の脳機能の比較が非常に興味深い。正反対のベクトルのそれが,脳における同じ部位によって担われているという発見は刺激に富んでいる。このことと,下條信輔先生のいう postdiction(後づけ)はどう関係するだろうか。記憶がある意味で夢の世界なのだとしたら,「現実」とは何だろうか・・・。脳という物体が紡ぎ出す不思議な世界にくらくらする。

2日間に及ぶ集中講義は,最後はニューロエコノミクスやニューロマーケティングに及び,最後はニューロエシックスが議論される。それは,人間の倫理的判断の神経科学的な基盤を問うものであり,また神経科学的研究の倫理的基盤をというものである。倫理という超越的な問題を脳という物質的な基盤にある意味で還元するアプローチには違和感を持つ向きもあろうが,そうした反発を含めて問題はそう単純ではない。

人間行動あるいは社会現象を理解するうえで脳神経科学はいかに貢献し得るのか。それは,人間と他の動物たちとの境界を取り除き,両者を基本的なハードウェアを共有する存在として連続的に捉える(だから動物実験から得られた知見も参考にされる)。その間の非連続性にも留意しつつ,連続する部分にも光を当てることを是とするなら,脳神経科学の貢献を認めることになる。ぼく自身はそういう立場を取りたい。

その意味で,大変勉強になった2日間だった。講義後の奥田さんや秋山さんとの議論も楽しかった。もちろん,自分自身が脳神経科学的な研究に深くコミットすることはないだろう。たとえそうしたくてももはや無理である。しかし,そうした研究から得られる知識と刺激を,別のアプローチで深めていきたいと思う。だから,今後も関心を向けていくだろう。