映画『真夜中の弥次さん喜多さん』でクドカンワールドに入れた私は、松尾スズキワールドも一度味わってみようと思っていて、初演で好評で今回再演された標記の舞台をなんとか観たいと思っていた。他の何人かの方のブログの記事なども観て、どうしても観たいとこだわったらどうにか観ることができた。急遽観ることになったので双眼鏡もなく2階席3列目のセンター席から目を見開いて観劇。
舞台装置は上に橋のようなものがあり、『レミゼ』のパリのスラム街の装置のようだった。そこに線路がUが横倒しになったように走っていて、トロッコのような車体がいろいろな場面で登場していろいろな登場人物を乗せてくる。この装置はけっこういいと思った。
ところがである。これはミュージカルのはずなのに、冒頭の主役のケガレ役の鈴木蘭々の歌の歌詞がほとんど聞き取れない。いきなりの不合格である。ケガレに惚れるハリコナ役の阿部サダヲはTVでおなじみのあの個性がばりばり全開。歌詞もちゃんと聞こえるし、歌って踊ってそこそこ見せてくれる力があり、合格。前途多難なすべりだしだった。
宮藤官九郎のマジシャンがケガレを誘拐し、地下室に監禁して十年。そこであった忌まわしい記憶を封印してケガレは地上に出てくる。地下室にいた神(的存在)に「地下室を出たら穢れる」と言われ続けた彼女は記憶をなくし、そのケガレというキーワードを自分の名にして地上で生きていくことになる。地上に出て出会ったカネコ一家の稼業を手伝って小銭を稼いで生きていく。小銭はキラキラ光ってキレイだし、ごはんを買えるからだ。
出てきた地上は、3つの民族どうしが戦う日本で、兵士の不足を補うために植物タンパクから合成した兵士=ダイズ兵が発明されて戦闘に加わっている。戦死したダイズ兵を回収して植物タンパク食料に作り変える会社に売る仕事がカネコ一家の稼業。父親のジョージ(松尾スズキ)は家出中で母親のキネコ(片桐はいり)が仕切っており、長男のジュッテン(大浦龍宇一)は目がみえず、次男のハリコナは胎児の時にハチに脳をさされて知恵遅れ。ダイズ兵買い上げの会社ダイダイのひとり娘カスミ(秋山菜津子)とケガレは不思議な友情で結ばれていく。
この作品の面白さはケガレとハリコナの成人後の姿を舞台に同時に登場させることである。ケガレの成人後、本名のミサと呼ばれる役は高岡早紀、ハリコナの成人後は岡本健一が演じているのだが、このふたりと鈴木蘭々、阿部サダヲが同時に舞台に立っても違和感はあまりなく、そういった面での作劇は巧みである。
物語としては以下のような大きなスジがあると思いだしながら書く(HineMosNotariさん風?!)
①ケガレの記憶を取り戻すための展開
②戦争の不条理さとその中でも逞しく現実的に人間が生きていくという姿
③人間のご都合で生み出されたダイズ兵の中の変種(生殖機能をもたされた)ダイズ丸が人間性をどんどん身につけていくという皮肉
④大会社の身勝手なセレブ娘が純粋な人間に変わっていったりする意外性(ジュッテンとの純愛などもある)
それなりにメッセージ性はあったと思う。しかしながら、ちょっともりだくさんすぎである。パンフレットで松尾スズキは「好きな女性のタイプ」との問いに「自分の芝居を長いと言わない女」と答えているが、そういうのが彼の作品の特徴なのだとわかったが、ストレートプレイならいいだろうが、ミュージカルではもう少し絞り込んだ方がいい。そうしないから途中休憩15分のみで3時間半ということになってしまったのだ。
この緊張感の持続は、まあお馴染みの役者たちのそれぞれのウケネタがてんこもりだったことからまあ可能だったのだが、これではそういう観客でないとかなり苦痛だと思われる。私はまあ一回は観ることができてよかったが、二回目は招待されても辞退するだろう。次回はストレートプレイで一度観たいとは思った。
ミュージカルとしてはまあ、みんな頑張っていたがちょっと合格は出せない。早いテンポの曲だけ字幕が出ていたが、今回の歌は全て字幕が必要だったと思う。パンフには歌詞が全曲載っているが、これを読んでから観る人はいないだろうから、ちょっと自分たちのファン向けの内輪向けに仕上げてしまった作品だと思う。
確かに松尾スズキの意欲は買いたい。ただし、好みの問題として、彼の孤独な世界観が強く迫りすぎて観ていてちょっと苦しくなってしまった。
キャスト評を少し。
一番良かったのは秋山菜津子。昨年の『SHIROH』のお光役で注目していたが、歌はもちろん上手いし、なんと20歳のお嬢さんの役!を立派に魅力的につとめてくれ、後姿で脱ぐシーンは主演した『ルル』のチラシでも美しい裸の背中を見せてくれていたが、今回も美しかった。
ダイズ丸の橋本じゅんも『SHIROH』以来だったが、三枚目なのにだんだん人間らしくなっていき、ケガレに人生の全てを捧げる切なさがにじみ出ていて見直した。岡本健一は賞をとった『タイタス・アンドロニカス』以来だが、こんなコメディでも活躍できる有能さに感心した。
高岡早紀は芝居も歌もまあまあだった。透明感があってそれはこの役に合っていると思う。鈴木蘭々も芝居の部分はよかったが、なぜ歌はこうも一本調子なんだろう。最後のテーマの歌は歌詞は聞こえたのだが歌唱力で胸をうたない。
役者としての宮藤官九郎を初めて観たがとにかくカッコよくて見直した。ケガレを誘拐して監禁する役は初役だとのことだが、最近実際に起こった「王子」とよばせながら育った誘拐監禁犯人をモデルにしたそうだが、異常な神経質さを垣間見せてそれが不気味という演技でなかなかのものだった。
松尾スズキは家族の前に時々帰ってくるがまた姿を消す父ちゃん役で確かに面白いが、どうもこういう屈折したような面白い演技は私は苦手。阿部サダヲ、荒川良々はTVや映画でも魅力的だが、舞台で観てあらためてその魅力がよくわかった。
写真は、bunkamuraのHPより。
舞台装置は上に橋のようなものがあり、『レミゼ』のパリのスラム街の装置のようだった。そこに線路がUが横倒しになったように走っていて、トロッコのような車体がいろいろな場面で登場していろいろな登場人物を乗せてくる。この装置はけっこういいと思った。
ところがである。これはミュージカルのはずなのに、冒頭の主役のケガレ役の鈴木蘭々の歌の歌詞がほとんど聞き取れない。いきなりの不合格である。ケガレに惚れるハリコナ役の阿部サダヲはTVでおなじみのあの個性がばりばり全開。歌詞もちゃんと聞こえるし、歌って踊ってそこそこ見せてくれる力があり、合格。前途多難なすべりだしだった。
宮藤官九郎のマジシャンがケガレを誘拐し、地下室に監禁して十年。そこであった忌まわしい記憶を封印してケガレは地上に出てくる。地下室にいた神(的存在)に「地下室を出たら穢れる」と言われ続けた彼女は記憶をなくし、そのケガレというキーワードを自分の名にして地上で生きていくことになる。地上に出て出会ったカネコ一家の稼業を手伝って小銭を稼いで生きていく。小銭はキラキラ光ってキレイだし、ごはんを買えるからだ。
出てきた地上は、3つの民族どうしが戦う日本で、兵士の不足を補うために植物タンパクから合成した兵士=ダイズ兵が発明されて戦闘に加わっている。戦死したダイズ兵を回収して植物タンパク食料に作り変える会社に売る仕事がカネコ一家の稼業。父親のジョージ(松尾スズキ)は家出中で母親のキネコ(片桐はいり)が仕切っており、長男のジュッテン(大浦龍宇一)は目がみえず、次男のハリコナは胎児の時にハチに脳をさされて知恵遅れ。ダイズ兵買い上げの会社ダイダイのひとり娘カスミ(秋山菜津子)とケガレは不思議な友情で結ばれていく。
この作品の面白さはケガレとハリコナの成人後の姿を舞台に同時に登場させることである。ケガレの成人後、本名のミサと呼ばれる役は高岡早紀、ハリコナの成人後は岡本健一が演じているのだが、このふたりと鈴木蘭々、阿部サダヲが同時に舞台に立っても違和感はあまりなく、そういった面での作劇は巧みである。
物語としては以下のような大きなスジがあると思いだしながら書く(HineMosNotariさん風?!)
①ケガレの記憶を取り戻すための展開
②戦争の不条理さとその中でも逞しく現実的に人間が生きていくという姿
③人間のご都合で生み出されたダイズ兵の中の変種(生殖機能をもたされた)ダイズ丸が人間性をどんどん身につけていくという皮肉
④大会社の身勝手なセレブ娘が純粋な人間に変わっていったりする意外性(ジュッテンとの純愛などもある)
それなりにメッセージ性はあったと思う。しかしながら、ちょっともりだくさんすぎである。パンフレットで松尾スズキは「好きな女性のタイプ」との問いに「自分の芝居を長いと言わない女」と答えているが、そういうのが彼の作品の特徴なのだとわかったが、ストレートプレイならいいだろうが、ミュージカルではもう少し絞り込んだ方がいい。そうしないから途中休憩15分のみで3時間半ということになってしまったのだ。
この緊張感の持続は、まあお馴染みの役者たちのそれぞれのウケネタがてんこもりだったことからまあ可能だったのだが、これではそういう観客でないとかなり苦痛だと思われる。私はまあ一回は観ることができてよかったが、二回目は招待されても辞退するだろう。次回はストレートプレイで一度観たいとは思った。
ミュージカルとしてはまあ、みんな頑張っていたがちょっと合格は出せない。早いテンポの曲だけ字幕が出ていたが、今回の歌は全て字幕が必要だったと思う。パンフには歌詞が全曲載っているが、これを読んでから観る人はいないだろうから、ちょっと自分たちのファン向けの内輪向けに仕上げてしまった作品だと思う。
確かに松尾スズキの意欲は買いたい。ただし、好みの問題として、彼の孤独な世界観が強く迫りすぎて観ていてちょっと苦しくなってしまった。
キャスト評を少し。
一番良かったのは秋山菜津子。昨年の『SHIROH』のお光役で注目していたが、歌はもちろん上手いし、なんと20歳のお嬢さんの役!を立派に魅力的につとめてくれ、後姿で脱ぐシーンは主演した『ルル』のチラシでも美しい裸の背中を見せてくれていたが、今回も美しかった。
ダイズ丸の橋本じゅんも『SHIROH』以来だったが、三枚目なのにだんだん人間らしくなっていき、ケガレに人生の全てを捧げる切なさがにじみ出ていて見直した。岡本健一は賞をとった『タイタス・アンドロニカス』以来だが、こんなコメディでも活躍できる有能さに感心した。
高岡早紀は芝居も歌もまあまあだった。透明感があってそれはこの役に合っていると思う。鈴木蘭々も芝居の部分はよかったが、なぜ歌はこうも一本調子なんだろう。最後のテーマの歌は歌詞は聞こえたのだが歌唱力で胸をうたない。
役者としての宮藤官九郎を初めて観たがとにかくカッコよくて見直した。ケガレを誘拐して監禁する役は初役だとのことだが、最近実際に起こった「王子」とよばせながら育った誘拐監禁犯人をモデルにしたそうだが、異常な神経質さを垣間見せてそれが不気味という演技でなかなかのものだった。
松尾スズキは家族の前に時々帰ってくるがまた姿を消す父ちゃん役で確かに面白いが、どうもこういう屈折したような面白い演技は私は苦手。阿部サダヲ、荒川良々はTVや映画でも魅力的だが、舞台で観てあらためてその魅力がよくわかった。
写真は、bunkamuraのHPより。