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Vol.37  「こどもの病気」

2019-02-13 12:24:27 | PAPER BLOG
PAPER BLOG ・・・ヘルパーさんに読んでいただいているもの。(ものすごく不定期である)プリントアウトして、チラシのようにテーブルに置き、ヘルパーさんがお手すきの時に読んで頂こうとしたが、私がのそのそと遅い食事のときなどは、ヘルパーさんはすぐ仕事を終えてしまうので、ブログを読み終えて、感想を書いて読ませてくださるときもあるのである。。。

時々ブログで公開している。

Vol.37  「こどもの病気」

私は0歳でウイルムス腫瘍という腎臓の小児ガンになりましたが、当然だがその記憶はなく、大変な思いをしたのは両親でした。物心ついても、年に1度東大病院を受診して、採血、たくさん水を飲んで行う採尿を行うだけで、やっぱり病気の感覚はありませんでした。
東大病院での検査データが悪くなりはじめたのは小学4年頃で、食事療法が必要で学校の給食でなくお弁当食べていました(これは記憶していなくて、食事療法を兼ねたお弁当作りで母大変だったはずです)。 腎臓の機能が落ちると運動制限が必要になることがあります。私は体育を見学しなければならなくなった記憶を強烈に残っていて、そのことが自分は病気であると自覚した気がしています。たぶん自分は幼少の頃から3~4年位まで学校が終わると男の子に交じって外で遊んでいたので、走ったり動き回るような遊びができなくなったことなどが自分にはインパクトあることだったと思っています。

入院して透析をはじめたのは清瀬小児病院(現在の小児総合医療センター)でした。

小児総合医療センター
2010年3月に、清瀬小児病院、八王子小児病院、梅ケ丘病院(精神科)、府中病院小児科が府中の「多摩メディカルキャンパス」の地に移転統合し開設。


入院はいやでも同じ部屋の子の年齢は知らないけどすぐ仲良くなる不思議さもありました。でも自分には記憶にないのですが、遊ぼうと言っても首を振っていたいたよとお友達に言われてびっくりしたことがあります。確かに隣のベッドの小さい男の子しかしゃべらなかった時期があり、透析導入したころでした。
自分も何気に透析はショックだったのかも、と思いましたが、子供しかいない透析室は今の私が見てもショックかもしれないと思いました。

小さい子供が腎不全になると、穿刺が必要な血液透析ではなく、腹膜透析が多かったです。腹膜透析ではお腹にカテーテルを設置する手術をして、注入した透析液は腹膜を利用して透析を行い、毒素や水と共に廃液されます。 自宅で行え毎日透析するので、食事と水分の制限はないです。 でも腹膜透析は透析液をお腹にたくさん入れて行うせいか、あまりお腹は空かないと聞いたことがあります。また腹膜透析には、腹膜炎や腹膜劣化などのトラブルで血液透析へ移行することがあります。腎不全の子供はどうしても成長期に十分栄養が摂れず、幼稚園のとき腎不全になり体形はほぼそのまま成人することもあり、透析をやめる方法がないので親から腎移植を受ける現状があります。入院中に、腎不全だったと思われる双子の女の子の2歳位の子供は両親から腎移植を受けていました。

血液透析を行うには腕の表面の血管を太らせるシャント手術、腹膜透析を行うにはお腹に穴を開けカテーテルを通す手術が必要です。
私は思春期に近い子供でしたが、子供の腎不全は防ぐ方法もない運命だと、自分と同じ病気の子供たちと一緒に入院して思いました。
小さい子供がなんらかの理由で腹膜透析ができなく血液透析が必要な時があります。ある小さい子供はしょっちゅう「おおり、ください」(「こ」と言えなくて「「お」と言っていた)と、水分制限があるから、20~30mlだと思いますが小分けにして看護師さんから氷をもらっていました。 また勝手にお水を飲んで看護師さんに怒られる子供がいました。 「〇〇(自分のことを名前で呼んでいた)は飲みたくないのに、〇〇の身体が欲しがるの」。 大人からすると言い訳にしか思えない言葉でも私の記憶に残ったのは、自分も同じことを思っていたはずでした。



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ブログでは、病気を持った小さい子供のお母さんが、子供のために病気について勉強していることを見かける。 運命だし可哀想と思われる子供の病気かもしれない。 でも自分の病気について一生懸命に考えてくれる人がいて成長できて、必要以上と思えるほど恩恵を受けていると私は考えています。

Vol.35  「ストローと無意識」

2019-01-30 11:35:16 | PAPER BLOG
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Vol.35  「ストローと無意識」

私は上手にストローで飲むことができません。
なぜかというと口で何かを吸い込むことが難しいからだろうとは思ってはいます。麺類を食べるときはわりと勢いよく吸い込む動作を口では行っていますが、この「すする」ことができたのにさっぱりできないのです。
2度目の脳出血が起こる前にはできていたのに、今はどうやったらできるのかわからない。原因は病気とはいえ不思議としか思えないのです。

自分の病態は、「普通にできたのにできなくなった」ことだらけです。
脳出血後に脳からの指令が手足にうまく伝わらなくなって動かない。仕組みはわからないけど、手足の動きに関してはよくわからないのに表面的に了解しています。でも口が動いて食べたり飲んだりうがいができない??・・・口に麻痺とかがあればいろいろ出来ないことを了解する気がするのに現状にすっきりしないものがあるんです。「急に呼吸ができなくなった」なんて考えられませんけど、それに近い感じがする、自然すぎてできたことがいろいろできない現在の自分です。

そういう動作にあてはまるのかなというものに、炊飯器のボタンがあります。
2度目の脳出血後に退院して随分長い間こと炊飯器のボタンを押して開けることができませんでした。
現在は簡単に開けることができますが、できるために開ける訓練なんてしていませんし、開けられない自分を経験したはずなのに、説明が面倒でした。 ボタンだけど押すだけじゃだめで、力がたくさん要るわけでもなく、程よく押して引っかかりからはずすと開ける感覚?自分で書いても今でも何だかよくわかりませんが・・・
スポーツで、感で動いてマスターすることは多いと思いますが、説明は不要で身体に身につく動作はあって、それは言葉では説明は難解かもしれないと思っています。

恐らく私は「意識」という言葉を簡単に使っているけど、実はそれがどういうものか何もわからないから、無意識にできたことができないなんておかしすぎる、ある日突然できるのが当たり前ではないかという暗黙の了解みたいなものを感じるのではないかと思います。

それが本当ならうれしいけど。。。
以前に無意識にできたことの回復。
私はストローをうまく使えず、とにかく力を使えば使える時があり、吸盤をはがすように一気に吸い込むことを繰り返すことで「飲む」。
疲れるけど、先日目を閉じて何気なく飲んだら、吸うのに力は要らなかったんです。5日間だけその方法で飲めたんですけども。
なぜそんなことができたのかはわからないんです・・・。
でも5日間でできなくなったって何だろうと思いました。。。
楽な方法だと思ったけど脳はそのストローの使い方はいいとは思わなかったのかも。
いつも同じ方法でなくやろうとするのは意識的で、ちゃらんぽらんに見えて実は的を射ているのは無意識っぽい気もします。

とりとめのないお話ですみませんでした!


Vol.36  「透析とお酒」

2019-01-18 22:32:22 | PAPER BLOG
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Vol.36  「透析とお酒」

若い頃、母に止められるときがしばしばあったお酒が好きな父。
健康な弟ではなく、透析患者で水分制限がある私にお酒が好きなことは遺伝してしまったようでした。。。 世の中はうまくいかないものです。
2浪した私は、大学1年になったとき20歳。
新入生歓迎コンパでビールを飲み、喉が熱くなったことを覚えています。 サークルなどお酒を飲む機会がわりとあり、徐々にビールはアルコール感がなくなり、苦いだけの水?
ワインのアルコール感は感じましたが、材料はぶどうで、カリウムを含むので、透析患者は少ししか飲めません。
材料はお米で、気にするのは水分量だけの日本語が私の好きなお酒になりました。でも1日摂取水分量は500mlくらいだったので、2合までした。
飲み会がある日はギリギリまで水分量をセーブしてお酒を愉しむ。いつも水分摂り過ぎの私でしたが、こういう時の水分制限は気にならないものでした。
焼酎やウィスキーは、味的に燃料に思えてあまり好きになれませんでした。

穴があったら入りたい、お酒に関する恥ずかしい出来事がありました。。。
夜間透析後(21時くらい?)に、研究室の飲み会にでかけました。
透析後で血液がきれいな状態で飲むべきではなかったのです。
普段なら飲み会後半でいい気分になるはずが、少し飲んだらもう酔いが回っていました。空腹時にも似たような酔いの速さがあると思いました。ただ透析後の空腹は、私の場合は透析前は体調不良で食欲不振でも透析後には別人になったように食べてしまうなど特殊に感じるものがあります。
途中から友人が私がないと探してくれたそうです。
私はトイレで鍵をかけて寝てしまったんです。まったくお騒がせでしてしまい・・・
かと言って透析後に飲み会へ行くのをやめた記憶もないんです。。。
勿論、同じ失敗はしておりません。
透析直後はアルコールの吸収が速いらしいので、飲むペースを遅く量を少なくしました。

※ 現在お酒はほとんど飲んでおりません。

Vol.34  「自分に合ったリハビリ」

2018-11-07 12:46:25 | PAPER BLOG
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Vol.34  「自分に合ったリハビリ」

通院リハビリで認知神経リハビリテーションを受けていましたが、昨年4月から今年8月始めまでは、訪問リハビリでストレッチ手法のリハビリを受けていました。通院リハビリで受けていた病院の方針で、認知神経リハビリテーションは行わなくなり、でも何かリハビリは受けるべきだろうということで、訪問リハビリを受けることになりました。

通院リハビリから訪問リハビリに変わっても申し送りみたいなことはないんですよね。この状態でストレッチリハビリを受けていいものなのか不安になり、自分は話せないから、自分のリハビリ経緯を簡単に書いて、片麻痺のとき認知神経リハビリテーションに関する短い文章を書いた小さい冊子「春秋」を訪問リハビリのリハビリ療法士さんに読んでもらいました。
両麻痺で聞こえず話せない患者の私。これまで受けていたリハビリは、認知神経リハビリテーションという、リハビリ療法士になるために受ける国家試験で出題されない(と読んだことがある)療法で、それを8年以上受けてきた・・・そんな情報をもらっても・・・訪問リハビリのリハビリ療法士さんは困っただろうなあと今更ながらに思います。。。

まだあまり知られていない認知神経リハビリテーションっを私が受けることができたのは、重度の右片麻痺のときに大久保病院で、認知神経リハビリテーション専門家の中里瑠美子さん(OT)とお会いしたからです。中里さんのリハビリ(治療)を受けて、歩くと肩より上まで持ち上がっていた右腕は下がり、亜脱臼を起こしていた右肩はほぼ完治しました。中里さんは、認知神経リハビリテーションにおいてはパイオニア的存在で、何刷かの本を執筆されています。

そんなすごい方にめぐり逢うとは、脳出血は自分にとっては不幸なことと感じましたが、この事実を思うとそれは違うと思います。
名古屋で勤務されていた中里さんは帰京され、今年から東京で勤務されています。
私が現在通院リハビリが可能になったのは。認知神経リハビリテーションで診ることできるリハビリ療法士、セラピストを中里さんからご紹介いただいたからです。

大変お世話になりました訪問リハビリのリハビリ療法士さんから、リハビリ中に余計なことを考えないでリラックスしてと言われたことがあります。リハビリ療法はいろいろあるそうですが、リハビリは続けるものだから、どうしてもリハビリを受ける患者のリハビリ療法の好みがあったりしないのだろうかと感じています。

今はリハビリに行くと、自分の身体をどう感じているか質問され、選択肢から選んで答えたり、間違えた時などは言葉でそう感じた理由を答えたります。
そのやりとりが面白いと思っていて、このリハビリは面白いと思っています。

Vol.32  「家族のいない送迎車の迎え」

2018-11-06 15:24:03 | PAPER BLOG
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Vol.32-1  「家族のいない送迎車の迎え」

ひょっとしてむずかしい?と思ったのが、透析終了後に送迎車🅆を迎えるのを家族以外にお願いすることなんです。
問題は、家族でない人が送迎車の迎えのあとは患者を一人置いて帰ることなんです。
こ誰にお願いしても結果は同じで、一人で具合が悪くなったとき、最後に一緒にいてくれた方にご迷惑をおかけしてしまいます。ケアマネジャーさんがヘルパーさんは送迎車の迎えはできないんですよ、とおっしゃってなんでだろうと思ったら、介護が必要な患者を一人にしないという常識があったからじゃないかと思いました。

「家にご家族が戻るまでみていますよ」と送迎車の迎え後に夫が帰宅するまで待機してくださる有料ヘルパーさんにお願いすることになるのかなと思っています。透析から帰るには何か考える必要があるときが来ると思っています。
でも一番いいのは、歩けて自分で透析から帰ることができることですよね。 寝たきり状態をやめたいですし、それは夢ではなく現実としてとらえる必要があるから、治りそうと思って集中してやるべきだなと思いました。


Vol.32-2  「家族のいない送迎車の迎え」

3人のヘルパーさんに読んでいただいたところ、言い切れない部分がありました。 介護が必要な患者には一人で生活されている方がわりといらっしゃるので、介護が必要な患者を一人にしてヘルパーさんが帰ってはいけない常識はないんですね。 どういう患者であれば数時間一人で問題ないのでしょうかね。 かかりつけ医とか主治医とか家族の判断でしょうか。

問題は、送迎車が到着する時間がまちまちなので、介護保険では払えない可能性があるというのは、ヘルパーさんが待ってくださる時間が1時間を越えることのようです。
「これから病院を出発します」と連絡してからヘルパーさんが待つようにして待ち時間が減るにしても、連絡を待つ時間はサービス料に入るんじゃないかなどとおっしゃっていました。

私は有料ヘルパーさんにお願いすると思っていたのですが、介護保険を使えないか、アイデアがあるかもしれないからケアマネジャーさんに相談したほうがいいとおっしゃっていました。


・・・これは今すぐに解決すべきではなく、ペンディング中である。
療養生活を始めたばかりの頃、現在とは違うケアマネジャーさんで、買い物が目的の散歩は可能だが、図書館へ行くことが目的の散歩は介護保険でヘルパーさんにお願いすることはできないと伺ったのを思い出した。
介護保険は、介護を必要とする患者が生きるために必要なことをサポートするもので、何でもサポートするわけじゃないんだなと思った。
あるヘルパーさんは、介護保険には限界もあるとおっしゃっていた。

Vol.30  「負傷ある両親が介護をせずにすむ方法は」・・・結論は出ておりません

2018-07-09 11:41:08 | PAPER BLOG
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 今回入院リハビリのとき自分の生活を考えると、以前から負傷を訴えていた両親による介護は、サービスに切り替えるのは難しいのだろうかと思ったんです。

ケアマネジャーさんは自費でも余裕があれば可能ということでしたが、親は他人には体が痛いことを見せたがりませんし、負傷が重症化するまで親は私の介護を続けるのかもしれないと思いました。ケアマネジャーさんが家族の話に立ち入ることはできませんから、介護を行うのが難しいと判断するのは、行っている本人か、介護されている患者になるのだろうかと思いました。

でも親が自ら介護は難しいと判断するのも難しいと思います。
3年前に背の高い車イスから背の低い車イスに変えたのですが、175cmある夫は腰を痛めてしまい、私はレスパイト入院しました。
この入院は、夫が決めたのではなく私の母でした。夫は大丈夫だと言っていて、耐えられると思っていたと思いますが、レスパイト(、「一時休止」「休息」「息抜き」という意)は自分をいたわり過ぎている負い目のようなものを感じていたのではないかという気がします。

でも自分の身体は自分のものと言えるかというと、そうとは言えない気もするんです。自分で生まれて誰かの力を借りずに成長してはいないことを考えると・・・
自分の身体を大事に使うことは、自分のためだけではない気がします。






Vol.29   「尖足」

2018-07-04 11:59:17 | PAPER BLOG
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リハビリの内容であるときはブログで公開している。

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 仰向けに寝たとき、足の指は天井を指しています。 寝ても立っているみたいに踵は90度です。
でも2度目の脳出血以降、寝たきりになった私の足の格好は、寝ても車イスに座ったときもつま先立ちなんです。
この私の足を「尖足」といいます。

せん‐そく【×尖足】
アキレス腱(けん)が縮み、足の甲側が伸びて、足先が下を向いたまま元に戻らなくなった状態。脳卒中などで寝たきりでいるとなりやすい。
出典 小学館

いつも出掛ける前に私に靴を履かせていただきありがとうございます。でもつま先立ちで固まった私の足はとても履かせづらいと思うので、ご迷惑をお掛けして申し訳なく思っております。すみません!靴を履くことがリハビリになっているらしいと思い、ヘルパーさんなどにお願いしてしまっています。特に最近の右足は、靴を履き馴染んでいるように見えます。

入院リハビリ当初は、せっかく靴を履かせてもらっても、脱ぎたくて耐えられなくて自ら脱いでしまったり、車イスを運転するとなぜ靴が脱げるのかわかりませんでした。
自主トレで意識的に靴を脱げないようにできるらしいと思いつつも、脱ぎたくもあるので、たまにしかやらない自主トレでした。

退院して、私は外出の時も車イスだし、靴を履く意味はないと思いましたがなぜか履きたくなりました。
そして靴を脱ぎたいと思わなくなって、靴が脱げることは一度もなくなっています。

入院中、しょっちゅう脱げていた靴が全く脱げなくなったのが不思議です。

Vol.26   「介護は家族か他人?」

2018-03-02 11:31:03 | PAPER BLOG
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リハビリの内容であるときはブログで公開している。

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 療養生活に入る前の入院中、自分が生きるには病院しかあり得ないと思っていました。動けないし、排便も看護師さんでなければできない入院生活をしていたからです。

でも実際は自分は無知だっただけで、看護ステーション、ヘルパーステーションというものが存在して、自分のような寝たきりであっても退院して生活を送ることができることを知りました。

でも何か変な感じがするのです。
入院中も退院後も、病態に特に変わりがありません。でも入院中は医療のプロから介護を受けていて、退院後は一部無償で、家族や、一緒に住んではいない両親がわりと近くなら通い私を介護して、遠ければ介護はしないはず・・・
近くても介護はやりたくないと言う人はいないのかな。
介護は一度引き受けたら、患者が生活を続ける限り続くから、断れるものなら断りたいのがふつうだと思います。

介護は身内から受けたいという人もいれば、他人から受けたいと思う人もいると思います。
実はどちらかと言うと私は後者に近いんです。
他人の方が一緒にいて落ち着きを感じるタイプです。
両親にお世話になっておきながら失礼ではないかと怒られそうですが・・・

特にオムツを取り替えてもらうとき、やってくださる誰に対しても申し訳ない気分にはなるのですが、割り切れる気分になれる感じになるのは、ヘルパーさんや看護師さんにお願いしているときの自分なんです。

話せなくても、1時間足らずの訪問してくださったヘルパーさんとの接点なんですが、私にはいつも新鮮さを感じているんです。
なぜでしょう?
私は同じ職場と出張がある仕事でしたが、いつも出張ならいいのに、と思っていました。
はじめて会う人と話すことは好きだったので、今は声が聞こえず話したことはないヘルパーさんと話せたら・・・と心待ちにしている気持ちがある気がします。

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ヘルパーさんから頂いた感想では、自分が患者だったら看護師やヘルパーに頼みたいと書かれており、私に近いのかもしれないと思った。
私は両親にオムツを取り替えてもらうなど介護を受けることは、子供に逆戻りしているような、しっくりこないものを感じている。

世の中には生まれてからずっと介護を必要とする方がいる。
その方は、親からずっと介護を受けているのだろうか。

15歳などで介護をヘルパーさんから受けるようになるほうがいいのではないかと思ったことがある。
両親からずっと介護を受け続けていて、自立の感覚がつきにくい気がしたのである。

介護を受けて生きることは、社会的行為?で仕方のないことではなく必要なことだと思う。
中学生の私に、ある看護師さんが、透析はお仕事なんだよ、とおっしゃったのを思い出した。











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Vol.24   「飲み込み」

2017-11-20 12:30:54 | PAPER BLOG

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『頂いた感想』
以前から比べると、食べ方がスムーズになり、変化が見えます。


リハビリの内容であるときはブログで公開している。

Vol.24   「飲み込み」

朝食に、いつもフレンチトーストを作っていただきありがとうございます! おいしいからゆっくり食べたいのですが、私は食べる時間は非常に遅いので、ヘルパーさん前で私が食べているスピードは、自分では速いほうなのです。

自分の食事はだいぶ変わっていると、自分でも思います。。。
ヘルパーさんから見て、変な食べ方だとお思いになっているのは、たぶん・・・

●食べ物を口に入れるとすぐさま天井を見て咀嚼が始まる
・・・口に何かを入れると、それを入れておくのが難しいんです。口から入れたものがこぼれないよう、顔は上を向き、その状態で噛みます。

●舌がちゃんと動けば、口に入った食べ物を、縦横無尽に混ぜられるのですがそれができない。口に入れてすぐ飲んでいる・・・また上の歯と舌の歯の間に食べ物をうまく置けず、結局噛むことができずにそのまま飲み込むことが多いです。
私は舌の動きはワンパターンで、口の中で舌は出たり入ったりをしている感じです。
疲労時には舌が全く動かなくなることもよくあり、そうなると舌の動きでできる飲み込むこともできなくなります。

●ストローを使うのをよくやめている・・・吸い込む力が弱い(と思っている)からストローが使えないときに諦めてラッパ飲みに切り替えています。。。

今まで自然に行なっていた飲食ですが、2度目の脳出血で自分の身体が膨大に壊れることで、決してうれしいことじゃありませんが、正常に動く身体とそうでない身体をいろいろ比較をしています。

Vol.17   「4→5」

2017-07-03 14:21:31 | PAPER BLOG
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リハビリの内容であるときは公開している。

Vol.17   「4→5」

療養生活は5年目になります。ヘルパーさんにはいつもお世話になっていて、体調がよくここまでこれたのは本当に感謝しております。先日頂いたバースディカードは嬉しかったです。どうもありがとうございました!

またリハビリを続けていたおかげで、身体には少しずつ回復がみられ、退院時に比べ車イスはだいぶ楽に座れ、動きのなかった両足が動き出し、左腕以外のあちこちに麻痺が多い身体に痛みがではじめています。

でも今年送られてきた介護保険被保険証は、要介護4であったのが5になっていました。
母は喜んでいましたが、リハビリで回復させたい自分としてはちょっと納得いかない気分でもありました。

気になったのは、現在の自分は本当に要介護5の状態にあるかわからないということでした。
でもインターネットでわりとすぐに目的の文は見つかりました。

要介護4になくて要介護5にあった文
「意思疎通に全面的に手助けが必要」
介護認定の更新時期と期間、区分変更について簡単に解説


私は聞こえず、言葉を表現するもの(パソコン、50音指示ボード、PECHARAというひらがな入力で音声が出るなど)がなければ意思疎通ができません。。。
介護者は、私に体調を確認するために、ホワイトボードや磁気ボードを使います。
透析室では、質問といくつかの回答を書いてくれて、回答を選ぶときもあります。
私は他人に意思疎通には、「全面的に介護者の手助けが必要」と言える気がします。
また言葉を表現するものがあっても、体調が悪いと、それを使えないときもあります。そうなると、介護者からみて、私は伝えたい意志があるのかわからないと思います。


ちょっとしたミスで5月に行われた更新の要介護認定と思っていましたが、
実はそのまでの要介護レベルを正しいものに修正したことになったのかと思いました。



それにしても・・・。
要介護に変更がなければ、要介護のレベルはどうやって決まるか私は関心がなかったのです。患者の介護の大変さを測るようなシステムがあるんですよね。

介護認定の流れには、介護認定審査会というものが含まれ、その委員に任命されるのは、
医師、歯科医師、薬剤師、看護師、保健師、介護支援専門員、精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの資格を持つ者がほとんどだそうで(ウィキペディア 要介護認定)ちょっと安心しました。。。毎年訪問される区の職員?の方が介護認定を行っているイメージでした。、