20150929 地面や壁に足をつける感覚

2015-09-29 18:47:42 | 通院リハビリ
今日は血圧測定忘れ・・・でも身体は課題にはっきり答えを出せていたので、低血圧ではなかったと思う。はっきりした答えとは、迷いがなくて、自分の感覚がわかりやすいときに出せる。

◆久しぶりの立位
足裏に痛みが全くないので、自ら立とうという意気込みを感じた。指を含めた足裏半分が地面を感じたと思う。小指の根元から踵に向かう側面で地面を感じたのは、倒れてはじめてかもしれない。

◆歩く(・・・ように両足を動かす)
先生の肩につかまり、歩き出す足は左足と決めて、先生に左足を叩かれたら歩き始めた。両足が動いているのは感じるが、足全体はとても硬かった。1m位離れたところにある、もうひとつのマットまで歩いた。
元のマットまで再び歩いたが、このときは、足より上半身が動かないように注意していた。
歩いている最中は、足が地面につく感覚は意識できなかった。でも先生は、足を振り上げて歩いていたとおっしゃった。。左右の足を交互に動かしたようにしか感じられなかったが、足が硬くではなく、柔らかく感じることができたら、自分がどう動かそうとしてたのか、感覚でわかったのかもしれない。

◆マットに寝て、壁に足裏をつける
正直なところ、右足が壁につくとは思っていなかった。でも低めの位置だったが、先生が私の右足を持って壁につけた。その状態で、先生が手を離すと、右足は壁に吸いついているみたいに動かなかった。右足裏の壁の感覚はわからないくらい弱かったが、左足の壁の感覚はしっかりあった。

同心円ではなかったが何重にも重なった円の図が壁に貼られている。先生が私の足を持ち、2つの円をなぞる。私は閉眼して2つの円はどちらが大きいか答える。

課題は左足から始めた。頭に見えた図は右上がつぶれた円であった。でも2つの円の比較はできた。2問目では2つ目の円は1つ目の円を同じようになぞっているとしか思えなかった。わずかに動く円を描く線のゆれが、1つ目の円より大きく見えるかも・・と感じてそのように答えたが、しかし正解は2つとも同じ円をなぞっていた。この日の左足の動きはかなり正確に脳に伝わっていた気がする。

しかし右足の描く図は、最初何も頭に出てこなかった。そこで、円をなぞる右足を見て、その通りに感じられているか確認することからはじまった。
両足が壁についた左右の足の感覚は違いがあり、課題への答えに大きな開きもあった。

自宅での血圧は135/83だった。今までの感じでは、リハビリには、ほんの少し血圧があった方が脳の反応が良い気がする。

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本当の感覚に気づきはじめたのかもしれない

2015-09-28 11:31:39 | 日記
昨日は、なぜか両腕が重かった。
考えてみれば、左手しか使えないのに、左腕が疲れた経験がない。
それがいきなり両腕が疲れたように重い。
重かった部分は二の腕の、後方の仰向けになったら地面に接する辺りだろうか。
左右どっちが重いか考えていると、右の方が重く感じる。

感覚がわかってきたのかもしれない。
今、急に両腕に重さを感じている理由はわからないが、でも両腕に疲れを感じるのは、自然なことではないかと思った。

左手しか使えないのに、左腕が疲れた経験がない。ちょっと異常ではないか?
右手を動かせないように固定して、左手だけを使う生活を続けたら・・・左手は疲れてだるく感じるのではないか。
そんな異常な状態が続いているのに感じないのは、左手は動くがやはり両マヒの一部であり、感覚がわかっていなかったらしい。

右手に疲れを感じたのは、常に手のひらを開こうとせず腕を動かそうとせず、緊張しているように見えていたからか。


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9/17 痛みがわかり、危険を察した麻痺の右手

2015-09-23 11:23:48 | 日記
右手の親指の爪をパチンっと切ってもらい、瞬時に、私は右手をを引っ込めた。すごく痛かったのである。しばらくすると、右の親指は血がにじんできた。それを見て、私が右手を引っ込めたのは、何かに驚いて動くマヒ特有のものではなかったと思った。痛みを感じ、危険を感じて、そのときいた場所を離れるために反射的に右手は動いたのではないか。

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伯母の家に行く

2015-09-21 11:26:25 | その他
昨日、伯母の家へ行った。

天気はよかったが、高速道路の渋滞に合い、お邪魔する予定の時間より20分位遅れてしまった。

倒れる前には毎年行っていた伯母の家。夫婦で生活されている伯母は猫を飼いたいと、夫がネットで猫の里親から譲り受けた子猫の仲人になったこともあり、その猫に会いに行く楽しみもあった。

寝たきりになってからは、誰かの家へ行くなんて絶対無理だと思っていた。
でも昨年伯母から贈り物とお手紙を頂いたとき、自分は迷惑がかかることは確かだが、迷惑が予めわかっていれば伯母の家へお邪魔させて頂くことができるかも・・とちょっと無謀な考えと感じつつも思った。ただ自分ひとりの考えだと自信はなく、夫に「こんなことできるだろうか」的に話を持ちかけ同意を得た。

実際伯母の家に車イスであがろうとしたら移動できそうか(車イスの寸法)、自分のコニュミケーションができない実際、嚥下障害、等々。。。今の自分の障害の内容がわかってもらえるだろうか、会わずに説明するのは難しかったが、伯母・伯父と手紙のやりとりをした。

昨日、伯母の家に着くと玄関ではなく、縁側から3,4人で部屋にあげていただいた。
その部屋は、畳で座布団のある和式の部屋だったのに、隣の部屋のテーブルとイスが移動されていて、様式の部屋に変わっていた。外から縁側にあげていただき、少し前に進むと、目の前にテーブルがあった。
食事は背の低い器で、おかゆ、お寿司2貫、茶碗蒸し、お吸い物、細かく刻んだ穴子。
たぶん注意が必要なのは食事だろうと思っていてほとんど食べずにいようとしたが、私が食べれないものが何もない。2貫のお寿司も、甘エビとやわらかいまぐろ。飲み込みには問題なさそうなものを選んでくださっている。完食できた!

伯母は、また遊びに来てねと言ってくれた。
私の両親、弟、夫が一緒で、少しにぎやかにはなるけど・・・私のためのいろいろな準備がある。甘えてよいものか。
私が伯母の家へ行けば、ご迷惑がかかる。
でもそのことを通じて、伯母と伯父のやさしさをつよく感じた。

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ショック、、、落胆

2015-09-17 08:17:44 | その他
我が家の猫、ももちゃんのことであるが、昨日亡くなってしまった。

11歳だから、若くはなく、また普段食は細く痩せている猫だった。

日曜日の夜、急に元気がなくなり、水ばかり飲んでいた。食欲もなかった。

翌日も変わらないので、21時頃仕事から帰宅した夫は、ももちゃんを夜間診療もある動物病院へ連れて行った。
結果は、貧血、普通の猫より体温が2度低い36度、血液検査でGPT/ALTの数値が>1000(測定できないくらい高い)であった。
その翌日火曜日に近所の動物病院へ連れていけば最悪なことは起きなかった気がする。
でも誰もももちゃんを病院へ連れていく余裕がなかった。

昨日、父にお願いして、ももちゃんが診察を受けるため、動物病院へ連れていってもらった。しかし、この状態で連れて帰るのは無理だと言われ、父は病院にももちゃんを預けて帰宅した。その直後、病院から治療を始めようとすると呼吸が停止したとの連絡が入り、父は再び病院に行くと息絶えてしまったそうである。(この時の体温は34度)

元気がなくなってからは、歩くのも億劫で寝てばかりだった。
急激に弱っていくももちゃんを見ることはつらく、早く治療を始めればよかったという後悔が本当に残る。



透析を終えて帰宅後、ももちゃんは病院へ出かけるため、バッグの中にいた。顔が覗けるようになっている網目状の部分からももちゃんを覗いた。ももちゃんは顔を伏せるようにしていたが、しばらくすると、顔を上げきれいな目を開けこちらを見ていた。
ももちゃんはその後父と病院へ出掛け、私はめったにならない腹痛になったので、ベッドで横になった。目を覚ますと、父からももちゃんはもういないことを知った。あとから思うと腹痛は一時だけであったので、もうももちゃんには会えないことを身体は感じていたのかもしれない。

しかし、ももちゃんは私には懐いていなかった。なのに私は泣けて仕方がなかった。実家は団地で、犬や猫は飼えず、ももちゃんははじめて暮らした猫であった。自分のふがいなさがはっきりわかることが起きてしまった。今も食欲など出るはずもないが、徐々に心のショックをやわらげたいと思う。

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20150915 車イス選定は一旦中断/路上運転試験

2015-09-16 11:40:18 | 通院リハビリ
 (血圧110台)今日は車イスを吟味するのかと思っていたが、違った。前回の業者さんでは、先生が求めている車イスが見つからず、別の業者さんに依頼をかけるか、現状の車イスで工夫してリハビリするらしい。前回先生の表情がきびしく感じたのは、(ユーザが)どういう車イスがほしいと思っているか、(営業担当者が)見抜けない、なんていうことがあったのかもしれない。先生は妥協しない意気込みで私にいろいろな意味でぴったりな車イスを見つけてくださろうとしていたと思う。

今回は、最初とても眠たかったが、車イスで外出するとわかると、何もしてないが緊張してきた。
今の病院でリハビリを開始して、はじめて路上で運転するのを先生に見ていただくことになる。

路上試験は一応パス。
病院は最寄駅まで徒歩3分位。駅には改札口へ行くエレベータがあり、これを使って改札口まで行きUターンして行きとは別のルートで病院へ戻った。この日は天気もよく気持ちのいい試験だった。
 
問題は、耳が聞こえないのでバックミラーが必要であることと、表情がかたいこと。

誰かと一緒にいるとしても、突然後から車があらわれると感じていたのでバックミラーはほしかった。

路上試験中、自分の表情がかたいかもと感じたときがあった。
エレベータを降りる時、外で自転車を待っていた女性がいたので軽く微笑んだつもりが、その女性の表情は変化はなく、こっちを見てくれてはいなかったのかな、と思っていたのである。実は自分の表情は、余裕を見せることはできてはいなかったのである。。。


でも先生に指摘されて嬉しかったのは、以前は日常、首をかしげる格好の癖があったが、それがなくなっていたことだった。


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身体の記憶?

2015-09-14 12:31:34 | 日記
良くも悪くも身体は変化し続けているということなのだろうか 2012-08-08
最近やっていない自主トレ、やってみよう

前回こんなことを書いたのは、退院した年の方が右足については、自主トレで成果がでており、現在の右足はフットレスト上にじっとできないことを考えると、このときの自主トレを試したくなったのである。

当時自主トレとしてやっていたのは、暇さえあれば息を吐きながら、いつも開いてしまっている股を閉じることだった。

最初やってみたら、力ずくでも股を閉じられず、「右足のリハビリを後退させている?」と思った。両足はかたく動きづらく自主トレができる状態ではなかった。自主トレは一旦あきらめた。

約1週間後にやってみたら、股を開いたり閉じたりは楽になっていた。身体が思い出してくれたのだろうか。この簡単な訓練は、効果が出てもやめるべきではなかったのかもしれない。

過去のブログでは、自主トレを行なっていたときには右足は動きはなかった。(ということになっている)
でも自主トレができたとき、すでに股を閉じる右足の動きはあったんだなと思った。

動きのあった日 2013-07-19

現在、股を閉じるとき力もあまり感じず、股の動きに集中すると、右足がフットレストについている感覚がするのである、

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20150908 車イス選定①

2015-09-08 17:14:35 | 通院リハビリ
血圧126.リハビリ室には新しい車イスがあり、業者さん2名来てくれていた。
以前に乗った黒い車イスとは違うものだったので、実際に乗ってみて乗り心地を確認した。

少しクッションがうすいかなと思っていたが、普段顔を上に向けて飲み込むと座りが浅くなるのでやってみると、座りは浅くなった。

※ブログ記録忘れです。。。
食事中に足に放散反応を起こし、決まって座りは浅くなった。ある日放散反応は消滅したようにみえたが、フットレストにしっかり足を置けないことが続き、放散反応は復活してしまった。
ただ放散反応は大分小さいため、座りの浅さも少ない。


背もたれのガードは分厚いかなと思っていたが、両脇に感じる狭さは、現在の車イスとそっくりだった。

でも車イスそのものは、背もたれやアームレストなどが簡単にはずれるのに丈夫そうで、小さめな車イスだったので、自宅で乗ってみたいと思った。



業者さんとの話し中、先生の表情はきびしかった。私も日常生活やリハビリで身体に最適な車イスが見つかるように協力したい。
来週も車イスを吟味する予定だと思う。


退院後、今の車イス到着が2ヶ月ほどかかり、その間は入院中に乗っていた車イスを借りていた。その後せっかく届いた車イスに乗りづらくなっていたことを思い出した。恐らく入院中の車イスはかなり体に馴染んでいたためだろうと思うが、太ももはベルトで固定していたが、上半身の姿勢はグラグラだったから、オーダーメイドの車イスで上半身を固定する必要があった。

その頃のブログを見ると、当時車イスで身体を固定されていやだと感じている。現在はきつく感じるだけだ。今なら上半身の姿勢はグラグラだった入院中の車イスは、ベルトなしで、姿勢も気にせず乗れるかもしれない。

ついにMy Wheelchairがやってきた! でも・・・ 2012-07-26

良くも悪くも身体は変化し続けているということなのだろうか 2012-08-08
最近やっていない自主トレ、やってみよう

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靴下を脱ぎたい

2015-09-04 11:52:43 | 日記
昨日寝る前、両足短いブーツをはいていて暑いから脱ぎたい、という感覚がした。実際にはいていたのは靴下で、今まで自分で脱いだ記憶がなかった。でも右足は簡単に脱げた。それなら右足よりよく動く左足は楽勝・・・と思ったがそうではなかった。左足はあまり曲がらず靴下まで満足に手が届かない。
左足が棒に思えた。でもそうなってしまったのは、右片マヒで約10年間、マヒの右足をかばいながら歩いて、恐らくいろいろな歩き方ができずに固まってしまったのではないか。
 

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20150901 重度右片マヒ、両マヒを経て右手の指に動きを見る

2015-09-01 18:54:06 | 通院リハビリ
血圧は119.先週はあまり食欲がなく、今日もそうだった。パンにたっぷりとホットケーキシロップをかけて食事をした。ホットケーキシロップだと食べる気がした。

先生は前回の私のブログで、鏡の前の台に足をのせることは変な格好じゃないとおっしゃった。私はすかさず同じ格好をしようと左足を持ち上げてみた。入浴中は念力で持ち上げているみたいだったが、先生の前では楽だった。

先生は、今まで足は前かがみで洗っていたため、これは足を洗う選択肢だとおっしゃった。身体の動きでいうなら、両手を使うこともそうだという。
右手は介助していただきながら、雑巾を絞ったり、食器を右手で持ち左手でスポンジで食器をこすったりした。
食器は陶器で、私は落とさないか緊張していた。でも動いている左手の反対の右手には持つという力が働いているそうだ。
確かに左手を大きく動かしても右手はお茶碗をしっかり持っていた。少しひろげたお人形の手にちょうどはまって持たせているようにも見えた。

手を離すには指が動かなければだめらしい。
先日少し出来た手首の動き(手首を手の甲側へ動かす)をやってみると、ポロッと右手はお茶碗を離した。

先生は指の動きを確認した。手を開くような動きを先生の指でやって見せ、私の親指と人差し指だけ、手を開く方向にほんの少し動いた。
親指と人差し指でかろうじて何かを挟めそうだったので、先生はティッシュペーパーで挟み、離せることを確認した。さらに先日右手で持つイメージの課題で、先生に持たせてもらっていたクレヨンくらいの大きさのものもつかみ、離せることも確認した。

先生は「右手を認識しましょう!」とおっしゃった。


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