リハビリとそうでないもの 原因の切り分けは難しいと思うときがある

2016-11-29 18:04:28 | 考える
今日はリハビリだったが今週も休んでしまった。
疲れと昨日夕方からある頭痛が原因である。

■ドライウェイト200gダウン

500gドライウェイトを下げたのに、土日の血圧は150台で、昨日透析で200gドライウェイトを下げた。
ドライウェイトは現在30.5kgで20kg台が迫っており、危機感は持っているのだが・・・

元気な20kg台の自分は想像できない。
脳出血後入院中には、正確には覚えていないが体重は20kg台で、胃ろうで自分の足は骨と皮のようだった。今はそういう状態になるとは思っていないが・・・。入院中胃ろうが取れ、食事ができるようになり、一時的に主治医から今はたんぱく質の制限は「あまり」厳しくは行なわず、食べるように言われていた。「ホントに?」。主治医からチョコレートの許可が下りて、私は入院食とチョコレートのおかげで、ドライウェイトが1か月に1kg増えた記憶がある。カリウムやリン、塩分が低く、おいしくてお値段もそこそこのたんぱく質を摂らねば。


■今ある頭痛は何だろうか
 
今の時期、インフルエンザも流行り出しているし、頭痛は風邪と思っていた。
でも頭の痛む場所は、右側耳の裏から首筋にかけてだった。
疲れとこの痛みがセットになって、風邪っぽく思えた。
でも風邪ではないと言い切れるわけでもないし・・・


■気になる右腕の感覚

右腕二の腕だけに感じるものがあれば、人工血管のシャントがあるため血流を確認している。先週から右腕に針金が突然入って消えることが二の腕だけではなく、肘から先の手の甲にも感じる。血流音に問題はなさそうで、シャントは関係のない何かと思ってはいるが・・・。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

痛みが瞬時にわかった

2016-11-28 11:47:44 | 日記
先週末シャワーキャリーから車イスに移乗したとき、左膝を車イスにぶつけたようだ。
膝痛いなあと膝をみると、赤くなっていて何かにぶつけたなとはっきりわかる。

でも痛いだけでなく、少しかゆみもあり、指でさわっていて、これはすごいことだと気づいた。いつもヘルパーさんに「このアザどうしたの?」と聞かれても記憶になかった。
マヒの身体はぶつけても痛みを感じないものだったのに、かゆみ混じりの痛みを感じていた。

入浴後はいつも基礎化粧品を使う。外出はほとんどしない為お化粧はまずしない。40歳を超えている為「一応」身だしなみ?っぽく使う。
でも面倒でもあり、ベッドで楽な体勢でいることが多い。

途中で左腰がなんとなく痛い気がした。
1週間位前から、ベッド上にいると腰から下があちこちが痛いわけではなく、感じたことのないじっとしていたくない感覚があった。感じたくないものだったため、「またか・・・」と無視していた。でも次第に痛くなり無視できなくなった。痛いと感じるところをみると、化粧品が入っているケースを左腰に押しつけいた。ケースをどけると痛みは消えた。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

透析で体重(ドライウェイト)500gダウン

2016-11-23 12:23:14 | 透析
先週透析後から疲れが取れず、リハビリを休んでしまった。
親知らずの抜歯があったのは11月10日。この日は食事はほとんど摂らず、翌日、前回透析終了時の体重からマイナス200g。抜歯で緊張しすぎていて、栄養が摂れなかっただけである。
ある技師さんが、私のレントゲン結果で心臓が大きくなっているとおっしゃって、ドライウェイトから200gマイナスの体重の状態だったが、透析は4時間で300g過除水を行うことになった。(ドライウェイトを変えずに除水量を変えて様子をみることは今までよくあった。看護師さんや技師さんは検査データをみてくださり、患者の体調の変化があったとき、患者の食事量や体調具合などを聞いて、患者と確認して除水量を増減することがある。)
いつもは4時間1kg以上除水を行う透析だが、4時間で300g除水はゆったりした透析だった。
土日はむくみを全く感じず、すごく体調が良かった。
この200g+300g=500gの過除水状態、いいみたいと思った。
主治医にドライウェイトを500g下げていただいた。
抜歯でもなく普通の食事が摂れているときのドライウェイトを500g下げることは、身体に負担があるようだ。(私は体重は30kgだが、60kgの人であれば、4時間透析でいつもより1kg多く除水することになる)透析後は最近熟睡で、翌朝起きても疲れが残る。でも疲れはなくなりつつある。












  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

嬉しいです!!

2016-11-20 12:33:52 | その他
このブログをはじめたのは2011年。
いつも私のブログへ訪問してくださる方は1日100名超えたことないのに昨日は179名。
閲覧ページ数は多くて1日200~300程度だったのが昨日は807.
この数値を見てすっかり目が覚めてしまった。

読みづらいブログであるのに、たくさんの方にお読みいただき感謝です。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

失語症からの回復に有効だったと思われるリハビリの記録

2016-11-16 14:15:17 | 考える
今までリハビリ後に書いていたリハビリの記録はやめる。

リハビリの記録の中には、リハビリ中に考えたり感じたことを書くことなどが含まれる。
かなり前から現在その必要はないのではないかと先生は考えていたそうである。
リハビリを記憶することはよくない気がしてきた。
脳にそれまでの判断や考え方を、変えさせようとしている。
そういうリハビリにおいては、終わったリハビリを後から時間をかけて思い出し記録する・・・それをやめて新たなことに脳を使うべきではないかと思ったのでる。

中里先生から「お勧め」のあった片マヒのときのリハビリの記録は、それをはじめる前、当時の私にとって、体験を言語化することは、失語症回復にとっても、学習を定着させるうえでも、役に立つのではないかという中里先生のお考えがあったそうだ。


失語症は、うまく話せないだけでなく、書く文章がひどかった。
友人にメールを打ってもすぐに送信できず、夫のチェックが必要だった。使っている助詞がメチャクチャで、それがおかしいとわかっても自分で治せなかったのである。

失語症にわかりやい変化が起きたのは、頭に浮かんだ言葉がすぐさま口から出始めたときだった。

考えて文を書くことと、思ったことをしゃべることは似ていると感じる。
文を書くこともしゃべることも、考えを表現する方法である。
失語症で両方ともうまくできなくなくても、文を書くことは一応でき、文は人に読まれるものであり、自分で書く文が読まれることで理解されたい欲求があった。

でも自分が書くリハビリレポート読み返しても、その文の内容は自分の身体のことで、自分の身体に感じていることと文の内容は、一致していないと思っていた。

「何か違うんだけどな・・」と思いながら言葉を探し、その都度自分の身体で感じているものを確認しながらだったと思うが、文の表現は自分の身体に感じていることと近くなってきて、結果自分は良い方向に向かったのたと思う。

2度目の脳出血で聞こえず話せない今、失語症当時の不自由さはなくなり本当に感謝している。字を書くのも遅くしゃべることもできないが、考えが頭に浮かんでいる自由さを感じている。
たぶん失語症とは、自分の思いに合致する言葉の選択がうまくいかずに、自分を表現できない状態にあった気がしている。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やっぱり痛かった抜歯

2016-11-11 11:55:52 | 訪問歯科
昨日は虫歯になった3本の親知らずのうち1本(左上)を抜歯してもらった。

1ヶ月前位から何となく憂鬱に思っていた。
シャントの手術で、マヒがあると手術中に腕を動かされたりすると、ものすごく痛いことがわかっていため、たぶん抜歯も同じことになる気がしていたのである。
麻酔が完璧に効いたことがわかり、口を閉じることがいつも以上にむずかしい感じだった。
しかし抜歯が始まると・・・口がかき回されて猛烈に痛いが、最初は痛みより驚きの方が強かった、こんな痛みははじめて。。。涙目で目をこすりながら筆談を読み「鼻から呼吸して」「リラックスして」と、スタッフの方がサポートしてくれた。

残りは右上下2本。
しかも上より下の方が痛いという。
20代のときに下の親知らずを抜いてもらったが、青あざができてしまったと伝えていた。マヒがなくても、私は親知らずの抜歯にはよいイメージがなかった。
今の先生はあざはできないと思うとおっしゃっていたし、以前よりも上手に抜いてくれるかも・・・と思った。

ネットで発見した、抜歯でアザができた理由?

親知らずや過剰歯など骨の奥に埋まっている歯を抜く際には周りの骨を削ったり、歯を割って小さくして歯を抜く必要がある為、頑張ってお口を開いていてもらう必要があります。

抜くときの痛さはすごくても、麻酔がきれてからの痛みはどうってこともなく、痛み止めの薬は不要だった。魚の骨が歯茎に刺さったようなレベルだった。マヒのおかげ?

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イメージの分析

2016-11-09 11:24:04 | 日記
前回のリハビリのdiscussionで私は内容が理解できたのか、先生に質問した。
質問が的外れだったとしたら・・・恐る恐る。
リハビリ時に先生に渡したメモ

質問は、何を行えばイメージの分析につながることになるかであった。
先生は「つながると思う」とおっしゃってくれた。ひとまず安心。。。
少なくともdiscussionは今までのリハビリ方法の見直しを感じていたし、イメージの分析を手探りでも(ここはジェスチャーだった)やってみてほしいと先生に言われた。
イメージ分析の方法について、認知の観点から先生から説明があった。

車イスで座っている位置が前にずれるとき。

先生「これはどうすればできると思う?」
私「前屈み?」

目の前で先生が前屈みをやってくださる。座る位置は変わらない。
先生「違っていたみたいだね。」

先生「トランスの練習で何をやったか覚えている?」
私「座面の摩擦を減らした?」

先生「これ覚えていない?」
私「???」

先生はイスにのけぞって座っていた。この格好は私の記憶では姿勢の悪い座り方の悪い例にしか見えないのだが。

先生「覚えていないのはびっくり。これは背もたれを押して座面を前に移動する動き。自分でもできそう?」
私「誰でも簡単にできちゃう」
先生「誰でも簡単にできそうと思えることは有子さんにもできることなの。」

視覚的にできそうだ、できるかもしれない、できないとおもうこと。

動き方に方法はいろいろある。
人の動きを見て、その動きは自分にはできそうだ、できるかもしれない、できないとおもうこと。

これらをイメージ分析というらしい。
少しイメージの分析ができるかもしれない気がした。
自分分析(思い)という気がしたからである。
まだよくわからないが、できるかもしれない、できないとおもうことは、それはどうしてそうおもうのだろうと思った。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イメージができたときを考えてみる

2016-11-04 11:44:56 | 考える
イメージについて考えるといっても、当然私はリハビリ療法士ではないから、考えることは、イメージができたとき、その周辺で起こったことは何かをまず思い出してみることだった。

イメージがどういうときに起こっているかもわからないし、そのパターンすらもないかもしれないが・・・ まず今までのように、「なんでイメージが起きたんだろう?」と思うだけにはせず、結果には必ず原因があるはずだと思って、その道すじを、素人なりに考えてみたいと思った。

幸い、先週のリハビリでは右足の動きをイメージすることができたため、そのことについて先生から伺ったことなどを思い出してみた。

実は今週リハビリに出掛ける前に母に手足の爪を切ってもらったのだが、そのとき母に手足を持たれることに異常な不快感を覚えた。はやく爪切りが終わらないかソワソワしてしまうほどに・・・もちろん爪切りの時にこんな経験はなったので、このことを先生に伝えた。

先週リハビリ後に出た痛みと不快感は、右足は何かを感じているが、それが何かがわかっていないというのが先生の考えだった。
イメージが右足に脳でシミレーション的に右足が動くのを私に感じさせ、その後脳は右足に感覚も私に感じさせようとしたがそれは無理だったのだろうか。

イメージが起こったリハビリよりも過去に行ったあるリハビリについて、先生は覚えている?、と私に質問した。確かに覚えていた。
膝を曲げたり伸ばしたり、 左右に数字の書かれたマスに足裏を置いてみたり先生は私の足を動かした。足の動きが止まったとき、足の形を選択で答えた。
覚えてはいたけれども・・・その意味はわかってはいなかった。
今思うと、課題で足が向かう終点は必ず選択肢だった。正解すればその選択した感覚は、実際の膝などが存在している位置にあると認識でき記憶される。

イメージがわかるときは動きを伴うことが多いが、実際に自分の身体のある部分を脳が位置的にわかったら、イメージの世界では動けるもの? 課題でいろいろな部分の位置が認識できたら、点と点を結ぶように、自分の足が見えてきそうな気はするが・・・

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

20161101 Discussion

2016-11-02 12:56:35 | 通院リハビリ
血圧156.高めでもあったせいか、いつものリハビリとはちがっていた。
先生が1時間、車イスの私と目の高さでしゃがんで筆談で現在のリハビリについて、先生のお考えを教えてくださった。しゃがんで1時間はかなりお疲れになったのでは・・・すみませんでした!
このブログについて。記録に固執してはいないか。(まじめだから、とおっしゃってくれたが・・・)
思考することが重要である。 確かに・・・ せっかくリハビリを受けたから記録したくなる。本能?
でもお決まりのようにリハビリ後にブログを書く。そのこと自体がマンネリ化している・・・
片マヒ、両マヒでリハビリ後に書いたものは多く、書くことで自分に気づきがあるかもしれない。でも方法を変える時期にあるのではないかと先生は考えている。
 前回のブログでイメージについてふれた。
私の両マヒの動かない身体の治療はこれしかないのではないかと・・・そんな気がして書いたのだと思う。 治す方法はなんとなく感じているのに、治そうとしていない自分がいる。
 イメージができなくて、寝返りもトランスができないのはなぜか。 イメージができるときとできないときがあるのもよくわかっていない。
 イメージする方法を考えたい。難しいことは覚悟の上でだが・・・

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする