*李相日監督 松雪泰子 蒼井優 豊川悦司 岸部一徳 富司純子 2006年
「逃がした魚は大きい」とは恋に例えられるが、最近「フラガール」を逃して、探していた。最初はメダカのような小魚が、だんだん鯛のようになってきたのだ。
来週後半、仙台、平泉に旅行しようと計画した。その帰りに福島県いわき市に寄って、話題のフラダンスでも見ようと思いたった。それに、常磐炭鉱が閉山した後の街の変容を見たかったのだ。
1960年代後半、エネルギー革命によって石炭産業は衰退の一途をたどった。いわきの常磐炭鉱も大幅リストラと閉山の危機に見舞われた。
炭鉱街のその後の復興を背負って、起死回生として受け継いだのが「東北で常夏のハワイ気分を」の謳い文句で1966年オープンした「常磐ハワイアンセンター」(現:スパリゾートハワイアンズ)である。売り物は、街の女性によるハワイアン・フラダンスであった。
フラダンスを見に行くとしたらその前に、その経緯を映画化した「フラガール」(監督:李相日、主演:松雪泰子)はどうしても観ておきたいと思った。去年公開されたときは観なかったのだ。
ところが、その後インターネットで調べたら、旅行予定日の週末はハワイアンセンターは満室であった。
ということで、行き先を山形に変更して、フラダンスを見るのは別の機会にしようと思い直した。
ところが、映画「フラダンス」を観ようという気持ちだけが強く残った。
そんな僕の気持ちを察してか、先週の6日(土)に地上波テレビ(フジ系)で上映されたのだ。それなのに、こともあろうか、その日の夜は飲みに行ってテレビは観なかったし、録画すらしなかった。それどころか、上映されたことすら知らないで、何日かたって友人に、つい最近テレビでやったよと言われて、歯ぎしりしたのであった。
こうなると、ますます観たくなる。
11日(木)インターネットで「フラガール」を上映しているところがないか調べたら、1館だけ「上映中」というところがあった。
「有楽町シネカノン2丁目」で、10月12日(金)夜7時より1回のみで、「プレイベント・ワンコイン(500円)上映」とある。去年公開されているのにプレ(前)とは何のことだろうと訝しく思った。
12日(金)夜、有楽町に行くとすっかり風景が変わっていて驚いた。有楽町駅の東(銀座)側で、マリオンの裏は、2階建ての古い家並みの、パチンコ店や食堂や商店などが軒を並べていたのだが、それらの家並みはすっかりなくなっていて、駅前は広い空間ができて道も広くなり、お洒落なビルが建っているではないか(ただし、このお洒落なビルの1階にはパチンコ店が入っている)。
映画館が入っている新しいビルであるIYOCiA(イトシア)に入ってみると、何だか係員がいたるとことに立っていて賑々しい。中にある食堂では、入口で並んでいる人もいる。
係員に訊いてみると、このビルは本日オープンということだった。
だから、映画は「プレイベント」だったのだ。
「フラガール」は、思いのほか素晴らしい映画だった。テレビやDVDではなく、劇場で観てよかったと思った(負け惜しみではなく)。
この映画は、実際もそうであるが、安っぽい町興しで終わっていないのがいい。 日本の産業構造の変化と個人の生き方、成長とが、1970年代という時代に象徴的に絡み合っているのだ。
「ALWAYS三丁目の夕日」の昭和30年代の、次の時代の象徴的出来事(物語)と言える。
映画では、炭住(炭鉱集合住宅)が再現されていて、ボタ山(石炭の残りの石を捨ててできた山)も当時のように聳えていた。ボタ山は、炭鉱跡に今も残っているのだろうか。おそらく、CGで再現したのであろう。
トロッコで採鉱のヤマの中に入っていく場面もあり、炭鉱の姿がかなり忠実に再現されていた。豊川悦司のヤマの男も堂に入っていた。
松雪泰子の熱演に、不覚にも涙が出そうになるのをこらえた。彼女のあえてさらけ出していた顔の細かい皺が、過去を語らない女の生き様を浮き彫りにしていた。
強気一辺倒の彼女が、思わず崩れ落ちて涙を出そうとする場面がある。「優しくされるのは慣れていないのよ」と言う。
この映画で、フラダンスの仕草が、手話と同じく感情を表現しているのを知った。単に手を揺らし腰を振っていたのではないのだ。
フィナーレの、練習の賜物であるフラダンスの発表も学芸会の演技に終わらず、見せてくれた。これがヘタ(失笑もの)であれば、すべてが台なしになるところであった。
映画を見終わった後、機会をみて、本物のフラガールを見てみたいと改めて思った。「常磐」が「常夏」に変わった実際の姿を。
*炭鉱関係のブログについては、
http://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/a63711392527e0975d293e4ce0492b30
「逃がした魚は大きい」とは恋に例えられるが、最近「フラガール」を逃して、探していた。最初はメダカのような小魚が、だんだん鯛のようになってきたのだ。
来週後半、仙台、平泉に旅行しようと計画した。その帰りに福島県いわき市に寄って、話題のフラダンスでも見ようと思いたった。それに、常磐炭鉱が閉山した後の街の変容を見たかったのだ。
1960年代後半、エネルギー革命によって石炭産業は衰退の一途をたどった。いわきの常磐炭鉱も大幅リストラと閉山の危機に見舞われた。
炭鉱街のその後の復興を背負って、起死回生として受け継いだのが「東北で常夏のハワイ気分を」の謳い文句で1966年オープンした「常磐ハワイアンセンター」(現:スパリゾートハワイアンズ)である。売り物は、街の女性によるハワイアン・フラダンスであった。
フラダンスを見に行くとしたらその前に、その経緯を映画化した「フラガール」(監督:李相日、主演:松雪泰子)はどうしても観ておきたいと思った。去年公開されたときは観なかったのだ。
ところが、その後インターネットで調べたら、旅行予定日の週末はハワイアンセンターは満室であった。
ということで、行き先を山形に変更して、フラダンスを見るのは別の機会にしようと思い直した。
ところが、映画「フラダンス」を観ようという気持ちだけが強く残った。
そんな僕の気持ちを察してか、先週の6日(土)に地上波テレビ(フジ系)で上映されたのだ。それなのに、こともあろうか、その日の夜は飲みに行ってテレビは観なかったし、録画すらしなかった。それどころか、上映されたことすら知らないで、何日かたって友人に、つい最近テレビでやったよと言われて、歯ぎしりしたのであった。
こうなると、ますます観たくなる。
11日(木)インターネットで「フラガール」を上映しているところがないか調べたら、1館だけ「上映中」というところがあった。
「有楽町シネカノン2丁目」で、10月12日(金)夜7時より1回のみで、「プレイベント・ワンコイン(500円)上映」とある。去年公開されているのにプレ(前)とは何のことだろうと訝しく思った。
12日(金)夜、有楽町に行くとすっかり風景が変わっていて驚いた。有楽町駅の東(銀座)側で、マリオンの裏は、2階建ての古い家並みの、パチンコ店や食堂や商店などが軒を並べていたのだが、それらの家並みはすっかりなくなっていて、駅前は広い空間ができて道も広くなり、お洒落なビルが建っているではないか(ただし、このお洒落なビルの1階にはパチンコ店が入っている)。
映画館が入っている新しいビルであるIYOCiA(イトシア)に入ってみると、何だか係員がいたるとことに立っていて賑々しい。中にある食堂では、入口で並んでいる人もいる。
係員に訊いてみると、このビルは本日オープンということだった。
だから、映画は「プレイベント」だったのだ。
「フラガール」は、思いのほか素晴らしい映画だった。テレビやDVDではなく、劇場で観てよかったと思った(負け惜しみではなく)。
この映画は、実際もそうであるが、安っぽい町興しで終わっていないのがいい。 日本の産業構造の変化と個人の生き方、成長とが、1970年代という時代に象徴的に絡み合っているのだ。
「ALWAYS三丁目の夕日」の昭和30年代の、次の時代の象徴的出来事(物語)と言える。
映画では、炭住(炭鉱集合住宅)が再現されていて、ボタ山(石炭の残りの石を捨ててできた山)も当時のように聳えていた。ボタ山は、炭鉱跡に今も残っているのだろうか。おそらく、CGで再現したのであろう。
トロッコで採鉱のヤマの中に入っていく場面もあり、炭鉱の姿がかなり忠実に再現されていた。豊川悦司のヤマの男も堂に入っていた。
松雪泰子の熱演に、不覚にも涙が出そうになるのをこらえた。彼女のあえてさらけ出していた顔の細かい皺が、過去を語らない女の生き様を浮き彫りにしていた。
強気一辺倒の彼女が、思わず崩れ落ちて涙を出そうとする場面がある。「優しくされるのは慣れていないのよ」と言う。
この映画で、フラダンスの仕草が、手話と同じく感情を表現しているのを知った。単に手を揺らし腰を振っていたのではないのだ。
フィナーレの、練習の賜物であるフラダンスの発表も学芸会の演技に終わらず、見せてくれた。これがヘタ(失笑もの)であれば、すべてが台なしになるところであった。
映画を見終わった後、機会をみて、本物のフラガールを見てみたいと改めて思った。「常磐」が「常夏」に変わった実際の姿を。
*炭鉱関係のブログについては、
http://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/a63711392527e0975d293e4ce0492b30