かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

戦後とは何なのかを問う、「愛と暴力の戦後とその後」

2014-07-19 00:06:56 | 本/小説:日本
 デビューしたころの赤坂真理の文を読んだとき、気取ったぎこちない文という印象を持った。だからその後の作品を読むことなく遠ざかっていたのだが、だいぶんたって話題作となった「東京プリズン」を読んで、その印象は払拭された。そして、かつて翻訳調のような文のぎこちなさと感じたのは、彼女がアメリカにひと時留学したのが影響していたのだと、腑に落ちるものがあった。
 中学卒業してすぐにアメリカに単身留学し、1年で帰国したとはいえ、思春期の多感な時期のその出来事が、彼女の思想の形成に多大な影響を及ぼしたことは自身もそう言っているように否めないだろう。

 赤坂真理の「東京プリズン」(河出書房新社刊)は、読む者を迷路に落ち込ませたように、スリリングな文学の醍醐味を味わわせてくれる小説であった。
 このブログに、「1Q45年の、「東京プリズン」」(2013.5.22)として記述した。
 http://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/m/201305
 この本は、現在と過去、史実と幻を重ね合わせて、戦後、われわれ日本人が目をつぶってきた問題に、正面から入り込んでいき、物語となしている。著者の個人の歴史と世界史を巧みに絡めた、社会文明問題提起小説と言ってもいい。

 赤坂真理著、「愛と暴力の戦後とその後」(講談社刊)は、著者の個人史と日本の戦後史を絡めたものである。その意味では、小説「東京プリズン」を客観視させたものと言っていい。
 この本で、彼女が疑問に思っていた戦後の現象や出来事、事件などが語られている。敗戦、憲法、安保と学生運動、オウム事件、3・11等々。

 この本で印象的だったのは、日本とアメリカの関係を、言葉に表すことが難しい感覚表現でとらえようとしているところだ。
 彼女は、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」(Embracing Defeat:Japan in the Wake of World War II)を、再三引き合いに出している。
 「ジョン・ダワーの占領期研究の鮮やかさは、まずそのタイトルに込められた視点にあったと思う。「抱きしめて」は、原語では“Embracing”という。Embraceは、「抱擁する」と訳されたりもするが、「抱きしめる」という日本語よりはずっと、性的なニュアンスが強い。性交の含みさえ、そこにはある。ここにも、翻訳のギャップの問題は横たわる。
 日本人は――もちろん私にとって自国民であるけれど――なぜ、昨日までの敵をあんなに愛したのか。」

 第2次世界大戦後、アメリカは日本を占領した。占領国・被占領国の関係としては、その友好性において奇跡的だといわれている。
 私は、ジョン・ダワーの本を読んでいないのでその感覚的視点は新鮮だった。

 赤坂真理は安保条約の省察において、その日米関係の微妙な感覚を察知する。
 日米安全保障条約、つまり安保条約は1951年、サンフランシスコ平和条約の一環として締結された。
 彼女は、最初の51年の安保条約の、英語の原典に当たっている。訳は、分かりやすく語順に従っている。以下にその文を本書より引用してみる。
 「まず、前文から。
 「Japan desires a Security Treaty with the United States of America
 日本国は欲する/アメリカ合衆国との間に安全条約を結ぶことを」
 続いて条文の第1条。
 「Japan grants, and the United States of America accepts to dispose United States land, air and sea forces in and about Japan
 日本国は保証し、アメリカ合衆国はこれを受け入れる/陸、空、海の武力を日本国内と周辺に配置することを」

 日本が欲し、アメリカ合衆国にお願いする。
 日本が保証し、アメリカ合衆国は受け入れる。
 決して、逆では、なく。
 それをアメリカ合衆国が、書く。
 他人の手で、ありもしない欲望を、自分の欲望として書かれること。まるで「共犯」めいた記述を。入れ子のような支配と被支配性。ほとんど、男女関係のようだと思う。」

 そして、赤坂真理は思う。2020年の東京オリンピックの誘致プレゼンテーションでの、スチュワーデス(キャビン・アテンダント)を想わせた滝川クリステルの「お・も・て・な・し」の発言を聞いて。ジョン・ダワーの「占領期の日本には何か性的な匂いがした」と書いた一節を。
 「私は理解した。占領期の日本とは、来る者への「お・も・て・な・し」だったのかと!」と、彼女は書く。

 すでに、戦後69年を迎えようとしている。
 戦後の日米の複雑な心理の上に立った蜜月のような関係は、その渦中にいた人とて論理的に書くのは難しい。
 現代は、なかなか本音を言えない、率直に心象を描けない時代である。そんななかで、赤坂真理は本音を発している稀な作家、表現者といえよう。

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