混迷する国際情勢に関する新聞・雑誌等の発言・発信において、近年頻繁に目にするフランス人の歴史・人類学者のエマニュエル・トッドである。
彼の去年(2022年)発表した「第三次世界大戦はもう始まっている」(文春新書)は、日本における西洋民主主義社会の感覚で培養された、それまでトッドを知らない私には衝撃的で新鮮であった。
その本については、以下のブログに記した。
ブログ「今の世界は、「第三次世界大戦はもう始まっている」のか?」(2022-09-22)
https://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/460823bdfcdac29864fe0d5f6c5dbf9a
ロシアのウクライナ侵攻の戦争はなぜ始まったのか、その背景・根底にあるのは何かを、著者のエマニュエル・トッドが独自の説で論じている瞠目の書である。
彼は「西側メディアから情報を得ているヨーロッパ人」という立場から話をしているとしたうえで、「本来、簡単に避けられたウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく米国とNATOにある」と主張する。
この書以来エマニュエル・トッドは、今、最も気になる現代の知識人の一人となった。
*今、我々はどこまで来たのか? Où en sommes-nous ?
「トッド人類史入門」(文春新書)は、「西洋の没落」という副題がついている。
本書は、人類史を俯瞰しながら世界の社会情勢を、今までにない価値観である家族形態で解明しようとするトッドの主著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(文芸春秋)を、「第三次世界大戦はもう始まっている」をふまえて、片山杜秀(思想史研究者・慶應義塾大学教授)と佐藤優(作家・元外務省主任分析官)が分かりやすく解説したトッド入門・案内書といえるものである。
「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」の原書であるフランス語のタイトルは、「 Où en sommes-nous ? Une esquisse de l'histoire humaine」で、日本語に訳すれば、「私たちはどこまで来たのか? 人類の歴史の概略」ということである。
この本の表紙の装丁の絵でわかるように、この題名がゴーギャンの有名な絵の「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」( D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)に拠るものであることは言うまでもない。
この本は、「21世紀の人文書の古典だ」(佐藤優氏)、「読めば読むほど味わい深い」(片山杜秀氏)と2氏とも高評価の書だが、日本語版は上下巻2冊という厚量もあって、私はいまだダイジェストでしか読んでいない。
*ロシアと欧米の現状を探る、「トッド人類史入門」
「トッド人類史入門」は、先に述べたようにエマニュエル・トッドの主著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」を根幹として、現代のロシアのウクライナ侵攻に及ぶ世界情勢を、トッド、片山杜秀、佐藤優が論じたものである。
この本でトッドの基本的な思想・主張を紹介した後、まず佐藤優が、日本ではあまり知られていないロシアでの会議でのプーチンの発言について述べる。
「2022年10月27日、モスクワ郊外で開催されたヴァルダイ会議で、ロシアのプーチン大統領が1時間の演説を行い、その後、3時間以上にわたる討論に参加しました」
トッドは、佐藤が会議の内容文を読んだことへの驚きと敬意を表しつつ、こう述べている。
「私もヴァルダイでのプーチーチン演説に注目していて、その内容に共感するものがあったからです。少なくとも「プーチンは狂っている」と繰り返すだけの西側メディアは、まずはこのテキストをきちんと読むべきだと思います」
そして、会議でのプーチンの演説の主要部分を、佐藤の訳文によって以下のように紹介されている。
「今起きていることは、例えばウクライナも含めて、ロシアの特別軍事作戦が始まってからの変化ではありません。これらの変化はすべて、何年も長い間、続いています。(略)これは世界秩序全体の地殻変動なのです。」
「今、世界情勢における西洋の独壇場は終わりを告げ、一極集中の世界は過去のものになりつつあります。私たちは、第2次世界大戦後、おそらく最も危険で予測不可能な、しかし重要な10年を前にして、歴史の分岐点に立っているのです」
「今日の世界の問題は、「非西洋」ではなく「西洋」にこそある、とトッド氏は言っている」(片山)。
「西洋社会では不平等が広がり、新自由主義によって貧困化が進み、未来に対する合理的な希望を人々が持てなくなり、社会が目標を失っています。この戦争は、実は西洋社会が虚無の状態から抜け出すための戦争で、ヨーロッパ社会に存在意義を与えるために、この戦争が歪んだ形で使われてしまったのではないか、と思われてくるのです。ひょっとすると、この戦争は“問題”などではなく、方向を見失った西洋社会にとって、一つの“悪しき解決策”なのかもしれません」(「第三次世界大戦はもう始まっている」より)
*アメリカとヨーロッパの違い
「トッド人類史入門」では、ロシアをはじめアメリカ、イギリスなど、世界を双方の価値観で見ようとする。
エマニュエル・トッドに引き続いて、それに付随する形で佐藤優はアメリカに関して興味深いユニークな解釈を述べている。
「アメリカが「浪費経済」なのも、「広い」からです」(佐藤)。
「自然志願への依存性が大きいことは、米国経済の元々からの特徴である」(トッド)。
「そうした「アメリカ人の原始性」を別の言い方で表現すれば、「一八世紀の感性で二一世紀まで生きている国だ」と言えるでしょう。第二次世界大戦中にプリンストン大学で教えていたヨゼフ・ルクル・フロマートカというチェコの神学者が自伝のなかで、{ロマン主義を理解できないのがアメリカ人だ}と言っています。一九世紀に「啓蒙主義」に対する「ロマン主義的な反動」を経験したのがヨーロッパ人ですが、アメリカには、そのプロセスがすっぽりと抜け落ちている。だから「これはどんな得になるの?」「これはいくらの金になるの?」といった剥き出しの実用主義になってしまう」(佐藤)。
アメリカにおけるロマン主義の欠如という着眼点に、なるほどとロマン主義なるものを紐解いてみた。ヨーロッパとアメリカの違いは明確だが繊細だ。
*エマニュエル・トッドとは?
「第三次世界大戦はもう始まっている」は、トッドの本国フランスではなく、2022年、日本の「文芸春秋」誌で発表、そして発売された。
「まずは、私の好きな国で理解者の多くいる国である日本からアドバルンをあげたのです。日本はフランスから距離がありますから。私は、フランスではいろいろ言われていますから」といったことを述べている。
この本の最後に、フランス誌「フィガロ」(2023.1.12)に掲載された氏への忌憚のない紹介文も掲載している。
「ある人にとっては「お騒がせでスキャンダラスな思想家」、ある人にとっては「先見性のある知識人」、彼自身の言葉を借りれば「反逆的な破壊者」であるエマニュエル・トッドは、人々の関心を掻き立てずにはいられない」
エマニュエル・トッドは、独自の人類史観を通して、世界情勢を解明し予想する。
彼の去年(2022年)発表した「第三次世界大戦はもう始まっている」(文春新書)は、日本における西洋民主主義社会の感覚で培養された、それまでトッドを知らない私には衝撃的で新鮮であった。
その本については、以下のブログに記した。
ブログ「今の世界は、「第三次世界大戦はもう始まっている」のか?」(2022-09-22)
https://blog.goo.ne.jp/ocadeau3/e/460823bdfcdac29864fe0d5f6c5dbf9a
ロシアのウクライナ侵攻の戦争はなぜ始まったのか、その背景・根底にあるのは何かを、著者のエマニュエル・トッドが独自の説で論じている瞠目の書である。
彼は「西側メディアから情報を得ているヨーロッパ人」という立場から話をしているとしたうえで、「本来、簡単に避けられたウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく米国とNATOにある」と主張する。
この書以来エマニュエル・トッドは、今、最も気になる現代の知識人の一人となった。
*今、我々はどこまで来たのか? Où en sommes-nous ?
「トッド人類史入門」(文春新書)は、「西洋の没落」という副題がついている。
本書は、人類史を俯瞰しながら世界の社会情勢を、今までにない価値観である家族形態で解明しようとするトッドの主著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(文芸春秋)を、「第三次世界大戦はもう始まっている」をふまえて、片山杜秀(思想史研究者・慶應義塾大学教授)と佐藤優(作家・元外務省主任分析官)が分かりやすく解説したトッド入門・案内書といえるものである。
「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」の原書であるフランス語のタイトルは、「 Où en sommes-nous ? Une esquisse de l'histoire humaine」で、日本語に訳すれば、「私たちはどこまで来たのか? 人類の歴史の概略」ということである。
この本の表紙の装丁の絵でわかるように、この題名がゴーギャンの有名な絵の「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」( D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)に拠るものであることは言うまでもない。
この本は、「21世紀の人文書の古典だ」(佐藤優氏)、「読めば読むほど味わい深い」(片山杜秀氏)と2氏とも高評価の書だが、日本語版は上下巻2冊という厚量もあって、私はいまだダイジェストでしか読んでいない。
*ロシアと欧米の現状を探る、「トッド人類史入門」
「トッド人類史入門」は、先に述べたようにエマニュエル・トッドの主著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」を根幹として、現代のロシアのウクライナ侵攻に及ぶ世界情勢を、トッド、片山杜秀、佐藤優が論じたものである。
この本でトッドの基本的な思想・主張を紹介した後、まず佐藤優が、日本ではあまり知られていないロシアでの会議でのプーチンの発言について述べる。
「2022年10月27日、モスクワ郊外で開催されたヴァルダイ会議で、ロシアのプーチン大統領が1時間の演説を行い、その後、3時間以上にわたる討論に参加しました」
トッドは、佐藤が会議の内容文を読んだことへの驚きと敬意を表しつつ、こう述べている。
「私もヴァルダイでのプーチーチン演説に注目していて、その内容に共感するものがあったからです。少なくとも「プーチンは狂っている」と繰り返すだけの西側メディアは、まずはこのテキストをきちんと読むべきだと思います」
そして、会議でのプーチンの演説の主要部分を、佐藤の訳文によって以下のように紹介されている。
「今起きていることは、例えばウクライナも含めて、ロシアの特別軍事作戦が始まってからの変化ではありません。これらの変化はすべて、何年も長い間、続いています。(略)これは世界秩序全体の地殻変動なのです。」
「今、世界情勢における西洋の独壇場は終わりを告げ、一極集中の世界は過去のものになりつつあります。私たちは、第2次世界大戦後、おそらく最も危険で予測不可能な、しかし重要な10年を前にして、歴史の分岐点に立っているのです」
「今日の世界の問題は、「非西洋」ではなく「西洋」にこそある、とトッド氏は言っている」(片山)。
「西洋社会では不平等が広がり、新自由主義によって貧困化が進み、未来に対する合理的な希望を人々が持てなくなり、社会が目標を失っています。この戦争は、実は西洋社会が虚無の状態から抜け出すための戦争で、ヨーロッパ社会に存在意義を与えるために、この戦争が歪んだ形で使われてしまったのではないか、と思われてくるのです。ひょっとすると、この戦争は“問題”などではなく、方向を見失った西洋社会にとって、一つの“悪しき解決策”なのかもしれません」(「第三次世界大戦はもう始まっている」より)
*アメリカとヨーロッパの違い
「トッド人類史入門」では、ロシアをはじめアメリカ、イギリスなど、世界を双方の価値観で見ようとする。
エマニュエル・トッドに引き続いて、それに付随する形で佐藤優はアメリカに関して興味深いユニークな解釈を述べている。
「アメリカが「浪費経済」なのも、「広い」からです」(佐藤)。
「自然志願への依存性が大きいことは、米国経済の元々からの特徴である」(トッド)。
「そうした「アメリカ人の原始性」を別の言い方で表現すれば、「一八世紀の感性で二一世紀まで生きている国だ」と言えるでしょう。第二次世界大戦中にプリンストン大学で教えていたヨゼフ・ルクル・フロマートカというチェコの神学者が自伝のなかで、{ロマン主義を理解できないのがアメリカ人だ}と言っています。一九世紀に「啓蒙主義」に対する「ロマン主義的な反動」を経験したのがヨーロッパ人ですが、アメリカには、そのプロセスがすっぽりと抜け落ちている。だから「これはどんな得になるの?」「これはいくらの金になるの?」といった剥き出しの実用主義になってしまう」(佐藤)。
アメリカにおけるロマン主義の欠如という着眼点に、なるほどとロマン主義なるものを紐解いてみた。ヨーロッパとアメリカの違いは明確だが繊細だ。
*エマニュエル・トッドとは?
「第三次世界大戦はもう始まっている」は、トッドの本国フランスではなく、2022年、日本の「文芸春秋」誌で発表、そして発売された。
「まずは、私の好きな国で理解者の多くいる国である日本からアドバルンをあげたのです。日本はフランスから距離がありますから。私は、フランスではいろいろ言われていますから」といったことを述べている。
この本の最後に、フランス誌「フィガロ」(2023.1.12)に掲載された氏への忌憚のない紹介文も掲載している。
「ある人にとっては「お騒がせでスキャンダラスな思想家」、ある人にとっては「先見性のある知識人」、彼自身の言葉を借りれば「反逆的な破壊者」であるエマニュエル・トッドは、人々の関心を掻き立てずにはいられない」
エマニュエル・トッドは、独自の人類史観を通して、世界情勢を解明し予想する。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます