4月から東京都下の多摩地区の多くの市で、ゴミ収集の有料化が始まる。多摩市もその一つで、その説明会が行われ、説明会後映画が上映された。私は映画を見るのが目的で会場に行った。
その映画とは、今、ゆるやかな話題になっている元アメリカ副大統領アル・ゴアの「不都合な真実」である。
ゴアは、「私が一瞬大統領になったアル・ゴアです」と自己紹介する。2000年、共和党の現ブッシュと大統領選に争って、全国一般投票ではブッシュを上回っていたが、フロリダ州での開票問題騒動の末、大統領選に敗れた男である。
「あれ(大統領選の微妙な敗北)は私には打撃だった。しかし、前進するしかなかった」
そして、彼が前進に選んだのが、地球を考える環境問題だった。突然浮かんだ問題ではなく、彼が学生時代に直面した問題であった。それを証明するように、彼の政治活動でも、環境に関連した提案・活動を行ってきている。
映画は、克明に地球の変動を映し出す。
アフリカの最高峰キリマンジャロの雪は、年々少なくなっている。「キリマンジャロの雪は15年でなくなるでしょう」
地球の温度は、何十万年前からゆるやかな波のように変化してきたが、一定の範囲内であった。しかし、最近の温暖化は急激なものであり、大気圏のCO2の増加は急カーブを示していて、もはや危険領域であるのは疑いないと数値は示している。
地球の温暖化はこれだけではなく、海流の変化となって、台風(ハリケーン)、竜巻の多発や洪水となって地球を襲っている。
危険かどうかを計るものとして「炭鉱のカナリア」がよく用いられる。坑内に入る際にガスが発生しているかどうかを知るため、まずカナリアを持っていきその状態で危険を察知するのである。
地球のカナリアは何かというと、一つは北極である。
北極の氷河は、次第に溶け始めている。氷河で覆われた地域が普通の海になったところもあり、今もあちこちで氷解している。最近、氷河が溶けた地域で溺死したシロクマが発見された。それどころか、永久凍土といわれている部分も溶け始めているのだ。
地球のカナリアの二つ目は南極である。
南極大陸の氷も次第に溶け始めている。もし南極が溶ければ、地球の海面は6m上昇すると言われている。
人は文明という名のもと、地球を破壊し始めてきた。しかし、阻止することもできる。
「生活スタイルを変える用意ができましたか? あなた次第で、あなたが出すCO2をゼロにできるのです」
「これは人道的(モラル)の問題です」と、ゴアは結ぶ。
ゴミの有料化で、ゴアの言うCO2削減になればいいが。
*
「不都合な真実」は、複雑な問題が絡んでいる。というより、人の複雑な本能・性癖を孕んでいると言える。
最も影響を受けた本にレイチェル・カーソンの「沈黙の春」をあげて、大型のアメ車に乗っている文化人と言われている人を知っている。
アル・ゴアとて、ジェット機で各国を飛び回って、おそらく大型車で動き回って、「不都合な真実」を説いて回っているのだろう。
人は、バーやレストランで環境問題を論じながら、CO2を吐きちらしている。
そのことが、非難されることではない。世界が、そのように動いていて、そうなっているのだから。
私がそうですし、多くの人がそうに違いない。おそらく、文明とはそういうことなのだ。
人は、便利なものを求めて、快適と思えるものを追い続けている。そして、それを享受しながら、一方でそれでは良くないということを薄々感じていのだろう。
ゴアは政治家を対象として、そのことを知っているけど知らんぷりしている、不都合な真実と言っている。
しかし、政治家だけではなく、現代人すべてが、知っているけど知りたくない真実なのだろう。
現代の、車ですぐに移動でき、エアコンで寒さも暑さも調節でき、食べたいものが身近にあり、それを享受している生活。この逆の生活は、想像できないように、後戻りできないように、それを捨てきれないように、私たちは文明(それが分明といえば)に浸っているし、それが人類の進歩と二人三脚だったと言えば言えるだろう。
だから、「不都合な真実」は、自分に照らし合わせてみると、本当に不都合な真実なのである。
言い換えれば、「都合のいい不実」なのかもしれない。
その映画とは、今、ゆるやかな話題になっている元アメリカ副大統領アル・ゴアの「不都合な真実」である。
ゴアは、「私が一瞬大統領になったアル・ゴアです」と自己紹介する。2000年、共和党の現ブッシュと大統領選に争って、全国一般投票ではブッシュを上回っていたが、フロリダ州での開票問題騒動の末、大統領選に敗れた男である。
「あれ(大統領選の微妙な敗北)は私には打撃だった。しかし、前進するしかなかった」
そして、彼が前進に選んだのが、地球を考える環境問題だった。突然浮かんだ問題ではなく、彼が学生時代に直面した問題であった。それを証明するように、彼の政治活動でも、環境に関連した提案・活動を行ってきている。
映画は、克明に地球の変動を映し出す。
アフリカの最高峰キリマンジャロの雪は、年々少なくなっている。「キリマンジャロの雪は15年でなくなるでしょう」
地球の温度は、何十万年前からゆるやかな波のように変化してきたが、一定の範囲内であった。しかし、最近の温暖化は急激なものであり、大気圏のCO2の増加は急カーブを示していて、もはや危険領域であるのは疑いないと数値は示している。
地球の温暖化はこれだけではなく、海流の変化となって、台風(ハリケーン)、竜巻の多発や洪水となって地球を襲っている。
危険かどうかを計るものとして「炭鉱のカナリア」がよく用いられる。坑内に入る際にガスが発生しているかどうかを知るため、まずカナリアを持っていきその状態で危険を察知するのである。
地球のカナリアは何かというと、一つは北極である。
北極の氷河は、次第に溶け始めている。氷河で覆われた地域が普通の海になったところもあり、今もあちこちで氷解している。最近、氷河が溶けた地域で溺死したシロクマが発見された。それどころか、永久凍土といわれている部分も溶け始めているのだ。
地球のカナリアの二つ目は南極である。
南極大陸の氷も次第に溶け始めている。もし南極が溶ければ、地球の海面は6m上昇すると言われている。
人は文明という名のもと、地球を破壊し始めてきた。しかし、阻止することもできる。
「生活スタイルを変える用意ができましたか? あなた次第で、あなたが出すCO2をゼロにできるのです」
「これは人道的(モラル)の問題です」と、ゴアは結ぶ。
ゴミの有料化で、ゴアの言うCO2削減になればいいが。
*
「不都合な真実」は、複雑な問題が絡んでいる。というより、人の複雑な本能・性癖を孕んでいると言える。
最も影響を受けた本にレイチェル・カーソンの「沈黙の春」をあげて、大型のアメ車に乗っている文化人と言われている人を知っている。
アル・ゴアとて、ジェット機で各国を飛び回って、おそらく大型車で動き回って、「不都合な真実」を説いて回っているのだろう。
人は、バーやレストランで環境問題を論じながら、CO2を吐きちらしている。
そのことが、非難されることではない。世界が、そのように動いていて、そうなっているのだから。
私がそうですし、多くの人がそうに違いない。おそらく、文明とはそういうことなのだ。
人は、便利なものを求めて、快適と思えるものを追い続けている。そして、それを享受しながら、一方でそれでは良くないということを薄々感じていのだろう。
ゴアは政治家を対象として、そのことを知っているけど知らんぷりしている、不都合な真実と言っている。
しかし、政治家だけではなく、現代人すべてが、知っているけど知りたくない真実なのだろう。
現代の、車ですぐに移動でき、エアコンで寒さも暑さも調節でき、食べたいものが身近にあり、それを享受している生活。この逆の生活は、想像できないように、後戻りできないように、それを捨てきれないように、私たちは文明(それが分明といえば)に浸っているし、それが人類の進歩と二人三脚だったと言えば言えるだろう。
だから、「不都合な真実」は、自分に照らし合わせてみると、本当に不都合な真実なのである。
言い換えれば、「都合のいい不実」なのかもしれない。
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