かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

□ 王になろうとした男

2006-09-24 16:29:56 | 本/小説:外国
 ジョン・ヒューストン著 宮本高晴訳 清流出版

 アメリカ・ハリウッドを代表する映画監督の自伝である。表題は、彼が監督した映画のタイトルであるが、残念なことに僕は見ていない。
 1940年代から80年代まで、映画界で活躍した人物であるが、スケールの大きいこと、この上ない。まるで、小説のように破天荒で、精力的で、享楽的で、素敵だ。いや、彼の人生そのものが映画のようだ。これは、彼の「ジョン・ヒューストンの華麗な冒険」と言っていい。「トム・ジョーンズの華麗な冒険」に遜色ない。

 父は俳優だったが、彼の人生はボクサーで始まる。試合をして賞金を稼ぐ。その間、俳優を志したり、絵を描いたりしていたが、新聞記者を経て、脚本を書き、映画界に入っていく。
 1941年、35歳の時『マルタの鷹』で監督デビュー。その時主演したハンフリー・ボガードを一躍スターダムに押し上げた。その後、監督、脚本、俳優として関わった映画は60本。

 この本で面白いのは、彼がいい仕事をした、面白い映画を撮ったということではない。どんな映画を作ったかを知りたければ、映画の解説書を読めばいい。仕事ではなく、彼の生き方が面白く、素晴らしいのだ。

 人は、好きなことをやって生きていけたら、それに越したことはない。それが一番いい。しかし、好きなことといっても、例えば親の資産があるからといって、遊んで過ごしても充足感が得られないだろう。そして、それでは人間的な豊かさ、魅力が備わらないだろう。
 好きなことをすることで金が得られて、即ち労働をして、その延長線で遊ぶのが最も望ましい姿だ。仕事をしているのか遊んでいるのか分からない、そんな生き方が、最も格好いい。
 そんな生き方は滅多にない。その滅多にない生き方をしたのが、このジョン・ヒューストンだ。
 何しろ、自由に、好き勝手に行動しているのだ。脚本を書き映画を撮って金が入ってくるのだが、またよく使うし、女にも事欠かない。ギャンブルも好きだ。もちろん、危ない橋も渡るし、その分楽しさも大きいのだろう。

 あるパーティーで、俳優のエロール・フリンと何でもないことで喧嘩する。殴り合いは1時間近くに及び、彼は鼻をつぶされ、エロールは肋骨を2本折るという壮絶なものであった。しかし、二人とも卑怯な手は使わなかった、こんなことは大したことではないといった感じなのだ。
 すべてがこの調子で、彼は仕事も遊びも恋も、正面から向かっていき、こなしていく。

 映画の企画にはいると、脚本を手がけ、ロケハンに飛ぶ。それが、メキシコであろうと、インドであろうと、トルコであろうと、アフリカであろうと、思いついたら行動は速い。
 ある時、アイルランドにロケに行く。ここで、現地の人間と狐狩りに行くことになる。狐狩りは、想像するほど優雅なものではなく、ウサギ狩りのように、犬が追い出したウサギを草むらから銃で狙うというものではない。野にいる狐を馬で追いかけて銃で仕留めるゲームだが、単に馬に乗れるからできるものとも違うのだ。至るところに障害物があり、慣れていなければ、馬から振り落とされる危険この上ないものだ。それ故、彼はこの狩りにすっかり魅せられてしまう。
 想像するだに、この狐狩りこそ、魚釣りなどを遥かに超えた、最も面白いゲーム、行動的なホビーかもしれない。
 仕事でアイルランドに来たのだが、彼はこの地が好きになり、すっかり馴染んでしまう。そして、古い小さな城のような館を買い、住まいを移してしまうこともしでかす。
 また、インドへロケに行ったときは、象に乗って虎狩りに出かける。こんな体験は、しようと思ってもできるものではないが、彼の手になれば、冒険は向こうからやってくる。彼は、それに飛びつくだけだ。
 このように、次々と仕事と遊びが渾然一体となってやってきて、彼はふと気がつくと老人になっていた、ということだ。そして、この回顧録を書き上げた。
 結婚は5回している。これも、彼の豪快で、ある意味では誠実な表れだろう。
 
 彼の人を臆さない人柄と屈託ない性格からか、とにかく友人が多い。俳優だけでなく、作家や芸術家も頻繁に彼の人生の中に登場する。豪放な性格だが、読書家で教養もあることがよく分かる。
 作家ヘミングウェイとの交流は興味深い。そして、スタインベッグ、メルビル、それにレイ・ブラッドベリの意外な側面まで明らかにしている。また、『フロイド』の脚本依頼での、サルトルの彼らしい神経質な性格を表記したところもある。
 俳優でいえば、ハリウッドの俳優のほとんどが、親しくないにしても、直接、間接に交流があったと言っていいほど、彼の人脈は広い。別に権謀術数を駆使して、社会を歩いてきたわけではないのだ。彼は、あるがままにやってきたに過ぎない。
 先に挙げたハンフリー・ボガードの主演映画は『黄金』、『キー・ラーゴ』、『アフリカの女王』など数多く、ボガードの死まで親密な交流が続く。
 登場する男優は、『白鯨』のグレゴリー・ペック、『イグアナの夜』のリチャード・バートン、『黒船』のジョン・ウエイン、『許されざる者』のバート・ランカスター、『フロイド・隠された欲望』のモンゴメリー・クリフト、『マッキントッシュの男』のポール・ニューマン、『王になろうとした男』のショーン・コネリー、それにオーソン・ウエルズ、等々。
 女優は、ローレン・バコール、『アフリカの女王』のキャサリン・ヘプバーン、『悪魔をやっつけろ』のジェニファー・ジョーンズ、ジーナ・ロロブリジダ、『荒馬と女』のマリリン・モンロー、『イグアナの夜』のエヴァ・ガードナー、デボラ・カー、スー・リオン、『禁じられた情事の森』のエリザベス・テイラー、等々。

 ヒューストンは、念願の企画だったジェイムス・ジョイスの短編『ザ・デッド』の撮影終了した直後の1987年、81歳で死んだ。
 最後まで、好きなことをやって死んでいった、羨ましい人生だ。
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