今から40年前、まだ若かりし現役時代の忘れることのできない滑稽な話である。工場の設備を保全管理する部署にいた。ある日、朝から難題が持ち込まれた。机にかじりついて解決策を考える。簡単には答えは見出せない。「よし、気分転換だ。一服しよう」。
机の引き出しを開けるが、たばこが切れている。ロビーの自販機に向かいコインを入れた。頭の中は件の難問で一杯だ。下を向き、そのことを考えながら立っていた。直ぐに落ちて来るはずのたばこが、なかなか出てこない。そうこうしていると、下のほうから湯気が上がってきた。
なんと、うどんがすべるように押し出されてきた。「たばこ自販機」と並んで立っている「うどん自販機」にコインを入れていた。時計はまだ10時前、昼飯には早すぎる。未練を残しながら人に見られないよう、急いで置いてあるポリバケツに投げ込んだ。
このうどん自販機は、社員や協力会社の作業員が、昼食時や遅くまで残業をしたような時に利用する誠に便利なものであった。私も、仕事に追われている昼食時、社員食堂まで出かけて行く余裕がないような時には利用することがあった。
うどん自販機は、1970年代に登場した。川崎製鉄(現JFEスチール)の食堂に、同社の計量器工場の係長が「夜勤の製鉄所員に暖かいうどんを出そうという経営陣と労働組合の意向が開発のきっかけだった」と語っている。自販機ショーで大評判となり、最盛期には月に550台も売れたという。
寒い夜、遅くまで働いている社員を思っての開発製品であったことを知った。一昔前までは全国津々浦々、主要街道のちょっとした自販機コーナーにこれが並んでいたが、どこにでも食事処ができた現在はどうなんだろう。
腹が減っているとき、コインを入れると、ものの1分足らずで暖かいうどんがカップに入って出てくる。本来であれば、ほっと一息付けるあのうどんを、惜しみながらポリバケツに入れた日のことを、新聞の「くらし物語・うどん自販機」というコラムを読みながら思い出している。