昭和ひとケタ樺太生まれ

70代の「じゃこしか(麝香鹿)爺さん」が日々の雑感や思い出話をマイペースで綴ります。

想い出のスクーリング・Ⅴ・学外体験より(大島旅行)

2005-07-22 17:42:59 | じゃこしか爺さんの想い出話
  (4)大島旅行 
 
 これもまたS君の持って来た計画である。八月の二十日過ぎのことで、最終試験対策に追われていた頃だった。S君の云うには今度の土曜日曜は授業が連休になるので、それを利用して大島へ出かけようとのことだった。
 何でもスクーリング学生を相手の旅行計画とのことであった。試験準備も確かに大事なものであったが、大島旅行などはその当時の私にとっては正に夢のような話で、この機会を逃すことは一大事でもあった。試験の準備は何とかなるだろうと、楽観的な雰囲気が皆を支配して旅行への参加を決めた。
 当日の夕方私たちは浜松町駅で降りて、其処からは徒歩で東京港竹芝桟橋まで歩き乗船した。船内の至る所は乗客で混雑していた。横になって寝るなどとは全く論外であった。旅行の目的どおりに乗客の殆どは若者で占められ、島へ帰る住人と見られる者は少なかった。
 社交家のS君は混み合う船内の男女学生と思われる中を縫うように歩き回り、色々は情報を持ち帰ってきては、私たち仲間が退屈しないように絶えず気遣って呉れていた。
結局はその夜は誰もが寝ずのまま船内で過ごした。朝早く上陸した一行の大半は大島への登山に従った。当然私らも参加したのだが、眠らなかった疲れと暑さで到底従いて行けず途中で断念し、一行から離れて途中下山した。
 その後私たちは特に親しい三人で島内の、徒歩で行ける彼方此方をみて回った。「鎮西八郎為朝の館跡」を見てから、更に歌でも名高い「波浮港」へにも足を運んだ。
歌の内容に似つかわしい、鄙びて趣きのある風景に声も無くただ見入るばかりだった。

 ♪ 波浮港
   磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃ帰る
   波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
   明日(アス)の日和(ヒヨリ)はヤレホンニサ なぎるやら


               波浮港を望む
          

 波浮の港から再び島の中心に戻った私たちは、観光モデルをしている一人のアンコさんと知り合った。当然三人とも名物の「椿油」を見事に買わされていたことは言うまでも無い。特に三人の内で室蘭出身のM 君がすっかり熱を上げてしまい、文通までの約束を取り付けていたが、それ以後のことは、最終試験とか帰省の準備に追われて、知る由も無かった。 

           島のアンコさんと
            
                    
 他にも二重橋や神宮外苑、そして名曲喫茶などには何か事ある度に、S君の誘いに応じて積極的に出掛けていた。

  
  ※・続く・・・