ルンルンピアノ

ピアノ教室の子どもたちとの楽しい毎日。。。。。。

573      伊丹再び

2007-01-28 23:22:50 | Weblog
※伊丹の路上にて。 となりは 「ちきうや」
クリック♪


きょうは一門研究会 (参加17名)
開始前、F1級から 「あの、これ・・」 と、小さな包みを差し出される。
開けてみると、皮製の小さなパグのキーホルダーだった♪
「母が、トビオにそっくりだと言って選んだんです」

早速ケータイにつける。
ゆらゆら揺れるトビオを見て、シアワセな気持ちでいっぱいになった♪
ありがとうございました

一晩寝ると体調も少し落ち着いたようなので、先日行きそびれていた伊丹の街を歩くことにする。
ニトリ近くの 「宮ノ前駐車場」 へ車を入れて歩き出す。

「だろくがわ」 に架かる 「北河原橋」 を渡る。
細い坂を下って路地をズンズン進むと、 「ぎんざ美容室」 「スナックゆうかり」 などがありイイ感じ、もう少し行くと、脇に小さな公園のあるJRの踏切に差しかかり、それを越えると住所は 「藤ノ木」 に変わった。
ここは工場群 (現在は伊丹工業団地と呼ぶらしい) の裏手にあたる場所で、「藤ノ木食堂っていうのがあって、昔よく行っていたんやけど・・・もう無いやろなぁ」 と呟いていたNの言葉を思い出す。
大きな工場と工場の間に、古い文化住宅やアパートが身を寄せ合うように建っている。
ジェット機の爆音に頭を上げた途端、どこからかベーコン・エッグを焼くいいニオイが漂ってきた。
日曜の午前中、ノンビリとした朝食なのかも知れない。

工場地帯を抜け、猪名川の土手にあがった。
目の前には 『北伊丹物流センター』 の工場が広がる。
遠い昔に熊本の古田さんとNが勤めていた、あの 『帝國化成』 の跡地に建った工場だ。
この土手に立ち、風に吹かれながら猪名川の流れやその向こうに広がる大阪空港を眺めるのがささやかな楽しみのひとつなのだが、きょうは何だかちょっと様子が変わっている。

まず、立っている土手の土が妙に白く乾いてホコリっぽい。
眼下を流れる猪名川の川幅はずいぶん狭くなっており、そのすぐそばを、掘り返したばかりの黒々とした土がいくつも山になり、数羽のハトが群れている。
遠くにはクレーンが止まっていて、あきらかに何かの工事のようだ。

不安な気持ちで歩き始めると、川沿いの立て札が目に入った。

< 護岸補強工事 桑津橋北から軍行橋南間 約1300メートル > と書かれている。
(やっぱりね・・・)
ここも、これからどんどん様変わりしていくのかも知れない。

もう少し歩いて、去年古田さんご夫妻と行った 『HIRO 猪名川店』 へ入る。
あの時は気候もちょうど良くて外のテラス席でコーヒーを飲んだが、きょうはさすがに人の姿はない。
その代わりに店内は満席だった。
Nは 「ローストビーフサンドセット」 、私は 「グラハム・サンドイッチ」 を注文。
パンがとっても美味しかった♪

その後、HIROのレジ脇で売っていた小さな粒チョコをポリポリかじりながら、北河原町方面へ向かって歩き出す。
だろくがわ沿いに歩き北河原橋へ出た。
住所はいつの間にか 「宮ノ前」 に戻っており、先日行った白雪の長寿蔵もニトリもすぐそこだ。

猪名野神社の道へ出る。
シャッターの降りたままの 「ちきうや」 もそのままだ。
突然Nが、「ちきうや」 の隣の店先で何やら作業中の男性のそばへ行き声をかけている。
Nの声に振り返った男性は、歳は70くらいで人のよさそうな顔をしたおじさんだった。
店の古い看板には 「上○電器」 と書かれてある。

「あの、すいませんが・・・この辺りに古い商店街は無かったでしょうか」
Nが古い記憶を切りだすと、おじさんは (おお! これはいい話し相手が現れたぞ) と言わんばかりに、はりきってタバコを1本取り出して火をつける。

おじさんの話によると、このキレイに舗装された目の前の道が、Nの記憶にあった古い商店街なのだった。
おじさんは戦前からここに住んでおり、当時商店街のアーケードは 「よし」 で作られた屋根だったそうだ
「雨が降ると、よしで組まれた隙間から雨がドードーと落ちてきましたよ」
それが戦後になると、「よし」 から 「トタン」 の屋根に変わった。
「トタン屋根だと、雨が降るとまたスゴイ音がするんですわ」 と苦笑される。

あと、ここは昔の 「宝塚街道 (初めて聞いた)」 の一部にあたるとの事、Nが覚えていた映画館は 「伊丹劇場」 と呼ばれ、その昔は 「芝居小屋」 と呼ばれるストリップ劇場だったとの事、ここらの住所は昔 ‘川辺郡 伊丹町’ だったとの事。
この辺り一帯は近衛家が治めていて、伊丹が 「市」 に昇格する際、市のシンボルマークが近衛家の御紋からとられたとの事、などなど・・・色々興味深い話を聞かせてくださった。
最後に 「みんな変わってしまって・・・私のところが1番古いと思いますわ」 と、ちょっと寂しそうな表情だった。
別れ際、「図書館の 『伊丹市史編纂』 を読めば、もっと詳しい事がわかると思いますよ」 と教えてくれた。 

お礼を言っておじさんと別れ、そのままズンズン昔の商店街の連なっていたという道を進む。

「阪急伊丹駅東商店街」 へ突き当たり中へ進むと、パチンコ店や古い薬局、小料理屋や寂れたスナックなどが軒を連ねる、場末の歓楽街といった趣のある駅裏通りになった。
一軒の中華料理店の前で 「あっ! ここは越智先生と入った店や」 とNが叫ぶ。
帝國化成へ集団就職したNを、愛媛からはるばる様子を見に尋ねて来られた高校時代の恩師である。
披露宴にも出席して下さって、今も愛媛の 「今治」 で、元気にお仕事をこなされていらっしゃる。
すぐさま店先にNを立たせ、越智先生に送る記念写真を撮った

駅前のタミータウンというショッピング街に立ち寄ると、「サクラ薬局」 というお店があった。
大むかし、ちょっとだけバイトをした事のあるお店と同じ名前だったので、(へえ~!) と思いチラッと中をのぞいてみると、なんと、当時一緒に働いていた男性がいるではないか!!

(あ!! ○つじさんだ

もともと宝塚南口にあった薬局だったのだが、南口界隈の不況が原因で移ってきたのかも知れない。
薬局も、今や大手のドラッグストアーの進出で大変な時代なのだろう。

帰り道、伊丹市立美術館に寄り、元永定正さんと中辻悦子さんによる 「もーやんえっちゃん ええほんのえ」 という絵本原画展をみる。
元永定正さんの、「ころころころ」 というカワイイ絵本だけは知っていたが、その他にも面白い作品がたくさんあるようだった (私は 『ちんろろきしし』 というのが気に入った

「私は並んでいるものが、何故か面白くてうれしくなってくるのだが、それはどうしてなのだろう」
元永定正さんの言葉だが、その気持ちはとってもよくわかる。


パグがズラっと一列に並んでいたら壮観だろうなぁ・・・


おわり
コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする