Fish On The Boat

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『望郷』

2021-01-07 00:08:26 | 読書。
読書。
『望郷』 湊かなえ
を読んだ。

瀬戸内海の架空の島、白綱島を舞台にした6つの作品を収録した短編集です。なかでも、「海の星」は日本推理作家協会賞受賞作。しかし推理小説といえども、これまでほとんどミステリーを読んでこなかった僕の、ミステリーに対するイメージ(いささかコテコテのイメージなのでしょうが)に合う作品はひとつもありませんでした。これがミステリーに分類されるのか、と驚くくらいの「普通の小説の顔」をした6編です。強いて言えば、最後に謎が明かされて、見えてきたものがひっくり返ってしまうところがミステリーです。

伏線など、知的な操作はもちろんなされているわけですけども、感情に訴えてくるテーマは「よくぞ現実から抽出してくれました」と義憤が心に湧きたち胸が熱くなるようなものばかり。それだけではなく、涙がこみ上げてくるものもありました。

スタートを切る作品、「みかんの花」こそ、なんとなく序盤と終盤での文体の印象に重さと軽さの大きな差を感じもしました。ですが、実は今回、湊かなえ作品とのファーストコンタクト、そしてファーストインプレッションでしたので、こっちが構えてしまい神経を使い過ぎたきらいがあります。それからの5作品は、文体も文章も巧みだしバランス感覚がある書き手だなあと、書く勉強をさせてもらう気持ちを重ねつつ、読んでいきました。そうやって読んでも、とってもおもしろかった。

白綱島は人口2万人の田舎なんです。モデルは作者の出身地である因島だそうです。閉鎖的な田舎の窮屈さが描かれているいっぽうで、反対にそれほど窮屈ではない部分も書かれている。都会人からみれば、田舎はさぞや不便で暮らしにくいところであっても、暮らしている人からすると暮らしにくい田舎という意識はあまりなく、また劣等感を持つこともない。田舎人は都会と四六時中比較することなんてしませんから、従属する意識は無いし、下位であるという意識も無い。逆に、従属や下位の意識を持つものだろうと先入観を持つ都会人のほうが実は卑しいのではないか、とあべこべに浮き彫りになってくる。

登場人物たちの背負っているもの、背景が、ずーんと響きました。殺人を犯した母を持つ負い目と恨みの意識、束縛されて島から出ていけなかった悔しさ、いじめにあった苦しみ。そういった境遇が、重すぎず、どろどろせず、でもきちんとそのまま伝わる書き方がされているんです。このあたり、僕にとっては特に作家の文章表現能力の高さを感じたところでした。

湊かなえさんといえば、僕は映画化された『告白』を映画館で見て呆然とするほどおもしろく観たんですが、あまりに強烈なインパクトだったため小説作品は敬遠していたのです。「イヤミスの女王」なんて呼び名も見かけましたし、それで余計に遠ざかってしまいました。ただ、乃木坂46の高山一実さん、彼女自身、長編のヒット小説を書いていますが、彼女が湊かなえさんを愛読していると知り、それじゃちょっと読んでみようか、と積読にしていたのです。いやあ、映画『告白』で敬遠した僕のようなタイプのひとは、どこかで彼女の本来の小説作品にふれたほうがたぶんいい、と今回、『望郷』を読んで思いました。他人に勧めたくなるような『望郷』を手に取った僕のチョイスもよかったのだと思います。きっとまた、湊さんの違う作品も味わおうと思います。


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