読書。
「詩と死をむすぶもの」 谷川俊太郎 徳永進
を読んだ。
詩人の谷川さんと、死を看取る診療所の臨床医である徳永さんとの往復書簡です。
毎日のように死の場面に直面し、生き長らえさせたり、
家族や患者と相談して、楽な死を迎えさせたりしている徳永さんは、
それほど多くの死に対面しているのだから、哲学者のような、
繊細でありながら岩みたいな精神を持った人かと読む前は予想していたのですが、
まるでそんなことはなくて、どこかひょうひょうとしたさばけたタイプの人でした、
これを読む限り。
谷川さんの詩に対する解釈で、
徳永さんはよく見当違いなことを言ったりしたそうです。
そういう人だからこそ、臨床医として、死に押しつぶされないのかもしれません。
一方、谷川さんの詩が、往復書簡の一回ごとに最後に書かれているんですが、
良いんですよ。谷川さんの詩は小学生のときの教科書で読んだことがあるような
気がしますが、こんなに良かったんだなぁとびっくりしました。
ボードレールとか、大部分わけわかんなかったからなぁ、おいら。
詩というのは「今」を表現しているものであって、現代に生きるからこそ、
現代の詩に心をゆさぶられるんだろうなぁ。
なかなかね、どこがためになるかといえば難しいんだけど、
それなりに面白く読めた本でした。
「詩と死をむすぶもの」 谷川俊太郎 徳永進
を読んだ。
詩人の谷川さんと、死を看取る診療所の臨床医である徳永さんとの往復書簡です。
毎日のように死の場面に直面し、生き長らえさせたり、
家族や患者と相談して、楽な死を迎えさせたりしている徳永さんは、
それほど多くの死に対面しているのだから、哲学者のような、
繊細でありながら岩みたいな精神を持った人かと読む前は予想していたのですが、
まるでそんなことはなくて、どこかひょうひょうとしたさばけたタイプの人でした、
これを読む限り。
谷川さんの詩に対する解釈で、
徳永さんはよく見当違いなことを言ったりしたそうです。
そういう人だからこそ、臨床医として、死に押しつぶされないのかもしれません。
一方、谷川さんの詩が、往復書簡の一回ごとに最後に書かれているんですが、
良いんですよ。谷川さんの詩は小学生のときの教科書で読んだことがあるような
気がしますが、こんなに良かったんだなぁとびっくりしました。
ボードレールとか、大部分わけわかんなかったからなぁ、おいら。
詩というのは「今」を表現しているものであって、現代に生きるからこそ、
現代の詩に心をゆさぶられるんだろうなぁ。
なかなかね、どこがためになるかといえば難しいんだけど、
それなりに面白く読めた本でした。