デブ夫婦のビバ!お気楽人生&ぐーたら生活

体重合計約150㌔のちょっぴりデブ夫婦です♪毎日ぐーたら暮らしているお気楽夫婦のゆる~い日常を綴っています。

入試は努力!

2016-01-27 14:27:50 | つれづれ日記
大寒も過ぎ、大寒波が日本列島を襲っている1月下旬。
大学入試センター試験も終わり、いよいよ本格的な入試シーズンに入ってくる時期でもある。
デブ夫婦も何年か前までは新聞に載っているセンター試験の問題を少し解いてみたりしたこともあったんだが、最近やらなくなったなあ・・・。

そんなわけで大学受験。。
デブ夫婦は、ふたりとも一応『大学受験』というものは経験してきている。しかも複数年にわたって(´∀`)クスクス(笑)
子どもが多い時代だったので、二流の私大文系でも倍率10倍は当たり前という状況だった。理系はもっとスゴイ倍率だったと思われる。
まあ、十代の頃からぐーたらだったせいか、受験というものに対して決して真摯に取り組んではいなかったのだが、
いい加減大人になった頃に改めて思うわけだ。

入試というのは努力したものが勝つ。

いや、当たり前なんだけどね 。(*^▽^*)ゞ
こんなことを言えるのは、オジサンオバサンになったからなのだよ・・・。
そこでデブ夫婦が受験生だった約30年ほど前の記憶をたぐり寄せてみる。

1号旦那は典型的な理系アタマのため、文系科目はまったくの苦手。
しかし、三択&マークシートの達人であった。
達人なので、5教科8科目(当時)を受けなければならなかった共通一次(当時)の足切りにも、
なんとギリギリひっかからずに二次試験に臨んだ。
が、しかし。
やはりそこは、当時から難関だった医歯薬獣医系学部、
まず共通一次の点数が、周りの受験生よりはるかに下∑(゜д゜)ガーン
当然二次試験は筆記のため、運の強さだけではどーにもならん、歯が立たない状況だったそうな。
当時から国語や社会は苦手だったが、得意なはずの生物やら数学すらわからなかったと。

2号嫁は典型的な文系アタマなのに、現役の時は何をとちくるったのか理系学部を受けてしまったという黒歴史を持つ(* ̄з ̄)ププッ
筆記試験の後に面接があったのだが、内申書を見た面接官に思いっきり
『あなた、この成績はどう考えても文系学部でしょう』
と言われたという輝かしい(違う)過去を持っている。
そんなわけで、とっとと反省して翌年文系学部を受験。
そして、某私立大学の中でも難関といわれていた学部を受験した。
当然、自分の学力とはかけ離れていた。いわゆる記念受験ってやつね。流行ったんだよ当時。
身の丈をはるかに超えた学部だったにもかかわらず、よっぽど運がよければいいとこまでいくかも~?? 
なんて思っていたことは認める・・・。ま、19歳でしたから 。(*^▽^*)ゞ
が、しかし。
国語だけは得意のつもりだったが、国語の問題すら何書いてあるかわからなかったと。

そんなわけで、めでたく浪人生となる( ´ー`)フッ

1号は2年間予備校に通った。
一人っ子だが歳の離れた従兄が多く、彼らが大学受験のたびに秋田から家に泊まりに来ていたそうな。
で、そこでいろいろな受験情報を得たらしい。
いわく『高校までの勉強なんて役に立たない』『本番は予備校に行ってからだ』などなど。
で、まんまとそれを鵜呑みにした。そう、自分の都合のいいようにヾ(o^▽^o)ノあはは♪
しかしその従兄たちはそこそこ優秀で、基礎学力ってやつが1号とは比べ物にならなかった。
従兄のうち2人は医学部に合格したくらいだから、背骨がもともと違ったと思うのだが、
彼らの言葉を鵜呑みにした1号は、学校の勉強はろくにせずフツーに浪人。
で、ジモトではなく都内の予備校に行ったため、予備校でマジメにやることもなく、
都会の誘惑(笑)で他に楽しいことをいろいろ見つけてしまい、やっぱり勉強しなかったらしい。

2号は1年間予備校に通うことすらできなかった。
予備校なんてたいして勉強にならんと勝手に思って途中から行かなくなり、後半は自宅で勉強していたんだが、
今思えば阿呆なことこのうえない。
担任の講師に『お前は予備校さえ来てれば受かると思ってるのか』と言われ、
『おー、だったら予備校行かないで受かってやろうじゃんか』と思ったという、どうにもかわいくない女子( ´ー`)フッ
予備校ってのは、勉強だけじゃなくて
入試に対するテクニックや対策や傾向を教えてくれるもんだってことをまったく理解していなかったのだ。
それを教えてもらうだけでも予備校に行く価値ってのはあったはずなのだ。
なんて無駄なことをしたのか・・・。

そう、きちんと対策を練ってきちんと勉強して、きちんと努力をしないと
入試ってのはうまくいかないようにできているのだ。

だから、推薦で大学に行くためにきちんと高校に通い、
成績もワタシのように10もあれば3もある(ので平均すると5.5くらいにしかならん)ような
取り方はせず、すべての科目で平均点ちょい上を叩き出し、オール6~7を取る。
そんな同級生はたくさん居た。当時、女子は推薦で短大に行くのが普通だったから、ほとんどがこのパターンで短大や大学を決めていた。
そのためには、在学中にコツコツ努力をしているわけだ。
通学途中でなんとなーく学校に行きたくなくなり、途中下車して遊びに行っちゃったり、
家に帰っちゃったりしてたようなデブ夫婦は、そもそも受験ってもんをわかってなかったってことだ。
余計な勉強をしたくないから、在学中に頑張っておいて、早い時期に入学を決めてゆっくり遊びたい。
ワタシなんぞは、
『推薦で短大行くなんてつまんない』などとひねくれたことを考えており、
在学中は別のことにうつつを抜かしていて、結果的に人より長い期間勉強をしなきゃならなくなるという、
何とも非合理的なことをやらかしてしまう羽目になったのである。

そんなこんなで、デブ夫婦の大学受験ってのはそらあもうヒドイもんだったわけで。
ろくな学歴が無いまま、大人になったわけで。

学歴は無いが、無いなりになんとか仕事してはきた。
けれど、人生において広い意味での学歴ってやはり必要だよな、と最近思うのもまた事実。
学歴がある=世の中のさまざまな場面で、学のある人は答えを導き出すことができる。
      その学を身につけるための努力が歴
ということじゃないかと思うのだ。
もちろん、学歴が無い人が努力してないかというとそうではないだろうが、
学歴が高い人って、間違いなく努力はしてると思うんだよね。
中には教科書の勉強だけで東大行っちゃうような人も結構居るらしいんだけど、
それだって努力はしているはず。

それでも学歴アレルギーみたいなものがある人が居るのも事実で、
学歴がすべてじゃない、学歴じゃ人間を測れない、と言う人は多い。
それも、ある部分では正しいこともある。
起業したり、芸術やスポーツの世界だったり、職人の世界なんかでは学歴が必ずしも武器にはならない。
また、学歴が必要ないほど裕福な家庭に生まれていたり、天賦の才能や技術があったりすれば、まったく必要ないかもしれない。
でもまあ、そういった才能がないほとんどの人は、学歴が武器になることもある。
あとは、就職なんかだと最終判断の材料のひとつとして、学歴は物差しになることもある。

2号嫁なんぞは、結局都内の短大にひっかかって2年間なんとか通い、そのあと専門学校に行ったものの中退、という
どうにも中途半端な学歴しかなかったのだが、
当時は出版社や雑誌社に就職したいと思っていた。
しかし、マスコミは絶対と言っていいほど『大卒』が応募条件。どんな小さな出版社でも大卒しか採用しない。
要するに学歴で門前払いなわけだ。スタートにすら立てない。
ここまで来て初めて『ああ、どこでもいいから(おい)四大に行っておくべきだった』と気づくのだ。遅いのだ( ´ー`)フッ

あとよく聞くのが『受験勉強って何の役にも立たないよね~』ってやつ。
確かに受験勉強そのものは、社会に出てからは役に立たないことのほうが多い。
が、大人になって思うのは・・・、
受験勉強をした、そして合格したという経験が大切なんじゃないかと。

特に、高学歴であるということは少なくとも受験を乗り越えた証である。
遊びたい時期でも勉強して、自分をきちんとコントロールして努力して大学に入る、
そのプロセスって絶対に無駄にはならないと思うんだよな。
たとえそれが、高学歴とはいえない大学だろうと、結果的に大学に行かなかったとしても、
人生のある期間、受験のためにすげー勉強したよなー! という経験は無駄じゃないと思う。
なので、受験勉強は何の役にも立たない ってのは、負け惜しみに聞こえてしまうんだよな。
実際に受験して大学に行った人は、あんまりこういうことって言わないし。

起業家なんかに多いと思うが、たとえ学歴がなくても、アタマを使って生きていく人もいる。
でも、うまくいかないことを学歴のせいにする人もいる。
また、学歴が必要なく、自分がやりたいわけじゃない仕事をしていながら
『人間、学歴じゃないよな~』などとウーロンハイ飲みながらぼやく人もいる。
一方で、高学歴ゆえにプライドが先走りして実務がイマイチの人もいる。
高学歴でもワーキングプアになってしまう時代でもある。
だから『ほーら、今の世の中は学歴なんて関係ないんだよ』と思いたい人もいるかもしれない。

まあ確かに、ワタシらの時代とは違って、今は学歴があるから人生順風満帆ってわけにはいかないのだが、
だからこそ勉強していくことが必要なのかも。
学歴だけじゃなく、教養や知恵を持っていないと渡っていけない世の中。
だったら、武器はひとつでも多いほうがいいよね。
というわけで、受験生には頑張ってほしいのだ・・・。案ずるな受験生!(何を)
入試は努力! それしかないのである。
まあ・・・今の時代、デブ夫婦のようないい加減な受験生は居ないとは思うけど(´∀`)クスクス(笑)
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まさに・・・ゲ・ス・ノ・キ・ワ・ミ??

2016-01-19 13:57:28 | つれづれ日記
あたたかかったお正月が過ぎ、小寒も過ぎ、1月第3週目の週明けは一面の雪景色だったヨコハマ。


朝、ベランダから見たら雪かきしてくれた人が居たようで、最低限の道が通っていた(⌒▽⌒)アハハ!
デブ夫婦は、当然部屋ごもりの一日でありました(*^^*ゞ
北側の部屋なんて冷蔵庫みたいで、入りたくないくらいの寒さだった・・・。
今週末も雪予報が出ているようで、この分だと2月の大雪は無いな! と、我が家の本能気象予報士・1号旦那は言っております。
さてさて、どうなるか。

そんなこんなで、正月明けから世の中いろいろあったようで・・・。
昨日はここ一週間、普通のニュースでもトップで取り上げられるほどの騒ぎとなったSMAP騒動が、
一応? 決着を見たカタチになったようである。
なんとまあ、時の総理や大臣までこれについて発言するほどの国民的大騒ぎになってしまった。
平和といえば平和だが、それにしてもいつのまにやら、SMAPってすごいグループになってたんですね・・・。
『夢がMORIMORI』の頃がなつかしいな~♪

ただ、あのコメントで何がわかるんだ? と考えると実は何もわからんわけで、
解散とも継続とも言ってないし、結局どういう経緯だったのかもわからんまま。
これで何事もなかったように今後できるんだろうかなあ。
まあ本人たちにゃ言えない事情ってのも、そらあいろいろあるんでしょうけれど。
でも、あの5人が謝罪するようなことなのかしらん。そもそも。

想像するに、所詮『女同士の覇権争いに巻きこまれただけ』なのか? と思ってみたり。
2号嫁なんて底意地が悪いもんだから、
だーから、女が権力持つとダメなんだよなーσ(・・ ̄ ) ホジホジ
などと思ってしまうが(どっかの国の大統領もそうかも~?)。
あと・・・ちょっと思ったんだが、SMAPって全員いわゆるアラフォー男性なんだが、
冷静に『40代男性のコメント』と考えると、あまりに幼かったような・・・。
世の中の40代って、もう少し・・・うーん・・・でもまあ、40代とはいえアイドルだからいいのか(* ̄m ̄)プッ

そして、女性タレントとアーティストの不倫騒動。
不倫かどうかなんてのはどーだっていいことなんだが、
LINEの内容が本人たち以外に平気でわかっちゃう怖さ、しかもそれを平気で掲載しちゃうメディア、
そして他人のプライバシーを暴露しているという自覚もないまま、
不倫=悪 のように報じて、毎度おなじみ正義の味方を気取りたがるメディア。
いや~~こわいですね~~(^▽^;)

そりゃあ、もともとは不倫関係になった(か知らんけど)ふたりに問題があるんだろうし、
LINEという私信の内容をマスコミにばらした人が居るとしたら、それも問題。
でもなあ。
所詮、たかがタレントの恋愛沙汰をネタに、さも正義のための告発! のように見せていることがなーんか違和感。
マスコミの方々って、そんなに清廉潔白なんですかあ??(* ̄m ̄)プッ
どちらか、または双方を芸能界から追放することが目的なら、こういう方法もアリだけどさ。
個人的には、彼らのニューアルバムのタイトル『両成敗』が、この騒動を見越したもんだとしたら、
マーケティング的にはすばらしいなと(* ̄m ̄)プッ
で、男のほうがファンの前でメソメソ泣いたってのもまた今っぽいですね~(´m`)クスクス

しかし・・・タレントの不倫騒動なんて過去にどれだけあったか。
いったいいつから、テレビに出ている人間=品行方正・清廉潔白じゃなきゃいかん! みたいな風潮になったんだろうかねえ。
所詮は自分たちの生活に大して関係のない芸能人のこと・・・じゃダメなんだろうか。
←そのわりにお前だって結構見てるじゃん! というツッコミは無しでお願いします(*^^*ゞ

そして・・・。
こんな芸能人のゴタゴタと一緒に書くべきことではないかもしれないが、スキーバスの事故報道について。
事故というのは、どんな状況でも、どんな人が巻きこまれても、やはり不運が重なった結果であって、
それが事故というものだから仕方がないのかもしれない。
もちろん、巻きこまれた人たちとその家族や友人は気の毒だとは思う。
このような事故が起こらないように(とはいっても、事故ってのは起こるときには起こってしまうものだが)、
と考えて原因を追及している、という理由はあるかもしれない。
しかしだ。
メディアが連日やっていることって、どうもそれとは違うように思えてしまう。
お得意の『犯人探し』をしているだけに見える。
事故が起これば、もちろん会社に何らかの責任があるのはわかる。
追及しなければならない側面も、もちろんある。
安全面や管理で問題があったのは確かに事実かもしれない。
でも、連日ご丁寧に模型を造ってワイドショーで分析してみたり、
管理体制が云々、と目ぇひん剥いて語ってみたり、
バスのせいにしてみたり、会社のせいにしてみたり・・・っていうのを見てると、何だかイヤな気持ちになる。

さらに、不幸にして亡くなった人たちの顔写真をご丁寧にSNSから拾ってきて毎日流し、家族にインタビューに行き、
一緒にバスに乗っていてケガをしている人にまでマイクを向けるのは、違うんじゃないだろうか。
それが報道の正義なのか? と、どうしても思ってしまう。
まして、亡くなった方の葬儀まで撮影に行き、どういう学校に行っていて、どういう人物だったかを毎日流すのはなぜ??
そこに何か報道の意味がある?? なぜそっとしておいてあげられないんだろう。

不倫報道にしても事故の件についても、どこまで叩き続けるんだろうか。
芸能人から政治家から経営者から、何かひとつでも弱点や不備やスキャンダルを見つけると、
喜々としてそれを正義だと信じこんで、連日叩き続ける人たち。
こういうのって・・・『下種』ではないんだろうかなあ。
それこそ、ゲスノキワミ・・・に見えちゃういろーんな報道。

【げす】身分の低い者。品性が劣っている者。心の卑しいさま、またそのような者。

【げすのきわみ】この上なく下劣で品性が卑しいさま、人として最低であるさま、品位を欠いている様子。


ま、こんなふうにワタシなんぞが書いてることだって、それこそ『下衆の勘繰り』かもしれませんな(´∀`*)ウフフ
それよりも、廃棄処分するはずだったビーフカツ、賞味期限切れやちょっとしたことだったら・・・、
ウチが全部引き受けてあげたのにな~食べてみたかったな~などと話しているデブ夫婦こそ、
まさに、品性のカケラも無い下衆の極み! かもしれません(〃^∇^)o_彡☆あははははっ♪
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『らしさ』って何だろう。

2016-01-10 22:10:22 | つれづれ日記
先週はまだ三が日で、一応はお正月気分だったニッポンだが、
やはり慌ただしさとか『ハレ』の日感の無さというのは、年々強くなっていく気がする。
毎年、正月も3日になるとやることもなくなり、おせちにも飽きるようになり、
試しに街に出てみたりしても、正月らしさってほとんど無くてあまりにも『フツー』。
便利になっていい世の中なんだろうけれど、昭和生まれ・旧世代に属するデブ夫婦は、
何をするにも『気分』が大切だったりするので、どうしても違和感というか淋しさを感じてしまったりもするのである。

で、気分が大切なデブ夫婦は正月明けの7日には七草粥を食した♪



とはいっても、レトルトのお粥を買っておき、前日の夜にスーパーで買った七草セットに入った七草をゆでて刻んでおき、
翌7日の朝にレトルト粥をあたためて七草を入れるだけ・・・という、
おなじみスーパー手抜きな七草粥でありますが 。(*^▽^*)ゞ
しかも去年までは『七草粥は1月7日の朝に食う』ということを知らずに、7日の夜に鍋シメの雑炊として食ったりしてたのだ。
中途半端な知識で、気分だけで何でもやろうとすると・・・こういうことになるんだわな( ´ー`)フッ
というわけで、今年はちゃんと7日の朝食を七草粥にした。
が、朝に粥だと昼になる前にお腹が空く・・・ということにも気がついた2016年である。

そんなわけで、おせちも食い、七草粥も食い、
明日の鏡開きにはお汁粉か何かを食うデブ夫婦である。
一応、面倒だな~と思いつつも『気分』や『らしさ』はなんとなーくまだ大切に思いたい世代なのかもしれない。

デブ夫婦が子どもの頃・・・今から40年ほど前のお正月ってのは、
さまざまな固定イメージが浮かびやすかった時代だったのだとは思う。
おせち料理、お餅、初詣、お年玉、門松、凧揚げ、羽根つき、双六などなど・・・。
こういったものがあることで、雰囲気も人の気持ちも『お正月モード』に自然となっていったものである。

思えばそういった『正月らしさ』ってのが無くなったのはいつ頃からなんだろうか。

・・・と考えると、そこはやはり『便利さ』と引き換えに正月らしさが無くなった、というところなんじゃなかろうか。
コンビニ登場以前は、商店街は大みそかから5日くらいまで店という店がガッツリお休みだったため、
年明けはまず食うモノが無い(ノ∀≦*)ノぷ~ッ
仕方がないから、好きでもないおせち料理を食べたり、正月にしか買わないハムを食べたり、
普段は買うことのない一斤の食パンを切って食ったりして家に居たもんだ。
お餅だってそんなに好きじゃないけれど、お正月しか食べられないもののひとつではあった。
パック入り切り餅が登場してからは一年中いつでも餅がスーパーに並ぶようになったが、
それ以前は近所の米屋さんにのし餅を注文して、自分たちで切り分けて食べるのが餅だったんだよなー。
だから、お正月=餅 で、それはそれでひとつの『お正月限定』としてありがたく食べていたわけだ。

そして正月で家に居るのが退屈だからって、当時は行く場所すらそんなに無かった。
高校生くらいになると友達と初売りや初詣に行ったりはしたが、それでも3日過ぎてからじゃないとデパートも開いてなかったわけで。というわけで、昭和50年代の正月の街というのはひっそりと静まり返り、広場では凧揚げをする男の子、道では羽根つきをする女の子がいて、
そんな風景が『お正月らしさ』でもあったわけだ。
ほんの30年くらい前まではそんな感じだったはずなんだけどね・・・。

しかし、コンビニやファミレスの登場によって、お店は休むことを許されなくなった。
さらに不景気のせいかスーパーが元日営業を始めるようになった。
つまりは、そこで働く人たちにとっては『正月らしさ』なんざまったく無いということだ。
そう思うと日本全国でどれだけの人が正月らしさを感じずに一年を過ごしているのか・・・ちょっと怖ろしい感じもするよなあ。

凧揚げだって、道路で揚げるのは危ないだのマナー違反だのという時代になった。
そして、凧揚げや羽根つきや双六なんてやらなくても、元日から開いていて、遊べる場所はいくらだってある平成の世の中。
デブ夫婦が子どもだった頃は『正月』ってのはどんな家庭にとっても多少は特別な期間だったのだと思う。
正月だけじゃなくて『普段の日』と『ハレの日』の差がちゃんとあったというか。
普通の家庭はまだまだ貧しかった時代、普通の日にはそんなに楽しみが無かったからこそ、ハレの日の正月は特別だったのかもしれない。

今は、正月だからといっても、人それぞれにさまざまな楽しみを味わえる。
デブ夫婦の子どもの頃のように、正月しか見られない、食えない、遊べない、そんな特別なモノなぞ無く、
正月三が日独特の静かな街も無い。
けれど、正月だろうと欲しいものはすぐ手に入る。
食べたいものだって、年末に用意しなくたってどこでも食べられる。
家に居るのが退屈でも、ネットもゲームもケーブルテレビもある。
それは多分、デブ夫婦世代であれば誰もが望んだことなんだろうとも思う。

正月も開いてる店があるといいなあ。
正月でもあったかいものを食べられる店があるといいなあ。
正月でも遊べるところがあるといいなあ。

そう、モノも無く情報も少なかった時代の若者たちは、みーんなこう思ってたはずなんだ。しかも切実に(笑)。

この便利さを今になって手放すことは、もはや不可能なんだよね。
でも、今の世の中のようにホントに簡単に楽しみを手に入れることができるようになり、
その代わりに日本人は『お正月らしさ』『お正月の楽しみ』を手放したのかもしれない。

お正月に街に出ても、人の装いもクルマの流れも店の様子もすべてが『フツー』。
季節は金太郎アメみたいに『いつ、どこを切っても同じ』になっている。
仕方がないんだよな、きっと。望んだことなんだからさ。
もはや『もういくつ寝るとお正月~♪』という思いで、正月が来るのを指折り数えて待つ、なんて子どもは居ないのだろう・・・。

というわけで、デブ夫婦の間だけでも『気分』が続けられるうちは大切にしていこうかなと思うわけであります。
昨日は、ハハが地域の餅つきに行ってもらってきた餅を使って『もちピザ』を作ったよ♪



ま、気分が大切! などともっともらしいことを言ってはいてもだ。
デブ夫婦の場合、所詮は季節を感じる気分モノも『食い物』が圧倒的に多いわけです・・・ 。(*^▽^*)ゞ
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2016年・デブ夫婦のお正月休み。

2016-01-04 09:40:29 | つれづれ日記
改めて・・・あけましておめでとうございます(⌒∇⌒)
2016年もよろしくお願いいたします~♪


さて、短かった正月休み。いや~~今年は実に実にあったかいお正月でしたね♪
三が日もあっという間に終わり、今日からバリバリに仕事始めという人も多いのだろう。
デブ夫婦は、いつものように『食っちゃ寝正月』でありました(*^^*ゞ

大晦日は朝からおせち作り。
途中、大晦日恒例のカレーを食べ、おやつも食べ、1号旦那の腰マッサージもして・・・、
・・・と、いろいろ休んだ時間はあるのだが、今回は何が段取りよかったのか夕方にはほぼ完成してしまい、
なんと時間を持て余すほどであった。
数の子や黒豆は前日から下ごしらえしておいたし、冷凍しておいた材料も前日に解凍して準備はしていたが、
まさかこんなに早くできあがるとは思わなんだ・・・。
1号旦那は旦那で、前日にトイレ掃除やらお風呂掃除やらをすませてしまったため、
大晦日はやることもなく、なんだかふたりしてのんびりしてしまった。
いつもは朝からおせちだ掃除だ洗車だとバタバタしていた気がするのだが、珍しく余裕~な大晦日でありました。

特に観るテレビ番組もなく、仕方なく格闘技系をチラ見。
11時半頃にやっと紅白にチャンネルを換えて年越しそばを食べ、いつものように『ゆく年くる年』で年越し。
そしてすぐに寝るという、なんとも健全な(?)年越しであった。今年は『おもしろ荘』すら観なかった・・・。
ああ、こんなデブ夫婦でも十数年前までは年越しから夜中まで飲んでいたり、もっと前なら初日の出を拝みに行くこともあったというのに、
歳を取ると、まあ眠くなるのが早いこと(* ̄m ̄)プッ

そして開けて元日。
9時頃に起きてお雑煮の準備をして、今年初めての食卓であります♪


今年のおせち♪

一の重:紅白かまぼこ(丸う)、玉子焼き(丸武)、黒豆、紅白なます、栗きんとん
二の重:ぶり照焼、つくねの甘辛焼、海老の旨煮、数の子、ごまめ
三の重:お煮しめ


内容は毎年変わり映えしないんだが、今年は何だかどれも妙においしくできちゃって、おかげで食べすぎてしまったよ・・・。
きちんと分量を量ったりしないもんで、毎年ワタシのおせちは味にばらつきがあるのだが、
今年は大変おいしかった!! 
お煮しめもばちっと味がしみてたし、海老も柔らかく煮えたし、黒豆も甘さバッチリだし、田作りの甘辛さ加減もイイ!
自画自賛しながら、珍しくぱくぱく食べてしまった(*^^*ゞ
が、来年同じようにできるかどうかは不明であるヽ( ´ー)ノ フッ
お昼はお汁粉を作り、夜はご飯を炊き、食べて終わった元日。
テレビも観る番組がなーんにもなくて、まあ暇だった。
十代の頃なんざ、観たいテレビ番組が何個も重なっちゃってビデオ録画だけでは足りず、
友達と分担してビデオに録ったりしてたもんだが・・・。
今の若い子たちは、お正月のテレビ番組って観るんですかね・・・。

さて、2日はひさかたぶりの浅草寺詣り。
去年は1号が歩けなかったので行けず、一昨年は知人夫婦の希望で年越しで行ったため、
2日に浅草寺を訪れるのは2年ぶりとなる。
朝8時半のお経をいただくべく、7時前には出発!
2日早朝の首都高速は気持ちよくスイスイで、40分くらいで浅草寺到着♪
まずは浅草神社におまいりをしてから、2年間寝かせてしまったお札と念珠を返し、お札をお願いして本堂で待つ。
いつもならヒートテックを着込み、裏フリースのパンツにダウンコートの完全防寒で臨むのだが、
今年はあったかいので、わりと軽装でも大丈夫であった。
そして朝8時半のお経だというのに、始まる頃には本堂は人でいっぱいになっていたよ。
無事にお経をいただいたあと、お札をいただき、人形焼きを買い求めて帰る。
やはり2日に浅草寺に行くと『ここから新年が始まるなあ!』という気分になれるデブ夫婦♪
今さらながら『気分』って大切よね、気分って。

2号嫁は助手席で箱根駅伝を観ながら帰ってきて、そのままちょこっと買い物に行き、あとは家でのんびり。
夜は、これまた毎年恒例となった『とんねるずのスポーツ王』を延々観ておりました(*^^*ゞ
あったかいものも食べたくて、野菜のみぞれ汁なんかも作ってみた。

そしていつものように3日になると、やることも観るテレビもなくなるという・・・。
おかげで3日はふたりしてよく寝た!! 何もしてないのになんでこんなに寝るんだってくらい寝た。
そして、3日の昼にはおせちがこんな状態となりました♪



ありがたいくらいに食べてもらえたわ・・・。
おせち料理もあと何年作るかはわからんのだが、なんとなーく続けているなあ。
これをやっとかないとお正月の気分がしないのかもしれない。
子どもの頃からの刷りこみなんだろうか。昔は、おせち料理の中に食えるものなんてほとんど無かったにもかかわらず、
25歳を超えたあたりからなーんか作らなきゃいけない気持ちになってしまい、今に至っている。
それは多分、自分の母親が毎年おせち料理をこしらえる姿を見てきたからなのかもしれない。
1月2日から勤務という仕事にもかかわらず、おせちだけはきちんと作っていた母親。
その頃はなーんとも思わず大人になったのだが、どこかでその姿が刷りこまれているのかも。
そして、母の作ったおせちをほとんど食べなかった後ろめたさ? のようなものを、今自分がおせちを作ることでチャラにしようとしてるのかも・・・。
2号嫁の場合は、しあわせなことに食べてくれる人が居るのでありがたいです 。(*^▽^*)ゞ

さて3日の夜はハハが友達のところに出かけたので、デブ夫婦はちょこっとずつ残ったおせちをつまみながら
ビールを飲んで、ラーメンでシメ。充実の晩ゴハンとなった。

そんなこんなで食って寝てばかりいたおかげで、今朝体重を量ったら・・・
・・・ふたりとも増えてる~~(〃^∇^)o_彡☆あははははっ♪
正月明け、ふたりでダイエットせにゃいかんですな。
それもまたよし。

毎年同じように、心穏やかに新年を迎えられたことにまず感謝。

さて、今年は申年。2号嫁は年女である。
まさか四度目の年女になるとは・・・そして、四度目の年女なのにこんなにお子ちゃまでいいのだろうか・・・(つд⊂)
それはさておき、今年の干支は『丙申』。
『丙』は『さかん』『あきらか』『つよい』などの意味があるそうな。
そして『申』は『すくすくとまっすぐに伸びていくこと』を意味するのだそうな。
というわけで丙申の年は、
『形が明らかになっていく』『実が固まっていく』という意味があるという。
これまでの頑張りがカタチになっていく、これまで日の目を見なかったことがやっとカタチになって表れてくる、
これまで気づかなかったことに気づくことができる・・・らしい。
『変革の年』ということなんだそうだ。

ううむ、年女でもあることだし、今年はひとつ気合い入れていきますかね♪

景気も元気も気分が大切、気分がつくる!
平成28年申年、笑顔を忘れず張り切ってまいりましょう(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!




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2016年あけましておめでとうございます♪

2016-01-01 00:58:43 | つれづれ日記
明けました! おめでとう(*・ω・*)ノ 2016年でございます♪

デブ夫婦、愛と夢のあふれる一年にするべく日々精進なのであります。
基本は楽しく笑顔でいられるように。
そして、苦しいときでも笑っていられる強さとしなやかさを心がけて、過ごしていきたいと思います。
年齢的にも健康第一を心がけて 。(*^▽^*)ゞ

2016年は、思えばデブ夫婦が出会って15年目になるのだ・・・。
そして、2号嫁はまさかの四度目の年女であります(+・`ω・´)キリッ
というわけで、新たな気持ちでまいりましょう♪

そんなわけで、ぐーたらなところはきっと今年も変わりませんが、
本年もよろしくお願いいたします(⌒∇⌒)
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