デブ夫婦のビバ!お気楽人生&ぐーたら生活

体重合計約150㌔のちょっぴりデブ夫婦です♪毎日ぐーたら暮らしているお気楽夫婦のゆる~い日常を綴っています。

大人(?)のた・し・な・み♪

2015-06-20 00:08:43 | こんなものを買いました
梅雨ですねー。どっぷり梅雨ですよ。
5月からあったかくなってきて、すっかり半袖Tシャツで出かけられるようになり、
1号旦那もずいぶんゴキゲンになってきたんだが、来るんですよ梅雨が。
お誕生日を迎えるあたりから、ぐぐっと上がりはじめる1号のテンションが、
いったんガクッと落ちるのがこの梅雨の時期。
湿気のせいで、古傷やら現状傷めている腰やら足やらが重くなってくるらしい。
2号嫁は、健気に毎日の腰マッサージを続けております。
ただ、素人マッサージなので力の入れ具合が悪いのか、自分の手がだるくなるのが困りモノ。
上手なマッサージ方法って無いかなあ。

そんなこんなで梅雨真っ最中だが、
ここへきてデブ夫婦に『あるもの』の一時的なブームが起きている。
だいたいが、毎回その場のノリで一時的ブームが起こるのがデブ夫婦の常。
今年の春は、プチ文房具ブーム(これは毎年のことだが)と手ぬぐいブームが訪れた。
手ぬぐいにいたっては『かまわぬ』のものから100均まで、結構な数を買い求めてしまい、
すでに布巾に降ろされてしまったものもある・・・。
さらに最近はダイエットのおとも(?)として、シュガーレスのミントタブレットにハマりまくり、
無印良品でまとめ買いをしたり、ネットで賞味期限間近のドイツのタブレット菓子を大量に買い求めたりして、
これまた一時的なプチブームとなった。
で、そのプチブームが過ぎ去った頃、数年ぶりにデブ夫婦に
『香水ブーム』が訪れたのである。
きっかけは・・・何だろう('゜`ε'゜`)プッ
多分、いつものつまらない話から何かが盛り上がったんだと思われる。

さて『香り』。
2号嫁が、初めて『香り』らしいものを身に着けたのは、中学生の頃だった。
当時、資生堂の『シャワーコロン』が女子の間で大流行していて、それに乗っかった(*ノ∀`*)エヘヘ
初めて『香水』というものを買ったのは、多分20代半ばの頃。
2号の初めての香りは、ジバンシィの『アマリージュ』であった 。(*^▽^*)ゞミーハー?
マンガか何かで見たんだよねー。で、何か幸せになれそう♪という不純な動機で買ったんだった。
その後、同じジバンシィの『エクストラヴァガンス ドゥ アマリージュ』にシフト。
これ、今はもう廃盤になってるのね・・・結構好きで長く使ってたんだけどな。

結婚してからは、ほとんど香水をつけることなぞなく、
ふたりとも持ってはいたが、放置状態でしまってあったのだ。
で、これが現状持っている香水たち。


1号旦那のBOSS、4711のICE。
BOSSは当時(80年代半ば)日本未発売のやつを手に入れたらしい。
1号が持ってるのは『ボスナンバーワン』という名前に変わる前のもので、かなりレア。
スーツを着る仕事をしていた時は、必ずコレだったようで、
香りは確かに『おっとなー!!』って感じ。スーツじゃなきゃ、しかもアクの強い大人の男じゃなきゃ似合わない香り。
ええ、当然Tシャツ短パンには似合いませんことよ(´∀`*)ウフフッ
販売しているショップの商品紹介には、こうある。
『この香りを使いこなせるような大人は、もう香水の、というよりは、人生の上級者。 』
この文句を見て、1号旦那が『やっぱりオレは人生の上級者なんだな!』と自画自賛したことは言うまでもない。

ICEもずっと昔から『夏用』として使ってはいたらしい。
2号はこの香水を知らなかった。が、香りはすごくライト。でも安っぽくないの。
一時爆発的に流行ったウルトラマリンとかシーケーワンとかとは一線を画す上品さというか。
調べて見たらどちらも『名香』なんだって(*・∀・*)ヘー

2号嫁のイチバン右はシャネルのココ・マドモアゼル。もらいものであまり使ってない・・・。
シャンパーニュは、たった今1号旦那からもらったヾ(o^▽^o)ノあはは♪
多分、誰かからのもらいものか、誰かにプレゼントする予定だったものと思われる。
そして・・・、先日買ってしまったのが真ん中にある・・・
プリスクリプティブのケーレックス。
多分、2号がハタチそこそこの頃に日本に上陸した香りだと思う。
時はバブル。およそバブルとは縁のない小さなタウン誌の仕事をしていた頃で、
確か試供品か何かをもらったんだよね。
そしてつけてみたら、甘すぎず大人すぎない香りがたまらなくて、
でもコムスメがつける香りじゃないような気がして、だけど忘れられなくて、
20代の半ば頃に初めて自分で買った記憶がある。
でも、使い切った後はずーっと忘れていた。

で、今回香水ブームが訪れて、1号と香水談義に花が咲いたわけで。

その時、アタマの中に『ケーレックス』の名前がふわーっと下りてきたのである。
数十年ぶりに下りてきたということは、買え! ということだろうと勝手に思い込み、
ネットで探してみたが・・・これまた結構レアな香りになりつつあるらしい。
販売元が日本から撤退してしまい、入手困難なのだとか。
現在はクリニークから発売されているとかいないとか。
しかし、ワタシが欲しいのはクリニークバージョンではないので、何とか探して手に入れた♪
いや~~高かった・・・・・・。
こんな高い美容系の買い物をしたのはいつ以来だろうか。
普段使う化粧品ですら、セルフコスメの数百円の安いやつだというのに。

さあ、十数年の時を経て『ケーレックス』との再会ですよ!
早速開けてみると、ボトルの形に『そうそう、これこれこれ!!』とプチ興奮。
でもちょっとボトルのデザインが変わっているような気もする。
ワタシが持ってた頃は、フタがグレーだったような。より地味だったというか。
ま、数十年経ってるからそこらへんは仕方がないとして。

つけてみる。
う~~~~ん・・・懐かしいなあ。でもうろ覚えだなあ。
こんなに甘かったっけ? と思いながら時間が経つと・・・そうそう、こんな香りだったよな。
20年以上前につけてた自分と今の自分、何か変わってるかなあ。
これつけてた頃って何があったっけなあ、誰と付き合ってたかなあ(笑)・・・
などなど、いろいろなことを思い出したりするものである。
『香り』ってのは、記憶と直結するものだよな。
と思っている人が多いのかどうなのか、ケーレックスを買っている年代は
断然40代が多いらしい・・・。

『香水をつけない女性に未来はない』ってのはココ・シャネルの名言だそうだが、
香りをまとうってのは、なかなかに難度の高い行為でもある。
特に最近じゃ、シャンプーリンスも洗濯洗剤も柔軟剤にいたるまで、
やれアロマだ癒しだアジアンだ何だと、とにかく香り香り香りなので、
そんなのに香水ふりかけたひにゃあ、いろんな香りが混ざっちゃって大変そうだ。
デブ夫婦は香りつき柔軟剤も使ってないし、満員電車に乗ることもないので大丈夫かな・・・。
せっかく持っているので、この夏は香水を活用してあげようかと。
そう、シーンに合わせて使い分け、大人らしい『たしなみ』ってやつを身につけようかと・・・
ひそかに思ったりしているのだ(・∀・)ニヤニヤ ←でも元来面倒くさがりなので無理かも?
そう、香水ふりまく迷惑なデブになってやるのだ!! ←違う
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弁当って大変なのかい?

2015-06-05 13:37:12 | 料理・食・おいしいもの
記録的に暑い日が多かった5月が終わり、6月となりました♪
5月は20℃を下回る日の方が少なかったため、
1号旦那もTシャツ短パン(注:1号の中では気温20℃を超えると半袖サイン)で
お出かけすることが多く、軽快な姿で外出できるってんでゴキゲンであった。

が、6月になった途端に、寝るときにパンツをはかないという暴挙に出ているのもまた、
我が家の1号旦那である・・・。
理由は『暑いし、なんかめんどくさくなっちゃった』

・・・・・・┐('д')┌ なんだそりゃ。
確かに5月の終わり頃から、風呂上がりにはステテコをはきベッドに行くのだが、
起きると下だけ脱いでるというパターンはあった。
が、それにしてもだよ。
どうせ脱いじゃうから穿かない、という単純明快な理由により、
寝る時はTシャツ1枚になってしまった・・・(ノ_-。)

さて、そんなこんなで6月。
6月ってのは『食育月間』で、また『牛乳月間』でもあるそうな。
食育+牛乳といえば、デブ夫婦世代にとっては『学校給食』であろう。
ワタシらの頃は、小学校の途中までは牛乳がまだ瓶牛乳だったもんで、
給食当番が教室まで運ぶのが大変だった。
まれに落として割っちゃったひにゃあ、その片付けと雑巾の始末が大変で・・・。
3年生くらいから牛乳はテトラパックに変わったような記憶がある。
そして、余った牛乳をじゃんけんで奪い合う男子。
お子ちゃまな男子は、必ず牛乳を飲んでいるやつを笑わせようとしていたもんだ。
しかし、最近では給食に牛乳はいらないという議論もあるとかないとか。
なんでも、ご飯給食が一般的になった今、ご飯に牛乳は合わないというのが理由らしい。
(´ρ`)ヘー
ご飯給食ですらなかった時代のワタシなんぞにしてみれば、理解できない話ではあるが・・・、
個人的には、ある一時期くらい『ご飯+牛乳』の不思議な組み合わせを体験してもいいのではなかろうか、などと思う。

給食といえば、ひと月ほど前にテレビで観たのだが、
横浜市では給食をめぐって街が二分されるような議論が起きているとかいないとか。
横浜市では、過去一度も公立中学校で給食を出したことがないのだそうだ。
デブ夫婦も公立中学校に通っていたため、当たり前のように中学になると弁当だったもんで、
何ら疑問を持たずに大人になったのだが、
他の市町村では中学でも給食が当たり前だったのか・・・と、この年齢になって驚いたりしている(。・m・)クスクス

番組では『給食反対派・賛成派』に分かれて議論していたが・・・、
双方とも何か言ってることが極端というか、違和感というか。
給食賛成派の意見は、

現代は共働きや介護など家庭環境が多様化している、だからすべての家庭でお弁当を作れるわけではない
せめて昼の食事くらいは誰かにまかせたい
社会は、女性はもっと外で働けと言っているのに、弁当は逆に家事の負担を重くしている
偏食をなおすためには給食が必要
などなど。

一方、給食反対派は、

愛情のこもった手作り弁当は、親子のコミュニケーション
アレルギーを持っている子どももいるので、給食での対応が難しい
単純に費用の問題

などなど。

どちらの理由もしっくりこないんだなー。

給食賛成派は、結局弁当作るのが面倒だから学校に押しつけたいだけに聞こえちゃうし、
給食反対派は、手作り弁当幻想のように聞こえちゃうし。
で、例のごとく『お弁当なら何でもいいって言って、コンビニ弁当を持たせる親もいる』などと
極論を振りかざすのよね~。

で、弁当作りってそんなに大変なんだろうか? と考えてみる。
まあ子どももおらず、毎日の弁当作りをしたこともないヤツが何言ってるんだ! と思う人もいるでしょうが・・・、
基本的に、夕飯ちゃんと食って、朝飯ちゃんと食えば、弁当ってそんなに大変じゃないような気がするんだよなあ。
ワタシらの頃の弁当のおかずって、基本的に前の晩の残りだったり、朝ご飯のおかずだったりしたもんで、
そんなに大したものは入っていなかったし、それでよかった。
前の日の夕飯がハンバーグだったとすれば、翌日の弁当には小さいサイズのハンバーグ、
朝ご飯に焼き鮭が出てくれば、弁当にも当然鮭が入ってると。それが当たり前だったような気がする。

前にも書いたが1号旦那は毎日玉子焼きと牛肉のしぐれ煮がおかずだったし、
2号嫁も玉子焼き以外はほとんど冷凍食品っていう日もあった。
1号母は当時身体が弱く、料理もできる日としたくない日があったようだし、
2号母は看護婦(当時)で三交代勤務をしていたので、今思えば弁当なんて面倒だったんだろうなあと。
というわけで、デブ夫婦が中学時代に食っていたお弁当は、
とても『愛情こもった手作り弁当』とは思えんシロモノだったが、それでも文句も言わずに食ってたもんだ。

みんな、弁当に対するハードルを高くしすぎちゃったんじゃないのかなあ。
2号嫁は、いわゆる『キャラ弁』ってのが個人的には好きではない。
いや、楽しく作れるお母さんは素直にすごいなあと思うんだが、
あれって、食べ物としてどうなんだ? と疑問に思うところもあって。
で、みんなが見事なキャラ弁を持ってくるようになると、
それと同じレベルのものを作らなきゃいけないと考えるマジメなお母さんは、さぞ大変だなと。
そりゃあ、弁当作るのイヤになるのも無理ないよな・・・とも思うわけだ。
決して先天性ぶきっちょ症候群の2号嫁が『自分にはあんな弁当絶対に作れないから』と
ヤキモチを焼いているわけではない(´m`)クスクス

なんかね、もっと気楽でいいんじゃないの? とも思うわけですよ。
そりゃあ今の時代、お母さんも働かないと学費が、とかローンが、とか、
旦那の給料だけじゃ、とか、親の介護が、とかいろいろあるとは思うけれど。
どこで楽をするかってのは人それぞれで、弁当作る分、掃除は手抜きとか、
洗濯は週2回でいいやとか、そんな程度じゃダメなんだろうか??
個人的には、ほかの家事は手ぇ抜いてもいいから、ゴハンだけはとりあえず作ってあげてほしいなあと思う。
いや、全部手作りでやれなんて思ってないですよ?
インスタントがあっても、買ってきたお惣菜でも時にはOK、全然OK!
でも、ご飯だけは炊くとか、お味噌汁だけは作るとか、一緒に食卓で食べるとか、
その程度でいいんだよね。
お弁当も同じで、何も立派な弁当じゃなくたって、
お母さんが作ってくれたという事実が大切なんじゃなかろうか。
それがたとえ鮭と昆布だけの弁当でも、忙しい毎日の中、お弁当を持たせてくれるという行為が、
それこそ『愛情』『責任』なんじゃないかと思うんだけど、それはもはや『昭和』の考え方なんだろうかね。

大人たちが給食賛成も反対も騒ぐのは勝手だけど、当の子どもたちはどう思ってるんだろう??

給食にしても弁当にしても、食ってきたものってのはダイレクトに想い出になる。
デブ夫婦世代の給食だったら、揚げパン、ソフト麺(謎の麺だよな)、鯨の竜田揚げ、
五目豆(これをパンに合わせていた強引さ)、カレーシチュー、
それらを先割れスプーンで食べる。
お弁当は、玉子焼き、牛肉しぐれ煮、なぜか揚げ茄子(だいたい玉子焼きの隣に入れるもんだから玉子焼きが紫色に染まってしまう)、
冷凍食品のコロッケ、ハンバーグ、ミックスベジタブル、色どりのつもりのプチトマト(当時から八百屋に並び始めた)。

そんな想い出ですよ・・・。

どれも、とびきりうまかったなあ! というものではないが、確実に記憶に残っている食べ物の数々。
給食も弁当も、ある一時期にガマンして(でもないか)食べるものだからこそ、
大人になってから『あれマズかったよなあ!』『なんであんなもん小学生に食わせてたのかなあ?』
『あれに牛乳って組み合わせはないよなあ!』などと想い出話に花が咲き、それが楽しかったりする。

ま、給食だって小学校6年間、食べてはきたが旨かった想い出は多分無い。でも人生のうちの数年間、
好きだろうがキライだろうが組み合わせが多少おかしかろうが、食べさせられてきた記憶は、のちに楽しい想い出話になったりする。

どうせ高校生や大学生になれば、お母さんの飯より彼氏彼女や友達と食べに行く方が楽しくなっちゃって、
『今日夕飯いらないよー』とか『お昼は学食で食べるからいらない~』とか、
せっかく作ってたのに『友達と食べてきちゃったよーん』ってなるんだから、
弁当作りだって長い人生の中の数年と思えば・・・そのうち親子両方の楽しい想い出になるはず・・・じゃダメなのかなあ??

過去の弁当や給食をネタに盛り上がっているデブ夫婦、それはそれで楽しいのだが、それはお気楽すぎるってことか・・・。
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