デブ夫婦のビバ!お気楽人生&ぐーたら生活

体重合計約150㌔のちょっぴりデブ夫婦です♪毎日ぐーたら暮らしているお気楽夫婦のゆる~い日常を綴っています。

5回目の治療終了時の2号嫁・脱毛事情。

2022-03-18 17:23:19 | カラダのこと・病気のこと
そんなこんなでトリプルキャンサーとなった2号嫁であるが、
順調に抗がん剤治療は進み、つい先日早くも5回目の治療を終えてきた。
診察の予約が朝9時のため、朝8時には病院に行き検査をし、
診察で検査結果を聞き、治療OKの数値なら腫瘍センターでの点滴となる。
抗がん剤の点滴は合計4時間。その前に吐き気止めとアレルギー止めの点滴があり、
クスリ終了後には生食を通すため、トータル5時間近くがかかる。
なので、治療の日は朝8時から夕方4時頃まで病院に居ることになる。
今回のお昼ゴハンは、サンドイッチとパスタサラダというおしゃれランチにした♪
さらに、しばらく甘いモノが食べられない(吐き気止めのクスリを服用すると血糖値が爆上がりするため)ので、
食後には豆大福も食べた♪
iPadでドラマを観ながら、時々寝て、リラックスして休ませてもらったわ。

ワタシが投与されている抗がん剤は『パクリタキセル』と『カルボプラチン』という2種類のクスリで、
『TC療法』と呼ばれている。抗がん剤としてはポピュラーなものらしい。
最初に説明を受けた時は
『パクリとカルボ・・・なんか・・・RPGに出てくる弱い中ボスの名前みたいであんまり強そうじゃないなあ』と思ったものである。
で、このクスリの副作用は、主に
・アレルギー ・吐き気、嘔吐、食欲不振
・末梢神経障害(しびれ) ・筋肉痛、関節痛
・脱毛 ・爪や皮膚の変化
・骨髄抑制(白血球減少) ・味覚変化
・口内炎 ・下痢、便秘 ・間質性肺炎

・・・など、多岐にわたる。
2号嫁の場合、投与3日目の午後あたりから、手足のしびれと関節痛が毎回現れる。
しびれは徐々に弱くなるものの未だに消えない・・・が、まあ日常生活に支障があるレベルではない。
ほとんどの副作用については症状を抑えたり緩和させるためのクスリがあるようなのだが、
唯一、抑えるクスリがないのが『脱毛』。
初回の治療で入院した際に、薬剤師さんに『髪って絶対抜けるんですか?抜けない人も居るんですか??』と訊いてみたら、
『ほぼ100%抜けると思ってた方がいいです』と言われたので、
早めに医療用ウィッグを購入し、医療用の帽子もいくつかそろえておいた。
初回の治療が終わった後は特になんてことなかったのだが、去年の年末からなんとなーく髪が抜け始め、
年明けに2回目の抗がん剤治療で入院している時から派手にバサバサと抜け始め、人並みに脱毛が起こっている。
なので退院後からバイト中はウィッグを着用し、あとは医療用帽子でカバーしている。

さて、そんなこんなで多くの人が避けられない『頭髪の抜け』だが、
先日の治療の前に待合室で帽子かぶって座っていたら、隣に居たおばさまに
『髪って、やっぱりかなり抜ける?』と訊かれた。
聞けば今回2回目の治療とのことで、少しずつ抜け始めているらしい。
『あー・・・個人差はあるみたいですけど、ワタシは3ヶ月くらい経ったらこんな感じで』
と、帽子の後ろをめくって見せたら『あら~そんなに抜けちゃうの?』と。
おばさまは、抜け始めた時に結構ショックだったそうで、
家の中にバラバラと髪が落ちる状態もイライラするし落ちこむのだそうだ。
『でも、治療が終わったらまた生えてくるみたいだし、医療用のカツラも帽子もいろいろあるから大丈夫ですよ!』
などといろいろお話をした。
人によっては髪が抜けることで精神的に結構ダメージを受けるケースもあるようだ。それは、わからんでもない。
しかし2号嫁の場合は、なぜか非常に淡々と、脱毛を受け容れてしまった感があって、
年明けに急にごそっと抜けても『ううわ、ドラマみたい!』と思ったくらいで、さほどダメージは無かった。
多分、もともとに自分の髪がまとまりにくい、広がりやすい、パーマがかかりにくい・・・というつまらない髪質のため、
ちょっとコンプレックスがあるのだろう。
ウィッグを使ってみると、朝に寝ぐせのついた髪を整えることもなく意外に楽ということもわかった。
さらに、自分のアタマの形が意外に良いこともわかった(笑)。
ただ、3月現在、生まれたばかりの赤ちゃんくらいの毛の生え方(いや、残り方か)なので、なんとも中途半端。
何だか『ここまでハゲてるのに往生際が悪い』感じがしちゃって、いっそ剃っちゃおうかなあとも思うのだが・・・、
頭皮もそれなりに敏感になっているんだろうからなあ・・・と、未だに迷っている。
『ツルになったら一緒に写真撮ろう!』と1号旦那と盛り上がっていたのに(つд⊂)
とはいえ、この状態にもすっかり慣れてしまい、2月あたりからは眉毛も結構抜けてボワボワまばらに残っている程度になってしまった。
眉は描けばいいし、ウィッグも前髪を長めにしてもらったのでパッと見は眉が無いことはわからない。

しかしだ!
先日手鏡でひさしぶりに自分の目元をアップで見てみたら・・・
『あれっ? まつ毛・・・無くないか??』
そう! なんと脱毛はまつ毛にまで及んでいたのである。一応目頭から目尻まで生えていたまつ毛が半分くらいなくなっていることに気づいた。
もともと目化粧をしないため、まつ毛をビューラーでカールさせるとかマスカラを塗るということには縁がなく、
自分のまつ毛を意識したことなぞなかったのだが・・・、まつ毛がまばらに生えてるって冷静に見るとなんか変(笑)。
でも普段からメガネをかけているし、バイト中はオーバーグラスもかけているため目立たないっちゃー目立たないので、ま・・・いっか。
眉毛、まつ毛がなんとなく抜けている・・・ということは!?と、鏡で鼻の穴を見てみたら・・・、
鼻毛まで脱毛していた(ノ・ω・)ノオオオォォォ-

まあ・・・全身の毛が抜ける人も居るってのは聞いてはいたが、
教科書どおり次々とワタシの毛は抜けていったのだなあ・・・。
頭髪、眉、まつ毛あたりは生えてこないとさすがに困るけれど、
どうせならこのまま生えてこない方が楽だよな~と思う毛もある。
が、そうはうまくいかないんだろうね(⌒▽⌒)アハハ!

そんなわけで期せずして(?)全身脱毛状態になりつつある2号嫁だが、
1号旦那いわく『それでもさー、2号は治療が終わればまた生えてくるんだからいいじゃん』と言う。
『世の中、もう生えないお父さんだって居るわけだし』
まあね・・・。そういう1号旦那の頭髪も、まあね・・・。
脱毛事情も、人それぞれ。とりあえず、2号嫁は禿げ散らかしていますが元気です(⌒∇⌒)
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春は桜前線とともにやってくる♪

2022-03-12 16:19:13 | つれづれ日記
気づけば3月も中旬。
寒いながらも少しずつあたたかくなっていき、少しずつ春の訪れを肌で感じることができる季節である。
そろそろ『桜の開花予想』なんてのがニュースになり、
デブ夫婦も大好きな『桜前線』というコトバが聞かれる季節でもある。
毎年ブログに書いているような気がするが、やっぱり
『桜の開花がニュースになる国ってすばらしい』と思う。
日本国内の桜の開花日をつないだ線=桜前線は南から北へと日本列島を移動していくのだが、その速さは1日20㎞なのだそうだ。
1日20㎞ということは1秒約23cmちょい。平均的な女性の足のサイズくらい。
桜前線ってのは女の人の足の大きさで、3月中旬に九州から始まって5月までかけて北海道まで、ゆっくりと北上していくんだよね~。
春の訪れは、女性の歩幅のスピードでやってくる。
なんだかそれだけでココロ躍る感じがしないかい??←単純

さて本格的な春が待ち遠しい毎日、2号嫁は先日こんなおやつを作ってみた。


何でも世の中では『映える』牛乳寒天というのが流行っているらしい・・・。
これならぶきっちょな2号嫁でも作れるんじゃなかろうか? と、余っていた缶詰フルーツと、
安くなってきたイチゴをたっぷり、さらに頂きもののタンカンも使ってみた♪
なんてことはない、切ったフルーツを底に敷いて、残りのフルーツを混ぜた牛乳寒天を流し込むだけ。まあカンタン♪
本当は型に流して固めるのだろうが、いつものように面倒なので鍋でそのまま固めるという力技で作ったのだが、
まあそれなりにカタチにはなったようで。
牛乳寒天って、たまに食べたくなるのよね。
2号嫁が子どもの頃、母親がみかん缶とシロップを使った寒天と、みかん缶+牛乳の寒天をよく作っていた。
四角いバットに大量に作った寒天を、切り分けて食べたような気がする。
家で作れるおやつの選択肢がとても少なかった時代、みかんの牛乳寒天はとってもおいしくて、
でも子どもゴコロに『みかんと牛乳一緒に食べて、お腹壊さないかなあ』などと心配になったりして、
でもおいしいから食べちゃう。
デザートの種類がたくさんあるこの時代に、何も色気のない牛乳寒天じゃなくても・・・とは思うのだが、
やっぱり子どもの頃に食べていたものは、オバサンになっても食べたくなるものなのだ。
フルーツ入り以外にも、正月に作って余った黒豆を入れたり黒糖で作ってみたりとバリエーションも広がるし。
寒天なので罪悪感なく食べられるしね♪
そして何より、牛乳と粉寒天さえあれば作ることができて、しかもワタシのような雑な人間でも失敗しないというところがいいのだよ。

そんなわけで、そろそろ桜の便りも届く季節。
桜にしてみりゃ、毎日『いつ咲くか』『もう咲くか』と凝視されるのはたまったもんじゃないだろうが、
それだけ日本人にとっての桜ってのは特別なもの。
寒い冬を乗り越えてぱあっと咲く桜に、人それぞれの思いが(勝手に)乗っかっているのだろう。
春を待ち焦がれる思いが、桜のニュースにもなるってわけで。
来週あたりには開花のニュースも届きそう。来る春をのんびりと待ちましょうかね~。
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自分のカラダを面白がりながらの日常は続く。

2022-02-23 20:38:20 | つれづれ日記
気づけば2月もあとわずか。いつの間にやらバレンタインデーも冬季オリンピックも終わり、
ただただ寒い毎日が続いている・・・。
デブ夫婦はこの時期、外に出る機会が極端に減るのだが(寒いから)、
それでも1号旦那の透析やら2号嫁の通院やら治療やらで、何かと病院だけには通っている2月であった。

さて、バレンタイン前には毎年タカシマヤに足を運び、
ショコラの祭典の会場で熱気にあてられつつチョコレートを選ぶというのが続いていたのだが、
今年はなんとなく人ごみに行くのはなあ・・・と思い(寒いから)、近くのデパートで買い求めることに。
そして近所のお父さんたちに毎年恒例のスーパー義理チョコとして差し上げた。

で、肝心の1号旦那へのチョコレートをどうしようか・・・と考えた末、

数年ぶりにガトーショコラなぞを焼いてみることに。
考えてみたら、ここのところケーキを焼く=ホットケーキミックスを使う というパターンになりつつあり、
小麦粉を自分でふるってケーキを作るなんてことをやってこなかった・・・(いや、もともとそんなにしないのだが)。
そこで重たい腰を上げ、記憶を懸命に手繰りよせ、ネットでレシピを検索し、何となく思い出しながら・・・、
板チョコとバターを溶かし、メレンゲを泡立て、粉をふるい・・・、
まあなんとかカタチにはなりました。ズボラでもテキトーでも何とかできるもんだ。
いいんです、誕生日もバレンタインも気分が大事♪

そんなこんなで2月も終盤であるが、2号嫁は先週4回目の治療を終えてきた。
治療そのものにはずいぶん慣れてきたが、相変わらず投与3日後からのカラダの痛さにムカついている(笑)。
痛くてガマンできない、動けない、というほどではないんだけど全身が不快。
手首足首膝が痛いし、足の裏がしびれてるし痛いしで、歩く姿がよちよちと情けない。
眠いわけでも疲れてるわけでもないのに、横になりたい。かといって横になっても痛い。
一日なーんもできずに横になっているので、顔がぱんぱんにむくむ。
この一連の状態が非常~~~に腹立つわけだ。

いや・・・じゃあ普段からそんなに忙しく何かをしているのかというと、そんなことはないんだけどさ。
思うように動けない、なんか調子が悪い、カラダ中が痛い、ということで自分にムカついているらしい。
副作用なので仕方ないんだけど、どこかで逆らってみたくなるというか足掻いてみたくなるというか。
結局は逆らいきれずに、1号旦那に『寝ろ!』と言われ、おとなしく布団にくるまっているんだけどさ。
それでも腹は減るのでゴハンは作るし、食欲だけは落ちないのでもりもり食べているが。
3週間に一度、2日ほど寝込む日はあれど、何だかんだで多少痛いくらいで済んでいることをありがたいと思いつつ。
不思議なもので、この痛みがおさまると2週間はモリモリに元気なのよね~。
たった数ミリグラムのクスリによって、カラダがいろんな反応をする。
『はたらく細胞』たちが懸命に指令を出して働いているのかしらんと思うと、それはそれで面白いのである。
相変わらず症状をメモしたり、血圧やら血糖をこまめに測ってメモしたり、
どこがどう痛いかをメモしたり・・・と、自分のカラダを面白がっている日々。

さて、そんなわけで投与6日目となり、だいぶ動けるようになったので今日の夕飯はコレ♪
横浜名物・サンマーメン(のようなもの)である!

といってもベースはサッポロ一番しょうゆ味。
豚肉に白菜、ニンジン、きくらげ、ニラを炒めてラーメンスープで少し煮て、最後にもやし投入。
そう、もやしが無いとサンマーメンとは言えないのさ!
丼の大きさに対して具が多すぎてあふれんばかりになっているが・・・、うまかった!!
寒かったのであったまりました♪
焼売が崎陽軒でないところが心残りではあるが、立派な横浜定食となりました。

しっかりお休みしたし、おいしいものも食べたので、明日からまたゆるっと頑張っていきましょう(⌒∇⌒)




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極寒の2月!雪が降ろうが寒かろうが気楽にいきましょう♪

2022-02-11 10:53:47 | つれづれ日記
早いもので立春も過ぎ2月も中旬となってしまった。
暦の上では春なのだが、ここからが激寒になるのが毎年のこと。
1号旦那が『寒さ』に対して怒り始める季節である。

そんな極寒の2月、2号嫁がめでたく誕生日を迎え、1号旦那との年の差がまた2つとなった。
今年のバースデーケーキはひさびさに・・・トップスのチョコレートケーキ♪
なんてことない、近くのデパートでバレンタインフェアをやっていてそこにトップスが出店していただけなのだが、
昔から大好きなケーキなので『よし、今年はコレだ!』とあっさり決定。
そして、ふたりでフォークで直接突っつくという何とも贅沢な食べ方をしてしまった(*^^)v
適度に軽いチョコレートクリームにクルミの食感、うーんやっぱりおいしい♪
30年ほど前に横浜ルミネの中にトップスのレストランがあって、
バイトの給料日後にはカレーを食べてデザートに小さいチョコレートケーキも食べる・・・というのが学生時代の贅沢だったっけなあ・・・。
その頃からトップスのケーキはチョコ、チーズ、紅茶問わず大好きで。
ひさかたぶりの味にしあわせな気持ちになった♪
というわけで、今年もケーキを食らうだけの誕生日でありました(∀`*ゞ)エヘヘ
まあ50も超えた年齢になると、誕生日を祝ってもらえるということだけでありがたいのであります。

さて心配された雪も思ったほど降らず、平穏な祝日の朝を迎えた首都圏。
それにしても・・・昨日のテレビは何なんでしょうか( ´艸`)
朝から晩まで『首都圏に大雪の恐れ!』『警報級の大雪に警戒!』と、大喜び。
雪を求めて各地に出向き、都心ではみぞれ程度、八王子でも降ってないとなると、
何としても雪景色を撮りたいのか箱根まで行く始末。
箱根なんてフツーに雪積もるんだから、神奈川の人は全然驚きませんが・・・、
とにかく雪が降っている状態、クルマが立ち往生している状態、人が滑って転んでいる状態を撮りたいんだろうね。
だもんだから、都心の降り方がそうでもなかったのが余程気に入らないらしく、
『今夜の雪の降り方に!』『明日の路面凍結に!!』と目ぇひんむいて騒いでいる。
なんか、滑稽で・・・
朝から情報番組やニュースショーで何時間にもわたってやることかね??
そりゃ関東北部では積雪や凍結の恐れはあるだろうけれど、そんなに朝から晩までやらんでも。
降るかもしれなきゃ注意喚起で充分だし、降っている事実と今後の予報をさらっとやりゃあ済むことなのに。
まあ『都会は雪に弱い』ということを強調したいのかもしれんし、
念には念を入れて・・・という意味合いもあるのかもしれんが、それにしても一日騒ぎすぎ。
『雪ごときで東京は・・・』と雪国マウントされるのも、これじゃ仕方ないわなあ。

2号嫁は昨日受診日だったため、病院には行かねばならないので事前にタクシーを予約しておいた。
前日は何度も『雪が降った場合予定時間に到着しない場合がある』旨のメールが届いたが、そうなったらなったで仕方ないし。
そこまでの雪が降ったら、みんな予約時間どおりの診察なんてどうせ無理だしと、呑気に構えていた。
が、当日の朝はみぞれだったので時間どおりにタクシーも来てくれて無事到着。そんなもんさ。
診察も少し遅れた程度で、お昼すぎには終了。
帰りもフツーに帰って来られたし、なんの問題もなかったさ。
まあワタシのように呑気だと、それはそれで
『そんなこと言ってて雪降ったらどうするんですか!』『病院から帰れなくなったらどうするんですか!!』
と怒る人も居るんだろうけれど、自然のことだから仕方ないし・・・帰れなくなったらなったで何とかなるでしょ・・・と思うのは・・・、
デブ夫婦があまりにも呑気すぎるのであろうか・・・。何だかよくわからん。

とはいえ連日の雪予報だったもんで、今回珍しく
『雪が降るらしいから買い物しておこう!』と、週明けにプチ買いだめモードになったデブ夫婦。
そう・・・だいたいウチが買いだめをすると、雪はそんなに降らないのだ。
今回もそのジンクスがめでたく発動したようである。
大雪にならなかったんだからよかったね、でいいのに。
場所によっては道が凍ったところもあったようだが、交通機関に影響が出るほどではなかったようだし、よかったよね。
しかし、マスコミさんだけがどうやらそれでは済まないらしいね・・・。
なんか滑稽、アホアホしい(・m・ )クスッ

そんな中、ここのところTBSの朝の番組『ラヴィット!』がふるっていたなあ。
メインMCの2人がコロナ感染で出演できないため、代打MCが日替わりで登場した8日間がグダグダすぎて面白かった。
何でも前日の夜に『明日の朝空いてる?』的な連絡が来て代打MCが決まるようで、
打ち合わせも段取りもメチャメチャ、オープニングはどうぞ好きなようにやってください状態のようで、
グダグダさ加減が半端ない。まさにカオス(ノ´∀`*)
でも、新コロだオミクロンだまん延防止だと目ぇひんむいて騒いでいる番組よりよっぽどマシ。

情報番組やニュースショーでは、感染者数の増え方を嬉々として報道し
(夕方のニュースで『まもなく東京の感染者数発表!』みたいなテロップが流れた時にゃ呆れた)、
ウイルスの専門家でもない自称感染症専門家の医師が好き勝手なことをしゃべり、
2年もそんなことやってても、なーんの解決にもヒントにもならん。なんて虚しいこと。
しかしマスコミさんってのは、
新コロの感染者数や重症者数がもっと増えてほしいの?
大雪、そんなに降ってほしいの?
都心で交通機関がマヒしてほしいの??

・・・などと思ってしまうくらいのはしゃぎっぷりで、なんかホントに滑稽・・・。
まあ、昔からメディア(の一部)は恐怖と不幸が大好きだから仕方がないんだけどね。
しかしマスコミさんが思うほどに世の中の人は大騒ぎしていないのも一方では事実で・・・。
それでも一日テレビを観ている世代の人からすれば、やはりテレビの影響ってのは大きいんだろうなあ。
来週週明けも雪の可能性があるらしく、今度はそっちで早くも騒いでいるようで。
まったく、ご苦労なこった。

ま、ワタシたちはネガティブな情報や恐怖をあおるコトバに引きずられることなく、
自分たちなりに感染対策を行って(それでも感染しちゃう時はしちゃうんだしさ)、
日々フツーに、そして少しずつフツーに近づきつつあることに感謝しつつ、暮らしていくのがよろしいかと。

さて、そんなこんなで2月も中旬。早いもので来週は4回目の抗がん剤治療となる。
気持ちもカラダも治療に慣れつつあるが、気をつけるべきところは気をつけて、
2月もお気楽に過ごしていこうと思います~(⌒∇⌒)
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2022年もあと11ヶ月になりました。

2022-01-31 17:54:19 | カラダのこと・病気のこと
ついこの間までお正月だったのに、もう1月も終わり。
おせちだ雑煮だ鏡開きだと正月気分であれこれ食べている間に早1ヶ月が過ぎてしまった・・・。
うーむ・・・新年の誓いも今年の目標も立てておらず(そんなもん毎年立てていないが)、
まだなーんにもしていない気がするが、2022年も残すところあと11ヶ月となったとは。

1月は2回化学療法があったため、余計にあっという間に終わってしまった気がする。
新年早々、入院で2回目、そして月末に外来での3回目が終了。
外来ではまず採血をして、診察を受け、治療ができる数値であれば腫瘍センターへ、ということになる。
今回もめでたく治療OKの結果だったので『じゃあ腫瘍センターに行ってください』
というわけで、コンビニでサンドイッチと飲み物を調達して腫瘍センターへ。

腫瘍センターでの治療。この病院では『化療ベッド』と呼ばれている。
室内にはベッドとリクライニングチェアがズラッと並んでいて、治療時間や患者の状態によってどちらかになるらしい。
ワタシの場合点滴その他で5時間ほどかかるのでベッドでの治療となる。
スタッフが常に患者の様子が見えるようにするため、正面のカーテンは開放したまま。
ベッドの向かい側にはリクライニングチェアで治療を受ける人が座っている。
ワタシはベッドを少し起こしているので、何だか『こんにちは』状態でちょいと落ち着かない(;´∀`)
治療している間、何人かが入れ替わった。
『結構早く終わる人もいるんですね~』とナースに訊いてみたら、
『うん、2号さんがイチバン長いかも♪』
あら~~(;・∀・) そうなのね・・・。
いろんな症状があり、いろんな薬や治療があるってことなのだろう。

さて、ワタシの場合は・・・10時半過ぎに点滴のルートを取り、
今回も吐き気止め&抗アレルギーの点滴のあと、
11時過ぎにひとつめのクスリがスタート。やっぱり眠くなって少し寝る。
目が覚めたのでiPadでドラマやアニメ(今回は『おいしい給食シーズン1』と、なぜか『スラムダンク』)を観る。
途中やっぱり激しくトイレに行きたくなったので、点滴外してもらってトイレへ。
13時過ぎに買ってきたお昼ゴハンを食べ(食事している間だけはカーテン閉めてくれる)、
2つめのクスリが14時半頃に始まり、動画観ながらたまにガッツリ寝て・・・で、
結局朝8時から夕方4時まで病院に居た。
予想どおりの一日仕事。それもまた、仕方なし。
入院して全部やってもらうのも楽っちゃー楽だけど、それでも半日で帰れる方が楽かな。
とりあえず、来月はお昼を何にしようかな~と考えている。
ま、何事も楽しみながらやったほうがお得なのであります。

そんなこんなで初の外来での化学療法終了。
何だかんだで抗がん剤も、もう半分が終わったということだ。早いなあ。
3回終了したが、さほど辛い副作用は出ず何とか乗り切ることができている。
ただやっぱり投与日(木曜日)から3日が過ぎるあたりからカラダが痛くなってくるのは毎度のことらしい。
日曜の夜から風邪の直前のような感じで関節が痛み出し、月曜と火曜が絶好調にピキピキ痛い(つд⊂)
今回は手首・足首・足裏・膝が痛くて、カラダも重だるくて、月曜火曜はほぼ寝ておりました。
それでも食欲だけはまったく落ちないのがありがたいんだか何なんだか(∀`*ゞ)エヘヘ
手指のしびれと足のしびれだけはしつこく残っているものの、何とかフツーに生活できております。

ちなみに、頭髪は何だか1月中旬から『抜け止まっちゃった』感じで、

現状こんな中途半端な抜け具合。
頭皮は相変わらずヒリヒリするんだけど、ほとんど髪は抜けなくなった。
年が明けた頃は信じられないくらいの量がごそっと抜けたもので、
このままツルツルになるのかな~なんて呑気に思っていたのだが・・・まさかの抜け止まり(笑)。
鏡を見ながら『あー・・・でも・・・こういうお父さん居るよなあ』などどいう大変失礼なことを思いつつ、
いっそ早くツルツルになってほしいな~と思ってみたり。

ウィッグにもだいぶ慣れたが、着けるのは基本的にバス電車に乗る時とバイトに行く時だけ。
近所に買い物に行く時や普段はコットンやニットの帽子をかぶって出かけている。
だって、その方が楽ちんなんだもーん♪
ウィッグを着けっぱなしでいると、どうも落ち着かなくて。
医療用帽子ってのも、今はいろいろな種類があって楽しい。
内側がコットン100%になっていて、敏感になっている頭皮にも優しいのでいくつか購入して楽しんでいる。
中には、家族にも髪が抜けている状態を見せたくないからと家でもウィッグを着ける人も居るらしいが、
ウチはありがたいことに1号旦那が全然気にしないので、禿げ散らかったアタマで過ごさせてもらっている。

さて、1月最後の日は『1(あい)31(さい)』で『愛妻の日』らしい。
が、1月は2回治療があったため痛みで臥せっている日も多く、ろくに料理をしなかった日も多かった。
なので愛妻というよりは、とんでもなく愚妻なひと月。
来月はもう少しちゃんと『妻』しましょうかね~。
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2022年・春の芽吹きに向けてどーんと構えておきましょう♪

2022-01-10 15:02:36 | つれづれ日記
さて、2022年も明けて早10日となった。
いや・・・まだ新しい年を迎えてから10日しか経っていないはずなのだが・・・、
あっという間に三が日が過ぎ、七草も終わり、お正月気分もすっかり薄れてしまった今日この頃。
世の中はすっかり通常運転、デブ夫婦も通常営業となりつつある。
1号旦那は新年一発目の透析ではだいぶウエイトが増えてしまい、
一週間で引ききれるかちょっと不安だったのだが、最終的に金曜日には増えた分を全部除水完了!
さすがの天才なのである。

一方の2号嫁は年明け早々から2回目の抗がん剤治療のため、2泊3日の入院。
もう3回目の病棟なので・・・慣れたかないけど慣れた(笑)。
抗がん剤投与日は雪予報。昼過ぎから雪が降り始め、降り積もっていく雪を見ながらの点滴となった。


今回もiPadで動画を観ながら・・・のはずが、やっぱり点滴が始まった途端に爆睡。
でもトラブルなく治療終了、ありがたいことです。
とりあえず3回目からは通院でOKらしい。
そうそう、頭髪は年末から盛大に抜け始め、入院中に派手にバサバサと抜け・・・、
もう帽子かぶらないと外を歩けません(⌒▽⌒)
もう少しで1号旦那とおそろいのアタマになれそうよ♪
人生一度くらい丸坊主になってみるってのも、それはそれで良い経験でしょう。
ウィッグを購入したショップに行き、改めて着け方を教わり、少し前髪を切ってもらったりと調整もしてもらった。
ま、なんとかなります。大丈夫大丈夫♪

さて、そんなこんなで新しい年であります。
2022年・令和4年の干支は『壬寅(みずのえとら)』。
『壬』という漢字は『鍛造する台』を表した象形文字で、そこから『支える』『担う』という意味を持っているそうだ。
『寅』の漢字は、弓矢を引き絞る形を表していて、矢が放たれる前と言うことで『動き始め』『胎動』という意味があるそう。

さらに『壬』は『妊に通じ陽気を下に姙む』、『寅』は『ミミズに通じ春の草が生じる』という意味があるそうだ。
厳しい冬を越えて、芽吹きが始まる新しい成長の礎となるイメージ・・・ということになるのだとか。
『壬寅』は、冬の間に土の下で成長したものが地上に芽を出す準備ができたぞ! ということになるのかな。
となると、やはり成長とか前進がキーワードになるのかも。
去年の『辛丑』が、ゆっくりコツコツと、地に足をつけて芽を伸ばすために地道に前進・・・というイメージだった。
対して今年は、厳しい冬を乗り越えた春の芽吹きを迎えるということ。
雪解け水はまだまだ冷たいけれど、土の下では力を蓄えた植物が芽を出す準備ができ、やっと春がみえてきた・・・
そんな感じになるのかな。
そして、芽吹いたものを大きく成長させるためにはやはり自分を磨いていくことが必要なのだろう。

というわけで、2022年・令和4年。
まだ世の中は閉塞感いっぱいで、何かと不自由なことの多い毎日が続きそうではあるが、
水をたたえる大河のようにゆったりと構え、
ココで力をしっかりと蓄えて、命の芽吹く春に向けて準備をしていきましょう♪
とはいえ、基本は・・・気張らず、チカラを抜いて、気楽にたのしく。
お互いポンコツなカラダとココロをいたわりつつ、デブ夫婦もゆるっと暮らしていきたいと思います~(⌒∇⌒)
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2022年・デブ夫婦のお正月。

2022-01-04 18:29:43 | つれづれ日記
2022年、令和4年となりました!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。



毎年のことながら三が日を過ぎると、世の中はまったくもって平常運転。
それでも・・・今年は元日休みのところがほとんど、スーパーによっては2日3日もお休みするところもあって、
働いているお母さんたちも少しはゆっくりできたのかしら。
静かな元日、ひっそりとしたお正月ってのもいいもんなんだけどねー。
とはいえ救急病院が近所にあるデブ夫婦宅では、
大晦日の深夜から三が日も一日中救急車の音が賑やかであった・・・。
みんな正月早々、何をやらかしているのか・・・。

さて、デブ夫婦の年末年始はいつもどおりの~んびり何もせず、どこにも行かない三が日でありました。
浅草寺詣りは今年も行かず、元日祈祷&お札の申し込みだけで済ませてしまった。
1号旦那は大晦日に年内最後の透析へ。
ここのところ食べすぎているのか、透析で年内に引ききれずちょこっとだけ越年となってしまった(つд⊂)
2号嫁はのんびりとおせち作り。一応喪中なので、かなり端折ったおせちとなったが、
それでも何かしら作りたくなるのは年に一度の特別感があるからなのだろうな。
大晦日の夕飯は恒例のカレーを食べ、年越しそばは一人前をふたりで半分こしながら食べ、
なんとなーくの『東急ジルベスターコンサート』での年越しとなった。

そんなわけで、お正月の食卓。

今年も皿盛りで量ひかえめでいきました♪


3日から早くも新年一発目の透析だったのだが、1号旦那だけではなくみんなもれなく肥ってきていた(⌒▽⌒)アハハ!
1月は仕方ないのよね~。
さて、2号嫁は明日から2回目の抗がん剤治療入院であります。
ふたりとも病院にお世話になる日々であるが、
今年もゆるっと、しれっと、お気楽に乗り切っていこうと思うのだ♪
2022年もよろしくお願いいたします(⌒∇⌒)

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2021年もみなさまに感謝しながら・・・いつの間にやら大晦日。

2021-12-31 17:24:22 | つれづれ日記
早いもんで、2021年も残り数時間となってしまいましたよ!!
毎年のことながら、12月に入ると一気に年末まで来てしまうなあ・・・。
特に今年の師走は入院があったり通院があったりで何かと忙しかったのであっという間であった。

さて2号嫁のその後であるが・・・12月中旬に1回目の抗がん剤治療のため2泊3日で入院をしたのだが、
前回と同じ病棟、同じ病室だったので勝手知ったる何とやら・・・で、リラックスしたまま治療を受けることができた。
クスリは2種類、合計4時間の点滴。
初めに吐き気止めを内服+点滴、抗アレルギー薬の点滴を行ってから治療に入る。
ひとつのクスリはアルコールが入っているらしく、点滴が始まった途端に眠くなって爆睡してしまった(*ノωノ)
問題なく治療は終わり、おかげさまで何の副作用もなく、食欲も旺盛で翌日無事に退院。
だが、投与から3日目~4日目にかけて節々が痛くなり、足の裏が痛くなるという現象に襲われ、
さらに右手の親指と人差し指だけがしびれるという不思議な症状が出た。
『おお、これが抗がん剤の副作用なのか・・・』とちょっと面白がりながら、しっかりメモ。
何せ初めての体験なので、何でも興味深いし何でもメモしてしまう(∀`*ゞ)エヘヘ
カラダの痛みとだるさでちょこっと寝込んだが、投与5日目には指のしびれだけを残して節々と足裏の痛さは消えた。
不思議なもんですね~。
年明け早々に再び入院して2回目の治療となる。
2回目以降はどんな副作用が出るのかわからんが、自分のカラダが闘っていることを実感しながら、楽しみながら臨みたいと思っている。

そうそう、脱毛に向けて医療用ウィッグも購入したのだ♪
医療用ということで・・・かなり・・・お高かった(つд⊂)
が、抜け始めてから今くらいの長さになるまで1年半~2年はかかるらしいので、
ちゃんとしたモノの方がいいだろうと思って・・・思い切ったさ。
着ける機会があるのかどうかはまだわからんが、準備しておくに越したことはないので。
せっかくだから、自分の髪質ではできないショートボブのようなウィッグにしてみた♪
1号旦那だけは『せっかくなんだから、もっとアグレッシブなヅラがよかったのに』と不満げである。

そんなこんなで日々病院のお世話になっているデブ夫婦であるが、日々楽しいことや面白いこともいろいろある。
先日は、1号旦那がこんなものを買い求めた。

スターウォーズR2-D2の『たまごっち』である。
が、フツーのたまごっちよりはるかにミニサイズ(たまごっちナノというらしい)ゆえ、
画面が・・・中年夫婦には・・・小さくて見えない・・・。
1号旦那は早々にあきらめてしまったため、今は2号嫁が老眼の目を細めながら日々お世話をしている。
たまごっちが大流行した20年ほど前には全然育てられなかった2号嫁だが、
なんだかだんだんR2が愛おしく思えてきているぞ・・・。入院中も連れて行ってお世話をしていたくらいで(⌒▽⌒)アハハ!

そして、年末には1号旦那の沖縄の恋人から沖縄そばが届いたので早速いただいた♪


沖縄市にある『うゎちち』というお店のおそばで、とにかくおいしい。特に麺の力強さと香りがすばらしい!
早く現地に食べに行きたいものだが・・・もう少しかなあ。

さて年末ということで、スーパーや百貨店の地下は毎日混みこみであった。
帰省ラッシュは始まっているようだが、何だかんだで年末年始は家で過ごす人が多いのだろうか。
いつもよりちょっといいもの、ちょっと高いもの・・・を買っている人たちで賑わっている様子は、見ていて何だかうれしいもの。
みんなちゃんと消毒して、マスクもして、距離も(それなりに)とって、まだまだ頑張っているのだ。
デブ夫婦も数日前に東急フードショーに行き、おせち食材やちょっといい肉などを買い求めてきた。
そういえば、年末に売れる意外なモノってのが・・・ハーゲンダッツのアイスクリームなのだそうだ。
やはりみんな『ちょっと贅沢』な気分になるのだろうな。
もちろんアイス星人の2号嫁もハーゲンダッツ買い置き上等!
さらに今年の年末は、サーティワンでバラエティボックスまで勢いで買ってしまったので、
冷凍庫の一角が現在大変しあわせな状態となっている(*^▽^*)

今日は大晦日ということで、朝からおせちの準備をしている。
今年は基本的に喪中なのでおせちはかなり端折ってしまった。
黒豆と田作りとお煮しめだけ作って、かまぼこは白のみ、あとは玉子焼と栗きんとんを買っただけ。
1号旦那は午後から今年最後の透析へ。年末といってもやっぱり日常なのである。

日常とはいえ、やっぱり大晦日は大晦日。2021年もあとわずか。
思い返せば・・・今年は本当にいろいろなことがありすぎたデブ夫婦である。
年明け早々にハハが亡くなり、その後の手続きやら何やらでバタバタしてやっと落ち着いたと思ったら、
1号旦那が右手小指骨折からの首と肩の痛みに襲われ、
さらに脚が浮腫んで義足が履けない事態に陥り、
その後も義足側の膝裏に何回かできものができたり・・・。
治ったら治ったで今度は断端がさらに細くなったため、今の義足が合わなくなり・・・。
そしてトドメにゃ2号嫁の卵巣がん&子宮体がん発覚で入院手術。
・・・とまあ、嵐のような一年でありました。
それでも根がお気楽なのかバカなのか、何とか乗り切って年末を迎えることができた。
いろいろな人に助けられて、過ごすことができておりますわ。
ホント、皆さんに助けられて生きてます~。ありがたいことであります。
一年の最後の日。
改めて、デブ夫婦に関わってくれた、たくさんの方々に感謝。本当にありがとうございました。
皆さんにとって、来る年が良き年でありますように!
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いよいよ退院。デブ夫婦・さらにバージョンアップ。

2021-12-02 22:55:55 | カラダのこと・病気のこと
卵巣がん&子宮体がんが発覚してから約1ヶ月半。
1ヶ月にわたる全身の検査に耐え抜き(そんな大げさなもんじゃない)、
ガチガチに緊張した中で(嘘)人生初の入院、そして不安でいっぱいの中(嘘)開腹手術に臨み、無事に悪いところを摘出。
最初は2週間といわれた入院だったが、予定より早く退院が決まった。
別に2号嫁が奇跡的な快復を見せたわけではなく、フツーはこの程度らしい。
『ハラを切ったのだから結構な患者なんじゃないか』と思いこんでいたのだが、
その割にはフツーに治っていき、フツーに退院が決まったということらしい。
ま、ワタシも一日中フラフラ歩いていたしネットで遊んでいたしで、
あまり患者らしいことはしてなかったので・・・いいか。
病気発覚から退院前日までの入院生活は『人生初の入院をしてきました!その1~5』で書いております♪

さて、10日間の入院生活もいよいよこの日で最後。退院の朝を迎えた。
いつもどおり6時前にきっちり目が覚め、7時に採血・・・のはずが、
この日に限ってなぜか全然針が入らず、ナースも『おかしいなあ・・・』と何度もトライ。
エライ時間がかかってしまって申し訳なかった(;´д`)トホホ

病院での食事も、とりあえずはこれで最後。

朝食しっかり、きっちりいただきました♪
朝食後ドクター回診。この日はチームオールスターであった(笑)。
若いドクターがキズの状態だけ確認して、主治医のセンセイが『じゃ、また外来で』。
皆さん最後までライトでさわやか(笑)。

今回、主治医のセンセイや執刀してくれたセンセイだけでなく、婦人科の何人ものドクター、
そして何人ものナースにお世話になった。
思えば1号旦那の4ヶ月半にわたる入院生活の時も医療従事者としてのプロ意識&プロの動きと、患者を安心させてくれる姿勢を感じたものだが、いざ自分が患者になってみると改めて実感する。みんな何を聞いても丁寧に答えてくれるし、情報の共有がスゴイ。
おかげで何の不安もなく手術~入院生活を送ることができた。
長いようで短い10日間だったが、皆さんに感謝。
今後もお付き合いは続きそうだが、まずは治療に向けて体力をつけていこうと思う。

それにしても9月末の腫瘍発覚以来、人生初のさまざまな体験をさせてもらった。
もちろん、しなくて済めばいい体験なのだが、これもきっとワタシの人生においては意味のあることだったのだろうと思う。
卵巣と子宮はなくなったが、得るものもあるだろう。むしろ、これからは得るものばかりかもしれん♪ ←楽天的

10日ぶりにフツーの服に着替え9時半過ぎにロビーへ行くと、1号旦那がもう迎えに来ていた。
入院中は部屋の窓か廊下の窓から外を眺めることしかできなかったが、いよいよ外の空気を浴びることができる!
うーん、外に出ると風が冷たい。すっかり初冬の空気だ。
無理しない程度にしっかり動いて、日常生活にカラダを慣らしていくべし。

そして1号旦那もお疲れさま(⌒∇⌒)
入院2週間と言われていたので、インスタントやレトルトを結構買いだめておいたのだが、
結局レトルトも冷凍食品も食べず、カップ麺すら手を出さなかったらしい。
いわく『なんか面倒だし、わびしい』
最初の2日は、作り置きしていったおかずとチンご飯で食べ、
作り置きがなくなってからはワタシの着替えを置きに病院に来るたびに
スーパーでお弁当やサンドイッチ、レンジでできるうどんやおそばなんかを買って帰っていたそうな。
どうやら独りでいると何もかもが面倒になってしまうそうで、
もうカップ麺作るためのお湯を沸かすことすら面倒、冷食をレンジに入れて6分とか待つのも面倒、となるらしい。
『せっかくひさびさの独身生活なんだから、誰かとご飯食べに行けばよかったのに』と言うと、
『なんか面倒くさいじゃん』
おいおい・・・。
それでも、毎日三食きっちり食べてはいたようだし、
体重の増えも血液検査の結果も、ほぼいつもと変わらなかったので良しとしよう。
毎日健気に食器を洗い、洗濯をし、掃除機までかけて頑張ってくれたし♪
ずっと2号嫁が行っていた毎日のクスリ管理も、きっちり自分でできるようになったし♪
2号嫁が居ない間にAmazonで2号用のデスクチェアを買って、健気に組み立ててくれていたようだし♪
何だかんだ言って、なんとかなるもんなんだわなあ。
1号旦那いわく『ウチはふたりで半人前だから、これでいいんだ』そうだ。
ふたりで半人前か・・・ま、人間そのくらいでちょうどいいのかもしれん。

退院してからは、もうすぐにフツーの生活。
ゴハンを作り、片づけをし、溜まっていたことを片づけ・・・、ゆっくり動きながらゆっくり休ませてもらっている。
毎日キズのチェックをし、異常がないことを確認。
そうそう、そもそもの発端であった便秘は気持ちがいいほどに解消した(⌒▽⌒)アハハ!
やはり腫瘍が腸を圧迫していたんだろうかねえ。

さて、退院してから2週間後、今後の治療方針外来があった。
キズのチェックと内診、超音波を行っていずれも問題ナシ。
画面上で摘出した臓器も見せてもらった。
しみじみと・・・卵巣は働かせっぱなし、子宮も本来の役割をすることもなく取り出されてしまったのだなあと思う。申し訳ない。
『センセイ、まだキズがチリチリ痛いし動き出しも重痛い感じで』と言ったら
『まあ・・・お腹切ってますからねえ』
・・・ですよねー。
しかも考えてみたら切ってからまだ3週間しか経ってないのであった。

表面のキズがどうこうなることは無いけれど、中はまだくっついてないかもしれないので、
ハラにぐっと力が入るような動きをしないようにとの注意。
まあ、家に戻ってきていろいろなことをやっていると、何をするにも腹に力が入るということを実感している。
立ち座りや歩くことはもちろん、背伸びをするのも食器を洗うのに前かがみになるのも、
何かを取ろうとカラダをひねることも、靴下を履くことにいたるまで全部腹が大切。
退院してきてから何だか常に下っ腹を意識して生活しているような気がする(笑)。
とはいえ、フツーに生活する分にはもう問題はないそうな。

年内に化学療法スタート、3週間ごとに6回行う。
初回と2回目は2泊3日の入院で、3回目からは通院でできる予定だそうだ。
ま、この治療が終わったらまた大腸の方をチェックしなければならんそうだが、
まずは目の前の治療にきっちり、しっかり臨んでいこう。
というわけで、たくさんの方々に支えられ、人生初の入院生活も無事に終了。
ここからはふたりして病院に通うことになるが、ポンコツなカラダを互いにいたわりつつ、
皆さんに助けてもらいながら乗り切っていきたいと思います~。

そんなわけで、デブ夫婦はサイボーグな1号旦那&がんサバイバーの2号嫁となり、
さらにバージョンアップ(?)しておりますので、今後ともよろしくお願いいたします♪(⌒∇⌒)
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人生初の入院をしてきました!~その5『ハラ切ったのにもう!?』

2021-12-01 23:24:02 | カラダのこと・病気のこと
そんなわけで、卵巣がん&子宮体がんを患い人生初の入院生活を送ることとなった2号嫁。
入院8日目・術後5日目。
早いもので入院してから1週間が経過。この日も同室の2人が退院し、新たに1人入ってきた。
新陳代謝盛んなこの病棟でもう1週間以上入院しているワタシ、なんか留年してるみたいな感じ(ノд-。)

この日の朝から五分粥に。
朝のドクター回診の時に『2号さん、明日執刀医の退院診察がありますよ』
(´・ω`・)エッ? 退院診察??
そういえば同室の人たちは、退院診察の翌日には退院している・・・ということは、ワタシ・・・もう退院ですか!?

不安になったので、ナースに『明日退院診察って言われたんだけど、もしかして明後日退院なの?』と訊いてみたら、
『えーと、カルテ上は・・・明後日退院か? ってなってるみたいですねえ』
Σ(゚Д゚;エーッ!! ハラ切ってまだ5日ですが??
こんな状態で退院していいのだろうか・・・と心配しつつも、
点滴が取れ、術後ずっと続けていた尿量チェックも午前中で終了し、着々といろいろなことが終わっていく・・・。
とはいえ、まだ腹のキズは痛いし、そのせいで背筋が伸びずにカラダもあちこち痛い。
ガスは出たものの、お通じはまだスッキリとはいえない。
ホントに退院して大丈夫なのか? と思いながら、
この日もパズルをちまちまとやりながら

chromebookで『きのう何食べた?』を観てちょっとうるっとし、夜はテレビで『家事ヤロウ』を観て過ごす。
まだ動き始めはキズが痛いし、用を足すのも慎重になるし、咳やくしゃみをするのも痛くて怖い。
人間何をするにも腹の力ってのが必要だってことを改めて痛感している・・・。

入院9日目・術後6日目。
朝9時過ぎに退院診察で、ひさかたぶりの内診。
キズはキレイだし、超音波で見ても問題ナシとのこと。
内診の後、手術の説明を受ける。目に見えるがんは全て取れたであろうとのことだが、
目に見えない部分があるので化学療法でつぶしたいと。
化学療法・・・つまり抗がん剤だな。
今後のスケジュールについては追って知らせてくれるそうだ。
退院後は、湯船に入るのは1ヶ月くらい避けてシャワーのみにすること、
腸閉塞がイチバン怖いのでドカ食いしないよう少量ずつ食べていくようにすることなどの注意があり、
『退院、明日でもいいですけど、どうします?』
・・・やはり退院診察の翌日に退院がデフォルトなのか・・・
しかしココロの準備(と1号旦那の準備)ができていない・・・。
『えーと・・・急なので明後日でもいいですか?』
ということで2日後に退院となった。

診察後、試しに階段を昇り降りしてみたら難なく行けたので、
気を良くして病棟のある4階から1階まで階段で降りてみた。
おお、歩けるじゃん♪ とちょっと安心。
退院したら即日常生活なので、カラダを少しでも慣らしておかないとな。
階段昇降を終えて病室へ戻る。1週間も居るもんだからベッド周りは軽く基地状態になっておる(笑)。


明後日退院がどうやら決まってしまったようなので、なんとなーく荷物をまとめ始めていると、
ナースから『退院後の注意事項』についてプリントを見ながら説明があった。
着々と退院への道筋がつけられていく。

入院9日目・術後6日目。
思い返せば先週の今ごろは、手術台の上でさばかれていたのだな・・・。
と思うと、1週間かそこらで院内とはいえとりあえずフツーに過ごせていることがすごいなあと改めて思う。
人間のカラダの回復力のすごさと、今の医療のすごさを感じるよな。改めてドクターやナースの皆さんに感謝。

さて本日からやっと、やっと普通のご飯!!
入院9日目にして初めての白飯である。

ああ、しみじみとうまい・・・。朝から納豆ご飯なんて食べないのに、この日はもりもり食べてしまった。
朝食後、朝の回診。
ドクター軍団に『体調いかがですか?』と訊かれたので、
『おかげさまで絶好調です!』と答えたら、若い男性ドクター陣に薄~く笑われた気が・・・なんとも恥ずかしい(〃ノωノ)
いよいよ明日は退院日なので、この日も頑張って1階まで階段で降り、さらに4階まで階段で上がってきた!

退院が決まったせいか、今日は何の予定もなくドクターもナースもワタシのところにはほとんど来ない。
ので、ゆっくり本を読み、たまに病棟内を歩き、ドラマを観て夕方までゆったり。
9日の間に本3冊読めた♪ 積読状態が続いていたので、これはこれでラッキー。
夕食後に主治医が来て、次回の外来で病理の結果が出るのでそこで今後の治療方針を決めましょうとのこと。
年内には化学療法を始める予定でいるそうな。
うむ、もう一度気合を入れねばな。

さて、そんなこんなで入院最後の夜。いつもと変わらずスマホでゲームやったりYouTube観たりして過ごし・・・消灯。

※個人の体験であり、個人的な感想を書いています。診察・治療などについてはワタシの記憶で書いてあるので正確ではない部分もあります。あくまでも『ワタシの場合は』の話で、すべての人にあてはまるわけではありませんのでご了承の上読んでくださいね。
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人生初の入院をしてきました!~その4『出ました?』

2021-11-30 22:33:19 | カラダのこと・病気のこと
卵巣がん&子宮体がんを患い、人生初の入院・手術になった2号嫁。
無事に両方の卵巣と子宮の摘出手術を終えて病棟に戻った。
ここからは、とにかくできるだけ歩く、動く。
そして手術翌日からドクターやナースにやたら訊かれたのが・・・
『ガス出ました?』
ガス・・・そう『屁』のことである。
開腹手術をしたので、腸がちゃんと動いているかどうかを確認するために放屁は必要不可欠らしい。
ある意味、術後最大のミッションともいえる。

そこで、少しでも腸を動かすためにキズが痛いなりに歩いてみたのだが、手術翌日は出ず。
出そうなんだけどキズが痛いため、怖くて腹に力が入らないってのもあった。
しっかり縫合してあるんだから屁くらいじゃどうこうなるわけない、とアタマではわかっていてもカラダは怖いのだ。
結局この日はガスが出ないので、夕食ナシ。

入院5日目・術後2日目。
寝ている間じゅうお腹はグルグルと鳴っている。
朝、ナースが聴診器でお腹の音を聞いてくれたのだが『メッチャ動いてますね~もうちょっとですかね』
いくらメッチャ動いていても屁が出ないことにはどーにもならん。
朝、女性のドクターが『2号さん、オナラ出ました?』←女医だからストレート
『・・・出ません』
『じゃあ今日も朝昼食事はナシで』
がーん。

少しでも早く放屁ミッションを終わらせようと、この日は痛み止めを飲んで午前中病棟を8周歩き、
午後も5周ほどしてみる。しかし・・・出ない。
ナースが『白湯を飲むといいかも』と給湯室を教えてくれたり、
『お腹あっためてみましょう』と湯たんぽを持ってきてくれたりしたのだが・・・出ない。

夕方、ドレーンを入れていた部分のガーゼを交換してもらった。
術後のキズはキレイだそうだが、今のワタシにとって大切なのはそこではない。
『先生、ガスがまだ出ません・・・』と力なく言うと、
『まあ気長に待ちましょう』と明るく返されてしまった。
『お腹は空いてるんですよ~』と訴えてみるも『ガスが出れば流動食からスタートするからね』とあっさり。
というわけで夕食もナシ。

しかしだ。
これまでの人生で、こんなにも『屁』のことばかり考えたことがあっただろうか。
こんなにも屁が出ることを心待ちにすることなぞあっただろうか。

常に下腹と肛門に意識を集中しているのだが、どーにもこーにも出ない。
何でもない時は気軽にブッブカブッブカ出るくせに、こういう時に出ないんだもんなー。

落胆したまま部屋に戻り、chromebookでドラマを観始める。
そうこうしていると、夜6時頃・・・同室のみなさんが夕食を食べているタイミングでトイレに。
座って神経を集中していたら・・・控えめながらも・・・出た!!!!
これだけ待ちわびたのだから、どうせならもっと盛大に出てほしかったが・・・なんとも中途半端。
夜の点滴交換の時にやっと『出ました!』とナースに報告ができた。
いや~~苦労したが何とか放屁ミッションもクリア!

それにしてもだ。
思えば10月から、婦人科の診察台での内診を何度も行い、大腸カメラ、注腸造影、そして浣腸、尿道カテーテル・・・と、
人にシモを見られる機会があまりにも多かったせいか、なんか慣れてしまって、
屁くらいじゃ恥ずかしいとも思わなくなってきたな。

入院6日目・術後3日目。
今日も一日中お腹がグルグル鳴って落ち着かないったら。
そして朝食がやっと来た。

おお、これが流動食というものか・・・。
手術前日の夜から10食ぶりにモノを口に入れる。が、全部が液体なので『食った』感は無い。
でも栄養は摂らねばならないので全部いただきました。
3日間、水とお茶しか口にしていないので、味噌汁(具はナシ)なんて強烈にしょっぱく感じた。

この日もせっせと病棟を歩く。Spotifyに入れた音楽を聴きながら優雅な病棟散歩である。
まだ腹が全体的に重痛い感じで、キズの下に何か溜まってるような違和感がある。
午後にドクターが来て、傷を覆っているテープを取ってくれた。
『へえ、もう取っちゃって大丈夫なんですね』
『このテープは3日つけておくのが基本だから、あとは石鹸で洗って清潔にしておけば大丈夫』とのこと。
すごいな。ハラ切ってからまだ3日だよ!?
さらに今日からシャワーOKだそうだ。

お昼(まだ流動食)を摂った後、早速シャワーへ。4日ぶりの風呂!
キズはボディソープを泡立てて手で優しく洗い、直接シャワーを当てないように洗い流す。
洗い流した後、鏡でハラのキズを見てみることに。正面から見るのは初めてである。

ワタシも一応女だから多少はショックを受けたりするのだろうか・・・と思いつつ、恐る恐る直視。
おお、ヘソの下からまっすぐに線が伸びていて、改めて見ると結構なキズだ。
しかしショックを受けるどころか、すぐに見慣れてしまった。
こんな御大層なキズなのに3日後にシャワーに入れるなんてすごいなあ。
もちろんお湯がしみるなんてこともなく、全身洗ってさっぱりすっきり♪

さっぱりしたので、病棟を5周ほど歩く。夕食もまだ流動食。

入院7日目・術後4日目。
この日の朝から三分粥となる。三分粥ってほぼ重湯みたいな感じ・・・。
相変わらず胃と腸は一日中グルグルグルグル鳴っている。
この日は病棟10周歩く。
まだ術後4日目だというのに、早くも暇。
キズは相変わらずピリピリ痛むし腹は重痛いので、痛み予防のために痛み止めを一日2回服用。
午後はchromebookでYouTube観たりドラマ観たりして過ごす。
家にいる時は、何だかんだでやることがあるため腰を据えてドラマを観ることができない。
今回はせっかくの機会なので観たいものは観よう! と意気込んでいたのだが・・・、
そうそう何時間も何本も観続けられるものでもないのね・・・。齢かねえ(ノд-。)クスン

今回6人部屋だったのだが、入院してから患者がくるくる変わる。
みなさん腹腔鏡手術らしく、4~5日で退院の人が多い。
退院するとすぐに次の患者さんが入ってくる。
なんだか『いつまでも給食食べ終わらない人』みたいな取り残され感を感じる7日目の夜・・・。

もうちょっとだけつづく。

※個人の体験であり、個人的な感想を書いています。診察・治療などについてはワタシの記憶で書いてあるので正確ではない部分もあります。あくまでも『ワタシの場合は』の話で、すべての人にあてはまるわけではありませんのでご了承の上読んでくださいね。
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人生初の入院をしてきました!~その3『ついに腹をさばかれる!!』

2021-11-30 10:13:18 | カラダのこと・病気のこと
入院3日目、ついに手術日を迎えた。
天気も良く、オペ日和の朝である。
こんなさわやかな朝だが、まず朝イチで浣腸。
何度かトイレに駆けこみ、手術用のガウンに着替えたところで1号旦那から『着いた』とメッセージが。
人生初・憧れの『点滴ゴロゴロ』状態でロビーに向かう。
しばし1号とおしゃべりをした後、オペ室のナースが迎えに来た。
点滴ゴロゴロさせながら手術室へ向かい、入口のところで1号とはお別れ。一人になると、やはり心細い・・・。

ああ、腫瘍があると告げられてから約1ヶ月半、ついにこの日が・・・
・・・などと感慨にふける間もなく手術台に寝かされ、いろんなモノをテキパキと体に着けられ、
布?をかけられてガウンをテキパキと脱がされ、実にシステマチックに作業が進んでいく。
考えてみりゃ、この人たちは毎日人の内臓を見ているんだよな。そりゃ手慣れてるよな。
そうこうしているうちに執刀するドクターが来て、
『2号さん、よろしくお願いしますね』
うーん、オペ前だというのに相変わらずさわやかな笑顔。
ナースからは『昨日は眠れました?緊張しました?』と訊かれ、
『いや~驚くくらい落ち着いてました』と答えたワタシ。だってホントにそうだったんだもの。ぐっすり寝たし。

そんなこんなでバタバタ周りが動いているのを感じながら、しばし『まな鯉』の状態を味わう。
ああ、ついにこれから腹をさばかれるのか・・・。サカナはこんな気分なのか・・・。
なんとなーくサカナの気持ちになってみたところで、
『じゃあ麻酔入りますよー』という声がアタマの上でする。
ああ、人生初の全身麻酔。続いて『ゆーっくり深呼吸してくださーい』
3回ほど大きく深呼吸しながら『なんだよ全然眠くならないぞ??』と思っているうちに・・・
・・・・・・
・・・・・・
寝た。

・・・・・・
・・・・・・さーん、・・・さーん、わかりますかー? 2号さーん、終わりましたよー。わかりますかー。ご気分どうですかー??』
意識を失ったと思ったら、呼ばれた。目を開けると白い天井が動いている。
ストレッチャーにのせられてICUへと移動している状態だった。
ああ、まるでテレビドラマのようなこの状態、ぜひ俯瞰で見てみたかった・・・。

ベッドに移され、点滴やら機械やらをいろいろ付けられ、
『今何時ですか?』と訊いてみると『もう2時半ですよー』
眠りについてから一瞬の間で目が覚めたような気がしていたのだが、
手術室に入ったのが8時過ぎなので、麻酔をして、手術が始まったのは9時過ぎなのだろう。
なんだかんだで5時間近くの手術だったのだな・・・。うーむ、やはり医者ってすごいな。

『オペが終わったら家族に連絡してください』とお願いしていたので、
ほどなくしてICUに1号旦那が入ってきた。メガネをつけていないのでよく見えないしまだ意識もぼんやりしていたのだが、
『ごめんね~』と力無く言ったことと、
『いまセンセイから話があって、全部取れたって』と1号に言われ、『そっか~』と返事をした後、
1号旦那が大門未知子よろしく肩に手を置いたことは覚えている。
下腹部にズシーンと重~~い痛みがあり、ああ、終わったんだなあ・・・とぼんやりしながらもホッとした。

点滴の痛み止めを追加してもらい、落ち着いた頃にふと右手首を見たら、
動脈にぶっとい管がぶっ刺さっていて、手に重りをつけられていた! 
腹のキズの痛さよりも、この状態に貧血起こしそうになったよ。
そして痛いながらもゴソゴソとカラダを動かしてみたり、自分の状態を見てみたりすると、
両腕に点滴、酸素マスクに尿道カテーテル、さらに血栓予防のためのフットマッサージ機がついていた。
これもワタシが知らぬ間にシステマチックに付けられていたのだろう。

その後も1時間ごとに体温や血圧を測りにきてくれる。
少し熱があるのか、カラダがほこほこして、じんわり汗ばんでいる感じ。

ずっと同じ姿勢で寝ていると腰やら背中やらが痛くなるので寝返りをうちたいのだが、
何せ腹が痛いのと管だらけで動きにくいのと、フットマッサージ機が結構重いのとで・・・なかなかままならない。
それでも膝を立ててみたり、ちょっと横を向いてみたりと努力。
途中でナースが背中にクッションを入れてくれた。

ICUは全身管理が必要な患者が入るわけで、ずっと何かしらの機械音や話し声がしている。
キズの痛みやカラダの痛みもあって深くは眠れない感じではあったが、それでもずーっと寝ていた。
次第にこの空気とバタバタ感に慣れてきたのか、朝方から7時頃までがっつり眠ってた。
この状況の中で眠れるのだから、アタシにゃまだ崖っぷちの強さは残っているのかもしれん。
うん、まだまだ大丈夫! と、おかしなところで自信を持った初めてのICUでの一夜であった。

さて入院4日目・手術翌日。
7時頃に目が覚め、8時頃にドクター軍団が回診に来てくれた。眠いのと痛み止めのせいなのか、まだぼーっとしている中、
『予定どおり、子宮と卵巣、卵管、大網まで全部取れましたからね』と言われたのは覚えている。
状態も安定しているということで、10時半頃に病棟に戻るべくICUのナースがいろいろと準備をしてくれた。
ベッドに寝ている状態でささっとガウンを脱がせ、あったかいおしぼりでゴシゴシとカラダを拭いてくれて、
フットマッサージ機と弾性ストッキングをさささーっと手早く外し、パジャマに着替えさせてくれる。
いろいろと話しながらケアしてもらったのだが、
『昨日からすっごく落ち着いてるけど、医療者ですか?』と訊かれた。
やはり落ち着いてみえたのか・・・。
どうも、がんとわかった時から自分のことなのに他人事のような気持ちでいたかもしれない。
子宮も卵巣もなくなってしまったのだが、喪失感というものも特になく・・・。
自分でも不思議なんだけどね。

その後、ベッドのリクライニングで上体を少しずつ起こしてもらい、起き上がってベッドに腰かけてみた。
ん?大丈夫かな? と思っていたら徐々にアタマがくらくらしてきて、
あ・・・ヤバい・・・と思った時にナースが『ああ、頑張らなくていいですよ!もう一回寝ましょう!』
と寝かせてくれた。
しかし24時間寝っぱなしだと、人間座ることすらしんどくなるとは。情けなし。

一度横になると、次は何とか座っていられるように。
手首に刺さっていた太い針を抜いてもらった。動脈ゆえしっかりと止血。
『しっかりやらないと殺人現場みたいになっちゃうんで』
と、恐ろしいことを言われながらおとなしく止血されているワタシ。
さらにドレーンも抜けた。
10時半に病棟のナースが迎えに来てくれて、点滴ゴロゴロ+車椅子で病棟へ戻る。
自分のベッドに腰かけて、やれやれ・・・と思った瞬間・・・
胃がムカムカしてきてリバース(;・∀・) ああ情けない。

というわけで何とか無事に手術後の一夜を過ごした。
そして! 術後最初のミッションは、トイレまで移動すること! 
トイレまで歩けたら尿道カテーテルを抜くことができるのだ。
これは難なくクリアしたのですぐに抜いてもらえた♪ とりあえず、邪魔なモノひとつなくなった。

めでたく尿カテが取れたので、次なるミッションは『病棟内を歩く』こと。
昨今は、術後翌日から動くのが基本らしい。昔のように術後は安静に・・・なんてことはないのだ。
点滴で痛み止めを入れてもらい、必要なら鎮痛剤を飲んでもいいのでとにかく動くように、とのこと。
『ゆっくりでいいのでなるべく歩いてください。腸も動くし治りも早くなるので』

とはいえ、ベッドから起き上がるのもなかなかに痛い( ノД`)シクシク…
ICUのナースから『まずは両足を床に下ろして、腕で支えるようにして上体を起こすといくぶん楽よ』
と教えてもらったので、実践してみる・・・が、やっぱり痛いよね~。
ハラ切ったんだから当たり前といえば当たり前よね~。
でも何とか起き上がり、とりあえず点滴ゴロゴロしながら病棟1周歩いてみた。
しかし傷は痛いし、カラダもひと晩寝たきりだったためカチコチになっている。前かがみにならないと腹のキズが痛い。
まるでバアサンのような歩き方(ノд-。)クスン

そしてこの日の夜から数日にわたり、ある質問を会う人会う人からされるようになる・・・。
つづく。

※今回『痛み』について感じたこと。
術後数日間、毎日のようにナースに訊かれたのが
『10段階でいまどれくらい痛いですか?』という質問。
これ、答えるのにとっても迷う・・・。
『10』の痛みを体験した人って、果たしてどれくらい居るんだろうか。
ワタシは、これまでの人生で『10』の痛みって多分経験したことがない。
出産経験がある人なら出産の痛みが10なのかなあ。
10の痛みというと、かなりの痛み、我慢しきれない痛みなのだろうと想像すると、
自分の中では結構痛いんだけど『5・・・か6・・・くらいですかねえ』
と控えめに言ってしまって、これでいいのか? と何度も思った。
わかりやすいように『10段階でどれくらい痛いですか?』という聞き方をしてくれているんだろうけれど、
これって正しい答え方があるのかな~と毎日思っておりました(笑)。

※個人の体験であり、個人的な感想を書いています。診察・治療などについてはワタシの記憶で書いてあるので正確ではない部分もあります。あくまでも『ワタシの場合は』の話で、すべての人にあてはまるわけではありませんのでご了承の上読んでくださいね。
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人生初の入院をしてきました!~その2『入院初日~2日目・初の入院生活に少しテンション上がる』

2021-11-29 10:32:50 | カラダのこと・病気のこと
そんなわけで、卵巣がん&子宮体がんを患い、人生初の入院と手術に臨むこととなった。
自分のカラダはドクターたちにまかせるしかないので何の心配もしていないのだが、
今回最も心配なのは・・・そう、1号旦那のことである。
まあ世の中の旦那衆のほとんどがそうであるように、
男というのは『妻が体を壊す』『妻が入院する』『妻が先に逝ってしまう』ということは、
まったく考えていない。ダンナにとっては奥さんは不死身だからな・・・。

そんなわけで、1号旦那も当然『2号は大丈夫』と思いこんでいただろう。
ところが、2週間の入院となると大騒ぎである。
ご存じのとおり彼は料理ができないため、2週間もの間、食生活をどうしようというのがまず課題だ。
食べすぎたりインスタントが続いたりすると、体重が増えすぎたり数値に影響が出たりしないだろうか・・・と心配しながらも、
パックご飯をはじめレンジでできる冷凍食品やレトルト、カップ麺などなどを買いそろえてはおいた。
さらに3、4日なら食べられるよう作り置きもしておく。
まあ今の時代はコンビニもスーパーも栄養バランスが良いお弁当やお惣菜がそろっているので大丈夫だろうとは思いつつ。
ただ、現在義足も合わないままなのでそのあたりも心配。
でも心配ばかりしていても仕方がないので、
何かあったら病院スタッフやご近所さんにお願いするようにして、入院日を迎えた。

行き慣れた病院の入口を、晴れて(?)入院患者として訪れる。
まずは入院前のCTに行き(コロナの検査らしい)、11時前に病棟へ。
現在、病院は基本的に面会禁止なので、1号旦那とはここでお別れ。病室までも一緒に行けない(つд⊂)
1号が入院している時は毎日面会に行っていたが、今はそれもままならない(つд⊂)
入院当日と着替えを持ってくる時と手術当日とドクターからの説明以外は基本的に病棟に上がるのはNG。
思えば、こんなに会えないのは結婚してから初めてかもしれん。淋しい・・・

病院では朝7時起床、22時就寝。食事は7時半過ぎ、11時半過ぎ、17時半過ぎとフツーよりかなり早め。
婦人科病棟で女性しか居ないため、シャワーは毎日でも使うことができる。当日の朝6時から自分で予約を取るらしい。
病棟の案内がひととおり終わったら、もう昼食が来ていた。いきなりの粥(全粥)。
手術前は腸をキレイにするため『低残渣食』という消化の良い食事でなければならないらしい。
とりあえず荷物を整理し、ベッド周りを整え、パジャマに着替えて落ち着いてから昼食を食べる。

昼食後は血圧測定、そして動脈からの採血。『これで何がわかるの?』と訊いてみたら酸素飽和度とかを調べるんだと。
今、コロナで呼吸機能検査ができないので動脈からの採血で検査をするんだそうな。
続いて普通に静脈からの採血。
明日の夜から穿く弾性ストッキングを渡され、1階に降りて下肢のABI(動脈硬化の程度などを調べる検査)を行い、
その後病棟の診察室で内診。
大学病院ゆえチームで取り組んでくれるので、ずっと診察してくれていた主治医とは違うドクターであった。
どうやらこの若いドクターが執刀医らしい。
内診終了後、ドクターはさわやかな笑顔で『じゃ、予定どおり明後日手術しますからね~』
ううむ、さわやかすぎる・・・なんか軽い・・・。おかげで『別にたいしたオペじゃないんじゃないか?』という気持ちになれた(笑)。
いや、ドクターたちにとっては日常的な手術だろうからな。改めて医者ってすごいな。

夕方5時半にはもう夕食(もちろん夜も粥)。病院のペースに慣れるのは大変だ。
夕食後、1階のコンビニに手術後に使うTパンツを買いに行ったら、外来が終わっているせいか1階は入院患者だらけ(*´∇`*)
この病院では入院患者と外来患者の接触を避けるため、入院患者のコンビニ利用時間が制限されている。
夕方になると入院患者がコンビニ利用OKになるのだ。
みんな同じ縞模様のパジャマでコンビニで買い物をしたり、やたらとうろうろしていたり、
タブレットやスマホで作業していたり家族と電話してたりしていた。
ワタシも1階で1号旦那に滅多にしないFacetimeなんぞをしてみたぞ。

さて翌日。初めて病院のベッドで迎える朝。緊張して寝ていたのかカラダが痛い。
朝7時に血糖測定、7時半過ぎに朝食。

その後看護師さんが来て今日の夜から食事ナシで点滴になると伝えられる。
午後は麻酔科のドクターから手術に際しての麻酔の説明。
麻酔についての冊子を渡され、どういう麻酔を行って手術を行うかを説明された。
その後下剤をゴクゴク飲み、トイレに通いながら途中で点滴のルート取り。

夕方に婦人科のドクター回診、そしてシャワー。術後3~4日は風呂に入れないため念入りに洗っておく。
夕食後、1号旦那とテレビ電話。
寝る前にいよいよ弾性ストッキング装着。明日は朝イチで浣腸をするらしい。
うーむ、本当に何もかもが初めてのことだらけでちょっとテンション上がり気味。

暇すぎるのでいい機会だと、持ち込んだchromebookでドラマを観たりアニメを観たり。
入院中にずっと観たかった『きのう何食べた?』と『珈琲いかがでしょう』、
そして1号旦那おすすめの『ウマ娘!』を観ることが今回の入院期間の目標でもある。

何だか初の入院生活を楽しみ始めた自分が居る・・・。

しかし、それでも明日は手術なのだ! 心して寝よう!
つづく。

※個人の体験であり、個人的な感想を書いています。診察・治療などについてはワタシの記憶で書いてあるので正確ではない部分もあります。あくまでも『ワタシの場合は』の話で、すべての人にあてはまるわけではありませんのでご了承の上読んでくださいね。
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人生初の入院をしてきました!~その1『まさかの病が発覚!?』

2021-11-28 15:05:17 | カラダのこと・病気のこと
気づけば11月ももう終盤、師走の足音が近づいてきております。
デブ夫婦生息地域では朝晩すっかり寒くなり(一応横浜市内なのに)、
寝る時はシーツの上にコストコで買った特大ひざ掛けを敷き、
タオルケット+羽毛布団の上にさらに特大ひざ掛けをかけるという完全防寒対策寝具で臨む日々。

さて、そんな11月であるが・・・、
何を隠そう(隠すこたない)2号嫁、10日間ほど入院をしておりました!
人生初の入院、そしてさらに人生初の開腹手術!!
今現在、退院して1週間ほどが経っておりシャバの生活に慣れるべくちょこまかと動いている。
入院するまで、そして入院してからはとにかく『人生初』の体験ばかりで、
いや~~50歳を過ぎても人生初のことは起こるものだなあと感じ入っている次第。

で、2号嫁が入院+手術という事態になった病気であるが・・・、
卵巣がん+子宮体がん である。
・・・といっても、このようにブログを書いているのでまずは無事ということ。心配ご無用である。

コトの始まりは7月末。これまで2号嫁は『便秘』というものに縁がなく常に快便であったのだが、
夏頃からどーも気持ちよく出なくなった。
年齢的に更年期ということもあって、そんなもんかな~と呑気に考えていたのだが、
この『スッキリしない状態』が2ヶ月も続いたもんでさすがにおかしいぞ? と思い、意を決して近所の総合病院へ。
原因を探るために受診すべきなのが消化器内科なのか婦人科なのかわからんので、まずは婦人科を受診。
数十年ぶりの内診と超音波検査で、医師はこう言った。
『両方の卵巣に腫瘍がありますね・・・大きさと状態からしておそらく悪性だと思います』
悪性・・・? ということは、もしや・・・
『つまり、卵巣がんの可能性が高い』
がん!? アタシが?? しかも便秘だったのは卵巣のせいかよ!?
と一瞬思ったものの『あ~~そうなのね~』という感じで不思議なほどショックはなかった。
医師からは『いきなりそんなこと言われても・・・って感じですよね』と言われたが、
『はあ、そうですか』みたいなホワーンとした感じで。
もちろん『がんです』『ガーン』みたいなひとりツッコミもなかった。←当たり前だ

で、悪性の場合この病院では治療ができない可能性があるので、
今後の治療のことも考えて大きな病院に行ってくださいとのこと。
早速、1号旦那も通っている大学病院に紹介状を書いてもらい、4日後に受診。

問診のあとまたしても内診+超音波。どうやら右の卵巣に10センチ超くらい、左に8センチくらいの腫瘍があるそうな。
そして両方に腫瘍があるのは結構珍しいらしい。
ドクターが
『卵巣がんは発見が難しいし原因もわからないんです。なので、どうしてなっちゃったんだろうと考えても仕方がないんですよ』と言うので、
『できちゃったもんはしょうがないですからね~』と言ったら
『そう! ですからどうやって治療をしていくかを一緒に考えていきましょう』と。
そうなのよ。
卵巣はサイレントな臓器ゆえ、卵巣腫瘍はある程度大きくなった状態で発見されることが多いそうな。
たとえ子宮がん検診を毎年受けていても、卵巣の異常は見つけにくいらしい。
ワタシ自身、便秘+なんか腹が出てきたかな~という自覚しかなく、
腹はもともと出ていたわけだから、また肥ったか? くらいにしか思っていなかった。
なので、気づかなくても仕方がない。
病気になるのは他人のせいでもないし自分のせいでもない。発見できないことも誰のせいでもない。
なっちまったもんは戻せないわけで、だったら今考えられるベストな治療を選べるよう医療者にサポートしてもらうしかないわけだ。

その後手術についての話をカンタンに聞いたのだが、
卵巣腫瘍は悪性か良性かは手術してみないとわからないのだそうだ。
まずは腹腔鏡でみて組織を採って病理に回し、その後がんが散らばってないことが確認できたら開腹手術に移行するとのこと。
その場合、両方の卵巣と卵管、子宮とその周りにある大網という脂肪の膜みたいなものを摘出することになるそうだ。
入院期間は約2週間、もしもほかの臓器に転移していたり傷の治りが遅かったりしたらもう少し延びるかもしれない、とのこと。

手術・・・53年生きてきて初めてのことである。しかも腹をかっさばくとなりゃ大変なことだろう。
しかも子宮も卵巣もなくなってしまうのだから、女性としては大変なことなのかもしれん。
しかし、なぜか不安になることも恐怖を感じることもなく、
バタバタと人生初の入院と手術を受けることが決まってしまった。

そして、ここから約1ヶ月かけてさまざまな検査を行うことになる。
腫瘍の状態を調べるため&卵巣が原発なのかを調べるため&他の臓器にがんがあるかどうかを調べるため、
造影剤を使って骨盤周りのMRI、さらに首から下のCT。
 8ビートのようなリズムが流れているMRI室に入り、検査台に横になる。
 『結構大きな音がしますけど耳栓しますか?』と訊かれたがMRIの音には慣れているのでそのままで。
 『検査中、辛かったら強く握ってください』と渡されたグッズも使うことなく終了。
 CTの方も造影剤アリ。検査の途中で造影剤を入れるのだが、カラダが一瞬『ぬるっ』と熱くなる変~~な感覚。
 こちらも無事終了。

婦人科からのオーダーで乳腺外科にて人生初のマンモグラフィ検査と超音波検査。
 周りから『結構痛いよ』と聞いていたとおり、乳をギューッと挟まれるもんでそれなりに痛かったが、まあ何とか終了。
 超音波検査の後、ちょっと気になるしこりがあるとのことで念のため針生検をすることになり、
 針を刺して組織を採取されて(ちょいと痛い)終了。

消化器内科にて人生初の胃カメラと大腸カメラと注腸造影検査。
 胃カメラの前に飲まされる喉の麻酔ゼリーが不味くてキモチワルイ。
 横になって『じゃあ鎮静剤入れますね~』と言われてからの記憶がまったく無い(゚Д゚;)
 どうやら眠っている間に検査が終わったらしい。リカバリールームで1時間ほど爆睡してから帰宅。
 大腸カメラは前日に自宅で下剤を飲み、さらに当日病院でも2リットル近く下剤を飲む。
 これが、300mlを15分かけて飲むという指示で、飲み切るのに1時間半かかった。
 おかげで本一冊読めました・・・。なかなか便意がこないものの、何度かトイレに行き、
 全部出し切れたかな? というところで検査着に着替えて検査室へ。
 なんせ初めてのことなので『出きった』かどうかが心配で、看護師さんに
 『あのー・・・出きったかどうか微妙なんですけど出ちゃっても大丈夫ですかね?』と訊いてみたら、
 『あとは吸い出しながら検査するので大丈夫ですよ♪』とのこと。
 検査着の下はお尻の部分に穴の開いたパンツを穿かされた状態で横になり、あっという間にカメラが入って数十分で終了。
 全然気づかなかったがポリープがあって切除したらしい。ので、3日間は安静にするようにとの指示が出た。

入院手術に際して、内分泌内科受診。
 血糖値がコントロールできているかの確認と、糖尿病があると傷の治りに影響が出るかもしれないということ、
 手術前にストップしなければいけない薬があるとの説明。
 入院中は血糖値を細かく見て、必要があればインスリンを一時的に打ちますよ~とのこと。

・・・とまあ、毎週何かしらの検査で病院へ通う日々であった。
ずっとフリーランスだったため自ら健診を受けるなどということはなく、バイトをしていた30歳の頃に受けたっきり。
そしてついこの間、やはりバイト先で健診は受けたものの、がん関連の健診なぞは受ける気もなかった。
なので、仕方ないっちゃー仕方ないのだ。今までやってこなかったツケが一気に来たのであろう。

その後、改めて子宮体がんの検査を行い、心電図、レントゲン、再度の血液検査などなどを行い、
10月末にすべての結果説明と治療方針外来。ここで入院日と手術日が決まった。
やはり子宮がんの方もクロだったらしい。
乳腺外科の方は悪性の所見ナシで経過観察、胃はキレイで問題ナシ。
大腸のポリープは悪性だったらしいがとりあえず切除したので、今後どうするかを婦人科と相談することになったようだ。
腫瘍マーカーのすべての数値が異常に高く、やはり悪性なのだな~と実感。
というわけで、卵巣がん+子宮体がん(+大腸がん)であることが確実となった。

誰でもそうだと思うが、まさか自分ががんになるとは思わないわな。
とはいえ今やがんは珍しい病気でもなく、治らないわけでもない。
ま、なっちまったもんはしょうがないので、あとはきちんと切るとこは切って治療をするしかないのだ。
ぐずぐず文句を言わずに『しょうがない』って思えた自分を、まずはほめてやりたいと思う。
考えてみりゃ『しょうがない』ってスゴイ言葉だな。すべてを受け容れることができる。

そして11月のアタマにオペ外来。ここで改めて手術の詳しい説明を受ける。
ドクターも途中途中で『何かわからないことや聞きたいことはありますか?』と聞いてくれるのだが、
『いやー、やってみなきゃわかんないですよね~』という呑気な答えしかできず・・・。

それにしても人生初の入院でこんな大手術をすることになろうとは。
しかし、不思議なくらい動揺することのない自分に自分でビックリしていた。
まあ自分ではどうすることもできないんだし、
ただの便秘と思ってこのまま放置していたら、もっと大変なことになっていたかもしれんし、
知っている大学病院のお世話になれることをラッキーと思い、
現時点でいろいろ見つかったことを良しとしなければなるまい。
そんなわけで、人生初の入院に際して準備を始めることとなる。

1号旦那が入院生活を送っていた病院なので、勝手知ったる何とやら・・・でそのへんは楽だった。
パジャマは迷わずレンタル。ココはパジャマレンタルするとバスタオルやフェイスタオル、あったかいおしぼりも使い放題なのでありがたい♪
あとは病院のパンフレットどおり
 洗面道具 割れないコップ シャンプー・リンス 石鹸かボディシャンプー 履きなれた靴 下着類
プラス婦人科手術を受ける場合は 
 生理用ナプキン ショーツ 曲がるストロー Tパンツ 飲む用&うがい用の水2、3本 
 →手術室に持っていくためコレを名前を書いた袋にまとめておくらしい 
などなど。

それに加えてブラシや化粧水、コットン、汗拭きシート、ハンドクリーム、リップクリームなどの美容系グッズや
パジャマの上に羽織るカーディガン、ボサボサ髪をカバーするための帽子、
筆記用具、現金ちょこっと(病院内のコンビニではスマホ決済を利用することにした)。
箱ティッシュに気分転換用のガムひと瓶、ニコリのパズル雑誌数冊、本数冊の暇つぶしグッズ。
そして今や欠かせないスマホ充電グッズにイヤホン、
さらに今回は約2週間の入院ということで動画やネットを見るべくchromebookを持ち込むことに!
あとは、1号が入院していた時に学んだ便利グッズ・・・S字フックにクリアファイル、ジッパー袋、クリップ類。
そして・・・ホントはダメなんだろうけどふりかけと梅干し(笑)。

というわけで出陣準備は万端! 入院前PCR検査を受け、入院日を待つこととなる。

※ココから5回ほど入院生活記録が続きます~。お付き合いできる方はお付き合いくださいませ(*- -)(*_ _)ペコリ
※個人の体験であり、個人的な感想を書いています。診察・治療などについてはワタシの記憶で書いているので正確ではない部分もあります。あくまでも『ワタシの場合は』の話で、すべての人にあてはまるわけではありませんのでご了承の上読んでくださいね。
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2021年もあと2か月ですが。

2021-11-07 16:49:08 | つれづれ日記
いや~11月ですよ。2021年も残すところあと2か月弱。
立冬も過ぎ、クリスマスケーキやおせちの予約も始まり、デパートからお歳暮の案内が届き、
年間流行語大賞のノミネート語が発表され、ひたひたと年末モードの足音が。
とはいえ焦ることはなーんにも無いのだが、それにしても一年が早いですなあ・・・。

そんな11月。
1号旦那は今年もコンタックのCMを見て、連日広瀬すずに狙い撃ちされている。
狙い撃ちされた結果、毎回気絶するのも毎年恒例となっているのだが、
先日は気絶しそうに面白い会見を見た。
新庄剛志の日ハム監督就任会見。
見た人も多いと思うが、笑って感心して、何よりも期待が高まる会見だった。
あのワインレッドのスーツに真っ白な高い衿のいでたちや、
あっけらかんとした物言いの方に注目が集まりがちだが、
改めて見てみると、いや~実にマトモなことしか言ってない(笑)。
野球への愛や熱、感謝が感じられる会見だった。
野球はみんな好きなのに、日本のプロ野球だけがつまらないという時代が長い間続いているが、
新庄監督の誕生によってどうなるか。うーん楽しみ♪
『僕が帰ってきたからにはコロナはなくなり、球場は満員になる。僕はそういう運命なんで』
だそうだからな。うーん楽しみ♪

そして、横浜ベイスターズには三浦大輔監督のもとに
斎藤隆、石井琢朗、鈴木尚典など1998年V戦士が集うらしい。

こうなったら球団史上最大の助っ人だったローズや、
いっそ大魔神・ササキもコーチとして入ったら面白いのになあ。
ああ・・・改めて98年、懐かしいなあ・・・...( = =) トオイメ
毎日のように横浜スタジアムに通ったあの年。
もうあんなことはできないけれど、ひさしぶりに面白い野球が見られるかもしれない。
ファンが面白い! と思える試合が続いて、
それが優勝につながっていくのがイチバンなんだよね。まさに98年の横浜のように。
そんなこんなで、来年はひさかたぶりに野球が面白そう。

新コロも早くフツーの風邪レベルにならんもんかね・・・。
来年の春頃にはもう少し希望が見えてくるだろうか。
ワタシらオジサンオバサン、じいさんばあさんはいいとして、
若い子たちの一年は本当に貴重だ。
周りにも、大学入学したのにほとんど学校に行けていないとか、
小学生でも分散登校やら行事中止やら運動会が午前中だけやら、
せっかくの高校生活、プールも施設もなんにも使えてないとか、
子どもたちにいろいろなしわ寄せがきている話を聞く。
高齢者を守って、若い世代を犠牲にするのはもう終わりにしてほしいと思うのだが・・・。
さて、新内閣ではどうなることでしょうかね。

( ゚д゚)ハッ! 気づけばもう来年の話をしている・・・。
『来年のことを言えば鬼が笑う』と言うが、
未来のことは誰にもわからないので、面白そうな未来だけを想像・妄想している方が楽しいわな。
明日は明日の風が吹く。
未来は誰にもわからない。
だから、いまの一日一日をしっかりと楽しんでいきたいと思うのだ。
新庄監督も言ってたしね。
『一日、一日、地味な練習を積み重ねてシーズンを迎えて、何気ない試合、何気ない1日を過ごして勝ちました。
勝った、勝った、勝った、勝った・・・
それで9月辺りに優勝争いをしていたら、さあ優勝を目指そう。そこで気合の入り方が違うと思う』

一日一日をしっかりと楽しんで過ごしていけば、
その先にはいろーんな意味で『面白い』(いいことばかりではないだろうけれど)未来があるんだろう。
で、振り返ってみたらそこには『楽しいこと』で、できた道があるってわけで。

そんなわけで、2021年もあと50日余り。
テキトーに楽しみながら、感染対策もしっかりやりながら、
ココロ穏やかに過ごしていきましょう♪
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