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" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

朝の黄金

2017年07月09日 | 日記

 東の空から眩しい太陽が昇ってきて生命力のある光を提供してくれる。朝の涼しい空気が暖か暑い夏の空気と入れ替わるこの時間、森の中を這う道上には黄金の破片がちらばり眩く光って揺れる。この朝の黄金を追いながら風そのものとなって森を自転車で思いっきり駆け抜ける時、思考は停止するが感謝とか生きてて良かった(英語ではグレースフィーリング)という恍惚感に満たされる。この朝の黄金の世界を彷徨う事が自身にとっての生命エネルギーを充填する装置なのでその機会を大切にしている。

 しかしながら、朝の黄金は何時でも容易に味わう事が出来る訳ではなく、幾つかの条件が満ちる必要がある。天候に恵まれ、時間を取る事が出来、体が健康であり仕事や家庭内が制御され前向きな心が駐在しなくてはいけない。即ち朝の黄金を堪能するためには以上の条件を獲得しなければならないという事だ。だからその為に努力しているのか?と問われると、実は意識した努力は全くしていない。ただ楽しんで休日に早起きして自転車で出かける行為そのものが天候を含めた以上の条件を満たしてくれているのだ。

 

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一つのユリの花

2017年07月09日 | 日記

 古い建物の狭い階段を降りている途中の床に白くて小さな子供の握りこぶしの様な塊が落ちていた。ゴミかな?と思って拾い上げるとそれは若くて硬い未開なユリの花のつぼみであった。誰かがこの階段をユリの花束を持って歩いていた時に先端のつぼみの一つが壁に触れてもぎ落ちてしまったのだろうと思った。建物を出るとゴミ箱があった。僕は無意識にそのユリのつぼみをゴミ箱に捨てた。建物の中に落ちていたゴミを拾ってゴミ箱に捨てたのだから一ついい事をしたという気持ちもあったが、同時にゴミ箱の中からユリの花のつぼみの悲哀な感情が音を発しない声となってそれは耳ではなくて胸に響いてきた。そして、ゴミ箱の中に手を伸ばしユリのつぼみをあさった。つぼみはゴミ箱のいちばん底で僕の手を静かに待っていた。ユリは、そうしてくれる事を知っていたかの様だった。

 

 事務所の机にペットボトルの底を切った簡易な容器に水を入れてユリの頭を浮かべた。2日後、ユリは満開となって甘い臭いを漂わせた。花の生命力を観賞しながら“ 花びらのへりは成就した婦人の口元のようだ、その線の辺りに老年の予感が震えている ” と詠ったドイツ生まれの詩人へルマンヘッセの詩の一句を思い出した。あと2日もすればこのユリの栄華も終わり花弁は幽霊の様にあせてしぼみ、そして、再びゴミ箱に還って行く。僕は手にした一つの小さなユリのつぼみから大いなる秘密の欠片を見取っているのだろうと思って開いたユリの花の観賞を楽しんでいる。

 

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