万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

安部元首相を評価する‘若者層’の謎

2022年09月28日 10時59分18秒 | 日本政治
 昨日、武道館で行なわれた安部元首相の国葬は、テレビで報道された画像を見る限り、軍服姿の自衛官の姿が目立ったこともあって、どこか北朝鮮のような一種異様な空気が漂っていました。とりわけ、勲章を並べた深紅の台の赤色がおどろおどろしく、白と黄色の菊とのコントラストの不調和もあって、日本らしさを全く感じさせないのです。もちろん、この違和感は個人的な印象なのですが、メディアやネットの報道ぶりはその逆です。「終わったら、反対していた人たちも、必ず良かったと思うはず。日本人なら」と述べた二階元幹事長の‘予言’が的中したと言わんばかりなのです。果たして、管幹事長の弔辞に全国民が心から涙し、安部元首相の国葬を評価する側に転じたのでしょうか。それとも、国民の7割以上とされた事前の世論調査の結果のほうが、調査主体であるメディアによる数字の操作であったのでしょうか。

一般献花台にも、事前の予想を超えて2万人以上の一般の国民から花束が供えられたとも報じられています。特に、高校生と言った若い人の姿も見られ、安部元首相に対する評価は若年層ほど高いというイメージを振りまいています。世論調査でも国葬反対のパーセンテージは年齢に比例して上昇するとされており、海外メディアからも、反対派には高齢者が多いとする指摘があります。もっとも、後者については、実際にデモを組織して反対しているのは社会・共産主義の活動家でしょうから、目に入るのは自ずと高齢者となるのでしょう。しかしながら、若者層=安部元首相支持者という定式化された構図には、疑問を感じざるを得ないのです。

第1に、若者層であっても、安部元首相と世界平和統一家庭連合(元統一教会)との関係を知っているという点です。ネット情報の収集に長けている若者層の方が高齢者よりも情報量が多く、かつ、詳細な情報を入手しているはずですので、日本国の政治家や政党と反日カルト教団との癒着を許すとは思えません。情報リテラシーのレベルが問われるフェイクニュースでもないのですから。仮に、同癒着を知りながらなおも国葬を支持するとなりますと、今日の日本国の若者は、理性を失っているか、半ば洗脳によって世界平和統一家庭連合の信者となっていることとなりましょう。あるいは、世界平和統一家庭連合や創価学会等の工作により、何らかの同調圧力がかかっているのかもしれません(なお、国葬における‘長蛇の列’には、SNSにおけるインスタ映えを狙った行為とも・・・)。

第2に、上述したように、今般の国葬の儀式は、現代的に洗練されているわけでも、シンプルさを好むとされる若者のセンスに応えるものでもありません。人情劇のような‘お涙頂戴’のナレーションに対しても、ドライで感情に乏しい面が懸念されている今日の若者が共感を覚えるのでしょうか。祭壇に仰々しく並べられている勲章を見ても、古老の議員達の弔辞を聞いても、心から感動する若者がそれほど多いとも思えないのです(なお、管前首相の弔辞に対して異例の拍手が起きたとされますが、葬儀における拍手は世界平和統一家庭連合の慣例とも・・・)。むしろ、日本の伝統とも異質なその妙な演出に、共産社会主義国の指導者の葬儀、あるいは、別世界にでもワープしたような感覚に襲われるかもしれません。

第3の疑問点は、安倍政権の政策は、必ずしも若年層にとりまして望ましいとは言い切れない点です。同政権が推し進めた新自由主義に基づく政策は、派遣業界への利益誘導の形で雇用の不安定化を招きましたし、少子高齢化の根本的原因も、突き詰めれば非正規社員の増加を伴う同政策に行きつきます。世界平和統一家庭連合の教祖が唱えてきた日本人の奴隷化に先鞭を付ける政策とも言えましょう。また、防衛面での評価は高い一方で、安倍政権が徴兵制導入への道を開いたとなれば、若者世代こそ、先ずもって徴兵の対象とされましょう(世界権力の‘鉄砲玉’、あるいは、‘捨て駒’にされる可能性も・・・)。日本国の若者も、近い将来、兵役が既に課されている韓国の若者と同じ境遇に置かれるかもしれません。

第4に、安部元首相は、自由、民主主義、法の支配等の価値観外交を展開しましたが、国葬自体の岸田政権の決定に至る経緯は、民主的手続きを無視した独断であるとする強い批判があります。国葬の式典も、伝統を継承したわけではない‘創作’でありながらも、上述したように権威主義的な色合いが濃いものでした。また、安倍政権自身も、日本国の民主主義を深化させたとも言いがたく(安倍政権の‘自由’も新自由主義の自由であったかもしれない・・・)、戦後教育にあって自由や民主主義といった諸価値に馴染んできた若者層が積極的に支持する理由に乏しいのです。

以上の諸点からしますと、マスメディアが描く若者層=安倍政権の支持者という構図には、どこか不自然さがあります。否、仮に熱烈な支持者が存在するとすれば、安倍政権を支持する若者には、若さ故にカリスマに惹かれるヒトラーユーゲント、紅衛兵、あるいは、かつてのSEALSの姿さえ浮かぶのです。言い換えますと、思考停止した一群の若者像です(いささか厳しい言い方ですが・・・)。もっとも、‘ユース’には(YとJの置き換え)、ユダヤに通じる響きがありますので、‘若者の支持’とは、ユダヤ勢力の暗喩なのかもしれません。何れにしましても、動員疑惑も含めて、若者層=安倍政権の支持者という構図につきましては疑ってしかるべしと思うのです。

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