goo blog サービス終了のお知らせ 

万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

Gooブログ終了が暗示する自由な言論空間の危機

2025年04月15日 11時54分59秒 | 日本政治
 昨日、突然に、Gooブログのサービスが、2025年11月15日をもって終了するとのお知らせがありました。寝耳に水のことですのでショックを受けたブロガーの方々も多く、Gooブログでは、サービス終了を嘆く記事が散見されます。そして、今般のブログサービス終了は、デジタル社会というものの怖さを暗示しているように思えます。

 ブログサービスの終了は、運営事業者であるNTTdocomoの判断なのでしょう。先月も、NTT系のプロバイダーであるぷららがホームページサービスを終了したばかりですので(閲覧は4月末まで可能・・・)、NTTグループ全体での基本方針なのかもしれません。何れも他社サービスへのお引っ越しが可能なのですが、それでも、長年使い慣れたサービスがなくなる不便さに加え、他のブロガーの記事を読んだり、フォローする機能もありましたので、いわば、21年の運営期間を通して培われてきた一つの‘ブログコミュニティー’が消滅する、ということになります。

 しかも、どうしたことか、ユーザーに対してブログサービスを終了する理由が全く説明されていないのです。突然の閉鎖に関するお詫びの言葉だけは添えられているものの、ユーザーに対してあまりにも不親切かつ無責任なのです。仮に、説明がないとすれば、最もあり得る理由は、‘説明できない’ということなのでしょうが、説明し得る正当な理由がないのでは、ユーザーは、‘悪い想像’をせざるを得なくなります。真っ先に頭に浮かぶのが、国民の言論の自由を制限しようとする政治的な意図です。

 もっとも、NTTdocomoからの正式な理由説明がないため、SNS時代に合わせたとする憶測もあります。とりわけ若い世代では、ブログ記事のような長文を読まなくなったので、ブログは時代遅れであるという説です。この憶測が正しいとしますと、やがて‘時代遅れ’を理由として、他社のブログサービスも同様に閉鎖されてゆくことでしょう。上記の他者への‘お引っ越し’も意味がなくなり、日本国内からブログが消えてゆくのは時間の問題ともなります。

 残されるのは、Xやメタ、あるいは、Lineといったショートメッセージ型のSNSとなるのでしょうが、纏まった情報を提供したり、詳しい説明を要する意見や見解を述べようとすれば、短い文章では無理があります。誤解を招く怖れもありますし、解釈の幅が広がりすぎて、混乱を来すことにもなりかねません。ブログが、国民の誰もが自らの考えるところを発信し得る公共性の高いツールである点を考慮しますと、‘政治的な言論封鎖’という疑いが強まってくるのです。政治家の目に余る売国ぶりと深刻な腐敗に国民の多くが気付き、重い税負担や米価高騰をはじめ物価高等で不満が高まっている折も折、自らへの批判を抑えたいとする強い‘動機’が政府、あるいは、その背後のグローバリストにあっても不思議ではないからです。

 かくして、‘悪い想像’が膨らむばかりなのですが、少なくとも、若者の長文離れがブログ閉鎖の理由となるのか、と申しますと、そうではないように思えます。ブログは、文章力や発信力を身につけた年齢層に適したツールですし、高齢者を含め、生涯にわたって様々な利用の仕方ができるからです(日記や備忘録などにも利用できる・・・)。この点を考慮しますと、むしろ、若者に長文を読み理解する機会を失わせるため、否、言論の世界から引き離すために、ブログといった意見発信の機会から遠のけようとしているとも推測されます。一種の愚民化政策であり、‘SNS時代’に合わせたのではなく、逆に、呟く程度にしか発言できず、ショートで断片的な思考しか人々できない時代にしたいのではないか、とする疑いも湧いてくるのです。

 そして、サービス提供事業者の一存で、一つの言論空間を消滅させることができる、という点でも、今般のGooブログのサービス提供の終了は、デジタル社会の恐ろしさを見せつけたようにも思えます。ユーザーにアンケートをとるわけでもなく、今後について意見を求めることもなく、一方的に終了が通知されるのです。他のブログサービスの行方につきましては、注意深く見てゆく必要がありましょうが、日本国民は、自由な言論空間をどのようにして制度的に護るのか、あるいは、より安全で永続性が保障された情報や意見発信・交換の公共システムを構築するのか、という課題に直面しているのではないかと思うのです。

「堕落するのは決して幼少の人々ではない。人々が身を滅ぼすのは、成熟した人間たちがすでに腐敗しているときだけである。(モンテスキュー『法の精神』第1部第4篇第5章 岩波文庫版より引用)」

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