自らの安全が保障されないにも拘わらず、自己の正当防衛権までをも放棄することは明らかに理性に反しており、非合理的な自滅的な行為です。この自発的な権利放棄がもたらすリスクは、今日のNPT体制において顕在化しています。‘遵法精神は持っても核を持たない諸国’は、‘核は持っても順法精神を持たない国’に対して絶対的な劣位に置かれ、侵略を未然に防止する最大の抑止手段まで失われた状態にあるからです。この非合理性は、NPT体制のみに見出されるものではありません。現行の日本国憲法が制定される際にも、同様の問題が垣間見えるのです。
今日の日本国憲法の成立過程は、現代史の一ページでありながら、実のところ、全経緯が把握されているわけではありません。常々議論されてきた第9条についても、マッカーサー草案に始まることまでは分かってはいるものの、そもそもの発案者は不明です。国際協調主義者であった幣原喜重郎氏であったとする説もあり、判然とはしません。幣原氏がマッカーサー宅を風邪のお見舞いとして訪問したのは1946年1月24日のことであり、‘ペニシリン会談’とも称される同会談の凡そ半月後の2月12日にマッカーサー草案が公表されておりますので、時系列的には同説には信憑性があります。
マッカーサー草案の三原則の内、その2として記されていた条文草案は、以下の通りです。
「国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。」
ここで注目されるのは、同草案では、日本国は、自衛を目的とした正当防衛権まで放棄している点です。もっとも、無条件で国家としての自然権を放棄しているのではなく、「今や世界を動かしつつある崇高な理念に委ねる」としています。この‘崇高な理念’とは、社会契約説に擬えれば、人々が自らの自然権を放棄して委ねる‘主権者’や‘政治共同体’等に当たるのでしょうが、ここでは、雲を掴むような実体のない‘理念’でしかないのです。つまり、同原案通りに憲法第9条の条文が定められたとすれば、日本国は、自らの国の安全に関する何らの保障もなく、正当防衛権まで放棄したことになりましょう。しかも、単独で。これでは、まさしく非合理の極み、あるいは、弱肉強食の時代にありがちな勝者による敗者からの権利剥奪と言うことになります。敗戦国には戦勝国によって軍備制限が課されてきた従来の慣例がありますので、日本国を占領下に置いている‘連合国側’の発案であったとも推測されましょう。
その一方で、マッカーサー草案に記されている‘理念’とは、明記はされていないものの、発足間もない国連を意味したとも考えられます。国連もまた、‘理念の産物’とも言える側面があります。このため、当時、マッカーサー最高司令官、あるいは、幣原氏の何れか、あるいは、両者とも同じ理念を共有していたとする推測も成り立つのです。そして、仮に後者であるとすれば、両者とも、フリーメイソン、もしくは、イルミナティーの会員であった可能性が極めて高いと言えましょう。正式に入会したのかは定かではありませんが、両者とも同団体と近い関係にあったことは既に指摘されているからです。そして、この国境を越えた秘密結社の活動は、陰謀説が信憑性を増している中、二度の世界大戦に対する認識を大きく変えるに十分な情報となりましょう。
日本国憲法の第9条のケースでは、マッカーサー草案から憲法制定の間に幾度かの修正が加えられると共に、条文の解釈によって、理念追求から現実に合わせる方向に大きくシフトしました。この過程にあって、日本国は放棄が予定されていた正当防衛権を取り戻した形となるのですが、軌道修正に成功した日本国よりも、核廃絶という大義名分を掲げて不条理で詐術的な‘理念’を押しつけている今日のNPTの方が、余程問題は深刻です。NPT体制では、安全保障の仕組みを欠きつつ権利を放棄しているため、理想と現実が‘真逆’の関係となるからです(無法国家に核が拡散し、核保有国が横暴となる・・・)。真に平和を望むならば、国際社会において各国が核の抑止力を備える方が遥かに効果的ですし、あらゆる戦争の要因となる紛争を平和裏に解決する仕組みの構築にこそ、人類は知恵を絞るべきではないかと思うのです。