万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日欧EPAはTPPよりリスクが低いー”格差移動”がない

2017年06月25日 15時17分44秒 | 国際経済
日欧EPA、日本側が関税9割超を撤廃の方向
 ”行き過ぎたグローバリズム”への批判が強まる中、日本国政府は自由貿易主義を維持する方針から、EUとのEPA締結に向けて交渉を重ねています。自由貿易主義へと潮流を戻すべくEUも積極姿勢に転じており、合意間近との観測も流れています。

 それでは、イギリスのEU離脱やアメリカのトランプ政権誕生の主要な要因となった”行き過ぎたグローバリズム”には、どのような問題があるのでしょうか。実のところ、広域経済圏を構成する国家間の間に著しい経済格差が存在する場合に、主として以下の問題が発生します。

 第一の問題点は、移民労働者の移動です。イギリスでは、EUの基本原則である人の自由移動の結果、中東欧諸国から同国を目指して移民が押し寄せ、反EU感情を誘発することとなりました。この点はアメリカも同様であり、NAFTAには人の自由移動は原則に含まれないものの、不法移民の形でメキシコからアメリカに大量の移民が流入しました。この流れは、経済レベルの低い国から高い国への一方通行となります。

 第二の問題点は、製造拠点の移動です。この問題は、先進国における産業の空洞化と称される現象であり、グローバル企業がより労働コストの低い加盟国に製造拠点を移すことで発生します。この結果、経済レベルの高い国は、深刻な雇用不安や所得の低下に悩むこととなり、トランプ氏を大統領に押し上げる原動力ともなりました。イギリスのEU離脱決定においても、EUが掲げる”サービスの自由(設立の自由)”に基づく海外移転による製造業の衰退は、有権者の判断材料の一つとなっています。製造拠点の流れも、経済レベルの高い国から低い国への一方通行となり、移民労働者の流れとは逆です。

 つまり、経済格差によって、上述した二つの逆方向の流れが同時に発生することで、とりわけ経済レベルの高い側の国民にしわ寄せが集中するのが、”行き過ぎたグローバリズム”の問題点なのです。この側面から日欧EPAを見ますと、日EU間では、TPP加盟予定国間ほどには経済格差がありません。また、EUのようにモノ、人、サービス、資本の自由移動を認める市場統合をするわけでもないのです(日欧は国境を接しておらず、米墨間のような密入国も問題も起きない…)。即ち、上記の問題は日欧EPAでは起きにくいのです。しかも、移民問題については言語の問題もあり、日本国からEUに移民労働者が押し寄せたり、逆に、EUから移民労働者が大量に日本国に流れ込む事態もあり得ません。日欧EPAについては、”コメが絡まない分、交渉は楽である”との評もあるそうですが、”格差移動”がない点も、日欧EPAが低リスクな理由ではないかと思うのです。

 自由貿易において相互利益が確実に期待できるパターンとは、双方が相手国が生産できない産品を有している場合です。この点、日本国政府は、ソフトチーズといった乳製品の関税撤廃には難色を示しているそうですが、カマンベールやブルーチーズといった嗜好品は、カビの種類や伝統技術等により、どうしても同じ品質のものを日本国内で生産することはできません(日本製もありますが生産・流通量も少なく、食感も本場のものとは違ってしまう…)。こうした、主食ではなく、かつ、特産性の高い品目こそ、率先して関税を撤廃しても良いのではないかと思うのです。

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12 コメント

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Unknown (北極熊)
2017-06-26 11:01:03
私は自由貿易によって、遠くの産品が手に入る事による消費者と生産者双方にメリットのある方向性には、そもそも賛成なのですが、経済的な格差(例えば労働力の対価としての賃金)を、商売の源泉としているようなケースでは、廉価販売に対抗する関税をかけて国内生産者の当面の保護をする一方で、段階的な関税の引下げにより国内生産者の機械化などによる生産効率の合理化を促すなどが必要でしょう。 実は、大切な事は、経済面(価格)ではなくて品質だと最近は思います。 アメリカの自動車のように、品質が悪い(←これは、長い話になるけど)ものは関税がゼロでも日本では売れないのです。 問題は、消費者が一目で分からないような、品質詐欺のような商品が出回らないかと言うことだと思います。 日本で売っているサラダオイルに、下水溝の排水由来のものがない事を祈ります。
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北極熊さま (kuranishi masako)
2017-06-26 12:33:05
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 ”ソーシャル・ダンピング”という言葉があり、労働コストの低い国からの輸出は、一般のダンピングと同様に相殺関税等で対応措置をとるべし、という議論もあります。”行き過ぎたグローバリズム”とは、まさに、必要なる規制や正当なる防御手段に対してもその完全撤廃を求める”レッセフェール主義”ではないかと考えております。食料の安全や国民の生活水準の維持にも配慮した新たなる公正なルールの制定こそが、今日の国際社会の課題ではないかと思うのです。
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先生の推薦する本を教えてください (現代)
2017-11-26 12:10:03
先生が推薦する経済学の本を教えてください。

先生が読まれた経済学の本を教えてください。

経済に関する本ではなく、経済学の教科書など専門書を教えてください。

よろしくお願いいたします。
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現代さま (kuranishi masako)
2017-11-26 13:57:38
 コメント、拝読いたしました。私が推薦、あるいは、既に読んだ経済学の本をお知りになりたいということのようです。

 経済学に限らず、教科書や参考書は、一つの学派に拘らずに幅広く読ん方が良いのではないかと考えております。また、アダム・スミスの『諸国民の富』などの古典に当たるのも、経済学の出発点を知る上で重要なことです。教科書につきましては、様々な書籍を乱読しましたが、現在、スティグリッツの『経済学入門』『マクロ経済学』『ミクロ経済学』や日本経済新聞社のゼミナールシリーズなどが本棚に残っております。もっとも、その内容に全て首肯し得るわけではなく、特に、今般関心が高まっております”行き過ぎたグローバリズムの問題等”には、教科書的な解説では解決には至らないようです。現代さまが、経済のどうのうな部分に関心を寄せる、あるいは、問題意識を持つのかによっても、必要、あるいは、読むべき書籍も違ってくるように思います。
返信する
専門書には何と書いてありますか? (現代)
2017-11-26 17:32:19
スティグリッツ『経済学入門』『マクロ経済学』『ミクロ経済学』

質問
先生の読まれた本では、自由貿易と保護貿易について、自由貿易を支持されていませんか?

質問
>自由貿易において相互利益が確実に期待できるパターンとは、双方が相手国が生産できない産品を有している場合です。

上記の本では、貿易の利益とは何のことと書かれてありますか?

質問
比較優位はどこか間違いと書いてありますか?

質問
比較優位には前提条件があると書いてありますか?

質問
上記の本では、国内産業を保護する場合、関税と補助金のどちらが望ましいと書いてありますか?

以上、ご教授ください。

質問
>一つの学派に拘らず
スティグリッツの本は、何派ですか?その派と違う教科書を読む場合には、何がよろしいですか?

よろしくお願いいたします。

返信する
現代さま (kuranishi masako)
2017-11-26 20:31:57
 ご質問の件ですが、ご自分で調べられた方が、勉強になると思います。経済学に関する基本的な書籍ですので、図書館で借りることもできます。
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Unknown (現代)
2017-11-26 22:54:00
>ご質問の件ですが、ご自分で調べられた方が、勉強になると思います。経済学に関する基本的な書籍ですので、図書館で借りることもできます。

手元にあります。先生の持っていらっしゃるものと、版は違うかもしれません。

スティグリッツは、比較優位について、「すべての人に交換の利益がある」と断言していますね。当然です。機会費用による説明だからです。

冒頭の5大原理

トレードオフ
インセンティブ
交換
情報
分配

これで、比較優位を説明していますね。最後には例題まであげて。

スティグリッツの教科書を読んで、

>自由貿易において相互利益が確実に期待できるパターンとは、双方が相手国が生産できない産品を有している場合です。

とか、

>私は自由貿易によって、遠くの産品が手に入る事による消費者と生産者双方にメリットのある方向性には、そもそも賛成なのですが

という記事が出てくるわけがありません。

しかも、関税と補助金について、あれだけ説明されていて、それを読んだら、

>関税をかけて国内生産者の当面の保護をする一方で、段階的な関税の引下げにより国内生産者の機械化などによる生産効率の合理化を促すなどが必要でしょう。

ということが原理的に書けるわけがありません。自由貿易に賛成とか反対とかそれ以前の話ですよ。関税より、補助金が望ましいことが、あれだけ説明されているのに。

先生、持っていらっしゃらないんですね。

>一つの学派に拘らず

だから、スティグリッツの派に係らず、別な学派の方が書かれた教科書を、挙げてみてください。

スティグリッツだろうが、ピンダイクだろうが、ハバードだろうが、マンキューだろうが、その立場に係らず、教科書の内容は「同一」です。

違う教科書など、ありません。

読んだことがない、持っていないのは、明白ですよ。

持っているのなら、該当ページを書いたうえで、質問に答えてみてはどうですか?無理ですけど。

たぶん、慌てて、明日、図書館にいって調べるのでしょう。それには時間がかかりますね。

時間をかけて、調べて、書くのでしょう。たぶん。

でも、付け焼刃ですから、的を射ない回答なんでしょうね。

ウソはいかんのですよ。仮にも先生なのですから。

たぶん、このコメントは承認されないことでしょう。

しかし、このやりとりは、記録しています。承認されなくても、書いた内容は封印できません。

経済学の教科書すら読まずに、経済のことは語れませんよ。スティグリッツ先生が

トレードオフ
インセンティブ
交換
情報
分配

について、あれだけ丁寧に誰でも理解できるように説明しているのに、あなた全部理解していませんから。

ウソは、すぐにわかるのです。あなたが学生のリポート見て、すぐに判断できるのと同じですす。
返信する
現代さま (kuranishi masako)
2017-11-27 10:53:47
現代さまは、教科書や参考書の紹介を依頼するくらいですから、学生さんとお見受けしましたので、自分自身で勉強するように促したのです。また、学生時代に読んだ教科書を書棚から取り出して、現代さまの質問に答えるコメントを書くには、相当の時間を要します。現代さまは、またく以って他者に迷惑をかけることに対して何とも感じていおらず、道徳教育的な配慮からも、自分自身での解決をお願いしたのです。

 もっとも、可能性としては、専門家による”トラップ”ではないか、とする疑いも頭を過りました。結果としては、後者であったわけでして、現代さまは、上記のコメントを投稿することで、図らずも、自らが他者に対して悪意を有する人物であることを証明したことになります。しかも、コメントを拝読しますと、「ウソはいかんのですよ。仮にも先生なのですから。たぶん、このコメントは承認されないことでしょう。しかし、このやりとりは、記録しています。承認されなくても、書いた内容は封印できません。…」といった脅しまでかけているのですから、驚くべき悪意です。仮に、経済学上の反論を試みるならば、正々堂々と自らの論を張るべきであり、相手方の信頼を落としたり、騙すような手法は卑怯というものです。底意地の悪い子供じみた”大人の虐め”なのではないでしょうか。

 ところで、ステイグリッツの教科書は、手元にあります(『ミクロ経済学』については第2版)。比較優位説については、『入門経済学』の99頁から、『ミクロ経済学』では16‐17ページ、説明を設けています。教科書の説明が画一的なのは、比較優位説の基礎となったリカードのモデルを説明しているからす。ですから、現代さまは、まずは、リカードのモデルが適切であるのか、を検証すべきなのであり、実際に、リカードの二国二財モデルには無理があるとする批判があります。この点を修正したヘクシャー・オハーリンモデルなどもあるのですが、何れも、完璧なモデル構築には至っておりません。しかも、今日では、財のみならず、労働力や製造拠点も国境を越えて移動する市場統合が起きているのですから、モデルと現実との乖離が著しくなるのも当然のことです。教科書原理主義に陥ることなく、新たなモデル、あるいは、説明理論を要する時代を迎えていることこそ、認識すべきことではないでしょうか。
返信する
Unknown (現代)
2017-11-28 08:59:44
>ところで、ステイグリッツの教科書は、手元にあります(『ミクロ経済学』については第2版)。比較優位説については、『入門経済学』の99頁から、『ミクロ経済学』では16‐17ページ、説明を設けています。教科書の説明が画一的なのは、比較優位説の基礎となったリカードのモデルを説明しているからす。ですから、現代さまは、まずは、リカードのモデルが適切であるのか、を検証すべきなのであり、

あわてて、大学の図書館で該当ページを探したようですね。

スティグリッツでもクルーグマンでも、マンキューでも、ハバードでも、すべて「機会費用」に基づいて説明されています。

>リカードのモデルが適切であるのか、を検証すべき

機会費用の説明が理解できないようです。機会費用が適切かどうかを検証するのですか?何のために?自明以外の何物でもないのに、検証をする?どういうことですか?


まあ、あわてて当該ページを参照したのですから、当然です。あなたは、比較優位を知っていると言いながら(嘘ですが)、その本質を全く理解していないことが露呈しています。

しかもスティグリッツはあなたの示したページでは用語の説明だけで、肝心の「予算制約線」「生産可能曲線」に基づく説明箇所について、あなたは指摘することさえできませんでした。

「比較優位=機会費用=比」による解説を理解していたら、用語説明の該当ページを示すことなど、絶対にできません。探すのは「比=グラフページ」だからです。

それに、保護貿易には関税は不適切、補助金が望ましいというのは、ミクロ経済学を知っているものからすれば、100%合意事項です。余剰分析の結果が明らかだからです。

本を持っているとウソを書き、ミクロ経済学を知っているとウソを書き、本当に最低です。

>教科書の説明が画一的なのは、比較優位説の基礎となったリカードのモデルを説明しているからす。実際に、リカードの二国二財モデルには無理があるとする批判があります。

機会費用に基づく説明は、リカードモデルではありませんよ。個人の取引を説明しているのに、なぜA国とB国が出てくるのですか?

マンキュー、クルーグマン、ハバードでさえそうなっていますよ。

教科書を読まずに、ちょこっとネット検索して、「批判があります」ですか。研究者としても失格ですね。

経済学を理解するには、何年もかかります。教科書内容を独学で理解するにも最低で年単位の学習時間が必要です。

「●●学」を教えているあなたなら、理解できる話です。

それなのに、経済を語るのに、経済学を何も知らない・・経済学に勉強時間を費やしたことがない・・・

全部、ウソだらけではないですか。最低です。
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現代さま (kuranishi masako)
2017-11-28 09:42:04
 現実を説明するには、教科書には限界があるとする本ブログの意見に対して、”教科書を読め”、では、お話になりません。おそらく、政治学者が経済を語ることに不満をお持ちなのでしょうが、政治学から見ますと、経済学の学説は、欠落部分が多いのです。私は、従来の経済学に囚われずに、新たなモデルを構築すべきと考えております。そもそも、貿易に拘わらず、交換によって相互利益が生じることは、当然のことです。ただし、関税の撤廃によって相互利益を確保できるのか、というと、そうではありません。何故ならば、双方において、貿易効果が様々な分野においてマイナス・プラスの双方向において不均衡分散されるからです(当然に、ゼロサムとなる分野もあり得る・・・)。また、関税は、歳入となりますが、補助金は、歳出となりますので、必ずしも、補助金の方が望ましいという事にはならないはずです。

 なお、昨日は、終日、自宅におりましたので、図書館には赴いておりません。昨日のコメント投稿の時間は、午前10時53分ですが、コメント記事を書く時間を合わせましても、到底、無理というものです。同書は図書館から借りたのではなく、自室にあります。勝手な決めつけは、私の信用を傷つけますし、学者としての礼儀にも反していると思います。現代さまは、自分自身はハンドルネームを使用し、安全な場所から攻撃しているのですから、やはり、卑怯と言うしかありません。何故、正々堂々と本名を名乗らないのでしょうか?少なくとも、姑息で悪意のある人との議論は時間の浪費となりますので、今後は、本ブログのコメント欄への書き込みはご遠慮くださいませ。
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