『21世紀の資本』の著者として知られるフランスの経済学者トマ・ピケティ氏は、出口の見えないイスラエル・ハマス戦争を政治的に解決する方法として、一つの構想を提唱されております。それは、イスラエル・パレスチナ連邦国家構想です。もっとも、同構想は、ピケティ氏のオリジナルというわけではなく、イスラエル、パレスチナ双方が参加する市民団体「ア・ランド・フォー・オール」などが主張してきたそうです。しかしながら、この構想、実現するには、幾つかの高いハードルを越えなければならないかもしれません。
ピケティ氏によれば、連邦構想とは、イスラエルとパレスチナの双方を主権国家として相互に承認した上で、両国の合意によって連邦国家を成立させるというものです。同連邦のモデルとして、各国の主権を残しながら国家が並立的に連合するEUを挙げていますので、アメリカやドイツのような連邦国家ではなく、国家連合と表現した方が相応しいかもしれません。何れにしましても、両国家を一つの統治の枠組みにおいて共存させようとする案です。
この点、ピケティ氏は、「一国家二国民」と表現していますが、「ア・ランド・フォー・オール」の構想とは、基本的には、1947年11月の国連総会決議181号(Ⅱ)を下敷きにしています。同決議では、アラブ人とユダヤ人の各々に主権国家の建国を認め、両者間の国境線を引くと共に、経済統合に関する条文を置いているからです。むしろ、ECSC、EEC、ECといった経済分野での統合を経て今日成立しているEUの基本的モデルは、既に同分割に見られるのです。
今日のEUでは、リスボン条約によってEUと構成国との間で政策権限が分けられています。およそ共通政策、両者による協調政策、並びに、構成国専属の政策三つに類型があるのですが、共通政策は関税同盟、競争政策、金融政策、通商政策、並びに、漁業政策の5つです。何れも経済分野の政策であり、政策の一本化によって加盟国を結びつける役割を果たしているのですが、イスラエル・パレスチナ連邦構想では、両国を統合する要となる政策領域は、「労働法」、「水資源の共有・分配」、「公共インフラ・教育インフラ・医療インフラの財源確保」の三領域です。これらの領域において、双方の国家にあって同一の政策が実施されることで、一先ず両国は、一部ではあれ政策統合された形となるのです。
加えて、イスラエル・パレスチナ連邦構想では、EUと同じく四つの自由移動の原則が設けられているようです(もの、サービス、マネー、人の自由移動・・・)。双方の国民は、自由に相手国に移住することも、職を求めることもできるとされます。そして、上記の共通政策以外の領域については、双方の国民とも、居住国の国内法に従わなければならないとされます。
しかしながら、両国における長年の対立関係、並びに、著しい経済格差からしますと、同構想の実現については悲観的にならざるを得ません。その理由は一つではないのですが、先ずもって、両者間において共通政策を決定し得るのか、という疑問があります。EUは、EU法を制定するための機構を備え、法的紛争に備えた司法制度も整えています。官僚的な行政機関としての委員会も設置されているのですが(競争法の領域では執行機関でもある・・・)、EUは、国境を越えてこうした政策形成や決定等を円滑に行える統治の仕組みがあってこそ機能していると言えましょう。
一方、敵対関係にあったイスラエルとパレスチナ国の間にあっては、中立的な統治機構の構築には困難が予測されます。EUをモデルとすれば、共通議会の議員数や理事会での票数など、結局は多数決によって決定されますので、人口において若干であれパレスチナ人が上回わる現状からしますと、同モデルの採用は難しいかもしれません。また、交渉の末に共通の統治機構の設立にこぎ着け、両国合意のための合議機関や立法手続きが設けられたとしても、現実には、双方の反感から単一の政策や法の形成が困難を極め、実際に、一つの政策の策定に成功したとしても、それが双方の国にあって実際に実施されるかどうかは怪しい限りです。そして、そもそも一部の政策統合であれ、両国を一国の枠組みに押し込めることが解決策となるのか、疑問なところなのです(つづく)。