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万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イギリスと‘大英帝国’の分離?

2020年06月12日 12時18分16秒 | 国際政治

 第二次世界大戦は、戦勝国であるはずのイギリスを没落に導いたとする評があります。何故ならば、同大戦を機に、イギリスは、アジア・アフリカにおいて保有していた植民地の大半を失ったのですから。かつての大英帝国も世界地図から姿を消すこととなったのですが(もっとも、1931年には英連邦へと転換…)、表舞台から姿を消したとしても、‘大英帝国’のネットワークは、今日までその命脈を保ってきたように思えます。

 大英帝国の形成過程を振り返ってみますと、とりわけアジアにおいては英東インド会社こそその立役者であったと言うことができます。英東インド会社とは17世紀初頭に設立された勅許による民間の株式会社であり、その株主リストにはユダヤ系の金融業者や実業家等の名も連ねていたのです。すなわち、東インド会社を先兵とする大英帝国の建設には、古来、世界大に張り巡らされてきたユダヤ系ネットワークのコネクションが大いに寄与したと言えましょう。いわば、大英帝国とは、イギリスという国家とユダヤ系ネットワークとの合作なのです。

 こうした視点から今般の北京政府による香港への国家安全法導入をめぐる英系企業の対応を見てみますと、今日、イギリスと‘大英帝国’とがいよいよ切り離されつつあるように思えます。報道によりますと、アヘン戦争以来、香港に拠点を有してきた英系資本であるHSBSの中国法人、並びに、ジャーディン・マセソンが、相次いで国家安全法に対する支持を表明しているからです(6月11日付日経新聞)。本国であるイギリス政府が香港への国家安全法導入に反対し、ファーウェイからのG5関連の調達を見直すなど、対中対立姿勢を強めているのとは対照的です。ここに、イギリスの国益並びに民主主義・自由主義という普遍的価値を護ろうとするイギリス政府の立場と、東インド会社の系譜を引き、ビジネス上の企業利益のみを護ろうとする英国系グローバル資本との立場の違いの鮮明化が見受けられるのです。

 そしてこの現象は、日本国にも影響を与えるように思えます。その理由は、HSBSもジャーディン・マセソンも、幕末から戦前までの時期にあって日本国の歴史と深くかかわっているからです。HSBSの前身は1865年に設立された香港上海銀行であり、翌1866年には横浜に支店を開設しています(三菱東京UFJ銀行の源流である横浜正銀銀行のモデルとも…)。同業は、明治政府の造幣事業等にも協力し(もっとも、明治政府は1869年に香港初の銀行であり、かつ、紙幣発行銀行でもあったオリエンタルバンクと貨幣鋳造条約を締結…)、日露戦争ではクーン・ローブ商会等と共に日本国債を引き受けています。また、ジャーディン・マセソン商会こそ、明治維新を陰から操った所謂‘黒幕’とも目されており、薩長両藩の‘維新の志士達’の海外留学を支援しつつ、佐幕派にも武器を売却していたグラバー商会とは、同社の長崎代理店でもありました。

 かくも深く香港に拠点を置いてきた英系資本が日本国に関わっており、しかも昔も今も変わらずに利益のみを求めて行動してきたとしますと(香港のみならず、日本国の民主主義にもマイナスに作用…)、教科書に記されている日本国の近現代史も大幅に見直さなければならなくなるかもしれません。‘維新の志士達’の活躍により欧米列強による植民地支配の脅威を跳ねのけて独立を護り、近代国家への転換を自力で成し遂げたという…。そして、戦後、一貫して第二次世界大戦とは日本国がアメリカと戦った戦争というイメージが定着してきましたが、開戦後、当時の日本国が、即、香港を占領した点に注目しますと、不可解な奇襲攻撃を以って始まった太平洋戦争の謎を解く鍵は、むしろ‘大英帝国’の版図でもあった‘南方’にあるかもしれないのです。

 昨日、‘長州出身’の安倍首相は、日本国をアジアの金融の中心地とすべく、香港から金融部門での人材を受け入れる方針を表明したとも報じられています。また、新型コロナウイルス禍にあって注目を浴びたダイアモンド・プリンセス号にも、歴史の‘因縁’を感じずにはいられません。同船舶の運営会社の前身はP&O(Peninsular and Oriental Steam Navigation Company)であり、上述した香港上海銀行の創設者こそ、P&Oの香港支店長であったトーマス・サザーランドであったのですから。今日に至り、‘大英帝国’を陰で操っていた亡霊は日本国にも出現し、そしてその亡霊は、イギリスからも幽体離脱して全世界を彷徨っているようにも思えるのです。


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