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万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカの暴動と香港問題は違う

2020年06月02日 13時06分07秒 | 国際政治

 白人警察官が逮捕に際して黒人男性を死亡させた事件に反発し、アメリカ各地では、デモ隊による暴動が発生しています。アメリカにおける人種間の分断が深まる背後には、香港問題で批判を浴びている中国の影も見え隠れするのですが、マスメディア等の報道では、アメリカの民主主義の危機とする見解も散見されます。

 中国が香港問題において、アメリカをはじめ国際社会から厳しい批判を受けている理由は、「一国二制度」の合意の下で香港が中国に返還されたにもかかわらず、今日、国際法を無視し、国家安全法を香港に適用させようとしているからに他なりません。それは取りも直さず、一党独裁体制とは異なる制度、即ち、民主主義体制は絶対に認めないとする北京政府の意思表示であり、強引なる「一国一制度」への移行による民主化運動の封殺を意味するのです。今般の全人代での決定は、直接に暴力は振るわなくとも暴力を脅しとする、天安門事件に優るとも劣らない暴挙とも言えましょう。

 新型コロナウイルスのパンデミック化もあり、中国に対する逆風は強まるばかりなのですが、北京政府の目には、アメリカで発生した暴動は民主主義体制の優位を否定する格好の材料に映ったのかもしれません(あるいは、背後で煽っている可能性も…)。一党独裁国家よりも、民主主義国の方が、遥かに国家運営において劣悪であるとする印象を与えることにより、香港を独裁体制に飲み込むことを正当化したいのでしょう。実際に、中国外務省の趙立堅副報道局長は、記者会見の席で「どうして米国は香港警察を非難し、一方で自国の抗議活動の参加者を銃で脅すのか。典型的な二重基準だ」と述べたと伝わります。

 しかしながら、国家内部の人種や民族といった人の集団間の対立は、民主主義では解決しない種類の問題ではないかと思うのです。民主主義における主たる解決手段とは、多数決です。例えば、政治家の人選(選挙)、多様な意見や利害の調整、あるいは、国民に共通する問題の解決方法等に際して、民主主義は民意を反映する手段として、国内にあって制度化されています。プロセスとしての自由な議論、並びに、少数意見の尊重が謳われつつも、最終的には‘数’が決定要因となるのです。ところが、民主主義は、統治に関する一般的な政策においては機能しますが、国民の枠組みという統合の側面では機能不全に陥る可能性が高いのです。

 何故ならば、民主的制度における主要な決定要因が‘数’、しかも‘多数’であるならば、常に‘マジョリティー’が決定権を持つことを意味するからです。しかも、統合の分野では、ゼロ・サム問題も少なくありません。例えば、予測されている人口構成の変化が現実のものとなり、アメリカ合衆国の言語や歴史等も、黒人、ヒスパニック系、あるいは中国系の人々が‘マジョリティー’に転じた途端、一変に塗り替えられてしまうことでしょう。実際に、今般の暴動では歴史的な遺産として指定されている教会も焼き討ちに遭っており、西欧風の建物等も‘悪しき支配’の象徴として撤去されてしまうかもしれません。歴史によって形成された国民の枠組みに起因する問題は、民主的な手段を以ってしても解決することは難しく(敢えて元凶を問うならば、それは近代の奴隷貿易…)、かつ、万能薬と言えるような解決策もない、現代という時代にあってなおも最大級の難問なのです。

 そして、香港問題が提起しているのは、むしろ、自立的な国民の枠組みの破壊、あるいは、アイデンティティーの抹消という、別な意味での危機なのではないでしょうか。中国の法律が香港に直接に適用された瞬間、香港の主体性も香港市民の枠組みも法的には消滅しかねないのですから。アメリカがダブルスタンダード(二重基準)なのではなく、中国こそが問題の本質的な違いを区別していない、あるいは誤魔化そうとしているのではないかと思うのです。


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