万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカの‘危険な賭け’なのか?-黒人初の米空軍参謀総長の誕生

2020年06月11日 11時53分41秒 | アメリカ

 報道によりますと、アメリカでは、空軍の参謀総長の職に米国史上初めて黒人のチャールズ・ブラウン氏が就任する運びとなったそうです。議会上院は、トランプ大統領の指名を98対0で可決したというのですから、圧倒的な支持を得ての就任となります。同人事の背景には、白人警察官による黒人男性暴行死事件を発端とした抗議デモの広がりが指摘されておりますが、同大統領は、‘危険な賭け’に打って出たようにも思えます。

 指名権を有するトランプ大統領による史上初の黒人参謀総長の起用は、既に指摘されておりますように、国民統合政策の一環であったかのでしょう。コロナ禍での感染率や死亡率、並びに失業率の高さもあって黒人層は現状に不満を募らせており、白人層との間の経済・社会的な格差が今般の暴動激化の一因ともされています。人種間のみならず、大統領選を背景とした政治的対立がアメリカを引き裂きかねない状況下にあって、同大統領、並びに、アメリカの政界は‘全会一致’でブラウン氏を空軍の参謀総長の座に就けたのでしょう。

 そして同人事は、米中対立の構図をあって、とりわけ重要な意味を持ちます。何故ならば、近い将来において対中戦争があり得るならば、人種や民族の違いを超えた米国民の団結は必要不可欠であるからです。米空軍のトップが黒人であれば、白人層も黒人層も一致団結して共通の敵である中国に対峙することができます。つまり、同人事を以って、アメリカ国内の対中戦争の準備が国民の心理面において凡そ整ったとも言えるかもしれません。因みに、第二次世界大戦にあっても米軍における黒人兵士の存在が、完全にではないにせよ、その後の黒人層全体の地位向上に貢献したとも指摘されています。

 同人事を以って米国民の結束が強まればトランプ大統領は‘賭けに勝つ’ということになるのですが、負けるリスクもないわけではありません。そして、この‘危険な賭け’の勝敗は、偏にブラウン氏のアメリカという国家に対する忠誠心の如何にかかってきます。‘賭けに負ける’ケースとは、人種間の対立が一向に収まらず、黒人層の期待を一身に背負ったブラウン氏が米軍内部にあってアメリカに不利となる、あるいは、利敵な行動をとる場合です。中国等の反米勢力も空軍の制服組トップの地位あるブラウン氏に狙いを定めて様々な工作を仕掛けてくることでしょう。第一次世界大戦におけるロシア革命もドイツ敗北も兵士の反乱が決定的な意味を持ちましたので、米軍にありましても、反乱とまではいかないまでも、空軍の統率に乱れが生じれば、戦争の行方さえ左右しかねないのです。

 もっとも、空軍の上部には陸海空軍等を束ねる統合軍が設置されており、さらに上部には全軍を統括する国防総省が置かれています。また、大統領による解任もあり得ますので、仮にブラウン氏が反米的な行動をとったとしても、チェック機能が働いて大事には至らないことでしょう。しかしながら、職を解かれたら解かれたで黒人層が一斉に反発するでしょうし、反トランプ姿勢のマスメディアも黙ってはいないかもしれません。後者のケースでも国民統合が崩壊し、トランプ大統領は‘賭けに負ける’ことになりそうなのです。

 今日、アメリカが外部からの弱体化攻勢に晒されている現状を直視すれば、人種間対立の激化は‘敵方’の策略に踊らされているようにも見えます。そもそも、黒人層への新型コロナウイルスの被害集中が暴徒化の原因であるならば、その批判の矛先は、まずもってパンデミック化を招いた元凶でもある中国やWHOに向けられるべきです。そして、マサチューセッツ州の公園でコロンブスの銅像の頭部が破壊されるといった事件の発生は、その背後に事態を早期に収拾させたくない、もしくは、対立の激化を煽る勢力の暗躍も疑われるのです。‘危険な賭け’の行方は、人種の相違に拘わらず、自らが置かれている立場に対するアメリカ国民の自覚にもかかってくるように思えるのです。


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