秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 34  SA-NE著

2018年02月02日 | Weblog

「遅いよっ、智志っ」
髪を短くした、祐基が座っていた。柑橘系の匂いがした。
「あれ…髪…切ったの?」

祐基の髪型を見て一瞬ポカンとした僕に、祐基が髪を触って少し照れながら応えた。
「二人目が産まれるからね、ちょっとイメチェンしたんだよ」
「え…二人目…」

僕は、祐基から一瞬、目を逸らした。
動揺をごまかす為に、テーブルに置かれたメニューを見た。
伸一が、ビールを飲む手を止めて、

「祐基の年賀状に書いてたの、もしかして?見てなかったとか?」
含み笑いで僕の顔を覗き込んだ。
僕は咄嗟に言い訳が、口にでた。

「あ~そうだった。会社の先輩の3人目と勘違いしてたよ。
祐基は、二人目だよなっ正解、正解っ!」

祐基は、しっかりしろよと、笑っていたけど、僕は正直、気が動転して
テーブルの下に隠れた膝の上で、両手を握りしめていた。
祐基から毎年届く写真入りの年賀状は、見ないままで捨てていた。

結婚して初めて届いた年賀状は、有里と祐基が海岸の日の出をバックに並んで立っていた写真だった。
二年目の年賀状は、長女が3ヶ月になりましたと印刷された、3人の家族写真だった。

僕は胸が張り裂ける位苦しくなって、切なくて、やりきれなくて
嫉妬なんて言う簡単な感情でも無くて、
祐基からの年賀状を捨てることで、一番見たくない現実から目を反らしていた。

何を話したのかも、覚えていなかった。唯、有里が祐基と幸せでいるんだと、今更ながらに気付かされた。
有里と別れて8年。心のどこかで、有里の気持ちが僕に向けられたままであって欲しいと
自分勝手に自惚れながら、永遠を信じていた自分がこの瞬間、世界で一番の滑稽な道化師に思えた。

僕はトイレに向かった。
すぐに亮也も付いてきた。

二人で並んで用を足し、洗面所で手を洗いながら、亮也が言った。
「良家の婿養子で、エリートで順風満帆、絵に書いた様なシアワセだよな~
俺には一生、廻ってこないわっ」
僕は亮也に適当な相槌を打ちながら、鏡を見た。

ボサボサ頭の、僕の顔が映っていた。その眼は、海岸の防波堤の隙間に打ち上げられ
存在を抹消されたまま、乾いて死んでいた魚の目に似ていた。
帰り際に、祐基が陽気な声で言った。

「8月に産まれるんだよっ長男っ!8月はちょっと休んで、嫁孝行しないとなっ
!娘がさ、ユニバーサルに行きたいって言うんだよっ智志は付き合ってくれるよなっ」
僕は 精一杯の笑顔を作った。

「大阪は、ちょっとキツいなあ…また、連絡してよ」了解っ!了解っ!
と祐基は片手を振りながら、帰って行った。

3人と別れて、駅に向かいながら、どこをどう歩いたのか、覚えていなかった。
飲めない日本酒を無理して飲んだせいなのか、歩けば歩く程、激しい酔いが回ってきた。

コンビニに駆け込んで、便座に顔を埋める様にして数回吐いた。
記憶は曖昧だったけど、帰巣本能は残っていたみたいだった。
部屋に置き忘れた携帯が、暗闇の中で、点滅していた。

「8月12日、祖谷に帰省しましょう。詳しい日程は後日連絡しまーす」
美香さんからのメールが、届いていた。

僕はカレンダーに、印を付けようと、覚束無い足で立ち上がりながら、カレンダーの端を掴んだ。
押しピンが弾けて畳の上に落ちた。

四つん這いになって、押しピンを拾いながら、不意に訳の判らない涙が、ポタポタと畳に落ちた。
「母さん…」と声に出したら、また涙が落ちた。

父親探しの僕の旅が、終わりに向かっていたことを
その時まだ僕は、知らないでいた。









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