僕達は再び、久保山の昨日の場所に居た。
美香さんは、車のトランクからブルーシートを持ち出して
庭先の欅の木陰に広げた。
空気はひんやりしていて、肌寒くて、腕を何度も掌で擦っていると
美香さんが車に積んであった薄手のジャケットを貸してくれた。
「シゲ爺ちゃんの息子さんが準備してくれていたよ、スゴいよ~これ見てっ!」と歓声を挙げながら
美香さんが2つの麻の袋からそれぞれに何かを取り出し、ブルーシートの真ん中に広げた。
「松の木とカジガラっ!見てっ見てっ!」
見ると、直径が二センチ角の十センチ位に切り揃えた木と白い枝みたいな物だった。
白い枝はシゲ爺さんが、あの日に庭先に広げていた物と同じだった。
「松の木は判りますが、この白い枝は何ですか?」
と聞きながら、十センチ位に切った軽い枝を触った。
ツルツルしていて、枝と言うより、乾燥した穴の無いヘチマの加工品に似ていた。
「紙の原料でね、みつまたって言って、昔はどの農家も栽培してたけど、杉とか桧の植林が盛んになってからは
見かけなくなったからね、今では殆ど手に入らないわよ」
「この枝が紙になるんですか?」
と不思議そうに眺めていたら、美香さんが僕を見て、吹き出して笑った。
「枝じゃなくて、皮よ、皮が紙の原料で、白い部分は皮を取って残った殻の部分を、乾燥した物よ」
「なんで、そんなゴミみたいな殻を仏様のお盆に使うんですか?」
「燃えやすいからでしょう。昔の人は自然にある物を最大限に利用して、無駄なく利用してきたもの。
全部最終的には腐って土に還るものばかり…」
「この殻と松の木をどうするんですか?」
僕が聞くのと同時に、美香さんは開けたままのトランクから、新聞紙で巻いた、何かを取り出した。
「この藁で結んでいくの」そう言いながら、シートに藁を並べた。
「ワラ」は、お米を採った時に出来る茎を乾燥した物だと言う、ある程度の知識はあったけれど、
実際に目にしたのは初めてで、紙の原料の殻を見たのも初めてで、ちょっと恥ずかしくなった。
「ちょっと恥ずかしくなりました」
と僕が言うと、美香さんは松と殻と藁を並べて、
「街で生活していたら、こんな知識は何の役にも立たないわよ。
必要ないもの。市内に住んでいても、全く必要ないわよ。村の風習だからね。
村に住んで風習を受け継ぎたい人が、誰か知っていたら、それでいいと思うよ。
これだけ人口が減っていたら、風習だって、祭事だって一人で三役遣らないといけないから
継承していく事事態が、無理になってるもの」
美香さんはそう話しながら、小さなゴミを集めるみたいに、指先でシートの上の何かを払っていた。
「これをどうやって、結んでいくんですか?」
と聞くと、美香さんは、松の木を一本と殻を二本左手に握り、藁を一本巻き付けて、
左手の親指で藁の芯を押さえながら、藁の先端を長めに残すように、上に引き上げてクイッと結んだ。
結んだ藁の先端は、真っ直ぐに上に向いていた。
余りの手早さに、僕は呆気にとられていると、美香さんはまた、松の木を一本と殻を一本、左手に握った。
「美香さんっ、殻の数が間違ってますよ、殻は二本じゃないですか?」
と僕が言うと、
「どうでもいいことを、指摘するわよね、殻は細かったら二本、松も細かったら二本、
どちらも太かったら一本、そこは適当でいいのよ」
美香さんは、ちょっとイラッとしたみたいだった。
眉間に皺を寄せるから、美香さんの感情の変化は判りやすい。
僕は美香さんの隣で美香さんの手元をじっと観察しながら、僕の左手に松と殻を乗せて、
芯を親指で押さえ、藁の先端を長く残す様に右手で結ぶ。
「なんで~なんで私より上手に、森田君が直ぐに出来るの~!」
美香さんが唖然とした顔で僕を見た。
一陣の風が、庭を渡った。
欅の病葉が、ブルーシートの上に数枚 微かな音をたてながら舞い落ちた。