巴波川(うずまがわ)の水運事業が、明治初期には隆盛を極めたようで、栃木にはその痕跡が色濃く見られる。
明治16年まで、栃木市は栃木県の県庁所在地だったが、宇都宮に移動した。
この木造バロック様式の建物は現在でも市庁舎の別館として、現役で使われている。
この場所は以前に県庁が有った場所で、巴波川からの掘割(今でも県庁堀と呼ばれている)もちゃんと保存されている。
近くには、このような町屋の民家が健在だ。
市役所別館とほぼ似たような、木造バロック様式が見事。
巴波川のごく東側の位置する栃木病院である。
明治16年まで、栃木市は栃木県の県庁所在地だったが、宇都宮に移動した。
この木造バロック様式の建物は現在でも市庁舎の別館として、現役で使われている。
この場所は以前に県庁が有った場所で、巴波川からの掘割(今でも県庁堀と呼ばれている)もちゃんと保存されている。
近くには、このような町屋の民家が健在だ。
市役所別館とほぼ似たような、木造バロック様式が見事。
巴波川のごく東側の位置する栃木病院である。
これはまた
実にいい感じの風景です
こういう風景
憧れてまして
撮りに行きたくなります
栃木市の気風はとても保守的な感じで、明治初期には一度は手にした県庁所在地の座を、新しいものを受け入れる宇都宮に早々にゆずってしまったそうです。
そういう気風があるためか、高度成長期の建物も控えめな作りが多く、大正頃と推察される町屋とうまく馴染んで独特な風景を今に残している感じです。
この洋館を見てきました。
すごくいい状態で維持されていますよね。
栃木は運河沿いの蔵が有名ですが、
市内のあちこちに古い建物があって、
いくら時間があっても足りませんでした。
ということで、
見たいところ、
すべてを見きれませんでした。
栃木はちょっと下調べ不足な状態で行ってしまい、とりあえず予定した所は立ち寄り、寒さに耐えられなくなって帰宅しました。
栃木市の洋館は、当たり前のように現役で使われていますが、そういう使い方は素晴らしいですね。たかだた建築後30年位で、耐用年数がどうの、というのはそもそものプランがとても甘かったように思います。