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ハリーの「聴いて食べて呑んで」

日々増殖を続ける音源や、訪問した店、訪れた近代建築などの備忘録

藤田屋 @愛知県知立市

2019年11月13日 | 愛知県(三河・老舗)

せっかく遠路三河地方まで足を延ばしたんだしと知立(ちりゅう)市まで延伸。その昔は”池鯉鮒”と書いて東海道39番目の宿場町だったところ。その割にいわゆる近代建築は多く残っておらず、そろそろ帰路につこうかとお土産を思案。東海地方在住の人間にはCM(あれはテレビだったかラジオだったか…)でもお馴染みだった大あんまきの「藤田屋」へ。創業は江戸時代。店は国道1号線のバイパス沿い。かなり大きな駐車場がありドライブインとして機能している。建物の中には大広間もある食事処があるが、この日は「大あんまき」だけが目当て。売場は建物の両翼にあり、自動で焼く機械や、手焼きをする所も見られるようになっている(見たかったが行った時に機械は止まっていた)。「大あんまき」には通常の「あずき」と白餡の「白」の他に、チーズ、抹茶、栗、カスタードなど色々な種類の商品がある。ただ夕方近かったからか、自分の見た売場にはあまり種類は多く置いていなかった(日持ちは短く。どのみちシンプルなものでいいと思っていたので「あずき」と「白」を購入。包んでもらったのだがズシリと重い。

持ち帰って包みを開けるも、やはりかなりの大きさ。ひとつ食べたら1食抜かなきゃいけないくらいのヴォリュームなので半分に切って嫁とシェアすることに。ふわっと焼かれた皮でゆるく包まれたあんこは端からはみ出そうなくらいの量が詰められている。皮自体はどら焼きとかそういう感じのものと大きく印象は変わらないが、特徴的なのはあんこ。十勝産だという小豆を炊いてあるらしいが、かなり塩気を感じる独特の風味。これで甘味が強かったら完食は無理かなと思っていたが、甘さは抑えられているので意外といけてしまった(まだ半分残っているが)。やっと小さい頃から名前だけは擦り込まれていた”藤田屋の大あんまき”を食べることが出来た。次に寄ることが出来たら「天ぷらあんまき」っていうの食べてみようかな。(勘定は¥190/個)

この後の記事はこちら (2

 


 

↓ 鳴海宿と池鯉鮒宿の間、有松の街並みにある「岡家住宅」(江戸末期~明治期建造)。内部が見学出来るようになっている。太い梁の見える建物の中には電話室(!)やあかり取りの天窓が工夫されている。住み込みの男女が床を同じくしないように寝る場所は別の階段から昇降するようになっているのだとか(写真下最後)。市指定有形文化財。

 

 

↓ 知立市の知立神社の境内にある「養生館(旧・明治用水土功会事務所)」(明治18年・1885・建造)。柱が脆弱なのか鉄骨の支えが設置されている。現在どういう用途で使われているのかは分からないが荷物置場みたく物が置かれていた。

 

 


 

名物大あんまきと食事 藤田屋

愛知県知立市山町小林24-1

 

( 知立 ちりゅう ふじたや 大あんまきの藤田屋 東海道 東海道五十三次 国道1号線 近代建築 有松 ありまつ 洋館 )

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ボンとらや 豊川本店 @愛知県豊川市

2019年04月25日 | 愛知県(三河・老舗)

愛知県豊川市へ。早朝に名鉄に乗って豊川稲荷駅まで行き、「桜ヶ丘ミュージアム」という市の施設で自転車を借りる(でも何でレンタサイクルが駅からこんなに遠いんだか…)。まずは郊外にある近代建築関係の建物を見て回る。この日は天気晴朗なれど風が強く、ヘトヘトになって市街地まで戻ってきた。その途上にあったのが幹線道路沿いの「ボンとらや」。名前から和菓子の出身であることは想像がつくが、この地方の人がこぞって食べてきたというソウルフードのひとつ「ピレーネ」目当て。「豊川本店」なんてあったので早合点してしまったのだが、本社は豊橋だそう。和菓子屋としての創業は昭和26年(1951)で、現在東三河地方にのみ14店舗もあるのだとか。また豊橋本店もいかなくちゃダメかな(基本的には”本店主義”なので)。これだけこの地方で認知度がありながら名古屋市内に全く進出していないのは潔い。

広い駐車場のある大きな店で、目当ての「ピレーネ」の他にも店内には和洋様々な菓子が並べられている。その中からもちろん「ピレーネ」と、もうひとつの看板商品「どら焼き」を嫁の分も購入して持ち帰った。まずは「ピレーネ」。1日に3,000個も販売しているのだという。ふわふわの4角形のスポンジ生地に生クリームがのせられ、四隅が持ち上がって包んである(「ボンボン」のマロンとよく似ている)(※)。「France Cake」と書かれたビニール袋から出す時にも形が崩れそうになるほどふわふわ。口に入れると噛む必要がないくらいの口どけ。なるほど旨い。しっかり甘いがシンプルなので嫌味が無く、いくつでも食べられそうだし、年寄りにも幼児にも好かれるのがよく分かる。クリームや生地には色々なヴァリエーションもあるようだ。「どら焼き」は小振りで手にくっつくぐらいしっとりとした皮で中はつぶ餡。2口くらいでなくなってしまったが美味しいものだった。

※かつて一宮にあった「ボンボヌール」の工場長が開発したケーキで、独立して蟹江町「パリジャン」を開店し、現在東海地方に散らばる弟子筋の店で様々な商品名で受け継がれているとの事です。

 


 

↓ 昨年開園した「豊川海軍工廠平和公園」へ。昭和14年(1939)に開廠された「豊川海軍工廠」の跡地の一部が綺麗に整備され、公園の中に戦時の遺構が公開されている。終戦の年の空襲では2,500人もの人達が犠牲になったのだとか。こちらは盛土で覆われた「旧・第一火薬庫」。

 

↓ 同じ公園内の「旧・第三信管置場」。爆発が起こった場合に周囲に被害が及ばないよう土塁で囲まれている。

 

 

 

↓ 公園の周辺は建物が壊されたり掘り返されたりしていたので柵の上から覗いてみたら、やっぱり他にも盛土で覆われた工廠の遺構がいくつも見えた。公園が整備されたのでこれらは解体されてしまうだろうか。沢山の切株が見えるので、以前はこの辺りも鬱蒼とした木々に覆われていたはず。

↓ 野口町の交差点近くの民家の横に無造作に残っている「旧・逓信省豊川電話装荷線輪用櫓」(昭和元年頃・1926・建造)。我が国最初の長距離市外電話用ケーブル施設の現存例だとか。こんな状態だが実は国の登録有形文化財に指定されている重要な建造物。

 


 

ボンとらや 豊川本店

愛知県豊川市諏訪西町2-2-264

 

( 豊川 とよかわ ぼんとらや 和菓子 洋菓子 ピレーネ ソウルフード どら焼 近代建築 戦争遺構 海軍 豊川空襲 ボンボヌール パリジャン )

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吉野屋製菓舗 @愛知県刈谷市

2019年01月25日 | 愛知県(三河・老舗)

愛知県刈谷市内の散策。和菓子の店でも寄って嫁に何か買って帰ろうとはするものの、下調べをしていないので刈谷市の和菓子事情があまりよく分からない。この「吉野屋」も一度は店の前を通ったが、あまりにも大きく綺麗で自分のイメージと違うので素通り。ただ他を周ってめぼしい店が見付けられなかったので駅なんかで買うよりはいいやと再度寄ってみた。後から調べてみると細かい年号までは分からなかったが創業100年を超える老舗だとのこと。店に入るとガラスショーケースの中にはあまり老舗を感じさせないモダンな菓子が多い。表の幟には「いちご大福」とあり、店の中にも苺を使った菓子がいくつもあったが、帰りは持ち運びがどうなるか分からないのでフレッシュ・フルーツを使った菓子は避け、嫁の好物の「黒岩かりんとう饅頭・黒糖」を購入した。

家に持ち帰って嫁と食べる。香ばしい香りの「かりんとう饅頭」は表面が硬くなっているが、底の方は更にカリッと硬い。”黒岩”っていうのはやはりこの見ためから名付けられたのかな(作っているのが黒岩さんだったりして)。中にはこし餡がみっしりと詰められていて、かぶりつくとまず皮の黒糖の香ばしさとコクがしっかりと感じられ、後からこし餡の滑らかな甘さがやってくる。旨い。黒糖の他にも”チーズ”や”芋あん”の仕様があるようだ。嫁も気に入った様子。(勘定は¥135/個)

 


 

↓ 新栄町の古い商店街に残る「旧・刈谷浴場(旧・田鶴の湯)」(大正12年・1923・建造、改修)先達の写真等を見てずっと訪れてみたかった建物。平成25年頃まで営業していたそうだ。このモザイクタイルで彩られたエントランス部分は後から造られてたものだそうで、その奥に古い鉄筋コンクリート造りの建物がちらりと見える(横の空き地に回るとその建物らしき壁も…)。中に入ることが出来たらその辺の造作が分かるかもしれないが…。にしてもインパクトのある装飾。

 

 

 

 

↓ 「刈谷市郷土資料館(旧・亀城尋常高等小学校本館)」(昭和3年・1928・建造)。綺麗に整備され郷土資料館として自由に入場できる。地元の建築会社のHPによると、外の柱上部は「亀城(きじょう)」の”キ”を模っているのだとか。国の登録有形文化財に指定されている。

 

 

↓ 「郷土資料館」の向かいに建つお屋敷(建築詳細不明)。凝ったデザインの門構え以外はあまり統一感が無く、古い建物か分かり難いが、玄関横には”らしい”丸窓が見えた。

 

 


 

御菓子処 吉野屋 (吉野屋製菓舗)

愛知県刈谷市御幸町2-46

 

( 刈谷 かりや よしのや よしのやせいかほ 和菓子 御菓子司 かりんとうまんじゅう くろいわ 近代建築 銭湯建築 大中肇 洋館 尋常小学校 登録有形文化財 )

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丸初製菓本舗 @愛知県半田市

2018年10月31日 | 愛知県(三河・老舗)

愛知県半田市内を散策した折りに和菓子を買って帰ろうと寄ったのは創業明治26年(1893)という「丸初製菓本舗」。午前中にウロウロしていた時に見つけておいた店だ。店舗は交差点に建っているが昔はこの通りが街道沿いだったろうか。店に入るとガラスショーケースの中にはフルーツの入った大福を大フィーチャー。この時は”ぶどう”に”いちじく”なんてのが並んでいた。定番菓子の中に”半田名物・ちんとろ最中”というのがあったので、持ち帰りには最中が一番、と購入してみた。でも”ちんとろ”って何? 後で調べてみると上半田地区の祭礼の名前が”ちんとろ祭”らしく、お囃子の音などから名付けられたのだとか。

持ち帰った「ちんとろ最中」を開封。抹茶と小豆があったが、購入したのは小豆の方。最中種は何やら複雑な形。これもよく分からなかったので調べてみると、ちんとろ祭で使われる”ちんとろ船”の形を模しているのだとか。この船の上では子供による舞「三番叟(さんばそう)」も奉納されるらしい。船の胴の部分には”ちんとろ”の文字も。自分史上最も複雑な形の最中にかぶりつく。中は濃い色の粒あん。かなり甘め。最近は甘さ控えめな餡も多いので、これほど甘いのも久しぶりな感じ。抹茶を点てたので苦味とちょうど良く旨かった。(勘定は¥140/個)

 


 

↓ 隣の碧南市での近代建築散策の続き。中松町の「石川鋳造株式会社(旧・大浜火力発電所)」(大正12年・1923・建造)。えらく太くて短い煙突だなあと思ったら、上部は終戦間際の地震によって破損したのだとか。建物にはフェンスが巡らしてあり近付けなかった。

 

↓ 末広町の末広東公園内に建つ「平和用水記念碑(戦時記念碑)」(大正6年頃・1917・建造)。昭和50年まで使われたという灌漑用水の記念碑。大きくはないがなかなかの存在感。戦争とどういう関連か分からなかったが「戦時記念・耕地・整理・平和・用水・碑」の文字が刻まれている。

 

↓ 新川町の「全愛知県赤煉瓦工業協同組合」(昭和28年・1953・建造)。なるほど赤レンガな訳だが、現在は工事中だった裏の病院の現場事務所として使われていた。

 

 


 

丸初製菓本舗

愛知県半田市本町7-20

 

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大福 @愛知県碧南市

2018年10月27日 | 愛知県(三河・老舗)

半田から衣浦トンネルを抜けて初めての碧南の地へ。ちょっと行き当たりばったりの行程だったが、見ておきたい近代建築は事前にいくつか調べてあった。スマホの地図を頼りに借りた自転車でウロウロ。その途中でおやつ代わりに寄ったのは創業昭和10年(1935)という「大福」。店は名鉄三河線の「新川町駅」の近くの路地にある。店内は喫茶店風情。でも小上がりもあり、メニューには「大福食堂」と書いてある。調理場では御年80という主人が調理。出前もやっているようだ。日替り定食やカツ丼にも惹かれたが、軽く食べたいだけだったので”創業80年の自信作”という「煮かけ」を単品で注文(定食もある)。”煮かけ”とは三河地方を代表するうどんなのだとか(信州では”煮かけ蕎麦”が有名)。こちらでは麺はきしめんが標準のようだ。

しばらくして「煮かけ」が運ばれた。水面には、刻んだ揚げ、蒲鉾2枚、さやえんどう。刻みネギは別皿に。いわゆる名古屋的なきしめんとは表情が違う。乾麺を思わすようなプルンとした口当たりの麺。つゆは白つゆで、濃くも薄くもなくちょうどいい塩梅。代表的なきしめんのつゆで感じられるような甘さは無く、滋味深くて旨い。いい感じでスルスルと手繰り終えた。主人は洋食屋で修業をしたそうなので、オムライスなんかも食べてみたいなァ。何と食後にはアイスコーヒーのサービスも。近くだったら通うこと間違いなし。(勘定は¥480)

 


 

↓ 店のはす向かいにはもうとっくに閉店してしまっただろういい雰囲気の食堂も。どんな店だったんだろう。

↓ 衣浦トンネルを過ぎ碧南駅方面へ行く途中、音羽町にある「磯貝電機(旧・名古屋相互銀行碧南支店)」(昭和12年頃・1937・建造)。いかにも銀行といった感じの地味な建物。でも屋根下や入口庇にそれらしい意匠が残る。

 

↓ 一度は見ておきたいと思っていた「旧・大浜警察署(旧・岡崎警察署大浜分署)」(大正13年・1924・建造)。念願叶ってみることが出来た。カチカチっとして凝った意匠に、瓦屋根、まるで王冠を被ったような塔屋(汐見台)と、近代建築が好きだったら嫌いな人は居ないんじゃないかと思わせる素敵な建物だ。建物の状態も良さそうで裏庭までとても綺麗に整備されている。

 

 

 

 

 

↓ 敷地内には近くの「湊橋(現・港橋)」の架け替え前の親柱が並べてあった。

↓ 運河沿いにある音羽町の「八百品理容院」(建築詳細不明)。古い理容院らしい明かり取りの大きな窓も以前は木枠だったようだが現在は全てサッシに。でも玄関扉はなぜかまだ古いまま。リフォーム途中なのかな。

 

↓ 運河沿いで気になった建物(建築詳細不明)。”ESSO SERVICE”とあるのでガソリンスタンドだろうが、こんな狭い土地、しかも運河沿いに地下タンクがあったのかな。懐かしくも、とてもモダンな感じのする建物。

↓ 交差点で圧倒的な存在感を見せる浜寺町の「西方寺・太鼓堂」(建築詳細不明)。明治時代には校舎としても使われたのだとか。

↓ 「西方寺」から脇へ入った細い路地には有名な「九重味醂株式会社」の風情ある建物が見える。新しいショップやレストランで盛況。

 

 


 

お好みれすとらん 大福 (大福食堂)

愛知県碧南市新川町4-16

 

( 碧南 へきなん だいふく 大福食堂新川店 麺類食堂 大衆食堂 洋食 中華そば ラーメン ランチ にかけうどん 近代建築 セセッション様式 銀行建築 登録有形文化財 )

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シキシマ @愛知県半田市

2018年10月23日 | 愛知県(三河・老舗)

愛知県半田市で黒塀の建物が並ぶ運河辺りをウロウロとした後に、腹ごしらえで寄ったのは半田市役所のすぐ南にある食堂「シキシマ」。創業は戦前で現在3代目だという歴史ある食堂。日曜だったが店の前まで来ると店内の賑やかな雰囲気が伝わってきた。中に入るとテーブル席が6つ程、小上がり席は2つ程のさして広くない空間。それに比して広い厨房の中には主人の他に老齢のお母さんを含む3~4人が立ち働いている。テーブル席のひとつに座りメニューを眺めて思案。「肉そば」や「とんかつそば」なんていうそそられる中華そばもあったが、動き回って喉が渇いていたので、盛り沢山なおかずの「ランチ」をつまみに軽く一杯やることに。快活な給仕の女性に「ビール」と「ランチ」をライス半分でお願いした。

すぐにビール大瓶(アサヒドライ)が運ばれる。小皿のフライドビーンズを付けてくれるのがうれしいじゃないか。香ばしい豆を口に入れながら冷えたビールで喉を潤す。この日は湿度がかなり高く、汗も沢山かいているので一層旨い。そして「ランチ」が到着。大きめの平皿に盛られているのは、エビフライ、とんかつ、ハンバーグ、揚げ餃子、玉子焼、赤ウインナー。これに千切りキャベツとトマトとキュウリが添えてある。ご飯は半分でも茶碗にしっかり1杯分。それに赤だしと漬物が付くというんだからスゴイ。まるでお子様ランチ。値付けも安いし最高のランチだ。このお祭り騒ぎの皿をおかずにビールを進めていくシアワセ…。食べきれないといけないのでビールの追加は止め、途中からご飯に切り替え。もちろんご飯でも旨い、…どころかビールを呑んでいなければ確実にご飯は大盛にしていただろう。素敵だなァ。他の客は中華そばを食べている人が多かったけど、きっと旨いんだろうな。お腹いっぱいにして勘定してもらった。(勘定は¥1,350、うちランチは¥750)

 


 

 ↓ 堀崎町にある「日本福音ルーテル知多教会・半田礼拝所」(昭和28年・1953・建造)。雰囲気からヴォーリズ建築なのかなと思ったがそうではないようだ。

 

 ↓ その向かいにある「新美眼科医院旧館」(大正4年・1915・建造)。事前情報で知った渋めの姿とは違い、ド派手なピンク色に塗り替えられたばかりのよう。すごい色彩感覚。

 

 ↓ 堀崎町の路地の奥で気になった建物(建築詳細不明)。公民館か何かかな。古くはなさそうだが、壁面に穴あきブロックが使われていたり、木枠が使われていたり。

 

 ↓ 天王町に建っていた日本家屋(建築詳細不明)。一般住宅にしてはかなり大きく、2階の間もかなりの広さに見えるので他の用途で使われた建物じゃないだろうか。

 ↓ 市街から少し離れた乙川西ノ宮町の小高い場所に建つ「半田ハリストス正教會・イオアン・ダマスキン聖堂」(大正2年・1914・建造)。下見板張りでこじんまりとしている。

 

 ↓ せっかくここまで来たのだからと無理をして「衣浦トンネル」(昭和48年・1973・建造)の自転車歩行者道(無料)を通って碧南方面へ。何と地下11階(ヒーッ、帰りも11階を昇り降りか…)。歩行者用トンネルの先が霞んで見える…。

 

↓ この海の下にトンネルがある(碧南方面から半田方面を眺める)。日本初の沈埋式海底トンネル(地上で造った通路を埋める工事方式)なんだとか。

 


 

お食事の シキシマ

愛知県半田市東洋町2-10

 

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松華堂 @愛知県半田市

2018年10月18日 | 愛知県(三河・老舗)

半田市の歴史ある和菓子屋「松華堂菓舗」へ。風格ある建物で、これも一種の看板建築。道路に面した壁面は洋風とは言えないかもしれないが、すぐ隣に”らしい”建築もあって、2つ並んで独特の雰囲気がある。元々は内海で江戸時代に創業し、11代目が名古屋の「両口屋」で修業し、明治時代に半田に移ったのだとか。凄い歴史だ。風格あるガラス木戸を引いて中に入るとショーケースに様々な菓子が並んでいた。自分があれこれと迷っている間にも、表には買い求める人の車が次々に停まる。歴史ある店だけあって名物もひとつに限らずいくつも。もちろん上生菓子もあるが、遠い地まで遠征している身では買い求めることが出来ない。持ち帰りやすいもの、と探していると、”明治時代創製以来変わらぬ製法で一本一本手づくり”という名目で「松かげ」という焼菓子があった。これと「十三夜」という最中を購入して持ち帰る。

自宅に帰ってから包みを開ける。「松かげ」は薄紙にひとつひとつ包まれている。真ん中に穴が開いていて、正直最初は何の形か分からなかったけれど、松の葉を模しているらしい。なるほど。こちら創業当時も「松屋」という屋号だったそうだ。サクッとした食感で甘く、例えると硬めの”玉子ボーロ”のような風味。なのでコーヒーも…いや、コーヒーこそ合いそうだ。「十三夜」は普通の最中よりも薄く、これも最中種の模様はよく分からないが、開いた松葉だろうか(それともカモメ?)。中はつぶ餡で甘さはしっかりめ。普通の最中より薄いので口当たりが良い。どちらも旨い菓子だった。(勘定は「松かげ」¥540、「十三夜」¥130/個)

 

 


 

↓ 店の向かいにある立派な料理旅館「末廣」(大正12年・1923・建造)。かつては「春扇楼」と呼ばれ、半田三大楼に数えられたのだとか。創業は明治15年。べんがら塗りの玄関部分は扇の形に抜かれている。座敷などはかなり広そうだ。

 

 ↓ 店の隣に建つ「旧・大沢歯科」(建築詳細不明)。あまり古い建物ではないかもしれないが、2階ガラス窓の枠などに時代の意匠が残っている。

 

↓ 黒塀の立ち並ぶ運河沿いにある「キッコウトミ(株)第二工場」(建築詳細不明)。もう使われていないようでかなり傷みが激しくなっている。建物脇の路地は崩壊の危険の為か、台風通過の結果か、通行止めになっていた(実際に一部崩壊している)。

 

 

 


 

御菓子所 松華堂 (松華堂菓舗)

愛知県半田市御幸町103

 

( 半田 はんだ しょうかどう しょうかどうかほ 和菓子 上生菓子 半田名物 銘菓 近代建築 妓楼 妓楼建築 料亭 亀甲冨 )

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キラク亭 @愛知県半田市 (※閉店)

2018年10月10日 | 愛知県(三河・老舗)

思い切って遠出して愛知県半田市へ。JRに揺られている途中で仕事の電話がかかってきてしまい、危うく引き返す破目になりそうだったが、何とか電話対応のみで切り抜け、ひと安心。市内の古い建物を愛でに出発。そこで昼食に選んだのが洋食の「キラク亭」。旧国鉄駅に近くてこの店名ならまず間違いなく歴史のある店だろうと店まで来ると、建物は新しくいわゆる老舗の風情は感じられない(後から調べると創業は大正5年・1916だとか)。中の様子は伺えないのでドアを開けて入ってみる。店内にはテーブル席が並んでいるだけでごくシンプル。厨房は仕切られている引き戸の向こうで様子は全く分からない。先客は居なかったので適当に座ると、出てこられたのはご高齢の女将さん。テーブルに置かれたメニューは20種類も無いくらいと少ない。そこで目に留まったのが「ポンコロアー」。自分は結構色々な老舗洋食店を食べ歩いているつもりだが、このメニュー名は初めて。何かさっぱり分からないが、面白いのでスマホでは調べず、ビールと「メンチポンコロアー」とやらを注文してみた。ナイフとフォークが用意され、まずはキリンラガーの中瓶が登場。表裏に「キリンレモン」「キリンオレンジ」と彫られた鉄製の古い栓抜きも置かれた。これは気分がアガる(笑)。そしてまたひとりぼっちに。こちら側はなぜかダンサブルな音楽がかかっているが、あとはガラスも無い引き戸の向こうで音や話し声がぼんやりと聞こえるだけ。心細い(笑)。

そして平皿に盛られた「メンチポンコロアー」が運ばれた。本体は玉子の黄色い衣をまとっている、いわゆる”ピカタ”のようなもの。そこにケチャップがたらされていた。早速ナイフを入れてみる。メンチは薄く平たくされており肉汁が溢れ出る。ミンチと玉子とケチャップという洋食らしい組み合わせなので間違いのない相性。熱々を頬張ってビールで洗い流す。付け合わせは人参の沢山入ったポテサラと千切りキャベツ。ソース(地元半田産の古いソースだそう)も置いてあったので、少し使いながらいただいた。こんな未知の洋食メニューと呑むビールは最高。何か追加しようとも思ったが、もう1本呑むとこの後の予定が台無しになりそうだったので勘定をしてもらった…って声をかけても誰も出てこない。何度大きな声で呼んでもダメで、「食い逃げ…」という言葉も浮かんだが(笑)、仕方なしに引き戸をドンドンと叩いて女将さんを呼んだ。次に機会があれば「メンチボール」と「オムライス」で。(勘定は¥1,300)

 

 


 

↓ 電車で降り立った「JR半田駅」。構内の「JR半田駅跨線橋(旧・国鉄半田駅跨線橋)」(明治43年・1910・建造)は現役で日本最古だとか(※諸説あり)。傍らには煉瓦造りの「旧・国鉄半田駅油倉庫(ランプ小屋)」(明治44年・1911・建造)も建っている。

 

 

 

 

↓ 本町の通り沿いに並んで建つ「同盟書林本店」(昭和8年頃・1933・建造)と、「杉浦八百屋」(昭和8年頃・1933・建造)。どちらも堂々として迫力がある。

 

 

 

↓ 同じ通りにある「油佐商店」(建築詳細不明)。建物脇の路地を奥へ行くと黒塀に緑青が吹いた扉のある渋い蔵らしき建物があった。

 

↓ 通りを更に北上すると装飾がかっこいい看板建築(日本家屋の通りに面した側に商店として洋風な意匠を継ぎ足したような建築)が並んでいる(建築詳細不明)。装飾の一部には共通点も。同じ人が造ったのかしら。

 

 

 


 

 

※2019年5月を以って閉店されたそうです。

 

洋食 キラク亭

愛知県半田市住吉町7-38

 

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足助牛乳 @愛知県豊田市足助町

2018年08月13日 | 愛知県(三河・老舗)

愛知県豊田市の歴史ある足助町の街並みを散策。最後に寄ったのは「足助牛乳」。こちらの建物は安政4年(1557)建築というから凄い。元々は「名古屋牛乳」足助販売店だったらしい(「名古屋牛乳」は現在乳業から撤退)。開け放しの店舗土間に食料品が並んでいたのでフラフラと入って見ていると何ともデカい「麩」を発見。「たま麩」という名前で椀くらいの直径があり、見た目はまるで肉まん。吸い物に浮かべて使うのだと書いてあったので試しに買ってみた。こちらで作った商品かと思ったら岡崎の「麸屋藤商店」(創業大正14年)の製造と書いてあった。結構な人気商品のようだ。

家で昆布と鰹節で出汁をひいて吸い物を作る。味付けは塩と醤油。どれも目分量で控えめに。熱々のつゆをお椀によそい、そこへ底にいくつか穴を開けた椀いっぱいの大きさのたま麩を浮かべる。すると下からだんだんつゆを吸ってたま麩がふやけていき、まるで雑煮の餅のようになった。箸でつまむとデロンとはしているがグズグズにはならず、しっかりと形を留めている。口に含むとなるほどつゆを吸った麩の味なのだが、柔らかくなった餅のようでもあって、なかなか旨い。箸ではすっと切れないくらいの弾力もある。味の主張の強くない麩だから色々工夫出来そうだな、コレ。調べてみたらバターで焼いたり、おでんに入れたり、ぜんざいに入れたり、なんていうレシピもあるようだ。面白そう。(勘定は¥400)

 


 

↓ 足助町で一番気に入った元料理店の建物(建築詳細不明)。モザイクタイルで化粧された1階壁面、Rの付けられた意匠、星形の枠の2階窓、”アサヒビール”の木製文字看板、母屋の日本家屋の玄関はむくり破風、とグッとくる素晴らしい建物だ。ここでメシ喰ってみたかったなァ。

 

 

 

↓ 店の隣にある「足助中馬館(旧・稲橋銀行足助支店)」(大正元年・1912・建造)。現在は地域の資料館として使われている。

 

↓ 街並みから山側へ道を登っていくと小高い場所に街を見下ろす小学校があり、その片隅に古い講堂が残っている。「足助小学校講堂」(昭和13年・1938・建造)

 

↓ 足助町からの帰り道に「足助大橋」(昭和5年・1930・建造)の親柱と欄干を撮影。こちらも以前に紹介した「巴橋」(昭和12年)同様の造り。凝った意匠で素敵。

 


 

足助牛乳

愛知県豊田市足助町田町12

 

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川村屋 @愛知県豊田市足助町

2018年08月06日 | 愛知県(三河・老舗)

豊田市足助町を散策。大きな看板の掛かった和菓子屋「日月もなか總本舗・川村屋本店」へ。創業は大正5年(1916)だとのこと。元々は瀬戸市の店からの暖簾分けだとか(こちらかな?)。店の中でいただくことも出来るようだったが持ち帰りでお願いした。購入したのはもちろんこちらの名物「日月(にちげつ)もなか」。白いんげん豆を使った”白あん”と大納言小豆を使った”小豆”の2種類有り、小豆の方に”つめたて”と書いてあったのでつい「小豆」を購入してしまったが、後から調べるとどうも白あんの方がメインのような感じ。両方買っていけば良かったなァ…。

せっかくのつめたてなので自動車での移動中に包みを開ける。四角い最中種(皮)で、看板にもあった変わった書体の”日月”という文字が浮き出ている。中は小振りなつぶ餡でけっこう甘め。サクッとした最中種の歯触りとしっかり甘いあんこで、暑い日差しの中を走り回った疲れが癒される。自販機で買った緑茶しかなかったが冷たさにホッと一息。次に機会があったら是非白あんも買ってみよう。(勘定は¥140/個)

 


 

↓ 町並みの反対側、少し小高い場所を上がった学校の近くに建つ「足助町資料館(旧・愛知県蚕業取締所足助支所)」(大正12年・1923・建造)。町内から出土した縄文土器などが展示されている。建物裏手には高足の貯水槽や、朽ち果てた消防大八車(放水車)も。

 

 

 

↓ 現役の旅館「玉田屋旅館」(江戸末期建造)。江戸時代の旅籠の雰囲気を味わえるなんてすごい。夜にこの通りを歩いたらどんな感じなのか泊まってみたいなァ。

 

↓ 巴川に架かる「巴橋」(昭和12年・1937・建造)。親柱も欄干も丸みを帯びたデザインが特徴的。昔の橋はただのRC(コンクリート)構造でもこういう遊び心が素敵。今は味も素っ気もないものばかりだもんなァ。

 

↓ 「足助商工会(旧・足助警察署)」(明治19年・1886・建造)。むくり破風の風情ある建物。昭和33年まで警察署だったとは信じられない。

↓ 元は食堂らしき建物(建築詳細不明)◇。厨房と思しき窓の上には”釜めし””寿し”の文字が。

 


 

 

日月もなか總本舗 川村屋本店

愛知県豊田市足助町田町22

 

( 豊田 とよた 足助町 あすけちょう 香嵐渓 川村屋 にちげつもなか 日月もなか総本舗 和菓子 御菓子司 近代建築 )

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