かどの煙草屋までの旅 

路上散策で見つけた気になるものたち…
ちょっと昔の近代の風景に心惹かれます

旧サッポロビール名古屋工場遺構(名古屋市千種区)

2016-05-21 | まちかどの20世紀遺産

若宮大通とJR中央本線が交差する北東の一角には、現在イオンタウン千種と高層マンションが建ち並んでいますが、かつてここには大正期から操業していたサッポロビール名古屋工場がありました。ビール工場の東側には浩養園(昭和6年開業)が設けられ、工場出来立ての生ビールが楽しめるビアガーデンとして長年多くの人々に親しまれてきました。(浩養園は現在も引き続き営業中)

その浩養園とイオンタウンに挟まれた一画に高松南公園があります。その小さな公園の中央には、かつてサッポロビール名古屋工場でビール醸造に使われていた仕込み槽が残されています。そのかたわらには、大正13年竣工の工場の醸造棟の壁面の一部もレリーフとして保存されていますが、現在は生い茂る草に覆われ、かろうじて装飾が施された丸窓が確認できる状態です。

かつてこの地で、大正〜平成まで操業を続けてきたビール工場の記憶のかけらは、公園の片隅で静かに時を刻んでいます。


■公園の一画に残された銅製の仕込み槽



■現在はステンレス鋼製に変わり、銅製の仕込み槽は姿を消しました



■初期のRC造工場建築で、当時流行の表現主義風の丸窓のある壁面が保存されています


 
撮影:2016/05/01 

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今池中学周辺の洋風住宅(名古屋市千種区)

2016-05-18 | 名古屋の近代建築〜千種区

今は亡き(訪問後すぐに取り壊しが判明)豊年町のタイガー商会の南、桜通〜広小路通を超えた千種、今池界隈には戦前からの住宅地が拡がります。
古くからの住宅地ですが、さすがに戦前物件と思われる住宅は少なく、まして洋風住宅となるとなかなか希少です。
それでも今池中学周辺で、戦前の洋風住宅と思しき物件を数邸発見できました。


■今池中学の校門〜築年は不明ですが、柱頭の幾何学デザインに昭和モダンが薫ります。



■今池中学のすぐ南側に残る一部洋風住宅〜木造住宅の一部にモルタル塗りの洋風意匠が見受けられます。



■戦前に流行った玄関脇に一部洋室が付属した、洋風長屋形式の文化住宅。



■半切妻屋根の2連換気ガラリが良い味で、当時のままの木製窓枠が昭和の雰囲気を醸し出しています。
門柱のデザインも昭和モダン。



■屋根は大幅にリニューアルされていますが、ドイツ壁に木枠を見せるハーフティンバー風外観は戦前の洋風住宅の定番。
半切妻の大屋根の横に多角形のサンルームを設けた、かなり本格的な洋館住宅とお見受けいたしました。
大きく育ったソテツの木が当時の南洋趣味を物語り、もう文句なしの☆みっつ!です。

撮影:2016/05/01

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タイガー商会(名古屋市千種区)

2016-05-14 | 失われた建物の記憶

徳川園から東へ向かい中央線沿いを南下、千種区豊年町の内山小学校のすぐ北側にあるタイガー商会を訪ねました。
タイガー商会は1921(大正10)年創業、昭和30〜40年代に一世を風靡したあの「地球ゴマ」を開発製造した会社です。
わたしも小学生の頃に、当時としてはかなり高価な「地球ゴマ」を買ってもらい、指の上でまわしたり綱渡りをさせたりして夢中で遊んだ記憶があります。 
当時少年少女だった皆様は、一度は目にしたり遊んだ機会があったのではないでしょうか。
それほど大ヒットした商品だったのですが時の流れには勝てず、職人さんの不足と高齢化から2015年4月、地球ゴマの生産は終了になったようです。
 

■白く塗られた外壁のモダンな本社と、隣接する木造の建物は今も健在
 戦前からの歴史のあるタイガー商会の往時の姿を伝えてくれます








◆タイガー商会/愛知県名古屋市千種区豊年町17−15
 竣工:戦前期(大正末〜昭和初)?
 撮影:2016/05/01 

この撮影後すぐに取り壊し情報をいただき、現在は更地になっているそうです。
間一髪なんとか最期の姿をカメラに収めることができたようです。 
このところ取り壊し情報を相次いでいただいております。
諸般の事情でしょうがないとは言え、そこにあるのが当たり前の街角の風景が突然消えてしまうのは本当に残念です 

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徳川園周辺の洋風住宅(名古屋市東区)

2016-05-11 | 名古屋近の代建築〜東区

徳川園界隈は戦前からの古い住宅地で、数年前に歩いた時には古い洋風住宅がまだ残っていました。
今回確認できたのは3軒のみで、この辺りも住宅の建て替えや、新築マンションが目立つようになりました。


■戦前の住宅はたいてい高い塀と木立に囲まれ、なかなか全体を見ることができません
屋根や外壁、窓などは改修を受けていますが、随所に戦前の洋風建築ならではの意匠が残っています





撮影:2016/05/01

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徳川美術館本館(名古屋市東区)

2016-05-09 | 名古屋近の代建築〜東区

徳川園西側の黒門を入るとすぐ正面に徳川美術館の玄関が見えます。白壁の近代和風の建物ですが、これは昭和62年(1987)に増築された部分で、南側には昭和10年(1935)開館当時の本館建物が現存しています。

本館の建物は現在も企画展示室(第7・8・9展示室)と南収蔵庫として使われており、外観は当時流行した帝冠様式のデザインです。徳川園の南側の道路から、その特徴的なデザインの旧玄関部分を見ることができます。


■現在の玄関がある徳川美術館新館〜本館は向かって右手奥にあります


■徳川園の南側にある本館の門



■本館玄関





◆徳川美術館本館/名古屋市東区徳川町1017
 竣工:昭和10年(1935)
 設計: 吉本与志雄/案:佐野時平
 施工:竹中工務店
 構造:鉄骨鉄筋コンクリート造地上1階地下1階建
 撮影2016/05/01
 ※国登録有形文化財 

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蓬左文庫旧書庫(名古屋市東区)

2016-05-07 | 名古屋近の代建築〜東区

徳川園は尾張藩二代藩主光友が隠居所として造った大曽根屋敷が起源で、昭和6年に十九代当主義親から邸宅と庭園の寄贈を受けた名古屋市が整備改修を行い、「徳川園」として公開しました。

徳川園の西にある黒門(国登録文化財)を入ると、右手に白く塗られた土蔵造りの建物があります。これは昭和58年まで蓬左文庫の書庫として使用されていた建物で、現在は移築されそのままエントランスホールに再利用されています。この旧書庫に続いて蓬左文庫の閲覧室と展示室があり、尾張徳川家の旧蔵書を中心に11万点に及ぶ和漢の古典の所蔵公開、また近世武家文化を紹介する展示も行っています。

入口が二つ並ぶ旧書庫の建物は、明治33年に完成した尾張徳川家名古屋大曽根邸内の9棟の土蔵のうちの2棟を、昭和10年に1棟に合体移築し再利用したものです。建物は伝統的な和風2階建の蔵造りですが、小屋組みは当時としては珍しい様式のキングポストトラスを採用した斬新な構造です。移築にあたり基礎や外壁は鉄筋コンクリートで補強されていますが、内部や軸組は当時の姿をそのままとどめています。


■徳川園の西側入口黒門(旧尾張徳川家大曽根別邸表門/明治32年築/国登録有形文化財)
門を入ると正面に徳川美術館、右手に蓬左文庫があります



■明治33年築の土蔵→書庫に改修(昭和10年)→エントランスホールに移築改修再利用(平成16年)
まさにリノベーションの先駆けであり、お手本といえるでしょう!それにしても残ってよかったですね




◆蓬左文庫旧書庫/名古屋市東区徳川町1001
 竣工:昭和10年(1935)〜明治33年築の蔵を改修/平成16年(2004)移築改修
 設計:吉本与志雄
 構造:木造一部鉄筋コンクリート造2階建
 撮影2016/05/01
 ※国登録有形文化財
     

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日本福音ルーテル復活教会(名古屋市東区)

2016-05-03 | 名古屋近の代建築〜東区

鈴蘭南座から名鉄瀬戸線森下駅のガード下を抜け徳川園へ。
徳川園のすぐ北には、戦後物件ながらヴォーリズ建築事務所が手がけた日本福音ルーテル復活教会があります。
小さな教会堂ですが、玄関部の尖頭と外壁にあしらわれた十字架型のガラス窓が目を引きます。
平成24年に登録有形文化財に指定されています。


■シンプルで明快な印象の外観は、年を重ねても色褪せることはありません



■白(モルタル)と茶(下見板)のツートンの外壁に赤のスレート屋根がのる外観は何とも愛らしい



■玄関部のグリーンの尖頭が赤い屋根に映えます


◆日本福音ルーテル復活教会/名古屋市東区徳川町2303
 竣工:昭和28年(1953)/昭和35年(1960)改修
 設計:ヴォーリズ建築事務所
 構造:木造平屋一部2階建
 撮影:2016/05/01
 ※国登録有形文化財

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鈴蘭南座(名古屋市北区)

2016-05-01 | 名古屋の近代建築〜北区

今年に入って仕事が忙しく、なかなか休日に町歩きをする余力がありませんでした(そろそろトシかなあ〜
そして気がつくと桜も散って、いつの間にか5月の連休に突入しているではありませんか。
これはいかんと、久しぶりに街歩きに出かけることにしました。

とりあえず足慣らしということで、地元犬山の羽黒駅から名鉄小牧線に乗り、終点の地下鉄名城線平安通駅で下車しました。
ここから徳川園を経由、鶴舞公園まで建築探訪をしながらの久しぶりの街歩きです。
まずは平安通駅から南へ、鈴蘭南座という昭和29年に移築された芝居小屋へ向かいました。


■閑静な住宅街に芝居小屋がポツンと建っています
大衆演劇、芝居小屋〜昭和がにじみます・・・




◆鈴蘭南座/名古屋市北区大曽根1丁目15-3 
 竣工:不明
 移築:昭和29年(1954)
 構造:木造
 撮影:2016/05/01 

 

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キース・エマーソンを偲ぶ

2016-03-13 | プレイバック70年代

ELP(エマーソン・レイク&パーマー)のキーボード奏者キース・エマーソンが亡くなりました。
中学3年の時に友人の影響で、いわゆるプログレ(プログレッシブロック)にハマったのですが、ELPはイエス、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン とならぶ「わが青春のロック・ミュージック」なのです。

ELPとの出会いは『展覧会の絵』で、友人宅で初めて聴いた時はその強烈なライブパフォーマンスに圧倒されました。
その後NHKの「ヤング・ミュージックショー」というTV番組で、ELPのライブを放映したのですが、その時の『ナット・ロッカー』でのキース・エマーソンの鬼気迫るキーボードプレイは、スゴイ!のひとことでした。 


イエスのベーシスト、クリス・スクワイアに続くキース・エマーソンの訃報は、プログレの全盛期を知る私のようなファンには寂しいかぎりですが、彼らの音楽はこれから先もずっと新しいロックファンに受け継がれてゆくに違いありません。 


 

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昭和の建築散歩〜名駅西側(名古屋市中村区)

2016-01-27 | まち歩き

金時湯や中京幼稚園がある名駅の西側、中村区役所界隈には戦前の古い建物が点在しています。
高層ビルが立ち並ぶ名古屋駅から徒歩15分ほどの所で、昭和の名古屋の街角散歩が楽しめます。


■金時湯の東にあるレトロな不動産屋。昭和を感じさせる窓割りがたまりません。





■中京幼稚園のすぐ南側に残る戦前物件と思しき文化住宅。



■半切妻の屋根とドイツ壁が良い味です。



■戦前の町屋建築



■名古屋の真ん中にまだこんな古民家が残っています。



■すぐ東側には名駅の高層ビル群がそびえます。

撮影:2016/01/10

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中京幼稚園 遊戯室(名古屋市中村区)

2016-01-16 | 名古屋の近代建築〜中村区

金時湯から環状線沿いに北へ300mほどの所にある中京幼稚園には戦前の建物が残っていて、現在も遊戯室として使われています。

◆中京幼稚園 遊戯室/名古屋市中村区則武本通2丁目55
 竣工:昭和10年頃(1935)
 構造:木造平屋
 撮影:2016/01/10





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金時湯(名古屋市中村区)

2016-01-11 | 名古屋の近代建築〜中村区

久しぶりに所用で名古屋へ出かけたついでにちょっと寄り道、新年最初の近代建築探訪となりました。
今回は時間の都合で名古屋駅すぐ西側の取りこぼし物件を中心に、1時間ほど周辺を散策しました。

まずは名駅の太閤口を出てビッグカメラの南側を通る駅西銀座商店街を西へ500mほどのところにある金時湯へ。
外観は白いタイルとトタン張りでそれほど昭和レトロな雰囲気はありませんが、名古屋では数少ない昭和3年築の戦前モノの銭湯です。
名古屋駅周辺には旧三越湯なども残っていますが、リニア新駅建設による周辺の再開発に伴い、これらの建物の行く末が案じられます。
 

■建物の後ろに煙突が顔を覗かせています




 

◆金時湯/名古屋市中村区竹橋町39−10
 竣工:昭和3年(1928)
 構造:木造2階建
 撮影:2016/01/10

 

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マンホール紀行(44)〜愛知県豊明市

2015-12-06 | ご当地マンホール紀行

■汚水管マンホール蓋〜桶狭間の戦い



■雨水管マンホール蓋〜市章と市の花ヒマワリ

撮影:2015/11/03

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旧東海道を歩く(5)〜宮宿(七里の渡し跡)

2015-11-29 | まち歩き

旧東海道は松田橋の交差点で国道1号線と合流した後、新堀川の手前で再び左に分岐しJR東海道本線の踏切を渡ります。


■国道1号線と分岐した旧街道は新堀川の手前で東海道線の踏切をわたります



■前方に新堀川に架かる熱田橋が見えてきました



■熱田橋を渡ると伝馬町、東海道五十三次の41番目の宿場町「宮宿」で栄えた宮地区に入ります



■名鉄常滑線のガードをくぐると公園内に宮地区の歴史を案内した看板が設置されています



■伝馬町を進むと名古屋城下へ向かう美濃路とぶつかります



■国道19号を渡ると終着「七里の渡し」です



■七里の渡し跡は公園として整備され、鐘楼と常夜灯が復元されています







■熱田荘/明治29年(1896)
旧船着場の前に料亭(魚半)として建てられました。現在は高齢者の福祉施設として再利用されています。



旧魚半別邸/大正13〜昭和3年〜魚半の別邸として建てられた洋館と和館が現存しています

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松田橋遺構(名古屋市瑞穂区)

2015-11-25 | まちかどの20世紀遺産

旧東海道(県道222号)と国道1号が合流する松田橋交差点北西角にある八丁畷公園内に松田橋遺構が復元されています。
公園の説明看板によるとかつてこの辺りには用水が通っていて、松田橋という小さな橋が架かっていました。
橋の撤去に際し保存されていた親柱を使い、平成5年公園内に松田橋が復元されました。
大正の年号が刻まれた石造の親柱の丸く削った柱頭には、セセッション風のシンプルな装飾が施されています。


■3本の親柱と石橋が復元されています



■公園内にある説明看板



■大正十四年?の銘がある親柱



■現在の松田橋交差点〜小さな石橋が架かっていた90年前に誰がこの風景を想像できたでしょう?

撮影:2015/11/03

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