“科学技術書・理工学書”読書室―SBR―  科学技術研究者  勝 未来

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■科学技術書・理工学書ブックレビュー■「科学の目 科学のこころ」(長谷川眞理子著/岩波書店)

2013-09-17 09:43:27 |    科学技術全般

書名:科学の目 科学のこころ

著者:長谷川眞理子

発行所:岩波書店(岩波新書)

発行日:2010年6月4日 第13刷

目次:1 生物の不思議をさぐる
    2 科学・人間・社会
    3 科学史の舞台裏
    4 ケンブリッジのキャンパスから

 先日、新宿の私の行き付けの書店で、店内に置いてある書籍を見ていたら、入口のもっとも目立つ場所に今回の書籍である長谷川眞理子著「科学の目 科学のこころ」が置いてあるのが目に飛び込んできた。今の書店は、どこでもベストセラー小説など売れる本を一番目立つ場所に置き、科学技術書などの難しい本は、あまり人目に付かない場所に置いてあるのが極当たり前のことだ。何で科学技術の、しかも地味なタイトルのこの本がこんないい場所に置いてあるのか、不思議に思って手に取り、何気なく奥付を見てみたら、1999年7月19日第1刷発行、2010年6月4日第13刷発行と書いてあるではないか。つまり、新刊ではなく、現在の13刷まで続けて印刷されている(つまり売れている)本なのである。これは、内容がしっかりとしたもので、しかもそれが今日まで根強い人気が営々と続いていることを物語っていることに他ならない。早速、購入して読んでみた。内容は期待に違わず、大変参考になり、思わず「そういう見方もあるのか」と一人考え込んでしまうような充実した科学エッセイ集となっていた。つまり、この本はある特定のテーマについて書かれている科学技術書ではなく、行動生態学を専門とする科学者である筆者が、常日頃、考えている事柄をエッセイ風に綴ったものであり、気軽に読める科学読みものなのである。気軽と言っても、それぞれのテーマについての筆者の鋭い視線が感じられ、最後まで緊張感を持って読み進められる。

 筆者の長谷川眞理子氏は、1983年東京大学大学院理学系研究科博士課程終了。理学博士。2000年、早稲田大学政治経済学部教授。2007年、 総合研究大学院大学先導科学研究科生命共生体進化学専攻教授。この本の前書きにも書いてある通り、専門は動物の行動の進化を研究する行動生態学という学問。これまで、ニホンザル、チンパンジー、シカ、ヒツジ、クジャクなど、主に大型の動物を対象にしてきたわけであるが、最近では、人間の行動と心理の進化の研究も始めているとある。岩波書店の雑誌「科学」に、1996年1月から1999年4月までの3年間に渡って連載してきたものに、加筆・修正を加えたのがこの本。筆者は執筆の動機を次のように語る。「本書は、そのようにして、一科学者である私が、科学という人間の営みに関して思うこと、考えることを、書きつづったものである。科学が自然や人間を見る目と心、そして社会が科学を見る目と心について、科学が好きな人にも嫌いな人にも、何か伝えられるものがあればと思う。もちろん、そして、科学の好きな人が一人でも多くなってほしいと願っている」

 全体は、Ⅰ生物の不思議をさぐる、Ⅱ科学・人間・社会、Ⅲ科学史の舞台裏、Ⅳケンブリッジのキャンパスから―の4部構成からなるが、「はじめに」の中に面白い話が紹介されている。19世紀の終わりごろ、プロシア政府は、もうこれで科学的発明発見は底をついただろうと判断して特許局を閉鎖してしまったという。しかし、現在まで科学技術上の発明発見は続いており、さらに今後加速度が付きそうあることを考えると、人間の見通しは、あまりあてにならないということが分かるエピソードではある。「Ⅰ生物の不思議をさぐる」の中の「進化的軍拡競争」では、人間の世界の軍拡競争に似たことが、生物の世界でも日常的に行われていることが紹介されている。例えば、カッコウは、自分ではヒナの世話をせず、ウグイスなどの他種の鳥の巣に卵を産む。カッコウのヒナはいち早く成長をし、宿主の卵を巣の外に放り投げてしまう。そこで、宿主の鳥は、カッコウの卵をいち早く見つけ、巣の外に捨てる対策を取る。カッコウは今度はそれに対応して、宿主の卵に似た卵を生むようになるという。これなどは、人間の軍拡競争を彷彿とさせると筆者は指摘する。

 山中教授によりiPS細胞が開発された現在、生物としての人間の存在が改めて注目されているが、「Ⅱ科学・人間・社会」の中の「ハロー、ドリー!」では、筆者は次のように書いている。「いまのところ、クローン技術をヒトには応用しないということで世界の意見の一致がある。しかし、現在、手持ちの生殖技術の許容範囲に関して、世界各国でガイドラインがまちまちなように、ほうっておけば、いずれ、ヒトにもクローン技術を応用しようとする研究がどこかで出てくるのではなかろうか?」これは今後大きな問題を引き起こすかもしれないことへの警告なのであろう。「Ⅲ科学史の舞台裏」の中の「デカルトの誤りとデカルトの慧眼」では、最近、一部の認知科学者によりデカルトを否定するような動きがあるが、デカルトが、いち早く、精神と物体とを峻別し、二元論を打ち出したことを筆者は、高く評価する。「自分の実感と世界の真の姿との間に、何らかのずれがあるかもしれないなどと気づくのは、なみたいていのことではない」と。最後の「Ⅳケンブリッジのキャンパスから」では、日本と欧米の研究体制の相違が紹介されており、興味深い。その中の「女性研究者はなぜ数が少ないか?」では、自身が東京大学理学部の助手をしていた時の経験が載っている。それは、所属教室の主任から「東大理学部では女性はとらないのだから、出ていきなさい」と言われたというショッキングな実話で、「はるか昔の話ではなく、1990年の話である」と筆者は強調する。何かこの問題の難しさを暗示させる話ではある。(勝 未来)


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