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復活した坊っちゃん列車

2010年01月16日 | 伊予松山歴史散策
復活した坊っちゃん列車

夏目漱石の小説「坊つちやん」の中で、軽便鉄道時代の伊予鉄道が「マッチ箱のような汽車」として登場しており、四国・松山の中学校に赴任する主人公の坊っちゃんがこれに乗ったことから、坊っちゃん列車と呼ばれるようになった。
松山の観光のシンボルの復活として、坊っちゃん列車の復元構想は、過去、いくつか起こっては消えていた。特に、観光の目玉を増やしたい観光関係者、特に道後温泉関係者にとって関心事であった。

伊予鉄道が、2001年にディーゼル方式を採用した坊っちゃん列車の復元を発表、運行開始した。列車は、往時の坊っちゃん列車をモデルにディーゼル動力方式を採用、汽笛は同社OBの協力を得、制服も当時のものを復元するなど、できるだけ本格的なものにしようとした。
蒸気機関車ならではのドラフト音は車外スピーカーによって鳴らす方式を採用し、煙突からは水蒸気を使用したダミーの煙を出す発煙装置を採用する等の工夫がなされている。

•車両:ディーゼル機関車D1形 1 + 客車ハ1形 1・2(第1編成)、ディーゼル機関車D2形 14 + ハ31形 31(第2編成)
•製造:新潟鐵工所
•伊予鉄道創業時の制服を着用した機関士と車掌が乗務している。
•客車の屋根には分岐点でポイント操作を行うトロリーコンタクターを作動させるため、ダミーのビューゲル(進路制御装置と呼んでいる)が取り付けられている。
•道後温泉駅の専用の引込み線には2編成が夜間と、1日おきに時間調整のために留置されており、観光客がその前で記念写真を撮るなどされ、親しまれている。
松山市駅では、乗務員が手動で機関車の回転作業を行う

なお、先代の坊っちゃん列車は下記の仕様であった。
•1888年 伊予鉄道がドイツ・ミュンヘンのクラウス社製の機関車(甲1形)で運行を開始。
•1945年 老朽化と電化のため予備となっていたが、空襲による電車の被災焼損のため復活。
•1954年 ディーゼル機関車への切り替えにより、運行を終了。
 坊ちゃん列車1号車:明治21年ドイツ国クラウ社製
14号車:明治41年ドイツ国クラウ社製最後の輸入機関車
7号・8号車:道後鉄道の物を引き継ぎ・イギリス製
9号・10号車:南予鉄道の物を引き継ぎ
11号~14号車:ドイツ国クラウ社
15号・17号車:住友別子のものを物を引き継ぎ製作所不明
以上17台の機関車で営業していた。

画像は、松山市役所前で路面電車と交差する復元された坊ちゃん列車1号車
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