『鏡川』は傑作です

2011-05-13 19:43:22 | 本の話
若いころは新書が面白くなくフィクションが楽しかった。
いつの間にか新書のような内容が読み応えがあり
フィクションは「このパタンはね、昔・・・」と
思って面白くなくなってしまいました。

それでも新書のたぐいばかりですと飽きます。
「良い文章が読みたいな」

新書が悪い文章とは言いません。
文筆家が心血を注いだ名文にも触れたいね、と
思うのです。
文章の次元が違います。


安岡章太郎『鏡川』
大傑作です。

2000年に発表されたそうですが、若い人には面白く
ないのではないでしょうか。
今の若い人に限らず、20代の私がそこに居ても
「それがどうかしましたか?」くらいにしか分からない
でしょう。

若くても人間をよく知る人なら面白いかもしれませんが
ふつうは老境に入りかけて少し見えてくる世界でしょ?

年取ってきて良かったと思う数少ない事例の一つです。


鏡川は高知城下・安岡氏のご母堂の実家から見える
光の美しい川だそうです。

母方の先祖をたどり、その生き方を小説に仕立てたものが
『鏡川』です。

かなりの部分が小説らしい文章ではなくエッセーに近い
感じで書かれています。
(作り物というイメージではなく、リアルになります)

200頁の中にたいへん沢山の人物が登場します。
人間関係も複雑です。
(調べるのも大変だったろうな)

複雑な事柄を短い中で自在に表現しながら、ラスト20頁は
ベートーベンの交響曲のコーダの如く盛りあがりますね。

よほど構成を練られたのか、それとも名人になると
こういうワザを使いこなせるのか。


歴史上の事にフィクションを交えながら再構成し
人物や人生を浮かび上がらせるのですが
その向こうに「人間とは」というテーマが見えます。

また著者の(人となり)も伝わってきます。


人生は、美しく、厳しく、哀しい。

人間てこういうものですが、安岡さんの手にかかると
どこか温かみも伝わってきます。


小説中に大沼枕山の七言律詩がありました。

横書きでは叱られそうですが、最後はこうです。
「残樽断簡是生涯」

the days of wine and rosesというより
東洋的なストイックな世界ですね。