銀河鉄道拾遺

SF、かふぇ及びギター

予期せぬときに

2017-07-31 | 日記
ブログの更新が滞ってるのは何時もの如く、私が落ち込んでるからだが(実に分かり易い)、時は余り待ってくれぬ。きょう31日、会社に夏季休暇申請をしてたのをふと思い出し、カミさんに請われるままに海へ行ってきた。たまたまの第三皇子が同行。親子でくじらの大ちゃんなんて何年ぶりか。ビーチはやっぱりええのお。そして平日休みには休日休みの店に行ける、ちゅう特典が付いている、それで午後遅く Central Park Cafe @開江町(ひらくえちょう)。店主に自筆TAB譜を渡して Van Ronk 教の布教なんどをしていたら、楽器持って来てくださいよ、だって。弾きこもりにゃ酷な要望だな、って其のあとウチで練習してたら、一緒に行ったカミさんがとりあえず2曲弾いてみろ、なんてオレをけしかける。渋々やってから、その流れでしばらく弾き込み。成果、ありました! まったく予期せぬときに、いつもいい仕事しやがるな。
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い、いんた

2017-07-23 | 日記
引込み線の次はちょっと調べものが必要なので、いんたみっしょん。いんたみっしょんの連投にならないことを祈る。  今春に追い込みをかけた Bicycle Tune 、その前に Pavanna をイントロっぽくあしらってみた。両曲がリュート・チューニング(3絃GをF#にダウン)であり、嬰ヘ短調(尤も最後の和音は嬰ヘ長調) → ホ長調という展開が新鮮なため。こうしてステージで披露できるよう、数分のセクションが幾つか出来つつあるが、何時やるのか?いまじゃないでしょ!というのは確からしい。今朝は Maple Leaf の§Cを。アレンジなさった浜田さんに直接フィンガリングを問い合わせる、という図々しさ。
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今も思い出の中を走ってる 10

2017-07-22 | 日記
水戸市立博物館と城里町の共催展「茨城鉄道 第Ⅰ期」。きょうは第二会場であるホロルの湯へお邪魔した。ちなみに風呂には入らなかった。こちらの展示では、全駅の写真と線路図の付いた大判パネルの路線図がすばらしい。これによると終点御前山(ごぜんやま)駅には乗降線と機廻し線(先頭の機関車を列車の反対側に移動させるための線路)を半周するように貨物線が敷かれていたこと(確かにスペースは十分だが、本当か?!)、藤井(ふじい)駅から那珂川に向かうトロッコ線跡がおよそ確認できたこと、砂利採取用のトロッコ線は阿波山(あわやま)駅にも存在したこと等々、知らなかった話がどんどん出てくる。先の動画はプロジェクターでロビーの壁におおきく映し出されていた、映像が揺らめく様がいかにも記憶のヴェール越しという感じで、ただただ呆けるように見ていた。
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今も思い出の中を走ってる 9

2017-07-21 | 日記
茨大前(いばだいまえ)方面から上水戸(かみみと)に進入するとき、最初のポイントで分れた線路がやんわり右手へ折れて行く。際には三本のポプラ、うち一本は今も見ることができる。これが駅の裏手にあった製材所への引き込み線である。線路延長2~300メートルといった所であろうか。7/18付のブログでは触れなかったが交差点Bから上水戸駅Cに通ずる道路があって、引き込み線はこれを踏切りで渡り、製材所の敷地内へ消えてゆく。駅のそばを通りかかると、たまにディーゼル機関車が入れ替え作業を行っていた。製材所から引き出した貨車を構内に留置するには、件のポイントから本線に入り、一旦停止して構内に折り返す。そんな作業が昼下がりに行われていた、今となっては正に白昼夢である。
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今も思い出の中を走ってる 8

2017-07-20 | 日記
上水戸(かみみと)駅は大きな駅だった。駅舎に隣接して木造の大型倉庫があり、貨車から積み降ろしが出来るよう、立派な側線が設えてあった。小ぶりだが蒸気機関車用の給水塔も立ってたし、ヤード(操車場)があった関係で乗降用のホームが尽きても駅の果て迄まだかなりの距離があった。そんなわけで線路が駅に進入するいちばん最初のポイント(線路が二股に分岐する装置)は駅舎からかなり離れている。これを操作するため、錯綜するレールの隙を縫ってポイント操作用のロッドが一筋伸びていた。そしてこれを操作する音がまた、結構大きい。駅構内にこだました、と言っても過言ではないだろう。あれはロッドをジョイントで繋いでいたのだ、だからガシャンガシャンという金属音が連続して地を這っていったのだ。
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今も思い出の中を走ってる 7

2017-07-19 | 日記
ここから暫くは、うちの周辺を走っていた茨城鉄道の様子を話すことにしよう。昨日、話に上った曙町(あけぼのちょう)は停留所扱いの駅。上水戸(かみみと)駅の標識は、茨大前(いばだいまえ)←上水戸→西原町(にしはらちょう)となっていて、ちょっと無視されてるのが最寄駅だけに悲しい。むかし、茨城大学附属中の生徒たちはここに停車した車両からぞろぞろと降りてきて、学校に向かって歩いていった。中坊もあの頃は大人びて見えたもんだ。一面しかないホームの背面が銀星(ぎんせい)映画館であり、よく怪獣映画を観に行った。映画「日本海海戦」では沖を通過するバルチック艦隊の報が方々から伝わって、緊張感が増してゆくシーンが好きだった。館内に中華料理屋があり、上映中にラーメンをすすってる客もいたと思う。なお、この映画館は現在も営業を続けている、立派な現役である。興味のある方は是非に。   小学校の低学年だったころ、ほうきと塵取りを持って清掃に出掛けたことがあった。きっと胸に崇高な目的が宿ったのであろう、でも実行に移すとハズイものはハズイ、父親に付き合って貰ってもそれらは消えず、ほんのひと掃きふた掃きして一目散に家に帰った。両親がこのことをすっかり忘れているので、かろうじて私は生き永らえている。
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今も思い出の中を走ってる 6

2017-07-18 | 日記
小学校へ通う片道2キロの通学路には、ふたつの踏切りが存在した。ふたつ越さないと学校に辿り着かない。けれどそれらは同じ鉄道のものなのだ。   四角いかたちを思い浮かべてほしい。右下の点Aが曙町(あけぼのちょう)停留所。銀星映画館の裏手にある。右上の点Bは地元で五差路と呼ばれる交差点、左下Cが茨城鉄道の中心だった上水戸(かみみと)駅で、残り左上Dが二番目の踏切、これを渡ると常盤小学校だ。学校へはA→B→Dの順に進む。もうお判りと思うが、Cに位置する上水戸駅で鉄道は90度その向きを変えるのだ、国鉄と接する駅を本当は水戸駅にしたかったが、住民の反対でやむなく赤塚駅としたことが原因と聞いている。朝、踏切りDの手前50メートルくらいで、赤塚行きの三両連結を見送るのが習慣だった。
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今も思い出の中を走ってる 5

2017-07-16 | 日記
話が桂村から始まったので、次は城北(じょうほく)⇔常陸岩船(ひたちいわふね)間の大ループについて触れる。而して鉄道は田んぼを渡り、桂村の中心、阿波山(あわやま)駅へと進入するが、大ループの名を奉じたのは他ならぬ私だから文献等に何も出ては来ない。それはともかくとして、那珂川の下流域に沿って平地を進む茨城鉄道にトンネルはない。しかし大河川の形成する河岸段丘は侮り難い、25キロの線区中それなりの坂が連続する。その最たる例がこの区間である。川を遥かに見下ろす高台にある城北駅を出た線路は大きく右に湾曲する台地のへりに沿い、川面とさして変わりない平地へと降りてゆく。線路の右手は藪に覆われた崖、そして坂を暫く下ったところで茂みの向こうにぬっと現れるのが送電鉄塔だ。丘を離れた路盤は途中で切れ、高さを失うまいと築かれた築堤は依然右カーヴの中途にあり尚も北へ向かおうとするが、一路西進する送電線はここで線路をオーバークロス、次の鉄塔を経て丘の稜線を越えて行く。城北駅を発った列車の進行方向右に座す者はジョイントを渡る列車がゆるりと坂を下るのを感じながら鉄の巨人の連なるを見、やがてローリングしつつ築堤を右へカーヴするその上空に、きらめき跨ぎゆく高圧線を仰ぎ見たことだろう。また、田の中程に位置し俯瞰する者は、丘の左手の小高い位置に姿を現した列車が高圧線と戯れながらゆるゆると右手へ下りゆく姿を眺めたことだろう。。  ところで以上が妄想に過ぎないことが展示ではっきりした。大ループを走行する列車の見事な写真(カーヴで車体が内側に傾いでる)に鉄塔のての字も見えないのだ。城北町の台地の北を掠める鉄塔群の設置時期に差があるのか、いや廃止直前に二つの鉄路の邂逅はあったかもしれない。。。

中央を縦にうねっと走るラインが線路跡。「航空写真」でどうぞ。
http://tower.30maps.com/map/110232
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今も思い出の中を走ってる 4

2017-07-14 | 日記
一年前に練習してたヘリオトロープ・ブーケを久しぶりに取り出して、みたいな話は置いとくとして、茨城鉄道を語るなら貨物列車に遭遇した旧;桂村の件がオープニングにふさわしい。父が公務員だった関係で冬は塩原にあった保養所に泊まりに行くのが習わしだった。私は結構長いこと、旅行というのは塩原に行くことだと思ってた。うちには車が無かったので父が同僚から借り出したやつで、一家四人がドライブに出た。朝早くだったのか、それとも夕方遅くに出たのか、その辺も既に定かでないが、クルマが桂村に差し掛かった辺りで踏切りに足止めされた。朝もやから抜け出てきたのか、宵闇から現れたのか、そこらもいまいち曖昧であるが、左手からディーゼル機関車がぬっと現れ、そして右手に消えていった。いま思えば、おそらくあれはロッド駆動のケキ102であったろうと推測される。展示で知ったのだが、当時R123はまだ整備されていなかったとのことで、現在の国道から旧桂村役場方面に逸れたT字路(線路跡だった路盤の片側が崩されたため、現在はそうなっている)がその場所と云うことになる。水戸の街を離れて山方面に向かうと藤井で最初に線路と接触するのであったが、現在R123になっている所が実は旧線路跡で、道路はその手前で一旦藤井川を橋で渡って集落を抜け、その後那珂西の丘に上っていく。だから藤井川付近に踏切りは無かったのではないかな?なお塩原には化石園という展示施設があって、入り口に模型鉄道のレイアウトがあったのを記憶している。
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今も思い出の中を走ってる 3

2017-07-13 | 日記
先日、城里町役場で展示を見てきたわけだが、かつて茨城鉄道を利用された方々から寄せられた思い出を編集した小冊子が頒布されていた。微笑ましいものから駅で機銃掃射を受けたという戦時体験まで掲載されていて、一読の価値がある。4月末が寄稿の締め切りだったかな?実は私も応募しようと思っていたのだが、グータラな性格につき結局見送ってしまったのだ。今回の展示は折角の機会でもあり(水戸市立博物館は1987年に同様の展示を行っている。この年の3/31、関東鉄道筑波線が廃止となっている。)、こっそり書き付けてみよう。なにしろウロ覚えの上に妄想が混じり、体験記のハンチューを軽々はみ出す無責任さ故、ブログに書く位が丁度よいのだ。では、そのうち
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今も思い出の中を走ってる 2

2017-07-12 | 日記
過去のブログから、茨城鉄道茨城線について記述したものをチョイスしました。読んで見て下さい。結構、恥ずかしいのもあるな。で、しばらくは茨城線に関する思い出を自分なりに綴っていこうと思う。

さようなら 2009.12.19
http://blog.goo.ne.jp/halcyon1772/e/e8834f76a4bcac14bb6f8017458a4482

ローカル線に乗って 2010. 1.27
http://blog.goo.ne.jp/halcyon1772/e/ed6b41931d9f08bd4d0d17aa476d5a15

haunted heart 2010. 3. 6
http://blog.goo.ne.jp/halcyon1772/e/1c132de86c53d01c85b42fe375f4469e

遂に謁見 2014. 4.17
http://blog.goo.ne.jp/halcyon1772/e/0778d4eb4f759bfce02ae5b9ef51fbe9
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今も思い出の中を走ってる

2017-07-11 | 日記
土曜日午前中、水戸からR123で城里町方面へ。途中、那珂西の台地へ上り坂になるところで左の田んぼ道へ離脱。ここが茨鉄線の線路跡なのです。ゆっくり走って城里町の立派な役場へ。ロビーの衝立には何十枚もの写真が展示されている。目玉はなんといっても動画2本。廃線直前の大学前から赤塚駅まで行って折り返してくる様を撮った、なんとカラー映像。小学校に通う途中にあったガラス工場の煙突とガスタンクが窓から見えるシーンは感激です。もう一本はそれより少し前のもので、上水戸から御前山までピクニックに行く家族の記録。終着駅御前山で列車を待っているとディーゼル車が彼方に姿を現し、しずしずとホームに入線してくる。これに乗って水戸方面に折り返すのだが、車窓風景や車内のクロスシートでくつろぐ様子が見られるという、まさにお宝映像。ホロル館の方はまだ行ってないけど、どちらも8月いっぱい展示が続くので暫く通うことにします。帰りももちろん、線路跡を辿って帰ってきた。

http://www.town.shirosato.lg.jp/page/page003101.html
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へじていしょん夏

2017-07-07 | 日記
蝉ももう鳴きだしておりますが、正直、暑いとネタも思い浮かびませんなあ。もうずっとパソコン付けてウンウン唸りながらツイッター眺めてますが、一向になにも出てこない。しょうがないので少し涼しくなったのをいいことにギターを弾いてます。さて明日からは、城里町役場とホロルの湯で始まりました、「茨城鉄道 第1期 ー今も思い出の中を走ってるー( 平成29年7月4日(火)~8月31日(木))」を観に参ろうと思っておりまする。第1期とアニメみたいに銘打っておりますは、来年度に水戸市立博物館で展示があるから。ご都合の付く方はどちらでも是非、足をお運びくださいまし。あと山形県米沢市で漫画家ますむら・ひろしさんの原画展が始まっており、こちらも見たいのですが何しろ片道3時間半かかるのでちょっと躊躇っております。何か背中を押しとくれ~
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鹿児島・宮崎旅行 拾遺

2017-07-06 | 日記
JR西鹿児島駅で特急「指宿のたまて箱」号の到着を待つ間、構内に留置されていた一編成を撮りました。一昔前に常磐線を走っていた電車と同系列、そのラストランナーであった415系も今は水戸線から消えてしまいましたが。運転席の上辺りにある逆L字型のアンテナも健在で、しばし昔日を偲びました。
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すべては組み合わせ

2017-07-05 | 日記
一時は豊富だったネタも底を尽き、喘ぐわたしでした。父の日にと第一皇子から贈られたウィスキーも、きょうで終わってしまいそう。この前買ってきた増量バタピーを食べきってしまおうとするに付け、残量がみるみる減っていきます。どっちが主役なんだ?   思い付きの無い晩は一つ覚えの Maple Leaf Rag。メロディをくっきり出すにはバスもしっかりせねばならず、辿り着いたは要するに一定の音量がなければそも(演奏は)成立しない、というシビアな結論。サムピックが必須でしょうか、私の場合。音量出ないと欲求不満が溜まってくるから、ガス抜きも大切です。それと§4のウォーキングベース、左手の押さえに無理があってタイヘンなんですが、応用できるコードフォームを見つけ出すことで一応ケリが付きそうです♪
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