仕事で県内を車で走る機会が以前は結構あり、カーステレオを付けるのが楽しみだった。どっちの方に行くときは何を聴くことが多い、と云うのが傾向としてあるのだが、それよりもその時期にどんな音楽を聴いてたか?の側面が強いのかも。大子へ月一で通ってた頃、バリー・ハリス・トリオのプレイズ・タッド・ダメロン(1975)を良く聞いてた。カセットテープだった、ごつごつした聴き易いとは云いかねるバップだったが、それこそ懸命に聞いた。高萩へ高速道路を辿る道すがらは、妹んとこからくすねたボブ・ディランのナッシュビル・スカイライン(1969)で、これで私はディランに開眼した。録音時間がちと短いのが玉に瑕。一方、つくば方面で思い出の音源が見当たらないのは、当時車に装備が無かったからだ。県西の桜川や明野といった方面に行くときは、バート・ヤンシュのリバーセッションと云うライブ盤が常だった。その良さに当の本人がびっくりしたという、曰く付き。そうこうして近頃は鉾田・潮来方面が最後の仕事場となってたが、再びディランのブラッド・オン・ザ・トラックス(1976)が定番になった。見渡す限り晴天の日、しとしと降り続く雨の日、金色の稲穂が風にうねる日、いつもディランは私といっしょに走ってくれるのだった。
うちの近所の高橋理容所がこの28日、50余年に渡る営業に終止符を打つ。気が付けば自分も、その半分の期間お世話になっていた。長い間、おつかれさまでした。
浜田隆史さんのラグタイムギター編曲についてはもうずいぶん実例を見せて頂いたので、すこしは自分でやってみるかと腰を上げた。ジョプリンとスコットを一曲ずつ、これらがモノになれば古典シリーズのレパも1ダース揃うことになる、そうなれば大したものじゃないか!後はもうちょっと、ちゃんと弾ければいいだけですが。。
もひとつ最近いじったのは、靴ベラの取っ手。以前はヴィオラのプレーン絃を使っていたが、ガットと云うのはなかなか長持ちするものだ。それも寿命になったので、ギター絃と交換。こちらは6絃の巻いてあるやつ。
もひとつ最近いじったのは、靴ベラの取っ手。以前はヴィオラのプレーン絃を使っていたが、ガットと云うのはなかなか長持ちするものだ。それも寿命になったので、ギター絃と交換。こちらは6絃の巻いてあるやつ。
イトーヤスジローが亡くなった。2019年6月27日の木曜日、享年58。余りに早いその死を皆が惜しがった。7月1日、お別れの会が催されると云うので、休みを貰い指定された笠間の森をてくてく登った。同じく喪服を着けた何人かで並ぶ様にして進んだが、いつの間にか200人を超す大行列になっていて、山には悲しみのどよめきが木霊した。
違い過ぎる音楽指向から(本の趣味もそう)直接の交流はなかった八年だったが、真っ先に思い出されるのはブルースvsブルーズ論争か?結局、決着は着かなかったが。(ヤスジロー「いや、着いただろ、それ」)江戸時代に筑波詣でのルートとして整備された瀬戸井街道という古道の情報を探しあったこともあった。古い街並みが残る宍戸や鉾田。教えられた高浜のレストラン、タロンは今も時々通ってる。直近では三島由紀夫の或る小説がいいから読め、と勧められたんだが、twitterの堆積に埋もれ、もう分らなくなってしまったなあ。
過日の生前葬で末席を汚させて頂いたについては、本当に良かった。タイトルは allman brothers band の曲だけど、時は無駄に出来ない思いがひしひしと押し寄せる、よな気がする。アソビはそろそろ終わりか。。
違い過ぎる音楽指向から(本の趣味もそう)直接の交流はなかった八年だったが、真っ先に思い出されるのはブルースvsブルーズ論争か?結局、決着は着かなかったが。(ヤスジロー「いや、着いただろ、それ」)江戸時代に筑波詣でのルートとして整備された瀬戸井街道という古道の情報を探しあったこともあった。古い街並みが残る宍戸や鉾田。教えられた高浜のレストラン、タロンは今も時々通ってる。直近では三島由紀夫の或る小説がいいから読め、と勧められたんだが、twitterの堆積に埋もれ、もう分らなくなってしまったなあ。
過日の生前葬で末席を汚させて頂いたについては、本当に良かった。タイトルは allman brothers band の曲だけど、時は無駄に出来ない思いがひしひしと押し寄せる、よな気がする。アソビはそろそろ終わりか。。






