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銀河鉄道拾遺

SF、かふぇ及びギター

かしゃまでリハビリ

2011-04-29 21:16:13 | 日記
痛風で腫れた右足もなんとか平常に戻ったので、一ヶ月半ぶりにゾーリ履きを靴に改め、いざ笠間へ。ご当地では恒例の陶炎祭(ひまつり)が今日開幕とあって(今年の開催には特別の意味があるわけだが)、車の使用は避け、公共交通機関を利用する。歩く機会を一気に増やして、社会復帰を図ろうという寸法。まず附中前発12:58の茨城交通バスでJR赤塚駅。13;37発土浦行き普通列車で友部駅、ここで水戸線に乗り換えて笠間着。ちなみにバス270円、電車320円。笠間駅からは芸術の森方面に赤いシャトルバスが巡回しているが、ここは当然「かしゃま文化会館」まで徒歩。距離的には過不足ない程度で、気候も散歩にもってこいのお日和、そして程なく到着。流石に年で最も人出の多いGWとあって、お客さんの回転がすごい。平均的な滞店時間は一組30分くらいか、なかには結構粘って楽しんでいくヤングなカップルもいる。コーヒーのテイクアウトも目に付いた。観光で訪れたお客さんは一様に、展示中の個展とその関連グッズに興味を示しているようだった。目の廻るような忙しさのなか、最後までそつなく接客をこなした乗務員二人に拍手。というわけで皿廻しも笠間発19:35水戸行きの普通列車に乗り込んで赤塚駅下車、最終バスにはかなり間があったので、旧茨城鉄道線路跡をテクテク歩き、21時にかなりの余裕を残して無事帰宅
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忘却の鉄路、忘我の鉄道

2011-04-19 08:42:10 | 日記
県北、高萩の自動車修理工場が顧客だ。担当が同僚に替わって以来、もうずいぶん足を運んでいないが、工場の裏手の細い道には昔、炭鉱から石炭を搬出する鉄道が敷かれていたと、そこの社長から伺ったことがある。テツ分の多い血が流れている私はそんな話を聞いただけで、緩い坂を炭車を牽いてえっちらおっちら上ってくるカマ(蒸気機関車のこと)を妄想しながらエヘヘと涎を垂らし、いつまでもぼうっとしていたが、生来ぐうたらな性分はそれ以上調べたりするのを欲さず、年月は過ぎた。昨日、その廃線跡を地図と古い記録を元に丹念に辿ったHPを発見したが、それによるとその鉄道のゲージ(線路幅のこと)は、JRの1,067ミリよりも狭い762ミリだったそうだ。うー、憧れの軽便鉄道。一体、どんなカマが走っていたのだろう?涎の量が一気に倍に増えた
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the band apart の巻(補遺)

2011-04-18 08:09:09 | ライヴ見物
第一皇子のライブ体験は3度目。最初はロバート・フリップ、次がリチャード・シンクレア / ライブ終了後、ずっと耳鳴り。今朝、ようやく止んだ / いちばんよかったのは Coral Reaf 。もう涙モノ / Vo&Gの荒井君は、熊の縫ぐるみみたいな目 / 第二皇子は大工町停留所発21:24分「よかっぺ関西」で、京都へ帰っていった / バンドのトークや演奏スタイルは相変わらずストイックで、好感度大 / 無駄に背の高い子が何人かいて、観るのがタイヘンだった / 第二皇子はミニアルバムを買った / 武道館でクラプトンを見て以来のライブだったことに気付いた。あれは高校生の時分?
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the band apart の巻(後篇)

2011-04-17 22:11:06 | ライヴ見物
  5th album“Scent of August”release live SMOOTH LIKE BUTTER TOUR   the band apart

上の息子二人を連れてのライブ鑑賞。水戸LIGHT HOUSEは、20代の男女で埋め尽くされていた。18:00開演、アンコール2曲を含む二十数曲がメドレーで休憩なしに進行するステージ、爆音にひたすら身を晒す2時間。ニューアルバムのリリースに合わせた全国ツアーだが、それを耳にして来た客はまだ少数と見えて、これまでの名曲に比べると新曲に対する反応はいまいちだったか。それでもリズムギターをストラトからアコースティックに持ち替えての3曲など、モロ三拍子の曲だったり(これが途中からすごいポリ・リズムになる!)これまでと趣向を変えていて、なんか仕掛けてきたな、という印象。私の感じだが、メロディの起伏を敢えて押さえた曲作りで、それがすさまじいエネルギーで弾き出されてくると、現代の賛美歌とでもいうか、一種祈りの音楽のように思えたりする。
音楽はいつもその場所、その時代の聴衆と共に在ったわけだが、いま最前線の音楽の身近に居られてたいへん幸せだ。一聴、爆音の洪水のように聞こえるそのコアに郷愁とか憧憬とかが潜んでいて、生を見てその感が一層強くなった。彼らはどこへ辿り着くのか?今後も見守って行きたい、最高齢層の一ファンとして
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the band apart の巻(前篇)

2011-04-16 16:32:05 | ライヴ見物
京都に居る第二皇子が急きょ、日曜に帰省することになった。幾らかメールをやり取りした中、the band apart が5枚目のアルバムをリリースしたとあった。たまたま同日、水戸のライブハウス「ライトハウス」のHPを覗いてたら、なんと!当の the band apart が4/17にライブをやるというではないか。たまげた。前回4枚目のアルバム・リリース時にやはり同店でライブをやったのだが、時遅くチケットは既に売り切れた後だった。しかし今回はこれが手に入った、何という幸運。第二皇子もいっしょに行くというので、ちょっと興奮ぎみである。
the band apart をご存じない方はようつべ等で要チェック。ライブラリの一押し!インディーズ路線まっしぐら、メジャーには目もくれない彼らなので、知らない人も多いと思うが、兎に角いいのだ。洋楽が'60年代に発祥したとして、遂に我々は欧米を駆逐する。ということで観戦記を待て!(51歳のオヤジは、当日のオーデイエンスで場違いなく最高齢だろうね)
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西脇さんのこと

2011-04-11 08:17:51 | 日記
前々回の記事、週末土曜日の西脇さん退職記念ライブの項では、mojo hand で行われたその模様をちゃんと書いてないので、改めて。
西脇さんは還暦一歩手前のフィンガースタイル・ギタープレイヤーで、ライブラリとは1994年(平成6年)の頃からの付き合い。最後期のJAZZ喫茶@水戸末広町「ダウンホーム」のお仲間である。ウラノという、いまはイタリアでスパゲッティこさえてる、はねっかえりのネーチャンと3人で、当時同喫茶店のハウスバンドだった「スタッツ・オールスターズ」の私設応援団を立ち上げ、ウィークデーと言わず週末と言わず、会えば大騒ぎをしていた。なにしろ2人いればボトルは最低でも1本は、毎回空いてしまうのだ。氏の銘柄はジャック・ダニエルというバーボンで、ライブラリはその強烈な味で何度か辛酸を舐めている。定番のサントリーホワイトなんぞは内容量が少なく、我々のテキではなかったな。
しかし西脇氏は単なるのんべえという訳ではなく、JAZZの知識も豊富に持ち合わせていた。最大の功績は、キース・ジャレットの正体を暴いたことで、ジャレットにアイディアを提供した先輩格のジョン・コーツJrのレコードを掛けた時は、さしものマスターも黙ってうなずくしかなかったのだった。
そんな西脇氏が実はギターのフィンガーピッカーであるのが判明したのは、同店が店を閉めることになった1999年10月のこと。(ホントは少し前から披露してたんだったかもしんない)バンドのライブの休憩時、大音量の狭間でそっと弾いて見せたのだ。カントリーブルーズのスタイルで弾かれるそれらの曲は、バンドのメンバーを始め茨城大学JAZZ研究会の子女をも唸らせるちょっとしたもんだったが、おふざけでバンドのテーマ曲(‘おはやし’と我々は呼んでいた)までやってしまうにつけ、全員がぶっ跳んだものである。
以後、氏は某ハウスメーカーでマジメに仕事を続ける傍ら、ギターのレパートリを広げるのに専念、いまや人前で延々一時間半ぶっ続けで20曲+アンコール2曲を披露する凄腕のギタリストになってしまった。そもそも mojo hand にライブラリを連れてって店に紹介したのも、西脇さんの功績なのだ。なんてこと、してくれる!ライブラリが、おれもギター弾いて女の子にもてちゃおうかな、なんて浮気の道に走ったのだってもとはと言えば西脇さんのせいなのだ。もう一度言うべ、なんてこと、してくれる!
(ライブの模様がどこにも出てきませんが、ワタクシ的にはヲーター・イズ・ワイドとか星降る街角とかがよかったような。客が皆、喰い入るように聴いてたっけ。ステージではエレアコ改造したエアーズを弾かれてましたが、生音をマイクで拾う方式でも十分聞こえると思うので、それは今後の参考にさせて頂きます)
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捨て置くカミあれば

2011-04-10 19:22:49 | 日記
ま、捨て置かれたわけではないけれども。ほんじつ日曜日は手許の音源から9枚見繕って、対F田氏用に2号機 S.Yairi を車に積んで、いざ「かしゃま文化会館」に向け、出発。出会いしなの車掌から、ゴトシの打ち合わせがあって急遽駅長が出向いてくる旨、告げられる。程なくやって来た駅長、いい機会とばかり S.Yairi を見せると、これがいたく気に入ったらしく、ダッコしたまま離さないでアルペジオやら何やら色々試している。打ち合わせも無事終わったとの事、こちらも売り物のクラシックギターを持ち出してきて、早速セッション。あちらは百戦錬磨の古ツワモノ(失礼)だがこちらは守備範囲に著しい制限があるので、自然とこちらのレパに合わせる形で進行する。「カントリーロード/耳をすませばバージョン」から入って荒井由美のナンバー、「瞳を閉じて」そして「ひこうき雲」。偉そうにギターにおける分数コードの押さえ方なんどを百年先輩に講義するあほライブラリであるが、こちらの先輩がまたスゴくて、説明と相手の左手を見ながらだけで弾いたことのない(だろう)コードをスラスラとその場で覚えてしまわれる!それなら、ってんで仕上げにシュガー・ベイブ「ダウンタウン」を試みたが、これがほぼ一発で合ってしまうという物凄さ、2,3回通してほぼ出来上がってしまった。むむ、こんな体験はいままでにしたことがないぞ。ユニット作るか、「サンシャイン」とか付けて(当然、週末限定ユニットである、イヒヒ)
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在りし日の茨城鉄道

2011-04-05 08:13:47 | 今も思い出の中を走ってる
ひょんなことから往年の鉄道写真をネット上に公開されている方のホームページに行き当たった。軽便鉄道の項など興味深く拝見していたが、今後の公開リストと目される中に我が「茨城交通」の名も見える。早速、記事お願いします!的メールを送ってしまったが、先方はこれを快諾してくださり、昨日めでたく公開となった。
たまにブログにもその思い出を書いているが、一体どんな鉄道だったの?と思われてる方は是非、足をお運びあれ。特に3番目の写真にご注目。左後方に貨車を牽くディーゼル機関車が写りこんでいるのがお判りになるだろうか。現在はスーパーになってしまった上水戸駅の裏手には製材所への引込線が延びており、そこで入れ替え作業に勤しむ件の車両をよく眺めたもんだ。この引込線の写真はあまり公開されたことがないので、貴重な資料と言える。ところで、いつぞやブログでひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅ホームに留置されていた機関車についての項(2009.12.19 さようなら)があったが、あれはこの機関車のこと。
また、走行中の横揺れに合わせて車内の吊革が一斉に振り子運動をする様について書いたのは(2010.1.27 ローカル線に乗って)、記事中盤に出てくるケハ401というディーゼルカーでの体験である、どうぞご覧ください。

 ※ ブログ左下のブックマーク「はーさんの鉄道・旅・よしなし草」をクリック、40年前の鉄道風景 ⇒ 茨城交通(茨城線・大洗線)で入れます。

はーさんにはこの場で改めてお礼を述べさせていただきます、どうもありがとうございました。
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