昨日からヘソを曲げた空模様は明日あたりまで続くそうで、明日こそは足の痛みも取れてきたので久しぶりに「自転車で遠出」を考えている私にとっては、「そう言わずに明日は」てな想いなのでありますが、忙しく過ぎたここ一週間も今日が最後、溜まりに溜まったお疲れを癒すためには「それもまた良し」ですかね。
さすがの私もその疲れで、昨日帰宅後に飲んだワインが効いたのでしょうか、今朝は目覚めが悪くて8時まで爆睡、普段より1時間も生活パターンが遅れてしまいました。
それでも今日の午前中どうしても行きたいところがあったので、コーヒーにトーストという私にはあるまじき朝食を早々に済ませ、
「いってきま~~す。」
向かったのは近くの美術館です。
北大路魯山人、その破天荒な生涯は、私にとってある意味「理想の極み」とも言えるものなのでありまして「食客として生涯を過ごし、言いたいことを言って、いずれ思い通りの店を構える」なんざぁ、何故に私にはその才がないのかと思うばかりです。
それにしても、こうして彼の作品をあらためて観ると、大胆でありながら優美、そして何といってもじつにモダンなんでありますねぇ、
彼が顧問兼料理長を務めた、かの超高級料亭「星岡茶寮」で実際に使われた作品など、「食器は料理のきもの」と称した意が大いにくみ取れる半面、「この人の頭の中にはどれほどの食彩美があふれ出ていたのか?凡人がいくら贅沢をすればその域に達せられるのか?」てな疑問が先に立ってしまいます。
例えば、私自身を考えれば、そこから想像される器は、やはり先日購入した「中古の軽自動車」が相応で、高級車やカブリオレのスポーツカーなんざぁまさに「着物に着られる」状態になるのは目に見えているわけでして、自分がその域に達して始めて着こなせる着物、そこに自分自身の器や技、人間性、もちろん甲斐性すらもあらわれるものなのでしょうね。
おっと、ここでもうすでに魯山人の意とはかけ離れた考えが生まれています。
「既存の物に自分を合わせるのではなく、自分にあった器を作る」
つまりこれが「食器は料理のきもの」の意なのであって、もっとも凡人には真似の出来ない事なのでありましょう。
いずれにしても、生涯一つで良いから、自分に合わせた器が作れたら、というより、器を作りたいほどの何かを磨ければ・・・・・・人間そうありたいものですね。
ともかく、疲れきった身体には「自然美礼讃」が染みた一時でした。
さて、今日の一枚は、セシル・テイラーです。
デューク・エリントンへのアプローチ、そしてニュージャズの旗振り役としての本領を発揮した作品としても、じつに興味深いアルバムです。
現代音楽からジャズに転向し、バカバカたたくハンマー奏法で、「なんじゃこりゃ」と言われたテイラー、(あはは、かくいう私もかなり否定的に捉えたピアニストでした。)でもこうしてあらためてこのアルバムなんぞを聴いてみると、スインギーなアール・グリフィンのバイブと「極端でありながらみょうにマッチする」そんな感覚が悪くありません。
いかに否定的な意見が多くとも、まさに器に自分を合わせるのではなく、自分に合った器を追い求めた、テイラーとはそういうミュージシャンなのかもしれませんね。
「ぐらぐらする汽車に乗って遠くへ(「EXCURSION ON A WOBBLY RAIL」)って、それがあんたの器かい!」
って、ツッコミにもならないツッコミをしつつ、Mさんのお店へ行ってまいります。(笑)
LOOKING AHEAD ! / CECIL TAYLOR
1958年6月9日録音
CECIL TAYLOR(p) EARL GRIFFITH(vib) BUELL NEIDLINGER(b) DENNIS CHARLES(ds)
1.LUYAH! THE GLORIOUS STEP
2.AFRICAN VIOLETS
3.OF WHAT
4.WALLERING
5.TOLL
6.EXCURSION ON A WOBBLY RAIL